医学検査
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原著
In vitroでのマクロライド系薬少量長期曝露が緑膿菌に与える影響
鈴木 周朔渡邉 二祐子眞野 容子古谷 信彦
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2018 年 67 巻 2 号 p. 158-163

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Abstract

緑膿菌は,びまん性汎細気管支炎(diffuse panbronchiolitis; DPB)等の慢性気道感染症を増悪する主な原因菌である。マクロライド系薬の少量長期低療法によるDPB患者の生存率は,既存の治療法に比べ著しく上昇した。しかしマクロライド系薬は緑膿菌に対して抗菌活性を持たない。マクロライド系薬の作用解明のために様々な検討が行われた結果,緑膿菌の病原因子を抑制することが報告された。しかし,これらの研究は短期間マクロライド系薬を緑膿菌に曝露し評価している。本研究では,マクロライド系薬(エリスロマイシン,クラリスロマイシン)を2年間緑膿菌に継続曝露することによりマクロライド系薬少量長期療法をin vitroで再現し,緑膿菌の外毒素(トータルプロテアーゼ活性,エラスターゼ活性,ピオシアニン産生量),及びマクロライド系薬曝露後の緑膿菌上清の添加がA549細胞へ与える影響について検討を行った。緑膿菌の外毒素産生性,及びA549細胞に対する障害性は,マクロライド系薬の曝露期間延長に伴い抑制が確認された。マクロライド系薬少量長期療法は,経時的に外毒素の産生を抑制することで緑膿菌の病原性を低下させ,DPB等の臨床経過を変化させるのかもしれない。

I  はじめに

緑膿菌は好気性のグラム陰性桿菌で,土壌や水,下水等の湿潤環境に存在する1),2)。ヒトにおける重要な日和見病原菌で,主に免疫機能の低下した宿主間で院内感染を引き起こす2)~4)。また,慢性閉塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease; COPD)を増悪させる原因菌としても知られている5)。多くの抗生物質に対して自然耐性を示し6),7),抗生物質の連続的な投与は耐性株の増加をもたらす8)。また本菌は,プロテアーゼやエラスターゼ,ピオシアニン等の外毒素や鞭毛,線毛,リポ多糖体(lipopolysaccharide; LPS),バイオフィルムなど多くの病原因子を持っている9)。以前より,びまん性汎細気管支炎(diffuse panbronchiolitis; DPB)などの慢性緑膿菌気道感染症を対象としたマクロライド系薬少量長期療法が,DPBの臨床経過を変化させることが報告されている10)。マクロライド系薬は呼吸器感染症患者の治療において用いられる一般的な抗生物質である。一方で,血清や喀痰中のマクロライド系薬の最大濃度は緑膿菌の最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration; MIC)を下回るため,増殖阻害は起こらず,緑膿菌に対する効果は全くないと考えられていた11)。それにもかかわらず,DPBにおけるマクロライド系薬少量長期療法の導入は,5年生存率を63%から92%へと改善させた12)In vitroで行われた以前の研究では,緑膿菌に対するマクロライド系薬の効果として外毒素産生やバイオフィルム形成,細胞付着性を抑制することが報告されている13)~15)。また,多くの病原因子を制御しているクオラムセンシング機構についても抑制されることが確認されている16)。しかし,ほとんどの研究は短時間マクロライド系薬を処理した緑膿菌の病原因子の変化を評価したものである。よって本研究では,マクロライド系薬少量長期療法をin vitroで再現するために,低用量のマクロライド系薬を含んだ培地で,DPB治療ガイドライン17)にて治療期間として推奨されている2年間緑膿菌を継代培養し,種々の期間のマクロライド系薬長期曝露菌株を作成した。我々は,マクロライド系薬少量長期療法の適切な治療期間を評価することを目的とし,マクロライド系薬の長期曝露が緑膿菌の外毒素に与える効果を調べた。また,マクロライド系薬長期曝露菌株がA549細胞に与える影響についても検討した。

II  対象と方法

1. 共試菌株

In vitroでマクロライド系薬の少量長期療法を再現するために,DPB治療に指定されているマクロライド系薬としてエリスロマイシン及びクラリスロマイシンを使用した17)。緑膿菌標準株PAO1を1.6 μg/mLのエリスロマイシン(Wako Pure Chemical Industries, Osaka, Japan)または0.8 μg/mLのクラリスロマイシン(LKT Laboratories, Saint Paul, MN, USA)を含むミュラーヒントン寒天培地(BD Diagnostics, Sparks, MD, USA)で2年間104回繰り返し継代培養した。マクロライド系薬の培地含有濃度は,経口投与時の最大薬物血中濃度(maximum drug concentration; Cmax)を参照して決定した17)~19)。継代培養している株を2ヶ月ごとに凍結保存(−80℃)し,長期間マクロライド系薬曝露菌株として使用した。また短期曝露の指標として,マクロライド系薬の曝露開始後24時間の菌株も同様に凍結保存を行った。

