2017 年 66 巻 4 号 p. 381-386
2014年6月の臨床検査技師等に関する法律の一部改正法案成立に伴い,臨床検査技師が検体採取を行うことが可能となった。当院では,医師の指導のもと看護部と協力し一部の検体採取を実施している。本稿では,主にノロウイルス検査のための便(直腸便)採取について現状を報告する。検体採取を行う上で臨床検査技師側の利点も多く,患者への質の高い医療提供へと繋がっていると考えられる。臨床検査技師が検査室を離れ,検体採取や病棟および外来へ業務拡大することにより,他の職種にも多くの利点をもたらした。また,少人数の検査室では,多職種と協働・連携することが検査室運営の観点からも重要である。
当院は熊本県のほぼ中央に位置する美里町にあり,無医地区解消という地域の強い要望により,昭和55年12月に32床の一般病院として開院した。現在は,障害者施設等一般病棟51床,医療療養病棟52床,介護療養病棟52床の病床機能の異なる3つの病棟(155床)とサービス付き高齢者住宅(木香館:28床),有料老人ホーム(コミュニティハウスおんじゃく:10床)を運営している。検査室の体制は,常勤の臨床検査技師(以下:検査技師)2名と非常勤1名である。生理機能検査は,脳波,筋電図,心電図,超音波,肺機能検査などを行っている。検体検査は,生化学,血液,尿一般検査などを院内で検査しており,その他の検査は外部委託である。また,内視鏡検査やベッドサイドでの動脈血ガス分析検査の補助等も行っている。入院及び外来患者は年々高齢化し,介助の必要な患者が増加したことで,医師や看護師の負担が多くなっている。
2014年6月の臨床検査技師等に関する法律の一部改正法案成立に伴い,検査技師が医師または歯科医師の具体的な指示を受け,診療の補助として検体採取を行うことが可能となり,医師の指導のもとに検査技師と看護師で協力して一部の検体採取を開始した。
当院の患者年齢層は高齢者が多く,胃瘻造設や気管切開を施行された患者も多い。また,脳梗塞後遺症などによる麻痺,神経難病,全介助を要する患者や認知症のため見守りが必要な患者も多い。そのため,患者の個々の動作に時間を費やすことが多く,看護師や介護士の負担も少なくない。病院は3階建てであるが,通路が長く,移動にも時間を要する病棟配置となっている。検査室は1階にある為,検査技師が病室に出向き,検査を行う方が効率よく短時間で検査を行うことができる。患者側も病棟からの移動に不安を呈することもあり,不慣れな検査室では緊張していることもある。検体採取においても,病棟に採取容器の在庫が不足している時は途中で検査室に容器を取りに戻る必要もある。以上の状況から看護師や患者の負担を考え,病棟や外来へ出向き検体採取や,ポータブルでの生理検査を検査技師が実施している実態がある。当院の検査技師による検体採取は,咽頭,鼻腔,皮膚,便(直腸便)などの採取を行っているが,今回はノロウイルス検査のための便(直腸便)採取の現状を報告する。
1)外来患者がノロウイルス感染疑いの場合は,個室へ案内する。入院患者の場合は,個室に案内するか病室でカーテンで仕切り,患者に不安を与えないように配慮する。すぐにノロウイルス検査のための排泄便が採取できない時は,ノロウイルス検査の説明を行い,肛門から便採取が必要であることを十分理解していただき,同意を得た上で直腸便を採取する。患者の中には,肛門から便を採取されることに対して抵抗がある方も少なくない。よって採取中は患者に不安を与えないように言動を注意する。検体を採取する検査技師は,二次感染防止のためにマスク・手袋・エプロンを必ず着用する(Figure 1A)。
直腸便採取の準備
(A)直腸便採取側の二次感染防止対策
(B)患者側の直腸便採取時の体位
(C)患者側の直腸便採取時のプライバシー確保
2)便で汚染しないようにベッドに防水シートを敷き,ベッド上で患者肢位を左側臥位にする。右下肢を強く屈曲させ,左下肢をやや屈曲させる(Figure 1B)。ベッドに移動する時や左側臥位の姿勢をとる時に,検査技師1名で行うことが困難な場合は看護師や介護士に検査の補助を依頼する。患者の臀部にバスタオルをかけ,肛門以外が露出しないように配慮する(Figure 1C)。
