医学検査
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技術論文
液体クロマトグラフタンデム質量分析装置を用いた血清中プロパフェノン及び5-ヒドロキシプロパフェノンの測定法の基礎的検討
古本 紗也佳柴田 智晴岡田 優子坪井 五三美
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2019 年 68 巻 3 号 p. 481-485

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Abstract

液体クロマトグラフタンデム質量分析装置を用いて血清中プロパフェノン及び5-ヒドロキシプロパフェノンの濃度測定法の基礎的評価を行った。同時再現性と日差再現性の精度は3%以下で,真度は13%以下であった。希釈直線性も良好な結果であった。また,尿マトリックス効果の影響も認められなかった。従来法との相関性は,(プロパフェノン:y = 1.018x − 3.852,r = 0.996,n = 100;5-ヒドロキシプロパフェノン:y = 1.059x + 1.846,r = 0.997,n = 100)で良好であった。この検討で,本測定法はルーチン検査において有効な方法であることが実証された。

Translated Abstract

We performed basic evaluation studies of propafenone and 5-hydroxypropafenone measurements in serum using a liquid chromatograph-tandem mass spectrometer (new method). Results obtained by this method showed CVs of within-run and between-day precisions of less than 3.0%, and the accuracy was less than 13%. The dilution linearity was also good. No matrix effect was also detected. In addition, the correlation between the conventional and new methods was good (propafenone: y = 1.018x - 3.852, r = 0.996, n = 100; 5-hydroxypropafenone: y = 1.059x + 1.846, r = 0.997, n = 100). This study revealed that this new method is acceptable for use in routine tests.

I  緒言

プロパフェノン(propafenone; PPF)はNa+チャネルを選択的に阻害し,頻脈性不整脈で他の抗不整脈薬が使用できないか,または無効の場合のみ適用を考慮される治療薬である。PPFは消化管からの吸収性は良いが,肝臓の初回通過効果を受けるため,生物学的利用能は約50%である。主な代謝経路は肝臓のシトクロムP450 2D6での水酸化,シトクロムP450 3A4およびシトクロムP450 1A2でのN -脱エチル化であるが,代謝能の飽和現象が認められる。5-ヒドロキシプロパフェノン(5-hydroxy propafenone; 5-OHPPF)は,その代謝物の一つで同等の薬理作用を有している1)。特に,肝機能障害のある患者,重篤な腎機能障害のある患者,心機能低下の患者や高齢者に対してPPFを投与する場合,投与量を十分に注意する必要がある。そのため,PPFと5-OHPPFの血中濃度の測定は必須である。

これまで血清中PPFと5-OHPPFは,高速液体クロマトグラフ法(以下,従来法と略す)で測定していた。従来法は1検体あたり30分の分析時間を要していた。そこで,分析処理能力を向上させるため,液体クロマトグラフタンデム質量分析装置を用いた血清中PPF分画の測定法2)(以下,新法と略す)の検討を行った。

II  前処理と分析条件

1. 前処理:

【新 法】

検体(血清)50 μLに標準溶液(50%メタノール),内部標準溶液,0.1 mol/L NH3OH 各50 μL,酢酸エチル400 μL加えて撹拌した。試料は撹拌後遠心分離し,上清50 μLを窒素乾固した後,50%メタノール500 μLで再溶解し,測定を行う。

【従来法】

検体500 μLに0.25 mol/L炭酸緩衝液500 μL添加し撹拌後,ジエチルエーテル4 mLを入れ再度撹拌する。遠心後,溶媒層を分取して,50 mmol/Lリン酸を添加し撹拌する。試料は遠心後,溶媒層を捨て,測定を行う。

2. 分析条件:

【新 法】Table 1の通りである3)

Table 1  分析条件(新法)
測定機器 質量分析計:Triple Quad 4500(AB SCIEX社)
高速液体クロマトグラフ:Nexera(島津製作所社)
分析カラム L-colimn2 ODS(3.0 μm, 2.1 × 150 mm)
移動相 (A)0.2%ぎ酸,5 mM酢酸アンモニウム含有水
(B)0.2%ぎ酸,5 mM酢酸アンモニウム含有メタノール
イオン化法 エレクトロスプレーイオン化(ESI)
極性 正イオン検出モード
ピーク同定 多重反応モニタリング法3)
(multiple reaction monitoring; MRM)
PPF:m/Z 342.100→115.900
PPF-IS:m/Z 347.100→121.000
5OHPPF:m/Z 358.100→115.900
5OHPPF-IS:m/Z 363.100→116.000
内部標準物質 Propafenone-d5 HCL
5-hydroxy propafenone-d5 HCL

