抄録
九州西部の西彼杵半島に分布する長崎変成岩類は、緑簾石-青色片岩亜相に属する片岩と、その中に定置した蛇紋岩メランジで構成されている。最近、この蛇紋岩メランジに由来するヒスイ輝石岩から石英包有物を含むヒスイ輝石が発見され(重野・森, 2003)、構造岩塊と片岩に大きな変成条件の差があることが明らかになった。今回、このヒスイ輝石岩について記載岩石学的研究をおこない、微細反応組織の検討から温度-圧力履歴の推定を試みた。 ヒスイ輝石岩は、おもにヒスイ輝石(60-95 vol.%)からなり、顕微鏡下で等粒状組織を示す。鉱物組み合わせは、ヒスイ輝石+アルミノセラドナイト+白雲母+パラゴナイト+曹長石±クリノゾイサイト±方沸石で、副成分鉱物としてチタン石、燐灰石、モナズ石、ジルコンを伴う。ヒスイ輝石は、4 mm大の他形粒子であり、石英およびオンファス輝石包有物を含むコアと包有物を含まないリムを持つ。石英包有物は、Jd95-Jd100のヒスイ輝石ホストと直接接している。一方、リム(Jd85-Jd100)は、しばしば曹長石に置換されており、同時消光する多数のフラグメントになっている例が見られる。また、ヒスイ輝石と白雲母、ヒスイ輝石と曹長石、パラゴナイトと白雲母の境界に沿ってフィルム状に方沸石の反応縁が発達する場合がある。 ヒスイ輝石岩中には、形成時期の早い順に(a)石英包有物を含むヒスイ輝石コア、(b)ヒスイ輝石リムを置換する曹長石、(c)方沸石の反応縁という3つの微細反応組織が認められる。(a)は、コアにおける石英包有物の体積分率がVQtz/(VJd+VQtz) = 0.21-0.28で、全体として曹長石とほぼ等化学的であることから、曹長石の分解反応(曹長石→ヒスイ輝石+石英)により形成されたと考えられる。(b)を形成した反応は、マトリックスに石英が存在しないこと、ヒスイ輝石のリムが石英包有物を含まないこと、ヒスイ輝石以外の鉱物が反応に関与した形跡が認められないことから不明である。しかし、曹長石がヒスイ輝石粒子内の割れ目を充填している例が見られることから、ヒスイ輝石+SiO2 (aq)→曹長石のような流体との反応が示唆される。(c)についても、方沸石の反応縁の両側にある鉱物が一定でないことから、流体との反応(例えば、ヒスイ輝石+H2O→方沸石)により形成された可能性が高い。これらの微細反応組織が形成された温度-圧力条件は、(a)ヒスイ輝石+石英、(b)曹長石、(c)方沸石の安定領域内に限定される。片岩には曹長石が普遍的に出現することから、少なくとも(a)は蛇紋岩メランジが定置する以前のステージと考えられる。 (a)から(c)にいたる安定領域の変化は、圧力の低下を本質的な原因としており、全体としてヒスイ輝石岩の上昇時の温度-圧力履歴を与える。