沙漠研究
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原著論文
内モンゴル半農半牧地域における「新たな農地開発」の実態と課題
-赤峰市の末端行政レベルからの考察-
永 海星野 仏方ソリガ笹村 尚司梅垣 和幹那音太
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2017 年 27 巻 1 号 p. 9-16

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抄録

近年,内モンゴル自治区の沙漠化が深刻な問題になっている.その沙漠化の主な原因として,過剰な農地開発の影響が大きいといった研究成果が多く報告されている.しかし, 内モンゴル自治区における農地開発による沙漠化の先行研究では,内モンゴル全体,あるいはホルチン地域など広い地域を対象とした研究が多い.これらの研究は,農地がいつ,どこで,どのように開発されたのかが具体的に示されていない.よって,本研究の目的は,内モンゴル自治区半農半牧地域の末端行政地区である一つの村落を対象として,過去120年間の農地開発の経緯とその特徴を明らかにすることである.研究手法は,農地開発の経緯に関する聞き取り,土壌侵食の推定,村民委員会責任者の帳簿,家計簿など行政・歴史資料データの収集,および衛星画像の解析を組み合わせた.その結果,以下のことが明らかになった.①1960年代の農産物の販売と交換の禁止,食糧自給政策により,耕作地がこれまでの湖の周りの肥沃な土地から耕作に適さない丘陵地に広がり,村の総面積の約4.1%を占めるまでに拡大した;②1980年以降,地域政府の指導で,牧畜の生産性を上げるとされた採草地,人工牧草地など個人的用途の柵が作られたことにより,放牧地の開墾は村の総面積の約21.2%にまで及んだ;③2000年以降,灌漑設備,農業機械など農業技術の近代化,農業機械と耕地に対する補助金などの国家的支援により,防風林,経済林など生態環境を修復する目的のプロジェクト実施地の中で農地開発が進み,村の総面積の約43.4%までに拡大した.1980年代の牧畜の生産性を上げる名義的農地開発から2000年以降には生態環境を修復する目的の「新たな名義的農地開発」へと転換した;④作物の種類がアワ,モロコシ,キビなどの耐乾性作物からトウモロコシ,スイカ,ヒマワリなど大量の水を必要とする環境負荷の高い作物に転換した.それに伴い,天水農業から灌漑農業へと変わった.したがって,大規模な農地開発による課題は,①環境への負荷としては,土壌の侵食,地下水の枯渇,土壌の塩類集積化などが挙げられる;②住民への負荷としては,伝統遊牧文化の消失,土地使用権の転換過程で生じた土地を失った住民の収入の減少が挙げられる.中国政府は,草原の保護を強化するほかに,持続可能な農地を保有することを目的に,農地開発の適正化を図ることが早急に求められることと,過剰な農地開発の現状から,半農半牧地域で世帯当たり,または人口当たりの耕作面積を適正化する調整機能的制度が必要であると示唆された.

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© 2017 日本沙漠学会
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