2. トータルプロテアーゼ活性

Kumarら20)が行ったRemazol Brilliant Blue R-Hide測定法を用いて,細菌上清中のトータルプロテアーゼ活性を測定した。1.5 × 107 CFU/mLに調整した細菌上清20 μLをLB液体培地(BD Diagnostics, Sparks, MD, USA)6.0 mLに接種し,35℃で18時間振盪培養(130 rpm)を行った。培養後,2,300 gで15分間遠心分離し,得られた上清を0.22 μmフィルタ(Toyo Roshi Kaisha, Tokyo, Japan)で濾過滅菌した。その後,培養上清 2.0 mLを10 mM Tris-HCl Buffer(pH 7.5)1.0 mLで希釈し,Remazol Brilliant Blue R-Hide(Sigma-Aldrich, Saint Louis, MO, USA)3.0 mgを加えた。混合物を37℃で1時間振盪しながらインキュベートした。上清の吸光度を595 nmで測定し,トータルプロテアーゼ活性とした。

3. エラスターゼ活性

細菌上清のエラスターゼ活性は,El-Mowafy21)が示したElastin-Congo Red測定法に従って行った。培養上清0.5 mLを100 mM Tris-HCl Buffer(pH 7.5)で2倍希釈し,Elastin-Congo Red(Sigma-Aldrich, Saint Louis, MO, USA)10 mgを加えた。混合物を振盪しながら37℃で6時間インキュベートした。未溶解の基質を2,300 g,5分間の遠心分離によって除去した。上清の吸光度を492 nmで測定し,エラスターゼ活性とした。

4. ピオシアニン産生量

Essarら22)の酸性溶液中に排泄されたピオシアニンの吸光度を測定する方法に基づいて行った。細菌上清3.0 mLをクロロホルム1.8 mLと混和後,25℃で3時間静置した。クロロホルム層に移動したピオシアニンを0.2 N HCl(Wako Pure Chemical Industries, Osaka, Japan)で抽出を行った。抽出液を520 nmで吸光度測定を行い,ピオシアニン産生量とした。

5. A549細胞に対する細胞障害性

呼吸器由来のA549細胞(ヒト肺胞基底上皮腺癌細胞)は,10% FCSを添加したD-MEM/Hams(DMEM)F-12(L-グルタミン,フェノールレッド含有)培地(Wako Pure Chemical, Industries, Osaka, Japan)を用いて,37℃で二酸化炭素濃度6.0%の炭酸ガス培養器によってインキュベートした。A549細胞を96穴マイクロプレートに5.0 × 103 cell/wellとなるよう接種し,37℃で24時間炭酸ガス培養を行った。培養液を除去し,各wellにFCS無添加DMEM F-12培地90 μLを接種した23)。各緑膿菌上清10 μLをwellに加え,24時間炭酸ガス培養した。また,緑膿菌上清の陰性コントロールとしてLB液体培地を用いた。培養後,細胞の生存率はAlamar blue(Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)を用いて製造者の指示に従って測定した。Alamar blue 10 μLを添加し,37℃で3時間炭酸ガス培養を行った。570 nmでAlamar blueを吸光度測定し,同時にブランクとして600 nmで吸光度測定を行った。

III  結果

1. 外毒素活性及び産生量の検討

マクロライド系薬を曝露していない緑膿菌(緑膿菌標準株PAO1)の外毒素活性及び産生量を基準として,各曝露期間の結果を百分率表示し,Figure 1に示した。外毒素(トータルプロテアーゼ,エラスターゼ,ピオシアニン)は,いずれもマクロライド系薬の曝露期間延長に伴い抑制が確認された。トータルプロテアーゼ活性は,エリスロマイシンの曝露で経時的に抑制された。クラリスロマイシンでは,曝露12ヶ月目までマクロライド系薬未曝露の対象と同様の活性を示したが,14~16ヶ月目で急激に抑制され,以降同じ程度の抑制を示した。エラスターゼ活性は,エリスロマイシン,クラリスロマイシン共に曝露2ヶ月目で強い抑制が確認された後,曝露期間延長につれて抑制され,16ヶ月以降はプラトーとなった。ピオシアニン産生量は,曝露2ヶ月目で強く抑制され,以降同様の抑制を示した。一方で,短期(24時間)のマクロライド系薬曝露では外毒素の抑制は認められなかった。

Figure 1 

Virulence factors such as total proteolytic activity (A), elastase activity (B), and pyocyanin production (C) of P. aeruginosa PAO1 exposed to erythromycin (○) and clarithromycin (■)

Results were normalized to P. aeruginosa PAO1 with no macrolide exposure (ancestor strain), and graphs display mean ± SD of three independent experiments.

