医学検査
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技術論文
臨床検査室業務における試薬管理システムの開発と無償配布経験
山下 史哲渡部 俊幸
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2020 年 69 巻 2 号 p. 198-204

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Abstract

インターネット上で無償配布を行っている,試薬管理システムは,プロトタイプシステムの開発と運用経験の元,臨床検査室の試薬管理業務効率化のために,汎用性と導入の容易さを目標に開発した。本システムでは,試薬包装に表記されているバーコードのGS1-128シンボルを利用することにより,品質管理に必要とされる試薬の有効期限,ロット情報の自動取得と記録が可能である。また,試薬マスターの設定により,試薬の箱単位,もしくはその箱内の個包装数に対し,管理番号バーコードラベルを発行添付して管理することで,それぞれの開封日や使用完了日の記録に関してもバーコード運用を可能にした。その結果,試薬の在庫管理と共に記録の効率化と人為的ミス削減を実現した。完成後,無償配布を開始し,ダウンロード件数と導入施設からの問い合わせ件数より,必要性及び実用性が確認でき,本システムの開発と無償配布は有用であったと考えられた。

Translated Abstract

The reagent management system, which is distributed free of charge on the Internet, was developed on the basis of prototypic development and operational experience, aiming at versatility and ease of implementation for the efficient reagent management operations in clinical laboratories. By using the GS1-128 symbol of the barcode written on the reagent package, this system can automatically acquire and record the expiration date and lot information of the reagent necessary for quality control. In addition, according to the setting of the reagent master, the barcode operation can be enabled to record each open date and expiration date by issuing and attaching the control number bar code label to the unit of reagent boxes or the number of individual packages. As a result, the effective inventory management and recording of reagents and the reduction of human error were achieved. This system is distributed free of charge after completion, and the number of downloads and inquiries from the installation facilities strongly supports its necessity and practicability. These results indicate that the development and free distribution of this management system is useful for clinical laboratory operations.

I  はじめに

File Maker Pro 12 Advancedを使用して開発した試薬管理システム1)は,インターネット上で無償配布している。そのプロトタイプとなったシステムの開発目的は,臨床化学自動分析装置で使用する試薬の在庫とロット管理業務の煩雑さ解消のためであった。プロトタイプシステムは既存物品の流用と,試薬包装に表記されているGS1-128シンボル(以下,GS1-128)の情報を活用し,2006年に完成後,業務にて運用していた。さらに,自施設以外の臨床検査室に対する汎用性と導入の容易さを目標に,新たな試薬管理システムの独自開発を試みた。完成した試薬管理システムは2009年2月からインターネット上で無償配布を開始し,その後,導入施設からの問い合わせに応じながらバージョンアップを重ねている。

II  方法

1. プロトタイプシステム開発前の問題点と試薬管理システム概要

試薬管理システム開発以前は,臨床化学自動分析装置に搭載されているわずか20数種類のメーカー専用試薬にもかかわらず,各々の包装が似ているために目視での試薬判別を誤ることがあった。また,その在庫とロット管理はすべて目視と手書きにより,複数人が管理していたが在庫数チェックや新ロットチェックのミスは免れず,結果的に診療が遅れるなどの問題が存在した。その改善目的として,他業務で使用していたFile Maker Pro 7のソフトとバーコードリーダー,レーザープリンターを流用して管理用システムの独自開発を試みた。検討した結果,試薬包装のGS1-128をバーコードリーダーで読み取り,含まれているロット情報を抽出して既存の入庫履歴と照らし合わせた。さらに,新ロットの場合はアラートで知らせる仕様で構築した。また,試薬の箱内に包装されている複数の個包装毎に管理番号を割り当て,管理番号バーコードラベルを印字して添付した。これは個包装を開封するタイミングで管理番号バーコードラベルを読み取り,出庫処理を行うことで目視による確認と手書きを排除し,個包装単位での在庫管理とロット管理を可能にした。運用開始後,臨床化学自動分析装置における試薬管理業務のミスは皆無となった。

2. 試薬管理システムの概要

臨床化学自動分析装置用試薬を管理するためのプロトタイプシステム開発と運用経験をもとに,File Maker Pro 12 Advancedを使用して新たな試薬管理システム開発を目指した。特にコンセプトとして重点を置いたのは,以下の点である。

