医学検査
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症例報告
術前検査を契機に診断されたhairy cell leukemiaの1症例
金子 洋平松坂 香織酒井 隆弘潮屋 春菜小丸 検造
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2020 年 69 巻 4 号 p. 689-694

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Abstract

今回我々は,術前検査を契機に診断された稀な腫瘍である有毛細胞白血病(hairy cell leukemia; HCL)の1症例を経験したので報告する。症例は48歳,男性。前医にて副鼻腔炎の診断で治療を施行するも改善せず,当院耳鼻咽喉科受診。鼻中隔弯曲症の診断で手術適応となり,術前検査を施行。血液検査でWBC 14.7 × 109/Lと増加しており,末梢血スメアを鏡検し,広く明るい細胞質で円形~卵円形核を有し,核クロマチンは軽度凝集するリンパ球を79.0%認めた。慢性リンパ性白血病(chronic lymphocytic leukemia; CLL)等を疑ったが,細胞表面マーカー解析で,CD19,CD20,CD22が陽性,CD5,CD23は陰性であり,否定的であった。自然乾燥スメアを作製したところ,細胞質から飛び出した毛髪状の突起を持つ細胞(hairy cell; HC)を認め,追加の表面マーカー解析でCD11cが陽性であり,HCLを疑った。HCLの診断は,細胞形態や特殊染色,細胞表面マーカー,遺伝子検査等の総合的な解析が必要である。CLL等の他の成熟B細胞性リンパ増殖性疾患が否定的で,HCLを疑う場合は,自然乾燥スメアでHCを確認することが早期診断に繋がると思われる。

Translated Abstract

We report a case of hairy cell leukemia (HCL), a rare tumor diagnosed on preoperative examination, in a 48-year-old male. The patient was diagnosed as having sinusitis by a previous physician; however, he did not improve with the treatment administered. The subsequent diagnosis of septal curvature necessitated surgery, and preoperative evaluation was performed. Blood test results showed an increased white blood cell count (14.7 × 109/L), and peripheral blood smear examination revealed cells with a large bright cytoplasm containing round-to-oval nuclei, and 79.0% of nuclear chromatin showed slightly aggregated lymphocytes. Chronic lymphocytic leukemia (CLL) was suspected; however, immunohistochemical analysis of cell surface markers revealed immunopositivity for CD19, CD20, and CD22 and immunonegativity for CD5 and CD23. Naturally dried peripheral blood smears showed cells with cytoplasmic hairy protrusions (hairy cells, HCs), and further surface marker analysis revealed CD11c immunopositivity, leading to the final diagnosis of HCL. Accurate diagnosis of HCL depends on comprehensive analysis, including evaluation of cell morphology, special staining procedures, cell surface marker analysis, and genetic testing. Patients suspected of having HCL in whom other mature B-cell lymphoproliferative disorders such as CLL are excluded should undergo examination of their naturally dried peripheral smear for early confirmation and diagnosis of HCL.

I  はじめに

有毛細胞白血病(hairy cell leukemia; HCL)は,細胞質から飛び出した毛髪状の突起を持つ細胞(hairy cell; HC)が特徴的な,低悪性度の成熟B細胞性リンパ増殖性疾患である。HCLは稀な腫瘍であり,古典的HCL(HCL-classic; HCL-c),有毛細胞白血病,バリアント型(HCL-variant; HCL-v),日本型有毛細胞白血病(HCL-Japanese variant; HCL-jv)の3病型に大別される。わが国ではHCL-jvが多い1)。今回我々は,術前検査を契機に診断されたHCLの1症例を経験したので報告する。

II  症例

患者:48歳,男性。

現病歴:以前より左頬部に膿が溜まっているような違和感や後鼻漏感があり近医を受診。精査の結果,副鼻腔炎の診断で治療を施行するも改善せず,当院耳鼻咽喉科受診。鼻中隔弯曲症の診断で手術適応となり,術前検査を施行。血液検査でWBC 14.7 × 109/Lと増加しており,末梢血スメアを鏡検したところ,広く明るい細胞質で円形~卵円形核を有し,核クロマチンは軽度凝集するリンパ球を79.0%認めた(Figure 1a)。軽度の高カリウム血症を認めたが,その他の血液検査所見に異常は認められなかった(Table 1)。慢性リンパ性白血病(chronic lymphocytic leukemia; CLL)等のリンパ増殖性疾患が疑われた為,主治医に報告し,追加でフローサイトメトリー(flow cytometry; FCM)検査を施行した。

