医学検査
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当院における非チフス性サルモネラ属菌の分離状況について:過去10年間の成績―サルモネラ血清型と薬剤感受性の動向―
渡邉 真子永井 佐代子白井 良雄吉田 菜穂子
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2018 年 67 巻 4 号 p. 529-534

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Abstract

当院での過去10年間における非チフス性サルモネラの分離状況,分離菌の血清型,薬剤感受性について集計した。2007年1月から2016年10月に培養検査を目的に提出された糞便と血液から分離されたサルモネラ42株を対象とした。42株のうち,血清型は,O4群20株(47.6%),O9群15株(35.7%),O7群4株(9.5%),O8群1株,O3, O10群1株,O21群1株であった。H抗原を検査した29株では,H抗原G, mのSalmonella serovar Enteritidisが9株,H抗原G, m, sのSalmonella serovar Hatoが4株,H抗原G, f, sのSalmonella serovar Agonaが1株であった。薬剤感受性では,1剤耐性株(ST)が2株,2剤耐性株(MINO・ST,ABPC・MINO)が2株,3剤耐性株(ABPC・CTX・LVFX)が1株であった。3剤耐性株は2016年に分離され,LVFXのMICは2 μg/mLであった。近年非チフス性サルモネラ感染症の疫学動向は変化しており,地域における血清型・薬剤感受性などの動向を注意深く監視,把握することが重要と考える。

I  序文

サルモネラはグラム陰性通性嫌気性桿菌の腸内細菌であり,本菌は細菌性腸炎以外に菌血症,感染性心内膜炎,腹膜炎,尿路感染症,腎膿瘍,骨髄炎,関節炎,脳炎,髄膜炎など重篤な感染症を併発することが知られている1)~3)。サルモネラによる感染症はチフス性と非チフス性に分類され,非チフス性サルモネラは細菌性腸炎の原因菌として高頻度に分離される4)。近年,薬剤耐性菌の増加や多剤耐性菌の出現5),6),外国からの耐性株輸入例の報告があり,発生動向に注意が必要な感染症である。

立川市は東京都西部,多摩地域の中心部に位置し,人口18万人,業務核都市として位置づけられ,近年立川基地跡地への国の行政機関等の移転が行われている。交通網の整備の促進・商業機能の強化も年々進んでいるため,今後さらなる国内および海外からの人の往来や人口の増加が予想される。立川病院は立川市にある病床数450床(平成28年度年間延べ入院患者126,868人,小児患者5,480人)の地域中核病院であり,第二種感染症指定医療機関である。今後,市の活性化や状況変化に伴い,各感染症の動向変化や輸入感染症の増加が生じる可能性があり,適切な対応が求められる。

国立感染症研究所などからの全国的なサルモネラ検出情報と併せ,自施設における分離菌の血清型など細菌学的情報や薬剤感受性の傾向を地域的に把握することが重要と考え,当院で2007年から2016年の10年間に分離・同定された糞便・血液由来サルモネラ分離株の細菌学的解析を行った。

II  対象・方法

1. 対象

2007年1月から2016年10月の10年間に,消化器症状のある患者の糞便・血液から分離・同定されたサルモネラ42株を対象とした。同一患者から複数回同種菌が分離された場合は,初回分離株のみを対象菌株とした。分離株を対象に年次別分離株検出状況,性別・年齢分布,月別患者件数,血清型別検出状況,薬剤感受性を検討した。

2. 方法

1) 培養法

糞便培養はバイタルメディアBTB寒天培地(極東製薬工業),日水分画プレートSS/CT-SMAC寒天培地(日水製薬)を用い好気条件下にて35°C,18時間培養した。血液培養は92F好気用レズンボトル(日本BD),93F嫌気用レズンボトル(日本BD),94F小児用レズンボトル(日本BD)を用い,血液培養自動検出装置BACTEC(日本BD)で培養した。血液培養陽性後の二次培養には,血液寒天培地(日水製薬),チョコレート寒天培地(日本BD),変法卵黄化マンニット食塩培地EX(日水製薬),バイタルメディアBTB寒天培地(極東製薬工業)を用いた。血液寒天培地,チョコレート寒天培地は5%炭酸ガス培養で,35°C,18時間培養し,バイタルメディアBTB寒天培地,日水分画プレートSS/CT-SMAC寒天培地,変法卵黄化マンニット食塩培地EXは好気培養で,35°C,18時間培養した。

