医学検査
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症例報告
Terminal deoxynucleotidyl transferase(TdT)陰性のT-リンパ芽球性リンパ腫(T-lymphoblastic lymphoma; T-LBL)の1症例
永川 翔吾八戸 雅孝尾形 智子南部 雅美関 律子中村 剛之長藤 宏司松尾 邦浩
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2017 年 66 巻 1 号 p. 74-79

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Abstract

T-リンパ芽球性リンパ腫(T-lymphoblastic lymphoma; T-LBL)はTリンパ球前駆細胞由来の悪性腫瘍である。リンパ節ないし節外性臓器に腫瘤を形成することが多く,腫瘤の圧排により呼吸障害を合併することがあるため,早期に診断し治療を開始することが重要である。T-LBL症例の90~95%以上で,細胞内抗原の一つであるterminal deoxynucleotidyl transferase(TdT)が陽性となる。そのため,TdTはT-LBLの診断確定上,重要なマーカーである。しかし,今回我々はTdT陰性のT-LBL症例を経験した。発症頻度の低いLBLの中でも,TdT陰性という非典型例であり,稀な症例であった。非典型的な症例の診断の場合は,臨床情報や他のマーカー検索も合わせ総合的に診断することが重要である。

I  はじめに

高悪性度非ホジキンリンパ腫(non-Hodgkin’s lymphomas; NHL)の一つであるリンパ芽球性リンパ腫(lymphoblastic lymphoma; LBL)は,WHO分類2008(第4版)において,急性リンパ芽球性白血病(acute lymphoblastic leukemia; ALL)と統合され,ALL/LBLとして一連の疾患とされた。我が国におけるLBLの発症頻度はNHLの1.72%1),2)と稀であるが,縦隔病変による呼吸障害を合併する場合があり,早期の診断と治療が重要である。また,小児から若年者に多く発症し,80%以上がT細胞性で,免疫組織化学的にterminal deoxynucleotidyl transferase(TdT)が原則として陽性となる。

今回我々は,前縦隔腫瘤による呼吸障害が発見の契機となり,心嚢液浸潤を認めたTdT陰性の非典型的な表現型をもつT-LBLの一症例を経験したので,臨床像,検査所見に文献的考察を加え報告する。

II  対象症例

1. 患者情報

年齢・性別:31歳 女性。

既往歴:妊娠時に妊娠高血圧症あり。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:2015年4月より咳,倦怠感,呼吸困難,背部痛,顔面の浮腫を自覚し近医を受診した。

高血圧とトランスアミナーゼの上昇を指摘され当院消化器内科に紹介となった。

2. 初診時血液検査所見(Table 1
Table 1  初診時血液検査所見
Peripheral blood Blood chemistry
WBC 9.7 × 103/μL TP 7.2 g/dL Na 136 mmol/L
RBC 5.03 × 106/μL Alb 3.7 g/dL K 4.4 mmol/L
Seg 75.1% T-Bil 1.6 mg/dL Cl 98 mmol/L
Eosin 1.6% AST 72 U/L CRP 0.19 mg/dL
Baso 0.8% ALT 117 U/L UA 5.4 mg/dL
Lymph 14.0% LD 219 U/L Ca 8.6 mg/dL
Mono 8.5% ALP 379 U/L Fe 18 mg/dL
Hb 13.7 g/dL γ-GT 144 U/L NTproBNP 135 pg/mL
PLT 45.0 × 104/μL ChE 164 U/L sIL-2R 331 U/mL
PT(%) 72% AMY 31 U/L 抗HTLV-1抗体 (−)
PT(INR) 1.14
PT(sec) 16.5 sec
APTT 29.3 sec
Fib 225 mg/dL
ATIII 92%
D-D 0.7 μg/mL

WBCやPLTの増加および,CRP値の上昇などの炎症所見,トランスアミナーゼの上昇を認めた。乳酸脱水素酵素(LDH)やsIL-2Rの上昇は認められず,末梢血液塗抹標本検査において異常細胞の出現は認められなかった。