1)試薬表記のGS1-128活用

2)有効期限とロットおよび出庫記録の効率化

3)可能な限りバーコード運用

4)汎用性と導入コストゼロ

完成後,バージョンアップを重ねた試薬管理システムバージョン12.6の特徴は以下の通り。

5)JANシンボル(Japanese Article Number; JAN)とGS1-128から情報取得

6)試薬の個包装単位での管理

7)管理番号バーコードラベル読み取りによる出庫記録及び使用完了記録

8)導入の容易さとユーザー登録によるカスタマイズ

本システム運用の流れをFigure 1に示す。

Figure 1 運用の流れ

試薬表記のGS1-128シンボルの読み取りにより情報を取得し,個包装単位で管理バーコードラベルを発行して管理を行う。

3. JANとGS1-128から情報取得

国際的な流通標準化活動として,GS1-128やGS1データバーを用いての製品管理を推進している一般財団法人流通システム開発センター2)によると,GS1-128などに含まれている情報には,識別コードとしてアプリケーション識別子(application identifier;以下AI)が設定されている。AIにはGTIN(global trade item number)と呼ばれる商品識別コードが含まれており,多くの試薬においてJANが該当する。他にもAIの属性として有効期限やロットなどの情報も含まれている(Figure 2)。今回,試薬管理システムでは,試薬マスターの設定により,包装に単独で表記されているJANを読み取ることで流通試薬を識別し,GS1-128から必要な有効期限とロット情報を取得した。なお,現在は多くの流通試薬においてGS1-128が表記されているが,JANのみが表記されている試薬・消耗品にも対応することを目的に,入庫時にJANを読み取る仕様とした。また,設定によりJANの代わりにGS1-128を読み取りJANを抽出する運用方法も実装した。

Figure 2 GS1-128シンボルの例

試薬表記のGS1-128シンボルには識別コードとしてアプリケーション識別子(application identifier; AI)が設定されている。

4. 試薬マスターの設定に関して

本システムでは,AIで有効期限情報などの属性を特定するのではなく,有効期限とロット情報取得のための試薬マスター設定が必要である。それには,GS1-128をバーコードリーダーで読み取った際の有効期限の様式と有効期限及びロットの位置を設定する必要がある。本システムでは,有効期限の様式に「YY/MM/DD」,「YY/MM/00」,「MM/DD/YY」の3種類を設定した。YYは西暦年下2桁,MMは月を表す。またDDは日を表し,00の場合は月最終日を設定した。また,GS1-128を読み取った際の有効期限とロットの位置設定は,読み取った際の並び順位置を設定する仕様にした(Figure 3)。多くの流通試薬において,並び順が19番目から6桁が有効期限,27番目からがロットの場合が多いため,試薬マスター作成時のデフォルト値として可変値で設定した。ロットの桁数は試薬によって異なるためユーザー側で設定する必要がある。それぞれ可変値にしているのは,GS1-128以外のバーコード運用も想定しているためである。

Figure 3 GS1-128シンボル並び順位置の例

この例では試薬マスター有効期限の様式に「YY/MM/DD」を設定する。並び順は19番目から6桁分が有効期限,27番目から5桁分がロットを表しており,実際の有効期限は「2020/05/31」,ロットは「MT999」である。

5. 試薬の個包装単位での管理

検査データに問題が発生した場合,その原因が試薬にあると疑われた際,遡及調査のために該当試薬の納品日,その有効期限やロット及び使用開始日などの情報が必要となる。試薬は包装単位で同一の有効期限とロットの情報が記載されており,トレーサビリティー確保のため,何らかの方法でそれらの情報を記録しなければならない。本システムでは納品の際,GS1-128より有効期限とロット情報を自動取得し,納品日は入庫作業を行う際,使用している端末パソコンに設定されている日付を入庫日として自動取得している。問題となるのは使用開始日の記録である。特に納品包装内に,複数個の個包装試薬がある時,それぞれの開封タイミングが異なる場合である。仮に紙運用する場合,手書きもしくは印字された納品試薬情報のリストから該当の試薬を目視で確認し,開封日を記録することになる。そこには納品試薬のリスト化と,該当試薬を探し出して記録する労力と時間,人為的ミスが潜んでいる。その部分の問題解決のために採用した方法が,個包装に対して固有の管理番号を割当て,各々の個包装にそのバーコードラベルを添付して管理する運用方法である。例えば,1箱に対して5個の個包装試薬が入っている場合,管理親番号「19000001」に対して3桁の枝番号を付随させ,「19000001-001」~「19000001-005」の管理番号バーコードラベルを添付した(Figure 4)。それぞれの個包装を開封した際に貼られているバーコードラベルを読取り,出庫処理を行うことで,開封日と開封時間を記録することを可能にした。これらはプロトタイプから流用して組み込んだ機構である。また,在庫管理に関しては個包装単位で在庫数チェックが可能なため,個包装が多い試薬でも発注のタイミングが図りやすくなっている。バーコード部分の作成に関しては,現バージョンの試薬管理システム12.6ではCODE39で運用しており,無料バーコードフォント3)を使用している。

