医学検査
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原著
頸動脈エコーにてみられる紐状アーチファクトにおける一考察
上田 彩未東條 真依宮元 祥平青地 千亜紀清遠 由美谷内 亮水
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2019 年 68 巻 3 号 p. 430-436

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Abstract

超音波検査の際,頸動脈の血管壁から伸びる紐状のアーチファクトを描出することがあり,動脈解離との鑑別を要する。今回,我々はこのアーチファクトの発生について検討を行い,若干の知見を得たので報告する。健常人30名を対象として,左右の頸動脈に紐状のアーチファクトが描出されるかどうかの検証を行った。検討項目は,総頸動脈,および頸動脈洞の血管径,頸動脈洞と総頸動脈での血管径の比,総頸動脈の最大血流速度と拡張期流速,総頸動脈と頸動脈洞とのなす角度,心拍数とした。この結果,30名中9名,左右合わせて60本の頸動脈のうち10本で,総頸動脈の血管壁から頸動脈洞に紐状のアーチファクトが描出された。また,頸動脈洞の血管径,頸動脈洞と総頸動脈での血管径の比は,アーチファクトが見られた群で大きく,総頸動脈と頸動脈洞とのなす角度もアーチファクトが見られた群で大きいという結果が得られ,その他の項目に有意差は認めなかった。これらの結果より,総頸動脈から頸動脈洞への広がりが大きい,またこの移行部の角度が大きいという血管形状により,血管内の血流に速度差が生じており,この影響でアーチファクトがみられたと推察された。

Translated Abstract

During an ultrasound examination, we sometimes depict stringlike artifacts extending from the blood vessel wall of the carotid artery and it is necessary to distinguish them from intimal flaps. Therefore, we examined the occurrence of these artifacts and report some findings. We verified whether the stringlike artifacts arose from the left or right carotid arteries in 30 healthy subjects. We investigated the blood vessel diameters of the common carotid artery (CCA) and the carotid sinus (CS), the ratio of the blood vessel diameter of the CS to that of the CCA (CA/CCA diameter ratio), the maximum blood flow velocity and diastolic blood flow velocity of the CCA, the bend angle of the CS, and the heart rate. As a result, stringlike artifacts were depicted from the blood vessel wall of the CCA into the CS in 10 out of 60 right and left carotid arteries in 9 out of the 30 subjects. In addition, the following results were obtained: the blood vessel diameter of the CCA, the CA/CCA diameter ratio, and the bend angle of the CS were significantly larger in the group in which the artifacts were observed. As for the other factors, there were no significant differences between the two groups. These findings suggest that the velocity difference in the artery is generated by the shape of the artery, which extends from the CS to the CCA, or by the enlarged angle at this junction. Therefore, we believe that the artifacts arise from the effect of this velocity difference.

I  はじめに

音波の特性から,なにもないところにあたかも実際に存在するかのように偽のエコーが表示されることがある。このような物理的現象を総称してアーチファクトと呼ぶ1)

頸動脈解離(Figure 1)には,上行大動脈解離から波及する総頸動脈解離と,まれではあるが内頸動脈に限局する内頸動脈解離があり,いずれの診断にも超音波検査が有用である。超音波検査における頸動脈解離はintimal flapの確認とそれに伴う真腔と偽腔の二腔構造より診断される。intimal flapがはっきりしない症例やアーチファクトにより,いかにもintimal flap様線状エコーが描出される場合などでは,複数方向からのアプローチやカラードプラ法を併用し評価する2)

Figure 1 総頸動脈解離

flapを認め,これに伴う真腔と偽腔の二腔構造が確認できる。

当院でも,右総頸動脈の一部に壁肥厚を認め,壁肥厚による狭窄部の遠位壁から末梢側へと伸びる紐状のアーチファクトを描出し,総頸動脈解離との鑑別に苦慮した症例を経験した3)Figure 2)。

Figure 2 総頸動脈で見られた紐状アーチファクト

右総頸動脈の一部に壁肥厚を認め,壁肥厚による狭窄部の遠位壁から末梢側へと伸びる紐状のアーチファクトを認めた。アーチファクトは長軸,短軸の2方向で描出された。

同様のアーチファクトは超音波検査における頸動脈の観察時にしばしば見られることがあり,動脈解離との鑑別を要する。

また,プローブを固定してプラークをリアルタイムで詳細に観察すると,プラークの一部または全体が血管拍動や血流に同期し形態変化を伴うように可動性を示す症例を経験することがあり,これらのプラークを可動性プラークと呼ぶ4)。可動性プラークの病理標本を見るとプラークの破綻や新鮮なプラーク内出血が高頻度で見られ,特に症候性の病変では進行や再発する例が多いので注意が必要とされている5)

プラークの表面に紐状または帯状の付着構造物が観察され,血流に伴ってそれらが振動している症例を経験することがあり,可動性プラークとの鑑別を要することがある(Figure 3)。このタイプは一部の症例で内膜の剥離であったとの報告があるが,大半は多重反射や血流変化に伴う血球成分によって観察されるアーチファクトであり,臨床的な意義は少ないとされており4),前述の紐状アーチファクトと同様のものと考えられる。