【従来法】Table 2の通りである。

Table 2  分析条件(従来法)
測定機器 UFLCシステム:Prominence UFLC(島津製作所社)
 オンラインデガッサー:DGU-20A3R
 送液ユニット:LC-20AD
 オートサンプラー:SIL-20ACHT
 カラムオーブン:CTO-20AC
 分光UV検出器:SPD-20AV
分析カラム TSK-gel ODS-80TM 5 μm
4.6 mm I.D. × 250 mm
移動相 SDS含有水/アセニトリル/メタノール混合液
HPLC条件 UV法
250 nm

III  検討項目

1. 直線性

ダブルブランク試料(n = 1),ゼロ濃度試料(n = 1)及び検量線用標準試料(5ポイント)の分析を3日間行い,直線性を確認した。評価基準は検量線の逆回帰値と設定値との乖離(真度)を算定した。

2. 同時再現性

自社管理検体(低濃度L,中濃度M,高濃度H)をそれぞれ20回測定して,精度(%)と真度(%)を算出した。

精度(%)=標準偏差/定量値の平均値 × 100

真度(%)=(定量値の平均値-設定濃度)/設定濃度 × 100

3. 日差再現性

自社管理検体(低濃度L,中濃度M,高濃度H)をそれぞれ1回測定して,6日間の精度(%)と真度(%)を算出した。

4. 定量下限濃度での精度及び真度

自社管理血清検体定量下限管理試料(n = 6)について同一バッチ内で分析を行い,測定日を変えて3日間実施した。定量値から精度を算出し,さらに定量値の平均より真度を算出した。3日間それぞれの測定内と測定間(各濃度n = 18)を算定した。

5. 選択性

社内ボランティア40名(男性20名,女性20名)のブランク試料(各個体n = 1)を分析し,クロマトグラム上の各測定対象標準物質及び内標準物質の溶出位置に定量を妨害するピークが無いことを確認した。評価基準は妨害ピークの面積値が同一測定内での定量下限濃度試料(検量線用標準試料)のピークと比較した面積比率が各測定対象標準物質は20.0%以下,内標準物質は5.0%以下とした。

6. マトリックス効果

社内ボランティア6名のブランク試料を用いて,個体ごとに調製した2濃度(低・高濃度)のマトリックス効果管理試料(各個体について各濃度n = 1)の分析を行った。各試料について定量値の平均より真度を算出した。

7. 相関性試験

相関性試験は,当社へ依頼された測定済みの検体で連結不可能な100例を使用した。

IV  結果

1. 直線性

検量線を3日間作成し,検量線のすべての濃度に関して,真度は±1.5%と良好な結果であった(Table 3)。

Table 3  直線性
項目名 調製濃度(ng/mL) 10.0 50.0 100.0 1,000.1 4,000.3
プロパフェノン 逆回帰濃度(ng/mL) 10.0 49.4 99.5 1,000.7 4,054.2
真度(%) 0.0 −1.2 −0.5 0.1 1.3
5-OHプロパフェノン 逆回帰濃度(ng/mL) 10.0 50.3 97.5 1,008.4 4,034.5
真度(%) 0.0 0.6 −2.5 0.9 0.9

2. 同時再現性

PPFと5-OHPPFに関して,管理検体L,M及びHともに精度3%以下,真度7.0~11.0%と良好な結果であった(Table 4)。

Table 4  同時再現性
PPF L M H
Mean(ng/mL) 33.3 1,636.6 3,289.0
SD(ng/mL) 0.4 19.2 29.5
CV(%) 1.2 1.2 0.9
真度(%) 11.0 9.1 9.6
5-OHPPF L M H
Mean(ng/mL) 33.2 1,605.1 3,224.3
SD(ng/mL) 0.7 19.2 20.8
CV(%) 2.1 1.2 0.6
真度(%) 10.7 7.0 7.5