3. 超音波・CT所見

当院紹介時の腹部超音波検査にて胸水貯留が認められ,心機能評価を目的とした心臓超音波検査を施行,高度な心嚢液貯留が見られた。CTにて前縦隔に内部不均一な径88 × 67 mmの腫瘤を認めた(Figure 1)。右心不全の解除と心嚢液の性状確認の目的で心嚢液穿刺を行い,約600 mLの淡黄赤色混濁の心嚢液を吸引した。心嚢液の一般検査,細胞診検査の結果より悪性リンパ腫が疑われたため,確定診断を目的に右胸腔鏡下縦隔腫瘍生検が行われた。

Figure 1 

CT画像:内部不均一な径88 × 67 mmの腫瘤

III  細胞形態

1. 心嚢液の一般検査(メイギムザ染色)

中型異型細胞の単調な増殖が見られた。異型細胞は高いN/C比を示し,核型は不整で,一部は切れ込み(convoluted nuclei)を有し,細網状の核クロマチンと1~2個の不明瞭な核小体が見られ,細胞質内小空胞を有していた。以上の細胞所見より,リンパ球の腫瘍性増殖を疑った(Figure 2a)。

Figure 2 

心嚢液のメイギムザ染色及びパパニコロウ染色(600倍)

a:中型異型細胞の単調な増殖が見られる(メイギムザ染色)。

b:高いN/C比を示す中型異型リンパ球が多数見られる(パパニコロウ染色)。

2. 心嚢液の細胞診検査(パパニコロウ染色)

高いN/C比を示す中型異型リンパ球が多数見られ,核型は不整で,ときに明瞭な核小体が見られた(Figure 2b)。

3. 前縦隔腫瘍生検の病理組織所見

小型から中型の異型リンパ球の単調な増殖が見られた(Figure 3a)。この組織学的所見と,以下に示す免疫組織化学染色(IHC)の結果,ならびに,骨髄浸潤を認めないこと,年齢,発生部位が前縦隔であることからT-LBLと診断された。

Figure 3 

前縦隔腫瘍のHE染色及び免疫組織化学染色(全て600倍)

a:HE b:CD3(+) c:CD5(+) d:CD7(+) e:CD99(+) f:TdT(−)

IV  IHC及びフローサイトメトリー(FCM)

1. 前縦隔腫瘍生検のIHC

腫瘍細胞はCD3,CD5,CD7,CD99陽性(Figure 3b–e)で,CD4,CD8,CD20,CD25,CD30,CD79a,CD34,c-kit,TdT(Figure 3f)は陰性であった。

2. 前縦隔腫瘍生検のFCM

腫瘍細胞の表面マーカー検索ではCD3,CD5陽性,CD4,CD8,TdT陰性(Figure 4)であり,IHCの結果と合致した。

Figure 4 

前縦隔腫瘍のFCM

CD3(+),CD5(+),CD7(+),CD4(−),CD8(−),TdT(−)

V  経過

上述のIIからIVの総合所見からTdT陰性のT-LBLと診断され,ALLに準じた多剤併用化学療法を開始したところ,腫瘍の縮小傾向(88 × 67 mm→48 × 32 mm)がみられ,心嚢液もごく少量に減少した。その後も化学療法は継続し,経過良好のため,引き続き治療継続が行われている。

VI  考察

T-LBL はTリンパ球前駆細胞由来の悪性腫瘍であり,リンパ節ないし節外性臓器に腫瘤を形成することが多い。以前は骨髄浸潤の割合が25%以下の場合をLBL,26%以上の場合をALLとしていたが,2008年度版のWHO分類(第4版)では20%を指標としている3),4)

胸腺Tリンパ球の成熟段階は,分化するにつれてearly cortical(immature thymocyte)stage,later cortical(common thymocyte)stage,medullary(mature thymocyte)stageの3段階に分けられ,それぞれCD4CD8,CD4+CD8+,CD4+CD8/CD4CD8+として区別できる2)。本症例はCD4CD8のdouble negative(DN)であるためearly cortical stageに相当する。

