抄録
<はじめに> カルデラ噴火を発生する大規模珪長質マグマ溜りの構造や進化を明らかにすることは,火山学における最重要課題の一つである.鬼界カルデラにおける1934-35年の昭和硫黄島噴火では,流紋岩質溶岩ドームが新たな火山島として形成された.噴出したマグマは,現在の鬼界カルデラのマグマ溜り像に関する情報を保持しているものと考えられる.本研究では,昭和硫黄島溶岩ドームの組成的特徴を明らかにし,噴火に関与したマグマとカルデラ下のマグマ溜りについて考察した.<組成的特徴> 従来,‘流紋岩’と記載されてきた昭和硫黄島であるが,全島に渡り全岩組成を調べた結果,火口から周縁部にかけて,SiO2含有量が73から67wt%まで系統的に減少し,組成的な累帯構造をもつことが明らかとなった.斑晶組み合わせは,斜長石,両輝石,Fe-Ti酸化物で,ドーム全域に渡りほぼ一様であるが,斑晶量は火口近傍で17から18vol%であるのに対し,周縁部では24から25vol%と増加する.また,遊離斑晶と同じ組み合わせの集斑晶が普遍的に認められる.集斑晶の斜長石は,コアでAn80-90を示すが,リムは全てAn50-60に収斂する.石基は,火口近傍では無色ガラス質でSiO2含有量78から79wt%,周縁部では褐色ガラス質で76から77wt%である.また,高発泡度の褐色ガラス質部分が緻密な無色ガラス質部分と共存して認められる.石基含水量は,全島に渡り1wt%以下であるが(FTIR分析),集斑晶に付着した褐色ガラスは,無色ガラスよりも高い値を示す.以上のことから,噴火前には褐色ガラス部分が無色ガラス部分よりも高い含水量を有していたといえる.<組成累帯構造の成因> 噴火時の高温溶岩と海水との相互作用に伴う二次的な化学過程は,溶脱量や変質鉱物の観点から否定できる.ドームの組成累帯構造は初生的なものであり,初期にデイサイト質マグマが噴出し,徐々に流紋岩質マグマに変化したために生じたものと考えられる.Saito et al. (2002) によると,流紋岩中の苦鉄質包有物の存在から,噴火時にはマグマ混合があり,また,カルデラ下には珪長質マグマと苦鉄質マグマが層構造をなして継続的に存在している.全岩組成および石基組成の直線的トレンドは,Al2O3やFeOにおいて,従来指摘されているマグマ混合線からはずれており,本地域で噴出している苦鉄質端成分との混合ではこのトレンドは説明できない.したがって,メインのデイサイト質マグマの形成に,包有物形成時のマグマ混合は直接的には関与していないものと考えられる.一方,隣接し,同一のマグマ溜りをもつ薩摩硫黄島硫黄岳は,全岩組成においては昭和硫黄島流紋岩とほぼ同一であるが,石基組成は昭和硫黄島デイサイトと同一である.デイサイトの斑晶量は,硫黄岳よりも10-15vol%程度高いが,これは主に集斑晶量に起因している.含水量に着目すると,現在のマグマ溜りでは1wt%程度であるが,500yBPまでの硫黄岳活動期には3wt%と高い(Saito et al., 2001).以上のことは,昭和硫黄島デイサイトが,集斑晶の混染を受けた硫黄岳マグマに由来することを示唆している.<マグマ溜り> 高An斜長石を含む集斑晶は,下部の苦鉄質マグマ溜りを起源としている.一方,全岩組成トレンドは,流紋岩と集斑晶のみの混合で説明できる.このことは,珪長質-苦鉄質マグマ境界部では,メルトはシャープな境界を有して簡単に移動できないのに対し,苦鉄質鉱物は珪長質メルト側に容易に移動しうることを示している.昭和硫黄島噴火初期のデイサイト質マグマは,集斑晶の混染を受けた後,溜り内部(天井部分?)に局所的に存在していた硫黄岳の出残りマグマに由来する可能性がある.