2. マクロライド系薬曝露菌株がA549細胞に与える影響

マクロライド系薬の曝露期間が長期になるにつれて,緑膿菌上清が添加されたA549細胞の生存率は増加した(Figure 2)。また,マクロライド系薬の曝露が16ヶ月を超える緑膿菌の細胞障害能は,緑膿菌上清を加えていない陰性コントロールと同様の結果となった。一方で,短期(24時間)のマクロライド系薬曝露時では,標準株PAO1と同様の生存率を示し,マクロライド系薬曝露による影響は確認されなかった。

Figure 2 

Survival rate of A549 cell added supernatant of P. ‍aeruginosa PAO1 exposed to erythromycin (○) and clarithromycin (■)

Results were normalized to that A549 cell added negative control (LB broth), and graphs display mean ± SD of four independent experiments.

IV  考察

我々は,緑膿菌外毒素に対するマクロライド系薬の経時的効果,及びマクロライド系薬曝露菌株がA549細胞に与える影響について検討した。今回測定を行った外毒素(トータルプロテアーゼ,エラスターゼ,ピオシアニン)は,マクロライド系薬の曝露によって抑制が確認された。また,曝露期間の延長に伴い外毒素の抑制がより強くなった。A549細胞の生存率についても増加傾向が認められたことから,マクロライド系薬を長期曝露した緑膿菌は外毒素が抑制され,細胞の障害能を低下へと導く可能性が示唆された。また,マクロライド系薬少量長期療法は経時的に外毒素を抑制することで緑膿菌の病原性を徐々に低下させ,DPB等の慢性気道感染症の臨床経過を変化させるのかもしれない。興味深いことに,3つの外毒素及び細胞障害能はいずれも曝露開始16ヶ月目までに最大抑制を示し,以降曝露を継続しても同様の抑制で安定した。DPB患者に対するマクロライド系薬少量長期療法は平均20ヶ月間行われ,患者の94.1%が完治または著しく症状を回復することが報告されている24)。緑膿菌の病原性が最も抑制された期間はマクロライド系薬曝露16ヶ月目以降であり,この状態が継続されることで,治療開始から20ヶ月における完治及び臨床症状改善を導く可能性が考えられる。また,DPBの再発が確認された臨床例ではいずれも治療開始から4ヶ月または6ヶ月と短い期間で治療が中止されていた24)。我々の研究結果においても,マクロライド系薬曝露4,6ヶ月目は緑膿菌外毒素及び細胞障害能の抑制が最大抑制時と比較すると低かった。この結果より,臨床症状の改善が半年ほどで確認されたとしても,再発のリスクを低下させるために治療継続の検討を行う必要があるのではないかと考えた。24時間の短期間マクロライド系薬を曝露した緑膿菌では,外毒素及び細胞障害能の抑制は認められなかった。既知の報告において,短期曝露が外毒素を抑制することが確認されているが13),14),これらはいずれも我々が設定したマクロライド系薬の薬剤濃度を上回っていた。マクロライド系薬は肺を含む多くの臓器に対して組織移行性が良く,血中濃度を上回るとの報告がある25)。よって,マクロライド系薬の濃度差により緑膿菌に与える影響が異なるのかどうか追加検討を行う余地があると考えている。しかし今回の検討により,非常に低濃度のマクロライド系薬であっても,長期間曝露することで緑膿菌の病原因子に対して抑制効果を発揮することが証明された。かつ,マクロライド系薬少量長期療法がより長期になることで治療効果を高める可能性が示唆された。

V  結語

マクロライド系薬を長期緑膿菌に曝露することによって,臨床におけるマクロライド系薬少量長期療法を再現し,マクロライド系薬が緑膿菌の外毒素及び細胞障害能を経時的に低下させることを示した。これらの結果がDPB等の臨床経過を改善へと導く要因となっているのかもしれない。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2018 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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