2) 同定検査

同定検査は,全自動微生物検査装置MicroScan WalkAway96Plus(BECKMAN COULTER,以下WA96)を使用し,マイクロスキャンNegシリーズを用いて行った。また,TSI培地(日水製薬),SIM培地(日水製薬),VP培地(栄研化学),シモンズクエン酸ナトリウム培地(栄研化学),メラーリジン培地(栄研化学),メラーオルニチン培地(栄研化学),メラーアルギニン培地(栄研化学)の確認培地を用い生化学的性状を確認した。

3) 薬剤感受性試験

薬剤感受性試験に使用した抗菌薬は,Ampicillin(ABPC),Ceftazidime(CAZ),Ceftriaxone(CTRX)Cefotaxime(CTX),Levofloxacin(LVFX),Fosfomycin(FOM),Sulfamethoxazole/trimethoprim(ST合剤)Minocycline(MINO),Imipenem(IPM)で,WA96を使用し薬剤感受性試験の最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration; MIC)はClinical and Laboratory Standards Institute(CLSI, M100-S22, 2012)の判定基準に従った7)

4) 血清型別試験

サルモネラ免疫血清「生研」(デンカ生研)によるサルモネラO群型別試験,H型別試験を添付文書に従い実施した。

III  結果

1. 年次別分離株検出状況

対象期間10年間で糞便・血液から分離されたサルモネラは42株であった。2007年が13株,2008年~2015年では1~4株と少なく,2016年は7株であった(Table 1)。このうち血液から分離された株は4株あり,2014年,2015年に各1株,2016年に2株であった。月別では,7月から9月の夏季に全体の42.8%が分離された。

Table 1  年別分離状況(n = 42)
O抗原 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 合計
O4 8 1 0 1 2 0 1 3 1 3 20
O7 1 0 1 1 0 0 0 0 0 1 4
O8 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1
O9 3 2 3 0 2 2 0 0 1 2 15
O3, O10 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1
O21 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1
13 3 4 2 4 2 1 4 2 7 42

2. 性別・年齢分布

男性19例(48%)女性23例(52%)と男女差は認めなかった。15歳以下が23例(54.8%),0歳から5歳の乳幼児が13例(31%)であった(Figure 1)。

Figure 1 

患者年齢分布(n = 42)

男性19例(48%)女性23例(52%)と男女差は認めなかった。15歳以下が23例(54.8%),0歳から5歳の乳幼児が13例(31%)であった。

3. 血清型別検出状況

分離された42株の血清型内訳は,O4群20株(47.6%),O9群15株(35.7%),O7群4株(9.5%),O8群1株(2.4%),O3, O10群1株(2.4%),O21群1株(2.4%)であった。O抗原に加え,H抗原を検査した29株の血清型別では,H抗原G, mのSalmonella enterica subsp. enterica serovar Enteritidisが9株(21.4%),H抗原G, m, sのSalmonella enterica subsp. enterica serovar Hatoが4株(9.5%),H抗原G, f, sのSalmonella enterica subsp. enterica serovar Agonaが1株(2.4%)であった。残りの15株はO抗原・H抗原の同定のみでは判別不能であった(Table 2)。血液培養から分離された4株は,O4群2株,O9群2株であった。血液培養分離例は全て発熱,消化器症状のある患者であり,糞便からも同菌が分離された(Table 3)。

