沙漠研究
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原著論文
中国青海省におけるアムド系チベット牧畜民の乳加工体系とその変遷
平田 昌弘ナムタルジャ小川 龍之介海老原 志穂別所 裕介星 泉
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2017 年 26 巻 4 号 p. 187-196

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抄録

チベット系の人びとの言語や文化は地域により多様である.このような多様なチベット諸集団の文化は,近代化の中で,急速に失われつつある.著者らは,牧畜という生業を支える乳文化に着目し,チベット諸集団の文化の保全のために乳加工技術を正確に記述すると共に,乳文化の視座からチベット諸集団の多様性と特徴とを解析してきた.本稿の目的は,中国青海省のアムド系チベット牧畜民が現在採用している乳加工体系を把握し,アムド系チベット牧畜民の乳加工体系の近年の変遷過程とその要因を分析することにある.アムド系チベット牧畜民は,発酵乳系列群,クリーム分離系列群,凝固剤使用系列群の乳加工技術を利用してきた.発酵乳をチャーニングしてバターを加工し,発酵により酸性化したバターミルクを加熱・乳酸発酵・脱水することにより非熟成乾燥チーズを加工するという発酵乳系列群が中心的な乳加工技術を成していた.クリーム分離系列群や凝固剤使用系列群の乳加工技術は,一時的に利用されるに留まっていた.1980年代に中国政府がクリームセパレーターを紹介することにより,バターや非熟成乾燥チーズといった多くの乳製品は,クリーム分離系列群の乳加工技術が担うように急速に変遷していった.発酵乳系列群では,生乳からの酸乳への加工のみが継承される状況にある.これらの近年の乳加工技術の変化は,酸乳がアムド系牧畜民の食生活において不可欠な食材であったこと,バター加工の原材料が発酵乳からクリームへと変わることにより労働力が大幅に軽減されたことにより生じたものと考えられる.外部から影響を受けた技術革新は,現地に暮らす人びとの意思によって取捨選択され,その結果として文化は変遷していくのである.

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© 2017 日本沙漠学会
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