Figure 3 プラークに付着するように描出されたアーチファクト

潰瘍性プラークに付着するように線状のアーチファクトが観察され,血流に伴う可動性を認めた。アーチファクトは長軸,短軸の2方向で描出された。

Figure 3 長軸の動画:プラークに付着するように線状のアーチファクトが観察され,血流に伴う可動性を認めた。

今回,我々はこのアーチファクトの発生について検討を行い,若干の知見を得たので報告する。

II  対象および方法

2018年2月~2018年3月の期間で,23~59歳の健常人30名を対象として,東芝社製超音波診断装置Aplio500を使用し,左右の頸動脈に対してエコー検査を実施した。探触子は7.5 MHzのリニア型を用い,紐状のアーチファクトが描出されるかどうかの検証を行った。

また左右それぞれに対し,血管径,血流速度,総頸動脈と頸動脈洞とのなす角度,心拍数の計測を実施した。

頸動脈洞から1 cm以上中枢側の,血管径の安定した部分を総頸動脈の血管径とし,頸動脈洞の血管径は一番膨隆した部分を計測した(Figure 4)。血流速度の計測はパルスドプラ法を用いて角度補正は60°以内とし,総頸動脈末梢側で行った。角度については,総頸動脈内膜の延長線と,頸動脈洞への移行部の遠位壁における内膜の延長線とのなす角度とした(Figure 5)。

Figure 4 血管径の計測

頸動脈洞から1 cm以上中枢側の,血管径の安定した部分を総頸動脈の血管径とし,頸動脈洞の血管径は一番膨隆した部分を計測した。

Figure 5 角度の計測

角度については,総頸動脈内膜の延長線と,頸動脈洞への移行部の遠位壁における内膜の延長線とのなす角度とした。

検討項目は,総頸動脈の血管径,頸動脈洞の血管径,頸動脈洞と総頸動脈での血管径の比,総頸動脈の最大血流速度と拡張期血流速度,総頸動脈と頸動脈洞とのなす角度,心拍数の7項目とした。

統計学的検定には,EZR version 1.29を使用した。マンホイットニーのU検定を用いて解析を行い,危険率5%未満を統計学的有意とした。

III  結果

30名中9名,左右合わせて60本の頸動脈のうち10本(右4本,左6本)で,総頸動脈の血管壁から頸動脈洞に紐状のアーチファクトが描出された(Figure 6)。

Figure 6 紐状アーチファクト

30名中9名,左右合わせて60本の頸動脈の内10本で総頸動脈の血管壁から頸動脈洞に紐状のアーチファクトがみられた。

いずれも総頸動脈から頸動脈洞への移行部の膨隆した部分に,超音波ビームと垂直に描出され,有意な左右差は認めなかった。この紐状エコーは心周期にともない,明瞭に描出される時相と,描出されない時相がみられた。このため,紐状エコーの観察された症例のうちの数例で,同時に心電図の記録を行ったところ,いずれもアーチファクトは拡張期で明瞭に描出された(Figure 7)。

Figure 7 拡張期(A)収縮期(B)

紐状アーチファクトは拡張期で明瞭に描出され,収縮期に消失した。

また,カラードプラ法で血流シグナルを観察すると,総頸動脈からそのまま血流が流れ込む近位壁側と,頸動脈洞から深くなった遠位壁側とで色調の差が見られ,ここに一致して紐状エコーを認めた(Figure 8)。

Figure 8 カラードプラ法

カラードプラ法で血流シグナルを観察すると,総頸動脈からそのまま血流が流れ込む近位壁側と,頸動脈洞から深くなった遠位壁側とで色調の差が見られ,ここに一致して紐状エコーを認めた。

頸動脈洞の血管径,頸動脈洞と総頸動脈での血管径の比はともにアーチファクトが見られた群で有意に大きく(頸動脈洞の血管径,9.10〔8.40–9.50〕vs 8.35〔7.80–8.70〕,p = 0.007)(頸動脈洞の血管径/総頸動脈の血管径,1.35〔1.29–1.39〕vs 1.20〔1.16–1.31〕,p < 0.001),総頸動脈と頸動脈洞とのなす角度もアーチファクトが見られた群で有意に大きいという結果が得られた(総頸動脈と頸動脈洞とのなす角度,25.0〔22.3–29.0〕vs 14.0〔10.0–17.8〕,p < 0.001)。その他の項目に有意差は認めなかった(Figure 9)。

Figure 9 各検討項目における統計図

IV  考察

紐状エコーはカラードプラで色調の差が見られる部分に一致して描出されること,また総頸動脈から頸動脈洞への広がりや,その角度が大きいもので有意にアーチファクトが生じ易いことから,総頸動脈から血流がそのまま流れ込む近位壁側と,頸動脈洞から深くなった遠位壁側で血流に速度差が生じており,ここに垂直に超音波ビームがあたることで,アーチファクトがみられたと推察された。

