2020 年 69 巻 2 号 p. 145-151
本研究では,コバスTaqMan MAIによりMycobacterium intracellulareと判定されている株を対象として,MALDI Biotyperによる菌種の同定を行った。また,MALDI BiotyperとコバスTaqMan MAIの不一致株においてはCT値を比較し,さらに患者背景を調査した。不一致株の内訳は,M. lentiflavum 4株,M. colombiense 2株,M. marseillense 1株,M. arosiense 1株であった。また,M. lentiflavumのCT値は,他の菌種に比べて有意に高値であった。M. lentiflavumの病原性は,喀痰より分離された3例において治療対象例はなかったことから,M. intracellulareと病原性が異なると考えられ,両菌種を分類する意義があるといえる。一方,M. colombienseは2例とも皮膚病変より分離されたが,分離報告例は極めて少ないため更なる症例の蓄積が期待される。本検討から,MALDI Biotyperは分子疫学的解析と同等の結果が得られ,日常検査に有用であると考える。また,コバスTaqMan MAIによりM. intracellulareと判定された際には,CT値を確認することにより偽陽性反応を推測することが可能であると思われる。
Using the MALDI Biotyper (Bruker), we verified the strains identified as Mycobacterium intracellulare by the COBAS TaqMan MAI. We compared the critical threshold (CT) value to evaluate the misidentification by COBAS TaqMan MAI. Furthermore, we reviewed the medical records of patients to analyze the characteristics of the discrepant strains. The discrepant strains identified by the MALDI Biotyper were M. lentiflavum (4/70), M. colombiense (2/70), M. marseillense (1/70), and M. arosiense (1/70). There was a significant difference in the CT value between M. lentiflavum and the other species. As for the virulence, combined treatment with antibiotics was not administered to the patients in whom the strains of M. lentiflavum (2/3) were isolated from sputa. We consider that the virulence of M. lentiflavum is different from that of M. intracellulare commonly causing pulmonary disease; therefore, accurate identification is important. On the other hand, the strains of M. colombiense (2/2) were isolated from skin lesions. Because infection with M. colombiense is very rare, the accumulation of cases is expected. In conclusion, the identification accuracy of the MALDI Biotyper is comparable to that of the molecular diagnostic method, and the MALDI Biotyper is useful for routine diagnostic tests. Moreover, it is considered that the misidentification of M. lentiflavum can be detected by confirming the CT value when COBAS TaqMan MAI identifies M. intracellulare.
近年,非結核性抗酸菌(nontuberculousis mycobacteria; NTM)症の罹患率は,急激な増加傾向にある1),2)。NTMの中で最も分離頻度が高い菌種はMycobacterium avium complex(MAC)であり,MACはM. aviumとM. intracellulareの2菌種により構成されている。しかしながら,近年,16S-23S rRNA internal transcribed spacer(ITS 1)領域においてシークエンス解析することにより,M. chimaera,M. colombiense,M. arosiense,M. marseillense,M. vulneris等のsequevarがMACから独立し,新種として報告されている3)~7)。さらに,M. chimaeraは,M. aviumやM. intracellulareと比較し病原性が低いという報告があり8),sequevarの違いにより病原性が異なる可能性がある。
一般的にMACのDNA検出は,コバスTaqMan MAI(ロシュ・ダイアグノスティックス)等のリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction; PCR)法を原理とする方法が広く用いられている。コバスTaqMan MAIでは,陽性となるまでのPCRサイクル数がcritical threshold(CT)値で示され,半定量的にDNAを検出可能であるが,M. lentiflavum等の増幅する遺伝子領域が類似する菌種では,偽陽性を示すことが報告されている9)。また,MACのsequevarを判定することはできないため,現在M. intracellulareとして同定されている菌には,M. intracellulare以外の菌種も含まれていると考えられる。
