近年,病棟に出向いて実施している具体的な臨床検査技師の業務項目として,生理学的検査,検体採取,各検査の説明,ICT・NST活動への参画などを行い,患者中心のチーム医療へシフトし始めている。こうした動向を受け,当院の臨床検査科では病棟業務,特に病棟採血を積極的に実施している。臨床検査技師が全病棟のナースステーションに赴き,検査指示回収から採血,結果報告までを一括して担当しており,患者の病態の把握,診断・治療の迅速化をもたらし,治療の質の改善につながっている。
戸田中央医科グループは,1都4県に広がり平成28年8月1日現在,臨床検査技師は31施設に328人が勤務している。当院は戸田中央医科グループのひとつで東京都八王子市にあり,呼吸器内科・血液内科・外科・乳腺外科・人工透析を中心とした157床の救急告示病院で,7名の臨床検査技師が勤務している。臨床検査技師が病棟に出向いて実施している業務は採血,心電図検査,超音波検査,ICT活動,NST活動などがある。本稿では,病棟採血について当院の取り組みを報告する。
当院病棟採血の結果は,朝9時までに報告することが診療の都合上望ましく,臨床検査技師が毎朝6時までに出勤して病棟採血することが求められるが,7名で実施することは困難である。そこで,提出数の最も多い午前8時45分から午前10時までの時間帯を避けた午前10時30分から12時まで,2名ないし3名の臨床検査技師で病棟採血を実施している。外来採血の場合には,まず患者本人にも名乗ってもらい手元の採血管と照合するなどを行い,とり間違い防止をしている。しかし,障害者病棟などでは,患者確認ができない場合が多く,ネームバンドによる確認が必要である。
2. 測定不可あるいは測定に支障をきたす問題不適切な採血で測定不可あるいは測定に支障をきたすものとして,採血管間違い,採血量不足,検体不良(溶血,凝固,乳び),採血後の長時間放置,患者間違いなどがあげられる。さらに,インスリンなどの薬物の影響1)や疾患による血液性状の変化(多発性骨髄腫での高蛋白血症など)の確認作業が必要な症例もある。
3. 採血が困難な患者検体不良,採血量不足,血管が細い,脆弱,複数箇所での輸液による血管選択肢の減少,拘縮,激しい体動などがあげられる。
4. 採血が原因で患者の身体に起こりうる問題皮下出血や血腫,神経損傷,アルコール消毒による皮膚のかぶれ,迷走神経反射などがある2)。
皮下血腫は,穿刺した血管から血液が漏出し,皮下あるいは体外に過剰な出血が生じることであり,穿刺時に針が血管に十分刺入されていない場合や,逆に深く刺しすぎて血管の後壁に貫通した場合にみられる。ワルファリンなどの抗凝固薬やアスピリンなどの抗血小板薬を服用している患者の場合には,止血まで観察を要する3)(Figure 1)。
病棟採血の様子 a:手背側 b:上肢の皮静脈
採りにくい患者を採血する様子。
針刺し事故や,接する患者からの院内感染があげられる。
1.~5.にあげた問題の発生を防止して,効率的に採血業務を実施できるように,いくつかの取り組みを行っている。
検査指示から採血,分析に至る工程は,当院では手作業で実施している(Figure 2)。
病棟採血の流れ1
当院における病棟採血のながれ(指示~報告まで)
1.カルテから検査指示の回収
2.チェックシートの作成
3.検査の受付
4.採血管の準備1)
5.チェックシートと採血管の確認
6.病棟採血実施(採血手技)1)
7.血液検体検査及び検査結果の報告
1. 採血の準備当院では,電子カルテやオーダリングシステムを使用していないので,全病棟へ臨床検査技師が赴きカルテから指示箋を拾い,病棟別に翌日の病棟採血する患者リストを作成している。この患者リストには培養検査や細胞診の検査依頼も記載し把握している。病棟採血時にはワゴンに翼状針,消毒用エタノール綿,予備の採血管,採血手袋,真空採血管ホルダー,廃棄ボックス,ごみ袋を取り付けてチェックシートと試験管を準備し(Figure 3),消毒用エタノール綿禁止患者も把握している。
病棟採血時使用しているワゴン
採血針,注射針,翼状針は用途に応じて使い分ける必要があり,針の太さは21 Gから23 Gが一般的である。口径の小さい針を使用する場合は,陰圧で溶血することがあるので注意が必要である。当院は平成27年2月から障害者病棟が増設されたことで採血困難な患者が多くなり,これに伴う針刺し事故等を防止するために21 Gから23 Gの安全機能付き翼状針を使用している。
3. 病棟採血に関係した病棟業務の時間帯早朝採血は午前6時から7時30分まで病棟看護師と臨床検査技師で採血を行い,9時までに結果を報告する。午前10時30分から12時までは臨床検査技師が病棟採血を実施し(Figure 4),採血後検体を検査室に運び検査を実施する。
a:病棟採血状況 b:採血セット