3)直腸便採取時は患者の緊張を和らげ,力を抜くように指示し,ゆっくりと直腸スワブを回しながら肛門へ挿入する。患者に痛みや検者の手に抵抗がある時は無理には挿入しない。また,臀部の皮膚で肛門が見えにくい時は左手で臀部の皮膚を持ちあげ,肛門を確認して直腸スワブを挿入する1)。直腸は背側へ屈曲している為,直腸スワブを背中側に向け,綿球が隠れる程度(約2~3 cm程度)まで挿入する(Figure 2)。もし,出血などがみられた時は,医師へ速やかに報告する。
肛門挿入する直腸スワブと挿入目安
2008年1月1日~2016年6月30日までの期間にノロウイルス検査を施行した件数を調査した。また,2015年4月1日~2016年6月30日の期間にノロウイルス検査をした31件を対象とし,検体採取方法別と依頼部署別に調査した。
3. 看護部へのアンケート調査検査技師の病棟および外来での検体採取や病棟検査業務について,41名の看護師を対象にアンケート調査を実施した。
検体採取を行うことについては,「看護師の業務負担軽減につながるか?」,「検査技師が病棟(外来)のベッドサイドでの検査(心電図・超音波・動脈血ガス分析検査等)を行うことについては,看護師の業務負担軽減につながるか?」の質問に対して,「a 負担軽減となる」「b 負担軽減とならない」「c どちらともいえない」の3者択一で回答を求めた。また,「検査技師に病棟(外来)で行ってほしいと感じるものを教えて下さい。複数回答可」とし,「a 採血業務」「b POCTでの血糖測定やPT-INR測定」「c ベッドサイドでの心電図」「d ベッドサイドでの超音波検査」「e 患者への各種検査説明」の5者択一で回答を求めた。
当院のノロウイルス検査件数は2008年が9件,2009年が3件であった。当時のノロウイルス簡易キットは判定に遠心機を使用するタイプのもので,判定ラインも見えにくいため判定が難しかった。2010年より遠心不要の簡易キットが発売され,検査方法も簡単になり,判定ラインも以前より見えやすく取り扱いやすく改良された。看護師も簡易キットを用いて検査可能となり,検査技師が不在時の夜間や休祝日は看護師によって検査を実施している。2012~2013年は,院内の患者や職員間で感染拡大した為,検査件数が増加している(Figure 3)。流行期では,連日においてノロウイルス検査の依頼が多く,検査対象のほとんどが病状の急変しやすい高齢者であった。更に2013年に簡易キットが改良され,直腸便でノロウイルス検査が可能となった為,すぐに便採取が困難な時は肛門から直腸便採取を行えるようになっている。
2008年1月~2016年6月までの当院ノロウイルス検査件数
法改正後のノロウイルス検査件数は,2015年4月~2016年6月までの期間に31件であり,その内訳は排泄便が8件,直腸便が23件であった。依頼部署別にみると,排泄便は病棟が6件,外来が2件であり,直腸便は病棟が8件,外来が15件であった(Figure 4)。全体として,ノロウイルス検査件数は病棟が少なく,外来が多かった。
当院依頼部署別ノロウイルス検査の検体採取状況
アンケートを依頼した41名の看護師から100%の回答を得た(Figure 5)。「検査技師の検体採取は看護師の業務負担軽減となる」が93%,「どちらとも言えない」が7%(Figure 5A),「検査技師がベッドサイドでの検査を行うことで看護師の負担軽減となる」が95%,「どちらとも言えない」が5%であった(Figure 5B)。また,検査技師に行ってほしい業務としては,ベッドサイドでの心電図(95%),ベッドサイドでの超音波検査(93%),POCTでの血糖測定・PT-INR測定(78%),患者への検査説明(61%),採血(56%)であった(Figure 5C)。
検査技師の病棟(外来)の検体採取や病棟業務についてのアンケート調査集計(対象看護師41名)
(A)アンケート調査の質問1の回答集計結果
(B)アンケート調査の質問2の回答集計結果
(C)アンケート調査の質問3の回答集計結果
2015年4月~2016年6月の期間は病棟で感染拡大なく,病棟での件数が少なかった。病棟では,おむつ使用の患者も多く,便採取は主におむつ交換時に行うため,排泄便で採取することが多かった。一方,直腸便採取による検査は,外来患者で多く,診療時間中に排泄便採取が難しい時に行われることが多かった。その理由として,外来患者の中には下痢や嘔吐が少し落ちついてから来院される患者も多いこと,認知症や四肢の麻痺などのために便の自己採取が難しいなどの理由が考えられた。