Figure 1 末梢血スメア(Wright Giemsa staining ×1,000)

a)風乾 b)自然乾燥

風乾では広く明るい細胞質で核中心性の目玉焼き様に見えるが,自然乾燥では細胞質から飛び出した毛髪状の突起を持つHCが確認される。

Table 1  血液検査データ
血液検査 生化学検査
WBC 14.7 × 109/L TP 7.3 g/dL
Seg 16.5% ALB 4.9 g/dL
Lympho 79.0% A/G 2.04
Eosino 1.5% T-Bil 1.0 mg/dL
Baso 1.0% AST 24 IU/L
Mono 2.0% ALT 24 IU/L
RBC 4.79 × 1012/L ALP 229 U/L
Hgb 15.4 g/dL γ-GTP 45 U/L
Ht 44.1% LDH 177 U/L
MCV 92.1 fL CK 163 IU/L
MCH 32.2 pg AMY 91 U/L
MCHC 34.9 g/dL BUN 14.2 mg/dL
PLT 19.6 × 109/L Cre 0.96 mg/dL
凝固検査 eGFR 67.0
PT(INR) 0.96 GLU 107 mg/dL
APTT 29.7 sec Na 141.4 mEq/μL
K 5.2 mEq/μL
Cl 102.1 mEq/μL
Ca 9.8 mEq/μL
CRP 0.07 mg/dL
IgG 970 mg/dL
IgA 139 mg/dL
IgM 31 mg/dL

III  検査結果

FCMの結果,リンパ球領域はCD19,CD20,CD22が陽性のB細胞主体であったが,CD5,CD23は陰性でCLLは否定的であり,CD10,CD25,SIg-κ,SIg-λは陰性であった。再度,末梢血スメアを入念に鏡検したところ,広く明るい細胞質で,核中心性の目玉焼き様であった為,HCLを疑い,末梢血で自然乾燥スメアを作製した。自然乾燥スメアでは,細胞質から飛び出した毛髪状の突起を持つHCが確認された(Figure 1b)。また,全血を3,000 rpm,5分で遠心し,Buffy Coatの生標本でもHCが確認された(Figure 2)。TRAPは陰性であった。追加のFCMにて,CD11cが陽性であった為(Figure 3),HCLを強く疑い,主治医に報告した。翌日,血液内科へ紹介となり,診断確定目的で骨髄検査が施行された。骨髄は正形成で,自然乾燥スメアにて末梢血と同様のHCを50%程度認めた(Table 2)。FCMの結果も末梢血と同様であった為,HCLの診断となった。後日,外注検査に依頼していた末梢血のBRAF V600E変異は陰性であった。軽度の脾腫は認めたが,貧血は認められず,現時点で治療適応では無いと判断され,無治療経過観察の方針となった。

Figure 2 生標本 ×1,000

全血を3,000 rpm,5分で遠心し,buffy coatで沈渣標本を作製した。わずかに毛髪状の突起を有するHCを認める。

Figure 3 末梢血の表面マーカー解析(CD45-SSC gating法)

リンパ球領域はCD19,CD20,CD22が陽性のB細胞主体であるが,CD5,CD23,CD10,CD25,SIg-κ,SIg-λは陰性である。CD11cが陽性である。

Table 2  骨髄検査データ
NCC 70.0 × 103/μL
MgK 13.0/μL
M/E比 1.41
Myeloblast 0.4%
Promy 1.0%
Myelo 1.8%
Meta 0.6%
Stab 3.0%
Seg 9.8%
Eo-Myelo 1.0%
Eo-Meta 0.2%
Eo-St 0.4%
Eo-seg 2.0%
Baso 0.0%
Mono 1.0%
Macrophage 1.4%
Proerythro 0.4%
Basoerythro 0.8%
Polyerythro 12.2%
Orthoerythro 2.6%
Lympho 9.6%
Abn-Ly 51.2%
Plasma 0.4%