Table 2  血清型別分離状況(n = 42)
O抗原 株数 H抗原 血清型
O4 4 G, m, s Hato 20
1 G, f, s Agona
2 e, h UT※)
2 1, 2 UT
2 e, n, x UT
1 d UT
1 e, h UT
1 i UT
1 m, s UT
5 実施なし
O7 1 L, w UT 4
1 r UT
1 1, 5, r UT
1 r UT
O8 1 実施なし 1
O9 9 G, m Enteritidis 15
6 実施なし
O3, O10 1 実施なし 1
O21 1 実施なし 1
42 42

※)untypable

Table 3  菌血症例
年齢 基礎疾患 原因 O抗原 血清型
2014 2歳 なし 不明 O4 UT
2015 17歳 なし 不明 O9 Enteritidis
2016 2歳 なし 不明 O4 UT
2016 44歳 なし 不明 O9 Enteritidis

4. 薬剤感受性結果

分離された42株のうち,1剤(ST)耐性の株がO4群1株とO7群1株の計2株,2剤(MINO・ST)に耐性の株がO7群1株,2剤(ABPC・MINO)耐性の株がO4群1株,3剤(ABPC・CTX・LVFX)耐性の株がO21群1株であった。3剤耐性株は2016年に分離され,LVFXのMICは2 μg/mLであり,CLSI M100-S238)に準拠した薬剤感受性結果で耐性であった(Table 4, 5)。この株に関して今回Extended-spectrum β-lactamase(ESBL)確認試験は行えなかったが,Cefmetazole(CMZ: ≤ 8 μg/mL)に感性であることから,ESBL産生株である可能性が考えられた。

Table 4  薬剤感受性試験結果
薬剤名 株数 MIC(μg/mL)
S I R
ABPC ≤ 8 16 ≥ 32
42 40 0 2
CTRX ≤ 1 2 ≥ 4
21 21 0 0
CTX ≤ 1 2 ≥ 4
17 16 0 1
CAZ ≤ 4 8 ≥ 16
40 39 0 1
LVFX※) ≤ 0.12 0.25–1 ≥ 2
42 41※※) 1
FOM※※※) ≤ 4 16 > 16
28 28 0 0
ST ≤ 38/2 ≥ 76/4
42 39 3
MINO ≤ 4 8 ≥ 16
42 38 2 2
IPM ≤ 1 2 ≥ 4
42 42 0 0

S: susceptible, I: intermediate, R: resistant

※)CLSI(M100-S23)のサルモネラ属菌の解釈に準拠した。

※※)これらの株は0.5 μg/mL以下の濃度は測定していない。41株はすべて0.5 μg/mLの濃度には発育せず,MICは≤ 0.5 μg/mLと判定された。

※※※)E. coli以外CLSI判定基準を持たないためBECKMAN COULTERの判定基準を用いた。

Table 5  薬剤耐性菌株
検体 年齢 O抗原 血清型 耐性薬剤
2008 便 46歳 O4 実施なし ST
2010 便 7歳 O7 UT※) MINO
ST
2013 便 17歳 O4 UT ABPC
MINO
2016 便 22歳 O21 実施なし ABPC
CTX
LVFX
2016 便 2歳 O7 UT ST

※)untypable

IV  考察

厚生労働省による食中毒全国統計では,サルモネラ食中毒患者数は1998年には11,471件と食中毒患者総数の32%を占めていたが,2005年に制定された鶏卵のサルモネラ総合対策指針や主な感染源である鶏卵の生産段階における衛生管理ガイドラインの整備などさまざまな取り組みがなされたことなどから,2007年(3,603名)から2016年(704名)にかけて患者数は減少傾向であった9)。しかし,依然として毎年集団食中毒事例や散発発生例の報告は続いており,死亡例の報告10)もある。

2007年から2016年の約10年間の当院におけるサルモネラ分離検出状況は,2007年が13株と最多で,年間平均4株であった。2007年分離13株のO群血清型は,O4群8株,O9群3株,O7群1株,O8群1株で,O4群8株のうち5株は,検体提出時期や血清型別が同じであり,集団感染や家庭内感染の可能性が示唆された。その他8株は,各々散発例と考えられた。