検査技師側の利点としては,病棟または外来に出向き,直接的に検体採取をすることで患者本人の状態を観察でき病状を聞くことができることからより多くの情報収集が可能となったことである。患者側の利点は,検査の内容を理解していない方も多く,検体採取をきっかけとして検査の必要性や検査法などを説明する機会が増えるなど,患者満足度にも繋がったと考えられる。また,採取検体量は多過ぎても少な過ぎても判定に影響があるため,最適な検体量を採取することも可能となり検査精度の向上にも寄与したと思われる。嘔吐や下痢症状がある時はノロウイルス検査のみではなく,採血や点滴などの検査指示が出ることも多く,限られたスタッフの中で看護師も多忙となる。従って検査技師による検体採取により,看護師の業務負担軽減は計り知れない。日本臨床衛生検査技師会の実証調査報告でも,検査技師を病棟配置したことによる効果として「看護師の検査業務負担が軽減した」が93%であった。看護師が感じる業務負担感の中で,検査技師が病棟業務に関わり大きく解消された項目として,「検体採取・採血」が77%,「心電図」が75%,「患者輸送」64%であった。患者側へのアンケート調査では,「検査結果の解釈を説明してもらいたい」が半数を占めていた2)。今回の取り組みでも類似の結果を得ていると思われる。
当院のアンケート結果からも検査技師が,病棟および外来へ出向き検体採取を実施し,ベッドサイドで検査を行うことは,看護師の業務負担軽減につながるといえる。検査技師は検査室内業務のみではなく,病棟および外来での業務を看護部からも求められている。さらに,検査依頼から結果報告までの時間も短縮され,迅速な診断・治療へ進むことで患者負担も軽減できると予想される。当院では検査結果が陽性時において感染対策マニュアルに沿って,検査室より迅速に情報発信を行うなどのサポートを積極的に行いチーム医療にも貢献しているものと考えられる。
問題点として,当院は24時間体制で検査技師が勤務していないため,夜間帯や休祝日は看護師がノロウイルス検査を行っている。看護師も交代制のためノロウイルス検査が未経験という看護師がいるのが現状である。簡易キット使用のため,操作方法や判定方法は添付説明書を見ながら行えるようになっているが,便の採取量が添付説明書のみではわかりにくいために,便が多過ぎて偽陽性になったことやコントロールラインが確認できないということも経験した。メーカーへ問い合わせで原因を追求し,看護部へ情報を伝達した。検体が便ということで,流動食の影響や薬剤の影響もあり,判定が難しい場合もあった。
また,常勤の検査技師が2名のため,1名体制の勤務時もあることから出向が難しい場合もある。そのため,看護部とは常に連携を取り緊急検査なのかを確認しながら検査の優先順位を選択しているが,緊急患者が重なり種々の検査で多忙な時は,看護師や医師など他職種の協力によって検査技師の検体採取や病棟業務が成立していると考えられる。当院の検査技師は検体採取等に関する厚生労働省指定講習を修了しており,検査技師が検体採取を積極的に行っているが,常に多職種との連携が必要な業務と思われる。看護師等は患者の日常の状態や性格までもよく把握しているので,検査技師は事前に患者の情報収集を行うことが,患者とのコミュニケーションにも大きく影響すると思われる。検査値やカルテのみでは把握できない情報もあり,現場のスタッフとの連携が検体採取には大変重要であると考えられる。
検査技師が検査室から,病棟や外来に出向き,直接的な検体採取を行うことにより,より多くの患者情報が得られる。また,患者側にも検査の内容や検査の必要性などを検査技師から説明することが可能であり,より質の高い医療を提供できる。検体採取業務を転機として,今後の病棟業務や患者への検査説明など,検査技師の業務拡大に繋げることが可能となる。
検査技師が病棟および外来業務に関わることで,双方に多くのメリットが生まれ看護部をはじめ,その他の関係部署とチーム医療を進める必要がある。少人数の検査室では検査技師のみで検査を行うという体制ではなく,多職種と協働・連携していくことが重要と考えられる。
本論文は第65回日本医学検査学会(2016年9月,神戸市)において報告した。
本アンケート調査は当院倫理委員会の承認を得て実施した。
稿を終えるにあたり,ご指導いただいたくまもと温石病院神経内科部長松永薫先生に深謝いたします。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。