抄録
酸性降下物による地表水と土壌の酸性化は、森林成長の衰退、植物病害の増加、土壌からの有毒成分の溶脱など、生態系に重大な影響を及ぼす。土壌と基盤岩石の酸緩衝能により降水は中和され、土壌中の元素は溶脱され河川中へと流出する。本研究では、酸性雨による森林生態環境の衰退が危惧されている丹沢山地に分布する花崗岩母材(褐色森林土壌)とローム母材土壌の酸緩衝能を評価した。神奈川県西部、西丹沢山地、中川川上流域(約27km2)72地点において、2003年4月から2004年8月にかけての土壌調査および採取を行い、花崗岩母材(58地点)とローム母材土壌(14地点)の土壌プロファイル、層厚、含水率、土壌化学成分、土壌水溶液成分の分析を行った。土壌試料は、垂直方向にA0層からC層(花崗岩基盤岩)まで(最大約300cm)採取した。採取した土壌試料は、肉眼観察により土壌プロファイルを記載し、さらに105℃乾燥重量法による含水率測定、XRFによる化学組成測定、NCアナライザーによる全炭素・全窒素測定、XRDによる構成鉱物の評価を行った。また、風乾土壌:水を1:5の割合で土壌水溶液のpHと溶存成分を測定した。
土壌溶液pHは、花崗岩母材土壌A層で平均5.96、ローム母材土壌A層で平均5.04とややローム母材土壌のほうが低い値を示した。しかしローム母材土壌B層(ローム層)ではpHは5.61から7.39と大きく変動し、平均値は6.57 で、花崗岩母材土壌B層の平均値6.18よりも高かった。これはローム土が高い酸緩衝能をもつことを示している。花崗岩母材土壌は、Ao層からC層まで、幅広い組成変化をしめす。下位から上位へSiO2, Al2O3, CaO, K2O, Na2Oは減少し、一方、TiO2, P205, 全炭素、全窒素は増大する。溶脱しにくいと考えられるTiO2で規格化し、各元素の挙動を比較した。花崗岩母材土壌からのSiO2, Al2O3, CaO, K2O, Na2Oの溶脱が認められた。花崗岩母材土壌試料の最下層C層(基盤岩組成)からの平均溶脱量(wt.%)は、SiO2(25 wt.%)、Al2O3(5 wt.%)、Fe2O3(0.8 wt.%)、MgO(0.4 wt.%)、CaO(1.6 wt.%)、Na2O(1.2 wt.%)、K2O(0.3 wt.%)だった。花崗岩母材土壌の溶脱率と標高・傾斜・斜面との間には相関が認められなかった。ローム母材土壌の各成分は、上位Ao層から下位までほぼ同程度の存在量を示し、花崗岩母材土壌にみられた溶脱による大きな組成変化は認められなかった。花崗岩母材土壌は高いAl溶脱率を示した。AlはpHが約4.5以下のときに溶脱することが知られている。丹沢花崗岩母材土壌の土壌溶液pHの最低値は5.48であるが、土壌化学組成プロファイルは土壌からのAl溶脱がすでに開始していることを示唆している。
花崗岩母材土壌およびローム母材土壌のP2O5, K2O, 全炭素・全窒素含有量は、上位AoおよびA層で高い値を示し、下位にむかって急激に低下する。全炭素濃度と全窒素濃度の間には正の相関が見られた。全炭素・全窒素量と標高および傾斜には負の相関が見られた。全炭素・全窒素量と標高・傾斜との負の相関は、標高が高く急な斜面ほどこれらの有機成分は蓄積されにくいことを示している。