全42株中血清型別では,Salmonella serovar Enteritidisが最も多く,10年間で9株分離されたが,2007年から2012年までに7株,2013年から2016年は2株と減少しており,国立感染症研究所からの報告と同様の傾向であった。Salmonella serovar Enteritidisによる食中毒は鶏卵汚染が原因となった事例が多く11),12),輸入鶏肉からの感染の報告もある13)。先に述べた鶏卵生産ラインに対する様々な取り組みにより,Salmonella serovar Enteritidis分離が減少したと考えられる。

東京都においては2014年以降Salmonella serovar Enteritidis以外の増加が報告されている14)。当院においても2016年に分離された7株のうち5株はSalmonella serovar Enteritidis以外の血清型であった。2014年以降東京都でのサルモネラ感染症増加は,ぺットとしてのカメなどの爬虫類や動物からの感染が原因の一つとされている15)が,当院での2016年分離株との関連性は特定できなかった。

また,2007年に5株分離されたSalmonella serovar Hatoは,近年東京都で分離がない株であったが,分離症例に海外渡航歴,摂食歴,動物飼育など感染原因を推測しうる明らかな情報は得ることができず,感染経路は特定しえなかった。

サルモネラ菌血症4例は全て基礎疾患のない健常者で,年齢は2歳2例,17歳1例,44歳1例であった。サルモネラ血流感染のリスク因子として血清型,居住地域,季節,宿主の免疫不全などがあげられている16)。基礎疾患のない小児にも菌血症は報告されており16),高熱患者や重症例,易感染患者では血液培養を積極的に採取し血流感染の有無を確認することは重要である。

薬剤感受性については,分離された耐性株5株のうち,2016年に分離された株がLVFXのMICが2 μg/mLであり,CLSI M100-S23に準拠した薬剤感受性で耐性を示した。LVFXのMICは2013年に≤ 0.12 μg/mLが感性,0.25 μg/mL以上1 μg/mLが中間,≥ 2 μg/mLが耐性と判定基準が変更になり,低濃度MIC測定が必要となった8)。当院では,CLSIのLVFX耐性の判定基準が変更になった後もLVFX MIC ≤ 0.5 μg/mL以下の低濃度MIC値が測定できず,0.25 μg/mL以上0.5 μg/mL以下中等度耐性株について「感性(S)」と「中間(I)」の識別ができない現状にある。各薬剤に対するMIC判定基準の変更に際し,自施設でのMIC測定法を迅速に変更するため,検査メーカーへのパネル変更要請なども考慮する必要があると考えられた。

近年キノロン系薬剤に対する耐性の増加が問題となっており17),キノロン系薬剤の判定基準の再評価がなされている。今後は最新のCLSI ドキュメントに準拠した低濃度測定による正確な感受性検査を行えるよう検査環境の整備が必要と考えられた。

2016年に分離された3剤(ABPC・CTX・LVFX)耐性株は,ESBL産生株の可能性が考えられた。東京都健康安全研究センターの報告では,2014年から2015年に同センターで供試した408株中,2015年にCTX耐性株が4株(1.0%)あり,これらは全てESBL産生株であった14)。また,近年近隣諸外国では,Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhimuriumファージ型definitive type 104(DT104)多剤耐性菌による集団感染が問題となっている17)。多剤耐性株が分離された際にESBL産生,メタロ-β-ラクタマーゼ産生,プラスミド性AmpC産生等,薬剤耐性機構の解析を行うことは,治療に重要であるのみでなく,感染原因の特定にもつながる可能性があり,積極的な解析が望ましいと考えられた。

V  結語

当院での過去10年間における非チフス性サルモネラの分離状況,分離菌の血清型,薬剤感受性を解析した。近年非チフス性サルモネラ感染症の疫学動向は変化しており,地域における血清型・薬剤感受性などの動向を注意深く監視,把握することが重要と考える。

 

本論文の要旨は第91回日本感染症学会総会・学術講演会(2017年4月 東京都)にて発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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