今回,我々は従来コバスTaqMan MAIにおいてM. intracellulareと判定された菌のうち,MALDI Biotyper(ブルカージャパン)によりM. intracellulare以外の菌に同定される菌種の分離頻度や病原性の違いを明らかにすることを目的として検討を行った。さらに,コバスTaqMan MAIにおける偽陽性反応を検証するために,CT値について比較検討を行ったので報告する。
2015年6月から2017年11月の間に,岡山大学病院において,コバスTaqMan MAIによりM. intracellulareと判定された70株(患者の重複を除く)を対象とした。なお,本研究は,岡山大学生命倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号:研1810-020)。
2. 質量分析装置による同定コバスTaqMan MAIにおいてM. intracellulareと判定された株を対象としてMALDI Biotyper(Mycobacteria Library Ver3.0)による同定性能の評価を行った。同定の前処理は,バイタルメディア羊血液寒天培地(極東製薬)に発育したコロニーを,滅菌精製水300 μLに懸濁し,95℃で30分間加温した。加温後,エタノール900 μLを加え,混和し,13,000 rpmで2分間遠心後,上清を除去し,マイクロチューブが完全に乾燥するまで室温に放置した。乾燥したマイクロチューブに,アセトニトリル20 μLとジルコニアシリカビーズを加え,5分間混和後に,70%ギ酸20 μLを加え,30秒間混和した。スピンダウン後,上清1 μLをターゲットプレートに塗布し,乾燥させ,マトリックス1 μLを塗布し,測定した。
3. シークエンス解析MALDI Biotyperにより,M. chimaera/M. intracellulare group以外に同定された株をコバスTaqMan MAIとの不一致株とし,rpoBとhsp65のシークエンス解析を実施した。コロニーを滅菌精製水に懸濁させ,100℃で10分間加温し,スピンダウンした上清をPCRに用いた。PCRに用いるプライマーは,rpoBはKim BJ10),hsp65はKim BJ11)の方法を参考にした。シークエンス反応には,BigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)を用い,塩基配列の解読はGenetic Analyzer 3500(Applied Biosystems)により行った。得られた塩基配列をBLAST解析し,99%以上の相同性を有する菌種を同定菌とした。
4. コバスTaqMan MAIにおけるCT値の比較小川培地に発育したコロニーをMcFarland 0.5に調整後,生理食塩水により100倍希釈した菌液を試料とし,タックマン マイコ用検体前処理試薬添加剤セット「SOL-M」(ロシュ・ダイアグノスティックス)を用いて核酸抽出した。抽出液をコバスTaqMan MAIの添付文書に従って反応させ,測定したCT値を,M. chimaera/M. intracellulare group(N = 3),M. chimaera/M. intracellulare group以外のsequevar(N = 4),M. lentiflavum(N = 4)の3群間において比較した。
5. 患者背景の検討不一致株が分離された症例は,年齢,性別,分離材料,分離菌に対して使用した抗結核薬,基礎疾患,他の抗酸菌治療歴について調査した。
6. 統計学的検定Tukey-Kramer testを行い,p < 0.05を有意差ありと判定した。
MALDI Biotyperの同定結果をTable 1に示した。コバスTaqMan MAIにおいてM. intracellulareと判定された70株のうち,MALDI Biotyperでは61株がM. chimaera/M. intracellulare groupに同定され,コバスTaqMan MAIの結果と一致した。不一致は9株あり,内訳はM. lentiflavum 4株,MACのsequevar 4株(M. colombiense 2株,M. arosiense 1株,M. marseillense 1株),同定不能1株となった。
| N | % | |
|---|---|---|
| M. chimaera/M. intracellulare group | 61 | 87.1 |
| M. lentiflavum | 4 | 5.7 |
| M. colombiense | 2 | 2.9 |
| M. arosiense | 1 | 1.4 |
| M. marseillense | 1 | 1.4 |
| no reliable identification | 1 | 1.4 |
| 合計 | 70 | 100 |
MALDI BiotyperとコバスTaqMan MAIの不一致8株(同定不能1株は除く)について,シークエンス解析を実施した結果をTable 2に示した。No. 6は,rpoBにおいてM. colombienseとの相同性が98.8%とやや低いが,hsp65においては同じ菌との相同性が100%であったたため,M. colombienseと同定した。
| No. | MALDI Biotyper | rpoB | hsp65 |
|---|---|---|---|
| 1 | M. lentiflavum | M. lentiflavum (99.6%) | M. lentiflavum (99.2%) |
| 2 | M. lentiflavum | M. lentiflavum (99.6%) | M. lentiflavum (99.2%) |
| 3 | M. lentiflavum | M. lentiflavum (99.5%) | M. lentiflavum (99.2%) |
| 4 | M. lentiflavum | M. lentiflavum (99.6%) | M. lentiflavum (99.6%) |