Figure 4 管理番号バーコードラベル添付例

6. 使用完了記録に関して

使用完了記録の運用は,2019年6月から配布しているバージョンに追加した機能である。旧バージョンを試用していた施設からの問い合わせをもとに実装した。施設事情や部門によっては,現在使用中の試薬リストや,使用完了の記録が必要となる。当初の開発コンセプトを保ちつつ,それらの機能を組み込むために,試薬マスターに「使用完了バーコード運用」の項目を追加した。この項目の設定により,該当試薬を開封して出庫処理を行う際,使用完了管理番号バーコードラベルが発行されるので,開封した試薬に添付する。この管理番号は末尾に「f」が付随しており,出庫処理用のラベルと区別する仕様となっている(Figure 5)。試薬を使い終わった際,このバーコードラベルを使用完了処理フォームに読み込ませることで,使用完了日と時間の記録を行う。

Figure 5 使用完了管理番号バーコードラベル添付例

7. 導入の容易さとユーザー登録によるカスタマイズ

臨床検査室業務における試薬情報の管理は必須ではあるが煩雑である。専用試薬を使用する分析装置や検査情報システムの試薬管理機能が活用できる場合もあるが,そうではない試薬も多い。また,費用面において実用に耐え得る試薬管理用システムの導入が難しい施設も存在する。汎用性のある運用方法と導入コストゼロを目標としたのは,そのような現場の負担軽減を願ってのことである。

本システムの使用環境は開発に使用した,File Maker Pro 12 Advancedの動作環境に準ずる。Operating System(以下,OS)はWindows 7とWindows 10に関しては動作確認済である。ハード類に関しては,既存のものが流用可能であれば新たに準備する必要はない。スタンドアローン運用するためにはパソコン1台,CODE39とGS1-128などが読み取り可能なバーコードリーダー,A4用紙対応レーザープリンターなどが必要となる。

現在,無償配布を行っている試薬管理システムは2種類あり,運用する端末パソコンにFile Maker Pro 12以上がインストールされている際に使用可能なFMP版と,File Maker Pro 12 Advancedの機能で作成したランタイム版である。ランタイム版であれば,File Maker Pro 12以上のソフトがインストールされていなくても運用可能である。ランタイム版では台帳やラベルのレイアウトが変更できないなどの制限があるが,ラベルに関してはユーザーからの問い合わせに対して,ラベルプリンターで使用できるラベルレイアウトを追加して,選択可能な仕様にすることで対応した。

本システムのカスタマイズが必要な場合は,ユーザー登録として使用施設の所在地や使用責任者などの情報を提供して頂くことで,FMP版を自由にカスタマイズできるパスワードを無償提供している。施設状況に応じて,ユーザーが自由にカスタマイズすることで更なる効率化と品質管理の底上げを目的としている。

8. 活用例

本システムの無償配布開始後,当初の問い合わせはISO15189の対応のためのものが主であったが,2018年12月の臨床検査業務に関する改正法施行前後からは,整備が求められている試薬管理台帳作成のためのものが主である。今回の医療法改正で,診療施設における試薬管理に関して明記されているのは,有効期限と在庫管理の記録である4)。有効期限に関しては,本システムにてGS1-128から取得可能である。また有効期限を含めた試薬管理情報をデータベースから出力可能な仕様にしてあるため,各施設の事情に合わせて活用可能である。在庫管理に関しては在庫検索機能を実行した時点での在庫状況のデータベースが出力可能なため,在庫確認の頻度を定めることで対応可能と考える。

