医学検査
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症例報告
難治性CLLの新規治療薬アレムツズマブが奏功したT-PLLの一症例
西原 佑昇
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2017 年 66 巻 2 号 p. 163-167

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Abstract

患者は80歳代女性。他院にて白血球高値を指摘され精査目的で当院受診した。当院検査所見:WBC 11,100/μL(LY 71.5%),Hb 12.6 g/dL,PLT 29.1万/μL。表面マーカー解析:CD2+, 3+, 4+, 5+, 7+, 8+。以上よりT-PLLと診断された。診断当初は経過観察となったが,途中病状の増悪を認め治療開始となった。しかしフルダラビン療法およびTHP-COP療法ともに効果なく,難治性CLLに対する分子標的薬Alemtuzumab(ALZ)の適応となった。ALZ投与後Day 3でWBCは正常域に達し,病状は劇的に改善した。ALZ投与ガイドラインに沿って最大12週間投与され,終了2ヶ月目の現在,状態は安定し継続加療中である。今回,新薬の奏効により予後不良のT-PLLの治療に大きな期待を抱く結果を得た。一方で我々検査技師としては,治療による大幅な検査値の変動に対し,その要因を把握することは精度保証の観点から非常に重要である。医学の進歩が著しい現代において,新薬や治療についても情報収集をすることは,我々の新たな責務といえる。

I  はじめに

T細胞性前リンパ球性白血病(以下,T-PLL)は小型から中型の成熟リンパ球の形質をもつT細胞性前リンパ球が増殖する疾患と定義され,その進行はアグレッシブで予後は極めて不良である1)。本邦では悪性リンパ腫のうち0.06%と非常に稀であるが,正確な発生頻度は不明である1)。治療に関して2014年度,再発または難治性CLLの新規分子標的薬として,リンパ球表面抗原CD52に対する抗体アレムツズマブ(Alemtuzumab,以下ALZ)の国内製造販売が承認された。これを受け,当院において,難治性T-PLLに対してALZ療法を適応し,奏功した症例を経験したので文献的考察を加えて報告する。

なお本論文は院内倫理委員会において承認を得たものである。

II  症例

患者:80歳代,女性。

現病歴:2014年9月,かかりつけ医にて白血球数高値を指摘され,当院血液内科に紹介となった。

初診時検査所見:WBC 11,100/μL(LY 71.5%)とリンパ球増加を主体とする異常を認めた。貧血および血小板の減少は認めなかった。生化学検査所見は‍LDH 229 IU/L(基準値110~220 IU/L)と軽微な上昇を示した以外,特記すべき所見は認めなかった(Table 1左)。末梢血のリンパ球形態は小型~中型の成熟リンパ球で,異形性は認めなかった(Figure 1)。細胞表面抗原解析:CD2+, 3+, 4+, 5+, 7+, 8+であった(Figure 2)。以上の結果からT-PLLと診断された。

Table 1  検査結果(左:初診時 右:入院時)
CBC BioChemistry CBC BioChemistry
WBC 11.1 × 103/μL TBIL 0.5 mg/dL WBC 538 × 103/μL TBIL 0.5 mg/dL
RBC 418 × 104/μL AST 19 U/L RBC 401 × 104/μL AST 26 U/L
Hb 12.6 g/dL ALT 11 U/L Hb 12.2 g/dL ALT 14 U/L
PLT 29.1 × 104/μL LDH 229 U/L PLT 20.0 × 104/μL LDH 536 U/L
DIFF ALP 227 U/L DIFF ALP 249 U/L
Stab 0.0% GGT 9 U/L Stab 0.0% GGT 18 U/L
Seg 24.5% TP 7 g/dL Seg 9.5% TP 7.1 g/dL
Bas 0.0% ALB 4.2 g/dL Bas 0.5% ALB 4.2 g/dL
Eos 0.5% BUN 13 mg/dL Eos 0.5% BUN 11 mg/dL
Lym 71.5% CRE 0.59 mg/dL Lym 84.0% CRE 0.60 mg/dL
Mon 3.5% CK 56 U/L Mon 5.0% CK 59 U/L
CRP 0.02 mg/dL CRP 0.05 mg/dL
sIL2R 253 U/mL sIL2R 1,290 U/mL
Figure 1 

リンパ球細胞像(MG染色 ×1,000)

Figure 2 

リンパ球細胞表面マーカー解析結果

III  臨床経過

受診当初は自覚症状がなく他の血球減少も認められなかったため,外来で経過観察となった。2015年3月,WBC 53,800/μL(LY 84.0%),IL2-R 1,290 U/mLと症状が増悪したため,フルダラビン50 mg × 5 dayの内服が開始された。しかし効果が無く,2015年4月,WBC 59,300/μLと上昇し,加療目的で入院となった。入院時の血液検査結果はTable 1右に示す。CT検査では,両側顎下,頚部,腋窩,外腸骨動脈領域,鼠径部に多数のリンパ節腫脹を認めた。