| 5 | M. colombiense | M. colombiense (99.6%) | M. colombiense (100%) |
| 6 | M. colombiense | M. colombiense (98.8%) | M. colombiense (100%) |
| 7 | M. arosiense | M. arosiense (99.3%) | M. arosiense (100%) |
| 8 | M. marseillense | M. marseillense (99.6%)/M. timonense (99.3%) | M. marseillense (99.2%) |
No. 8は,rpoBにおいてM. marseillenseとM. timonenseの2菌種が候補菌となったが,hsp65においてM. marseillenseの1菌種となったため,M. mareseillenseと同定した。したがって,全株がMALDI Biotyperと同じ菌種に同定された。
3. コバスTaqMan MAIにおけるCT値の比較コバスTaqMan MAIのCT値をM. chimaera/M. intracellulare group,M. chimaera/M. intracellulare group以外のsequevar,M. lentiflavumの3群間で比較した結果をFigure 1に示した。CT値(平均 ± 標準偏差)は,M. chimaera/M. intracellulare group(27.2 ± 0.66),M. chimaera/M. intracellulare group以外のsequevar(27.1 ± 0.91),M. lentiflavum(36.5 ± 0.29)であった。M. lentiflavumは,M. chimaera/M. intracellulare groupとM. chimaera/M. intracellulare group以外のsequevarと比較し,CT値が有意に高値であった。

*p < 0.01
M. chimaera/M. intracellulare group以外のsequevarの内訳は,M. colombiense(N = 2),M. arosiense(N = 1),M. marseillense(N = 1)
不一致株を分離した8例の患者背景をTable 3に示した。男性4人,女性4人であり,平均年齢は64.8(40–82)歳であった。
| No. | 年齢 | 性別 | 分離材料 | 検出菌 | 抗結核薬 | 基礎疾患(肺) | 基礎疾患(肺以外) | 抗酸菌治療歴 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 61 | 女 | 喀痰 | M. lentiflavum | 無し | 無し | 微小変化型ネフローゼ症候群, シューグレン症候群 |
無し |
| 2 | 82 | 男 | 喀痰 | M. lentiflavum | 無し | 無し | 糖尿病,脳梗塞,胃がん | 無し |
| 3 | 70 | 女 | 喀痰 | M. lentiflavum | 不明 | 肺非結核性抗酸菌症 | 腎蔵がん | M. aviumによる肺非結核性抗酸菌症 |
| 4 | 47 | 男 | 骨髄炎の膿 | M. lentiflavum | CAM + EB | 無し | 右胸郭出口症候郡,食道烈孔ヘルニア | 骨髄炎初期に M. fortuitum |
| 5 | 64 | 男 | 胸部の膿瘍 | M. colombiense | CAM + RFP + EB | 無し | 慢性再発性骨髄炎,SAPHO症候群, 糖尿病 |
無し |
| 6 | 77 | 女 | 右手掌腫瘤 | M. colombiense | CAM + RBT | 無し | 巨細胞性動脈炎,関節リウマチ,IgA腎症 | 無し |
| 7 | 40 | 女 | 気管支肺胞洗浄液 | M. arosiense | CAM + RFP + EB | 無し | 全身性エリテマトーデス | 無し |
| 8 | 77 | 男 | 喀痰 | M. marseillense | 無し | 無し | 慢性糸球体腎炎, 続発性副甲状腺機能亢進症,糖尿病 |
無し |
CAM,クラリスロマイシン;EB,エタンブトール;RFP,リファンピシン;RBT,リファブチン
M. lentiflavumは,喀痰3例と骨髄炎の膿1例より分離された。喀痰の2例は,抗結核薬による治療はされていなかった。喀痰の残り1例はM. aviumによる肺炎に対して抗結核薬を投与中に一過性にM. lentiflavumが検出されており,M. lentiflavumに対する治療の有無は不明であった。したがって,喀痰よりM. lentiflavumが分離された症例において抗結核薬による治療がされたといえる症例はなかった。骨髄炎の1例は,M. lentiflavumが検出される以前にM. fortuitumが膿より分離され,抗結核薬による治療が行われていた。治療後M. fortuitumの分離は認められなくなり,代わりにM. lentiflavumが分離されたため,抗結核薬を投与継続となった。
M. colombienseは,2例とも皮膚病変からの分離であり,起炎菌として治療されていた。1例はSAPHO(Synovitis, Acne, Pustulosis, Hyperostosis, Osteitis)症候群の患者の皮膚の膿より分離され,残りの1例は巨細胞性動脈炎の患者の手背腫瘤より分離された。また,2例とも基礎疾患に対してステロイドおよび免疫抑制剤が投与されており,免疫抑制状態であった。
M. arosienseおよびM. marseiilenseはそれぞれ気管支肺胞洗浄液1例と喀痰1例ずつより分離され,呼吸器系検体からの分離であった。
Mycobacterium属の検出に用いられるコバスTaqMan MAIでは,M. aviumとM. intracellulareの2菌種のDNAを検出することができる。一方,MALDI BiotyperのMycobacteria Library Ver3.0には149菌種のMycobacterium属のスペクトルが含まれ,多くの菌種をカバーしている。本研究では,コバスTaqMan MAIにおいてM. intracellulareと判定された株を対象として,偽陽性反応の検証およびMALDI Biotyperによる同定性能の評価を行った。
