本研究は、ウズベキスタンのタタール人コミュニティを事例として、ディアスポラにおける言語・文化継承のありようを考察するものである。特に、タタールスタンからの継承支援と現地の実践との間に生じる軋轢に着目し、参与観察および聞き取りによって得られた事例から「正しさ」や「真正性」をめぐる交渉過程を分析する。理論的枠組みとして、言語の「正統化」、「ネイティブらしさ」の戦略、「状況的エスニシティ」などの概念を援用し、ディアスポラの言語・文化継承が単なる伝統の保持ではなく、動態的かつ創造的なプロセスであることを示す。そのうえで「多中心的真正性」という新たな概念を提案し、ディアスポラ・コミュニティ自体もひとつの「中心」となり、独自の言語文化的規範を生成・維持する過程に着目する視座を提供する。この概念は、ディアスポラの言語・文化実践をより深く理解するうえで有用であると考えられる。
本研究は1980年代後半に開始されたロシアのサハリン州における日本語教育史を明らかにしたものである。ユジノサハリンスク市Y大学で日本語を学んでいた調査協力者学習者5名を対象にインタビューし、彼らの言語学習とアイデンティティの関連を探っている。複線径路等至性アプローチによって分析した結果、等至点である〔日本語による確立した自己〕に到達するまでに4つの時期区分があることがわかった。この4つの区分は、大学入学前、入学以降の下級生の時期、上級生の時期と卒業前後の数年間、その後等至点までの時期である。本研究の分析から、サハリン州における日本語教育は、年代ごとの出来事だけではなく当人の人生の連続性を考察する必要性があると思われる。
本稿は、日本英語検定協会が発行する機関紙を精査することで英検協会が高校教育への関与を正当化していった経緯とその特徴を、民間教育事業者による学校教育への関与を扱う研究に位置付けつつ検討した。その結果3つの正当化を明らかにした。1つ目は「公共性」の構築である。英検は文部省による社会教育政策の一環として誕生し、その後も文部省との関係を強めていった。この「公共性」を拠り所に英検協会は学校教育への関与を正当化していった。2つ目は短大・大学入試の勉強との連結である。英検の試験問題と入試問題の類似性が示され、英検の勉強が短大・大学入試の勉強となるとされた。また英検の勉強は大学受験対策を十分に行えない高校教育現場において、受験対策の補完になるとされた。3つ目は入試における英検優遇の増加である。優遇校の増加は受験生に対し、短大・大学入試で有利になるために英検を受験するという論理を成立させた。また、英検資格を所持することは進路指導を円滑に進める点で、高校教師にとっても利益があるとされた。
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