午後1時までに院内で実施した生化学検査と血液学検査の結果を報告する。午後4時から病棟に赴き,検査指示の回収を行う。病棟で臨床検査技師が業務を行う時間は,1日約4時間である。
A.平成27年4月から平成28年3月までの採血実績は1万1,783件であり,このうち約9,000件を臨床検査技師が実施した。
B.平成27年度の検査漏れや試験管間違いに関連する看護部インシデント件数は外来採血より病棟採血の方が少なかった。この結果から,臨床検査技師が検査指示の回収から採血,結果報告までを一括して実施することで,試験管間違いや検査漏れの減少,溶血・凝固・採血量不足の問題解消になっていることがわかる。
C.病棟採血を継続した結果,熟練した技術をもった臨床検査技師の育成と,採血中の医療事故(血腫,皮内出血,神経損傷)2)の発生リスクを減らすことにも貢献できた。平成27年4月から平成28年3月までの採血では,神経損傷は発生しなかった。
D.アンモニアの測定については,臨床検査技師が採血し,ベッドサイドで迅速に測定し報告している。血中アンモニアは食事(食後1~4時間で約2倍)や運動によって増加するため,安静空腹時に採血を実施する必要があり,採血時にそれらを考慮することにより,正確な検査結果を提供することが可能になった(Figure 5)。
病棟採血の流れ2
前処理・採血・輸送・検査・結果確認・報告,各過程をすべて正しく行う
検体検査は機器で測定を行えば簡単に結果が得られる。しかし,「正しい」検査結果を出すためには「採血」「保管・輸送」「受付・前処理」「検査」「結果確認」の各過程をすべて正確に行うことが必要である。採血前には患者情報を把握し,採血時には患者状態を確認,採血結果は前回値との比較を行い,結果を報告することで追加検査や迅速な治療に貢献できた。
病棟患者の採血結果に異常があったり,前回値と乖離があった際,採血業務に看護師がかかわっている場合は,手技的ミスの可能性を考える必要があった。そのため看護師にこれらを確認する必要があり,予定外の時間を要することもあった。しかし,臨床検査技師が行うようになってからは,採血した臨床検査技師にすぐ聞き取り調査ができるため,結果報告までのタイムロスが縮小されている。また,血小板数が低値の場合,採血時の状況確認で採血手技の影響があったかを把握でき,無駄な再検や再採血を回避できている。早朝採血の場合,対応できる臨床検査技師は1名であり,看護師との共同体制になる。看護師は採血だけでなく,点滴などの業務もあるため臨床検査技師が採血に関われば病棟業務に専念できる。現在行っている病棟の採血業務は臨床検査技師が2~3名で行っているため採血業務に集中でき,病棟採血を継続した結果,熟練した技術をもった臨床検査技師を育成することにつながり,1件あたりの採血時間が1分~2分短縮できた。また,検査データを報告した後,主治医が指示する時間帯は外来業務が落ち着く頃でありメリットが大きいと医師・看護師に好評であった。
病棟に臨床検査技師が介入し,検査関連業務(病棟採血)を行うことで医師,看護師との連携・情報交換の大切さと患者とのコミュニケーションの必要性を実感した。採血は治療において重要な業務のひとつであり,これを臨床検査技師が担当すれば病棟看護師の業務軽減にもつながる。また,検体が正しく採取されたか否かを把握しやすくなるため,診断・治療に必要な検査データを迅速かつ正確に提供できるという利点もある。検査前工程のトラブルのすべてを分析担当者が察知することは不可能であるが,誤った検査データで不適切あるいは無用な医療行為が行われることは避けなければならない。それらを回避するためには,事前に患者情報の確認を行い直接患者を観察することで,採血から結果報告までを担うことが必要であり,検査工程全般に臨床検査技師が関わることで,医療の質の向上につながると考える。同様にNST活動ではNST介入患者の状態を確認しながら,採血から検査結果報告をすることで結果の推移・変動から患者の状態や改善点を他職種に説明することが可能と考える(Figure 6)。
NSTカンファレンス
採血や生理学的検査の現場で,患者やその家族から検査目的や結果について尋ねられる機会は多く,臨床検査技師による検査説明の必要性を実感しており,これに十分に応えられるよう幅広い知識と技術を習得するとともに医師と連携し,業務拡大に取り組む必要があると考える。今後,患者や他職種から臨床検査に対するニーズを把握するためにアンケート調査を実施し,更なる業務改善とチーム医療の推進につなげたい。
第65回日本医学検査学会に発表した内容の論文のため,病院側から承認は得ている。生体試料及び臨床データを用いた検討ではなく,また,個人を特定する情報は含まれていないため,倫理委員会の承認は得ていない。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。