超音波検査では,プローブから送信されたパルス波が生体内で反射してプローブに戻り受信エコーとなる。これを反射波といい,この現象がない限りは画像が表示されない。反射波は「媒質の密度 × 音速」で表される音響インピーダンスが異なる境界で発生し,音響インピーダンスの違いで反射波の大きさが決まる6)

また,血流の流れや壁面せん断応力などの血行力学的因子の分布およびその大きさは,血管形状などに起因して変化する血流の流速分布により決まる7)とされており,赤血球は低速になると互いに集合し,高速になると解離すると報告されている8)

今回の検討では,総頸動脈から頸動脈洞への広がりが大きい,またこの移行部の角度が大きいという血管形状により,血管内の血流速度に差が生じたことで,赤血球集合にも差が生じた可能性が考えられる。つまり媒質の密度に差が生じ,流速の差が見られる部分で音響インピーダンスの差が大きくなったと考えられ,ここにアーチファクトが描出された可能性が考えられた。

拡張期にアーチファクトが明瞭に描出されたのは,拡張期では血流が安定して一定の流速を保ち易く,速い血流と遅い血流との境界面がはっきり分かれるためだと考えられる。

アーチファクトの原因を特定することは困難であり,他にもサイドローブや,もやもやエコーで遅い血球を観察している可能性も否定はできないが,以上より,本検討で見られた紐状エコーは血流の速度差によって生じたアーチファクトである可能性が高いのではないかと考えられた。

永井ら9)も同様の紐状エコーを観察し,多重反射や血流変化に伴う血球成分によって観察されるアーチファクトと考察している。

なお,リニアプローブ使用時のサイドローブは通常両端の下がった円弧状に出現するとされており10),今回の検討で出現した紐状エコーはいずれも数mm~1 cm程度の短いものであったが,Figure 2で提示したような長いアーチファクトが見られた場合には鑑別のポイントとなり得ると考えられる。また,多重反射は反射が繰り返される現象であるため11),等間隔に信号が現れる点が鑑別のポイントとなる12)。頸動脈において見られる多重反射は,通常皮膚表面から層状に線状エコーが整数倍に出現するとされている13)

本検討で描出されたような短いアーチファクトは,ビームの角度によって容易に消失するが,その他このアーチファクトに対する対策としては,異なる角度から血管にアプローチすることや,プローブを変更して観察することなどが挙げられる。

V  結語

超音波検査は,生体内に超音波を発信し,その反射信号を捉えて画像構築を行うものである。その複雑な伝播課程におけるさまざまな物理的特性からアーチファクトが発生し,画像診断の妨げになっている1)

総頸動脈解離の診断にエコーは有用であるが,アーチファクトとの鑑別を要する場合がある。

アーチファクトの特徴,発生しやすい条件を把握し,検査に臨むことが重要であると考える。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
  • 1)   中村  正春:「アーチファクトにだまされるな!」,心エコー,2004; 5: 899–906.
  • 2)   寺沢  史明:「超音波検査のポイント―頸動脈から腹部動脈‍―」,超音波検査技術,2012; 37: 589–590.
  • 3)  上田 彩未,他:「総頸動脈に線状エコーをみとめた一例」,第50回中四国支部医学検査学会,一般演題31.
  • 4)  早期動脈硬化研究会:Plaqueの可動性(可動性プラーク‍(mobile plaque)).http://www.imt-ca.com/contents/f15.html(2020年7月1日アクセス)
  • 5)   長束  一行:「頸動脈病変の評価―プラークの分類・プラークスコア」,Modern Physician, 2007; 27: 1350–1352.
  • 6)  日本超音波検査学会:「音響の原理,生体における超音波の特性」,超音波基礎技術テキスト,2–3,国際文献社,東京,2012.
  • 7)   大島  まり,他:「脳動脈瘤の血行力学―血流の数値シュミレーションの現状と臨床応用への課題―」,脳神経外科ジャーナル,2014; 23: 710–715.
  • 8)   Chien  S et al.: “Red cell aggregation by macromolecules,” J Supramol Struct, 1973; 1: 385–409.
  • 9)   永井  秀政,他:「アーチファクトと診断した頸動脈分岐部の奇妙な紐状エコーの一例」,Neurosonology, 2011; 24: 56.
  • 10)  甲子 乃人:「アーチファクト」,コンパクト超音波シリーズvol. 6超音波の基礎と装置,98–99,ベクトル・コア,東京,1994.
  • 11)   大熊  潔:「基本的超音波撮像技術とアーチファクト」,小児科診療,2013; 10: 1497–1503.
  • 12)   神田  美穂,他:「アーチファクト」,乳腺甲状腺超音波医学,2015; 4: 46–52.
  • 13)   高梨  昇,他:「超音波診断装置の設定法・調整法の基本」,Medial Technology, 2015; 43: 906–918.
 
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