1997年に香港の主権が英国から中華人民共和国(以下「中国」と記す)へ返還されてはや26年が過ぎた。その間香港における英語と広東語は、本土からの普通話の流入をはじめ様々な要因により、これまでの植民地時代の支配言語/被支配言語という構図からその地位や役割を脱構築し、新たな関係性を模索し始めている。本稿ではその変化をジョシュア・フィッシュマンの古典的論文に沿って、まず「返還前」(pre-1997)と「返還後」(post-1997) に分けて概観した。その後「ダイグロシア」を中心に機能主義的観点からだけでなく、背後にある言語(話者)間の力関係からも考察を加えてみた。そうすることでフィッシュマンの論考や定義は、香港の言語事情を描写するにあたり今なお有効であると同時に、実情と合わなくなってきている点もあることが明らかになった。
ドイツでは2005年の移住法の成立とともに、移民難民庁の管轄で移民のためのドイツ語の統合コースが国の政策として実施されている。その後、統合コースは何度か改革が加えられているが、2022年上半期までにおよそ290万人の受講者を数えている。また、2016年からは原則として統合コースの修了者を対象とした職業のためのドイツ語コースを実施している。この間一貫して変わらないのが、十分なドイツ語能力を備えた移民を労働市場に送りこむという姿勢である。その理念は両コースの教科書のシラバスや内容にも現れている。一方、統合コースの中でも比較的受講者の多い非識字者向けのコースの修了者にB1レベルに達する受講者が少ないことや、教師不足で受講までに長期間待たされることなど、課題も少なくない。日独では移民をめぐる事情は異なるが、移民に対する日本語教育にも示唆を得ることができる。
本研究では中国朝鮮族の多言語使用の実態を明らかにするために、延辺朝鮮族の若年層を対象に、彼らの内的場面における朝鮮語、中国語、韓国語の実際の使用について分析した。分析の結果、内的場面における朝鮮族の若年層の言語選択は主に「習慣化された言語選択」と「調整としての言語選択」の二通りに分けて捉えることができた。前者に関しては機能的な言語選択が多く、朝鮮族の若年層が持つ言語序列意識が言語選択の要因となることが判明した。機能的な言語選択においては、公用語の中国語が選択される傾向が強いことが明らかになった。一方で、後者は、特定場面における明確な言語管理を伴うものが多かった。特に、若年層は自己開示と自己呈示において朝鮮語の使用を逸脱として留意する傾向が見られた。韓国語は若年層の内的場面において「共通語」としての一役を担い、若年層の間で好まれて使用されることが判明した。