3. 日差再現性

PPFと5-OHPPFに関して,管理検体L,M及びHともに精度3%以下,真度7.9~12.3%と良好な結果であった(Table 5)。

Table 5  日差再現性
PPF L M H
Mean(ng/mL) 33.6 1,648.8 3,315.0
SD(ng/mL) 1.0 14.9 38.1
CV(%) 3.0 0.9 1.1
真度(%) 12.0 9.9 10.5
5-OHPPF L M H
Mean(ng/mL) 33.7 1,617.9 3,257.0
SD(ng/mL) 0.9 36.3 38.1
CV(%) 2.7 2.2 1.2
真度(%) 12.3 7.9 8.6

4. 定量下限濃度での精度及び真度

PPFと5-OHPPFに関して,定量下限濃度は精度4%以下,真度0~5.0%と良好な結果であった(Table 6)。

Table 6  定量下限濃度での精度及び真度
項目名 定量下限濃度 精度(CV%) 真度(%)
PPF 10.0 ng/mL 測定内:1.9~4.0 測定内:0.0~5.0
測定間:3.9 測定間:2.0
5-OHPPF 10.0 ng/mL 測定内:2.9~3.9 測定内:3.0
測定間:2.9 測定間:3.0

5. 選択性

PPFと5-OHPPFに関して,選択性40個体より採取した選択性用ブランク試料を分析した結果,いずれも妨害ピークは認められなかった。

6. マトリックス効果

血清マトリックスの影響は精度3%以下,真度−1.3~3.6%で,認められなかった(Table 7)。

Table 7  血清マトリックスの影響
No. PPF
(ng/mL)
定量値
(ng/mL)
平均値
(ng/mL)
標準偏差
(ng/mL)
精度
(CV)(%)
真度
(%)
1 30.0 31.0 31.0 0.6 1.9 3.3
2 30.2
3 31.9
4 31.0
5 30.9
6 30.7
1 3,000.2 3,103.4 3,107.1 17.3 0.6 3.6
2 3,136.1
3 3,109.7
4 3,082.2
5 3,107.2
6 3,104.1
No. 5-OHPPF
(ng/mL)
定量値
(ng/mL)
平均値
(ng/mL)
標準偏差
(ng/mL)
精度
(CV)(%)
真度
(%)
1 30.0 30.3 29.7 0.7 2.4 −1.0
2 30.0
3 29.1
4 28.6
5 29.7
6 30.3
1 2,999.5 2,981.4 2,961.3 46.1 1.6 −1.3
2 2,899.5
3 3,008.2
4 2,921.8
5 2,946.5
6 3,010.5

7. 相関性試験

新法と従来法との相関式と相関係数に関して,PPFはy = 1.018x − 3.852,r = 0.996,5-OHPPF:y = 1.059x + 1.846,r = 0.997と良好な結果が得られた(Figure 1)。

Figure 1 相関性

従来法と新法の相関性

V  考察

液体クロマトグラフタンデム質量分析装置を用いて血清中PPF及び5-OHPPFの濃度測定法の基礎的評価を行った。同時再現性と日差再現性の精度及び真度は良好であった。また,報告定量下限での精度及び真度,選択性も特に問題は認められなかった。マトリックス効果もなく,従来法との相関性も良好であった。

通常,PPF服用開始時には入院して心電図モニタリングをする。不整脈の種類によって用量は様々である。PPFの有効治療域は50~1,000 ng/mL,5-OHPPFは50~1,500 ng/mLである4)。本測定法における定量下限値10 ng/mLで,測定範囲に関しては,4,000 ng/mLまで直線性は確認されており,臨床上問題はないものと思われた。

従来法は,低感度を補うため使用する検体量が多い,前処理が煩雑で分析時間が長いという問題があった。新法では,検体量が1.2 mLから0.3 mL,前処理時間が3時間から1.5時間に,分析時間が30分から5.5分に大幅に改善できた。

新法は大幅に検体使用量を削減し,作業効率性を向上させた。

VI  結語

液体クロマトグラフタンデム質量分析装置を用いた血清中PPFと5-OHPPFの濃度測定法の基礎的評価は良好な成績であり,日常検査に有効な方法であることが実証された。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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