III  結果

本システムの配布はユーザーがインターネット上からダウンロードする方式を採用しており,総ダウンロード件数は2019年6月末時点で5,438件,月当たり平均ダウンロード件数は約43件である。所在が確認可能であった問い合わせ施設および,ユーザー登録施設は診療所クラスから大学病院クラスまで様々であり,診療施設以外にも衛生検査所や試薬メーカーなど様々であった。単純にダウンロード件数が導入件数ではないが,本システムの必要性は窺える。問い合わせ内容に関しては,本システム導入に際しての使用方法に関する内容が多い。医療法改正前後ではその需要と思われるダウンロード数の上昇がみられるが(Figure 6),渡部ら5)によると,医療法改正の対応手段として本システムを導入することにより効果を得たとの報告がある。

Figure 6 試薬管理システムダウンロード件数の推移

医療法改正(2018年12月1日)の前後1年間に関するダウンロード件数の推移。

IV  考察

試薬管理業務の煩雑さを解消するために開発したプロトタイプシステムを経て,臨床検査室の試薬管理業務効率化のために,汎用性と導入コストゼロを目標として新たな試薬管理システムの開発,及び2009年2月からインターネット上での無償配布を行った。汎用性を実現するために試薬マスターの設定を行うことでGS1-128から情報を取得し,各種試薬や消耗品の管理が可能となった。運用に関しては,試薬の個包装単位での管理と,可能な限りバーコード運用を取り入れたこと,試薬管理のデータベースを出力可能にすることで,人為的ミス削減と効率化,データ活用が達成できた。導入に際してはランタイム版を用意することで,ソフト面でのコスト発生を抑えることができた。本システムをカスタマイズしたい場合のユーザー登録施設を除いて,特にダウンロードや使用に関する許可は必要ないため,実際の導入施設数は不明であるが,ダウンロード件数から推察される必要性と,導入施設からの問い合わせ対応により実用性を確認できたため,本システムの開発及び無償配布は有用であったと考えられた。

問題点と今後の課題として,試薬の個包装が多い場合は,ラベル添付に要する労力と時間が増大するので,運用方法でカバーする必要がある。試薬納品の際,受領作業担当者名の入力に関しては未対応のため,今後の課題としたい。本システムは発注機能を有しているが,最低限の機能のみであり,バーコード読み取りでの発注フォーム登録や,在庫検索でマスター設定された発注点以下の試薬を抽出はできるが,発注フォームへ連動していない。施設によって様々な発注様式が存在するので簡易な仕様に留めている。発注業務を含め,臨床検査室マネージメントシステムの一部として試薬管理システムが機能し,臨床検査室情報システムや標準化事業と連携することが最終形態に近いと考える。また,臨床検査室マネージメントシステムの自動化へ向け,試薬管理システムのデータベースを活用すべきであろう。そこに至るには様々な問題が存在するであろうが,より洗練された社会を目指し,柔軟なカスタマイズで対応してゆくことが必要と考える。導入施設での独自カスタマイズのために完全アクセス権の提供を行っているが,開発者は専門のプログラミング教育やシステム構築のための教育は受けておらず,独学で構築したシステムであり,体系化された内部構造ではない。しかも一度完成したものにバージョンアップを重ねており,複雑な内部構造になっているため,カスタマイズが困難である側面が存在すると思われる。

V  結語

臨床検査室業務において,品質管理のために必要な試薬管理業務は煩雑である。本システムの必要性が存在する限りは,今後も継続して無償配布を行う予定である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
  • 1)  株式会社ベクター:試薬管理システムダウンロード.http://www.vector.co.jp/soft/winnt/business/se472669.html(2019年6月30日アクセス)
  • 2)  一般財団法人流通システム開発センター.https://www.dsri.jp/(2019年6月30日アクセス)
  • 3)  株式会社テクニカル:バーコードフォント無償ダウンロード.https://www.technical.jp/barcode/font/(2019年6月30日アクセス)
  • 4)  一般財団法人日本臨床衛生検査技師会:医療法等の一部を改正する法律の一部の施行を伴う厚生労働省関係省令の整備に関する省令の施行について.http://www.jamt.or.jp/information/tuuchi/asset/pdf/0815.pdf(2019年6月30日アクセス)
  • 5)  渡部 和也,他:「当院検体検査部門における改正医療法への対応」,第51回福島医学検査学会一般演題.
 
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