抄録
1、はじめに 地熱地帯では様々なタイプの変質帯が形成され、地熱現象を化学的に特徴付けている。熱水/岩石相互作用によって生成される地熱流体は、その温度・化学条件によって特定の変質帯を形成する。これまで数多くのField調査及び室内鉱物合成実験が行われ、2次鉱物の安定領域が明らかにされてきた。しかし、どのようにして特定元素に卓越した地熱流体が形成し、2次鉱物が生成されていくのかは未だ明らかにされていない。変質帯を特徴づける粘土鉱物やzeoliteといった鉱物相は、そもそも不安定なため平衡状態を有さず、準安定相として存在し、形態を変化させていく。このような現象は、岩石あるいは鉱物と熱水組成の平衡関係のみからでは説明できず、系内における熱水化学組成の時間的・空間的変化を考慮する必要があると考えられる。そこで本研究は、反応のダイナミクス性に注目し、実験的に熱水/岩石反応特性を解明することによって、変質帯の形成メカニズムを評価することを目指した。
2、実験方法 実験は回分式実験と流通式実験の2つに大きく分け、水熱実験を行った。出発物質には両実験系とも火山砕屑岩を用い、温度・圧力条件は75 – 250 ℃の地熱温度、飽和蒸気圧下で行った。回分式実験では主要岩石構成元素の見かけの溶解・沈殿速度を求めると共に、溶解挙動から溶解沈殿メカニズムの考察を行った。一方、流通式実験では流通経路内数箇所に溶液採取地点を設け、各地点の溶液濃度変化を解析することにより熱水/岩石界面での物質移動現象を定量的に評価することを試みた。
3、流体/岩石反応速度 火山砕屑岩はIncongruentな溶解挙動を示し、岩石の溶解速度は元素によって各々異なることが明らかとなった。反応溶液の化学組成はこのような溶解速度の差異によって特徴づけられており、2次鉱物の組成をも左右した。これは元素により反応律速段階が異なることに起因している。特にアルカリ及びアルカリ土類金属に関しては溶解・沈殿挙動が溶液組成の変動とよく一致することが確認でき、それに基づいて構築した溶解・沈殿反応速度モデルは実験結果と整合性を有した。この反応速度は反応の進行と共に形成される反応表面層の厚さを著しく反映しており、その厚さが測定値とほぼ一致することも確認されている。
4、物質移動度 岩石表面からBulk溶液への移動を示す物質移動係数も溶解速度と同様、各元素によって異なり、温度・流速条件に強く依存して変化した。その結果として低温ではCaの移動度、高温ではNaの移動度が高く、流速が速くなるとこの傾向を保ちつつKの移動度が上昇することが明らかとなった。一方、アルカリ及びアルカリ土類金属などのネットワーク装飾元素に比べるとSi, Alといったネットワーク構成元素は著しく移動度が少ない。このように物質移動度は、主要岩石構成成分の溶脱・濃集作用を裏付ける基礎パラメータを示しており、ここで定量的に評価した速度及び物質移動パラメータを導入し、移流 - 拡散 - 反応速度式を構築したところ、流通系における実験結果とよく一致する結果も得られている。この現象は、鉱物表面からアルカリイオンが溶脱し、Si, Al – richな溶脱層が形成されると共に著しく溶解した元素が流出域方向に沈殿する様子を描いている。
5、まとめ 地熱系における特定元素の溶脱と富化作用は、変質帯形成過程の重要な役割を担っており、今回のようなdynamicアプローチを行うことにより、地熱変質作用に関する熱 - 水理 - 化学反応過程の相互理解がより深まると考えられる。