今回,コバスTaqMan MAIによりM. intracellulareと判定された株には,M. lentiflavumが5.7%含まれていた。M. lentiflavumはRunyon II群の暗発色菌であり,M. intracellulareはIII群の非発色菌であるため,両菌種の微生物学的特徴は異なる。また,起こしうる感染症はM. lentiflavumの場合,播種性感染症,頸部リンパ節炎,肝膿瘍や肺炎等であるが,免疫不全状態にないヒトに肺炎を起こすことは稀であると報告されている12),13)。本研究においては,M. lentiflavumが喀痰より分離された症例が免疫不全状態であるかは不明であるが,治療対象例はなかったため,肺炎を引き起こすことが多いM. intracellulareとは病原性が異なると考えられた。したがって,M. lentiflavumをM. intracellulareと誤同定した結果を臨床に報告することは,不必要な抗結核薬の投与に繋がる可能性があり,両菌種を分類する意義があるといえる。
先行研究において,コバスTaqMan MAIにおけるM. lentiflavumの偽陽性反応は検証されており,M. intracellulareはM. lentiflavumと比較し,最小検出感度が100倍高いと報告されている14)。また,これまでM. lentiflavumのCT値について報告されている研究はあるが9),M. lentiflavumとM. intracellulareのCT値が比較されたものはない。今回,M. lentiflavumのCT値はM. chimaera/M. intracellulare groupとM. chimaera/M. intracellulare group以外のsequevarと比較し有意に高値であり,M. lentiflavumの偽陽性はCT値を確認することにより推測可能であると考えられる。
さらにM. lentiflavum以外の菌におけるコバスTaqMan MAIとMALDI Biotyperの不一致は,全てMACのsequevarであった。MACのsequevarは,M. avium,M. intracellulare,M. chimaera,M. colombiense,M. arosiense,M. marseillense,M. vulneris,M. bouchedurhonense,M. timonense,M. yongonense,M. paraintracellulare の11菌種がある3)~7),15),16)。MALDI Biotyperでは,M. chimaeraとM. intracellulareは分類することはできないため,‘M. chimaera_intracellulare_group’と同定されるが,M. colombiense,M. arosiense,M. marseillenseについては同定可能であった。MACのsequevarの分離頻度については,M. avium,M. intracellulare,M. chimaeraの3菌種が高く,その他の菌種は稀であると報告されている8)。本研究においても,M. chimaera/M. intracellulare groupの分離頻度が大部分を占めており,同様の傾向がみられた。
また,MACのsequevarにおける病原性の違いについては,11菌種のうちM. chimaera,M. avium,M. intracellulareの3菌種を比較した報告はあるが8),他のsequevarについて比較した報告はない。本研究において,M. chimaera,M. intracellulare以外のsequevarは,M. arosiense,M. marseillense,M. colombienseの3菌種が分離された。肺炎を引き起こすことが多いMACと同様に,M. arosienseとM. marseillenseは呼吸器系材料より分離された一方で,M. colombienseは皮膚より分離された。これまで,M. colombienseは頸部リンパ節炎および播種性感染症より分離された報告がある17)~20)が,現状ではM. colombienseの分離報告は極めて少ないため皮膚感染症に関連するかは不明である。今後,更なる症例の蓄積によりM. colombienseが他のMACと病原性が異なるか解明されることが期待される。
本研究では,MALDI BiotyperによりM. lentiflavumおよびM. chimaera/M. intracellulare group以外のMACのsequevarが同定可能であった。また,コバスTaqMan MAIにおけるM. lentiflavumの偽陽性はコロニー性状およびCT値を確認することにより推測可能であると考えられた。病原性については,M. lentiflavumが喀痰から分離された症例において治療対象例はなく肺炎の起炎菌の可能性は低く,M. colombienseは2例とも皮膚病変からの分離であったため,肺炎を引き起こすことが多いM. intracellulareとは病原性が異なる可能性がある。しかし,本研究において,M. lentiflavumとM. chimaera/M. intracellulare group以外のsequevarの株数は少なかったため,今後はより多くの症例を集め,MALDI Biotyperの有用性と病原性についての検討を行う必要がある。
本研究において,コバスTaqMan MAIにおけるM. lentiflavumの偽陽性はCT値を確認することにより推測可能であると考えられた。また,コバスTaqMan MAIによりM. intracellulareと判定されている株がMALDI Biotyperを用いることで,分子疫学的解析と同等の結果を得ることが可能であった。MALDI Biotyperは,従来,同定困難なNTMの菌名報告を可能にし,更なる病原性の解明に繋がると考えられる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。