TdTは未熟なリンパ球の特異マーカーとして使用され,T-LBLでは通常90~95%で陽性2),5),6)とされているが,本症例では陰性であった。Teradaら5)はT細胞性腫瘍の場合にはTdTに加え前駆細胞で発現が見られるc-kit,CD34,CD99の検索も行うべきであると強調しており,TdT陰性の場合にこれらの陽性所見がLBLと診断するうえでの根拠の一助とされている。本症例がT-LBLの診断に至った経緯をまとめると,T細胞マーカーのCD3陽性,前駆Tリンパ球に発現が見られるCD99陽性5),7),TdT陰性ではあるが,CD4CD8のDNの所見は未熟な胸腺Tリンパ球であることを示唆しており,前縦隔に腫瘤形成をみることや,患者が31歳と若年であることなどの臨床情報から,LBLの最終診断が得られた。本症例はTdT陰性の非典型的な発現様式であったが,現在のところ通常の治療で良好な治療成績が得られている。

高悪性度リンパ腫には予後予測モデルとして国際予後指標(international prognostic index; IPI)があるが,LBLにおいては必ずしも適応しないため,LBL独自の予後指標の確立が望まれる。諸家らがT-LBLの予後不良因子として報告しているものの中で,骨髄浸潤または中枢神経浸潤を有するもの,LDHの高値(正常上限の1.5~2倍以上),年齢30歳以上,病期Ⅲ以上(Ann Arbor分類),初期治療反応性が部分奏効以下4),7)の5項目は各報告におおむね共通しており,予後不良因子として有用な可能性がある。本症例ではこれらの予後不良因子の該当項目が極めて少ないことが,良好な経過を辿れている一因と思われる。また,最近の遺伝子発現プロファイルの結果,①LYL1高発現のpro-T群,②HOX11高発現のearly cortical thymocyte群,③TAL1高発現のlate cortical thymocyte群の3群に分けられ8),9),このうち,HOX11高発現群は薬剤感受性が高いため,臨床的に予後が良いとされている。一方,LYL1高発現群やTAL1高発現群は薬剤耐性があり,予後が悪いという報告もある10)。林8)やFerrandoら10)は今後,分子病態が解明されることで,層別化による治療が可能となり,新薬の開発等で治療成績はさらに向上していくと述べている。

縦隔腫瘍の発生頻度は胸腺腫瘍(約40%)が最も多く,神経原性腫瘍(約15%),先天性囊胞(約15%),胚細胞性腫瘍(約10%)と続き,リンパ性腫瘍は約 5%と比較的低頻度である。通常,縦隔腫瘍の進展は緩徐であるが,未熟型奇形腫,セミノーマ,胎児性癌,悪性リンパ腫は腫瘍進展が早い。さらに,リンパ性腫瘍ではT-LBLの他,縦隔原発大細胞型B細胞リンパ腫,Hodgkinリンパ腫,未分化大細胞型リンパ腫などが好発するため鑑別が必要となる。また,胸腺腫の一亜型のB1型胸腺腫は,多数のリンパ球が背景に出現し,大型で明るい核と小型の核小体をもつ類円形~多辺形の腫瘍細胞が散在性に見られるため,LBLと病理組織学的に鑑別が困難な場合があるので,免疫組織化学染色や表面マーカー検索等が有用となる。悪性リンパ腫は早期に治療を開始することで治療効率が上昇することが知られており,早期診断が重要であり,急速に増大する縦隔腫瘍を認めた場合は悪性リンパ腫も念頭に置いて検査を行うべきである。また,本症例のように疾患特異性の高い表面マーカーが陽性を示さず,診断に苦慮する症例では,臨床情報や,それ以外の表面マーカーなどからの総合的な診断が重要である。

 

なお,本論文の要旨は第50回日臨技九州支部医学検査学会にて発表した。

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本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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© 2017 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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