入院時の治療としてTHP-COP療法が開始された。開始後day 6まで白血球数は下がり一定の効果が期待されたが,day 7で白血球の減少が止まり,以降は再び増加傾向となった。そして2015年5月よりALZ投与が計画された。それまでステロイドとエンドキサンで血球コントロールを図るが,白血球数は高値を推移したままALZ療法開始となった。投与計画はガイドラインに沿って,1日目に3 mg投与,2日目に10 mg投与し,以後週3回30 mgを最大12週までの使用となった(Figure 32)。ALZ療法直前WBC 56,000/μL。ALZ投与後day 1でWBC 46,100/μLと減少を認め,day 3でWBC 6,900/μLと正常域に達した。開始後1ヶ月での造影CT検査では,両側顎下,頚部,腋窩,外腸骨動脈領域,鼠径部に認められたリンパ節腫脹は総じて縮小していた。12週間投与後,感染に注意を払いながら退院,外来経過観察となった。投与終了後2ヶ月が経つ現在,血球コントロールは依然良好,継続加療中である。これまでの臨床経過をFigure 4に示す。

Figure 3 

ALZ投与プロトコル(文献2)より改変引用)

Figure 4 

臨床経過

IV  考察

ALZは本邦ではその対象疾患が再発または難治性B細胞性CLLであり3),厳密には本症例のT-PLLは適応疾患ではない。しかし海外では先立ってT細胞性腫瘍に対する臨床試験が行われており,T-PLLにに対するALZの有効性も見出されている4)。Deardenら3)の複数の臨床試験によると50~76%の有効率(完全寛解は38~60%)が報告され,特に末梢血や骨髄の病変に対する反応性が高いと言われている。そしてこれらのデータを基にT-PLLに対する初期治療としてのALZの投与も試みられている4)。本症例の適応の是非についても,海外での臨床試験データを基に,患者との同意により投与が決定された。

ALZの作用機序は,B細胞やT細胞,さらには腫瘍性リンパ球に至るまで幅広く発現するリンパ球のCD52抗原を標的とし,抗体依存性細胞障害活性(ADCC)や補体依存性細胞障害活性(CDC)によって抗腫瘍効果を発揮するものである3),5)。腫瘍細胞にもCD52抗原が発現することから,特に進行が早く治療法が確立されていないT-PLLに対してはALZによる治療効果が期待される4)。なお本症例ではCD52抗原について検査されていないが,ガイドラインではその発現の有無については求められていない3)

本症例はALZ投与により病状に劇的な改善を認めたが,今後の経過については注意深く観察していく必要がある。ALZの適応症例数は本邦では少ないため,今後ALZの使用例数が増加し,長期的な再発や有害事象のリスク因子などが解明されることが期待される。なお本症例はALZ適応例として本邦8例目,近畿圏では初となる症例であった。

V  結語

ALZは国内で承認された分子標的薬としては比較的新しい薬剤である6)。今回,新薬により予後不良といわれるT-PLLの治療に大きな期待を抱く結果を得た。一方で我々検査技師としては,治療による大幅な検査値の変動に対し,その要因を把握することは精度保証の観点から非常に重要である。医学の進歩が著しい現代において,新薬や治療についても情報収集をすることは,我々の新たな責務といえる。

(この要旨は第55回日臨技近畿支部医学検査学会にて発表した。)

VI  追記

患者は退院後3ヶ月目で当院救急外来に受診した。そこでは見当識障害の出現,白血球数の増加,そして頭部CT検査で白血病細胞の浸潤を疑わせる所見が見つかり,再々入院となった。入院時検査結果:WBC 11,400 μL,Hb 13.6 g/dL,血小板数20.8万/μL,LDH 422 IU/L。病勢激しく治療方針はステロイドを中心とした緩和的治療が中心となった。そして入院から2週間後,永眠された。

再発を来たした原因として,ALZによって寛解状態にはあったが,微小残存病変minimal residual disease(MRD)の存在が考えられる。ゆえにMRDの検索を行うことで再発の予測ができたかもしれなかった。文献ではALZ療法後の再発リスクを予測するための試みとして,フローサイトメーターによるMRDの検索を行い,MRDの有無による予後の有意な差を認めたという報告もある7)。またALZ療法後のT-PLLについては,長期的に再発は避けられず,根治のためにはALZによる完全寛解後に造血幹細胞移植の実施が必要と報告する文献もある2)。今後ALZ投与後の経過管理や投与後の次なる治療法までも確立されることが期待される。

(第55回日臨技近畿支部医学検査学会発表後の経過を追記した。)

文献
 
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