抄録
はじめに 毘沙門岳は,岐阜と福井の県境に位置し,溶岩流と火砕岩で構成される第四紀火山である。それら火山岩類の化学組成上の変動は,相対的に苦鉄質なアダカイト質マグマと珪長質な島弧マグマを端成分とする2種マグマの混合作用で説明されている(Ujike他,1999)。この苦鉄質端成分マグマについての情報を得るため,玄武岩質包有岩(最大長径40cm+)とそのホスト溶岩2対の全岩化学組成を蛍光X線法により求めた。 分析結果 ホスト溶岩の組成は,SiO2 =60%と57%,MgO =3.5%と3.9%,K2O =1.2%と0.8%,Ni =15ppmと16ppm,Y =12ppmと12ppm,Sr/Y =52と66である。包有岩は,SiO2 =55%と51%,MgO =6.5%と7.7%,K2O =0.8%と0.9%,Ni =67ppmと78ppm,Y =17ppmと19ppm,Sr/Y =32と31で,ホストよりSiO2に乏しくMgOとNiに富んでいる。MgOなど幾つかの主成分とSiO2との関連性をみる限り,包有岩の組成はホスト溶岩と既存のデータのトレンドの延長線上に位置し,ホスト溶岩は両者の混合で生じたとの印象をうける。しかし,ホスト溶岩がAl2O3に富み,いっぽう包有岩がYに富むため,SiO2-Al2O3関係やSiO2-Y関係などでは直線性が認められない。すなわち,これら3者(包有岩・ホスト溶岩・その他の溶岩)の組成関係は,単純なマグマ混合作用では説明できない。 考 察 ホスト溶岩とその他の溶岩の組成は,かなり大きなばらつきはあるものの,基本的には2種マグマの混合作用で規制されているようにみえる。ホスト溶岩は,毘沙門岳溶岩の中でSiO2・K2O・Rbに最も乏しくMgO・全鉄・CaO・ Niに最も富む。言い換えるなら,ホスト溶岩は想定される苦鉄質端成分マグマを代表する,あるいはそれに近い組成である。恐らく端成分マグマは,上昇中にマントル物質と反応して組成が比較的苦鉄質に変化したアダカイト質マグマなのであろう。その他の溶岩は,(1)この端成分マグマと当地域の下部地殻の部分溶融液との混合物,または(2)この端成分マグマとその分化マグマの混合物と考えられる。ホスト溶岩が比較的強いアダカイト的性質を有する(溶岩類の中で比較的Y含有量が低くSr/Yが高い)ことは,この解釈と調和的である。 包有岩は,通常の島弧玄武岩の化学的特徴を有し(Y ≒18ppm,Sr/Y ≒30,K/Nb >1000,N-MORB規格化液相濃集元素含有量パターンにおけるNbの負異常など),アダカイト的でない。故に,そのマグマは,当火山におけるマグマ混合作用の苦鉄質端成分ではありえない。包有岩の様々な液相濃集元素量比(例:Zr/Y =6.8と5.4,Sr/Zr =4.7と5.7 )は,アダカイトを産出しない教ヶ岳や大日ヶ岳など近隣の火山のSiO2に乏しい(<55 %)火山岩のそれ(例:Zr/Y =3.9∼5.6,Sr/Zr =4.7∼8.7 )に近い。しかし,毘沙門岳の溶岩類に近い量比を示す成分もある(例:Zr/Nbは,近隣の火山で11∼14,包有岩で19と21,毘沙門岳の溶岩類で19∼24)。したがって包有岩は,毘沙門岳火山の形成以前から当地域付近の下で生じ続けていた島弧型玄武岩マグマがアダカイト質マグマによって混染されたものである可能性が高い。