IV  考察

HCLは,50~55歳の中年期以降に多く,男女比は,4~5:1で男性に多い。HCLの発症頻度は,日本を含むアジアやアフリカでは非常に低いが,欧米では比較的高く,米国では全白血病の2~3%に当たるとされており,年間100万人当たり3.5人発症する。HCL患者にみられる臨床症状は,脾腫と血球減少に伴うものが主である。脾腫は80~90%の症例に認められ,70~80%の症例に血球減少がみられるとされてきた。HCL患者にみられる易感染性の原因は,好中球・単球の減少や機能異常,NK細胞やT細胞の機能異常などによるとされている。リンパ節腫脹,骨融解,皮膚浸潤などの症状はあまりみられない(5%未満)。また,HCLでは高率に骨髄の線維化が認められ,骨髄穿刺ではしばしばdry tapとなる為,骨髄生検が診断に有用である。治療法は,インターフェロンやプリンアナログ,抗体薬(リツキシマブ)の高い有効性が示されている2)。HCLの診断には,細胞質から飛び出した毛髪状の突起を持つHCの同定が必須である。本邦で行われる風乾で作製したスメアでは目玉焼き状となり毛髪状の突起が確認しづらいが,自然乾燥にて標本を作製するとそれが容易に確認できる。風乾して作製したギムザ標本において,HCL細胞は細胞の大きさ(直径10~25 μm)やN/C比にばらつきがみられ,細胞質は弱塩基性を示し,細胞表面に突起がみられる。顆粒はないことが多いが,時にアズール顆粒がみられる。核の形は円形,卵円形を示し,核の染色性はクロマチンの凝集は少なく,成熟リンパ球の核より明るく染まる。核小体は認められないことが多い。HCL細胞は酒石酸抵抗性酸フォスファターゼ(TRAP)活性が強陽性となる。細胞表面マーカーは,細胞表面免疫グロブリン(SIg)(IgM+/,IgG,IgD,IgAタイプ)とB細胞マーカーであるCD19,20,22等を発現している。その他に,IL-2レセプターα鎖(CD25)やCD11c,CD103を発現している。他のB細胞性リンパ増殖性疾患でみられることのあるCD5,CD10,CD23は陰性である。また,2011年にTiacciら3)がHCL患者の末梢血から得たHCL細胞を全エクソン解析したところ,HCL 47症例でBRAF V600E変異を認める一方で,他の成熟B細胞性リンパ増殖性疾患では認められなかったことを報告した。BRAF V600E変異は,HCLの疾患特異的な遺伝子異常として注目されており,診断,治療への応用が始まっている。

HCL症例の中で,HCL-cとはいくつかの異なった特徴を有するvariant型であるHCL-vは,Matutesら4)が52例の特徴を報告している。それによると,HCL-vは,HCL症例の約10%を占め,HCL-cよりも高齢者に発症し(平均年齢71歳),男女比も1.6:1とHCL-cほど偏りはみられない。脾腫は認めることが多いが,末梢血中の白血球数は増加していることが多く,好中球や単球の減少はみられない。細胞表面マーカーは,CD11c,CD103が陽性の成熟B細胞表現型を呈するが,CD25が陰性であるのが,HCL-cとは異なる点である。また,インターフェロンやプリンアナログに治療抵抗性であり,生命予後もHCL-cより悪い。BRAF V600E変異は認められない。HCL-vの細胞像は,HCL-cとは異なり,核中央に明瞭な核小体が単一でみられ,分葉核や二核のこともある。TRAPは陰性である。

Machiiら5)により本邦でのHCL症例40例の解析が報告されている。それによると,40例中9例は典型的なHCL症例で,2例はHCL-v,残りのうち29例は典型的なHCLとは特徴が異なり,HCL-jvと名付けられている。HCL-cよりも高齢者に発生し(平均年齢64.9歳),男女比も0.71:1と女性に多く,末梢血中の白血球数は増加していることが多い。細胞表面マーカーは,CD11cが陽性の成熟B細胞表現型を呈するが,CD25は陰性である。TRAPは弱陽性である。また,インターフェロンへの反応性も悪く,BRAF V600E変異も認められない。これらの特徴は,Matutesらが報告したHCL-vの特徴と似ている部分が多い。

HCLの鑑別疾患としては,脾臓辺縁帯B細胞リンパ腫(splenic marginal zone B-cell lymphoma; SMZL)やびまん性赤脾髄小型B細胞リンパ腫(splenic diffuse red-pulp small B-cell lymphoma; SDRPL)が挙げられる。SMZLは,腫瘍細胞の細胞質表面に突起を認めることもあり,細胞の大きさは小型~中型である。細胞質は好塩基性,核形は円形,卵円形で,凝集した核クロマチンを示す。TRAPは陰性である。細胞表面マーカーは,成熟B細胞表現型を呈し,CD25やCD11c,CD103が陽性となることもある。CD5,CD10,CD23は陰性である。BRAF V600E変異は認められない。SDRPLは,SMZLに類似するが,CD25が陰性である点が異なる。また,2017年のWHO分類では,HCL-jvとSDRPLとが同一疾患ではないかとの指摘がある6)

本症例とHCL-c,HCL-v,HCL-jv,SMZL,SDRPLの特徴を比較したものをTable 3に示す。本症例は,末梢血中の白血球数増加を認め,細胞形態は,自然乾燥スメアでHCを認め,細胞質は弱塩基性であった。核形は円形~卵円形,核クロマチンは軽度凝集し,核小体は認められなかった。TRAPは陰性であったが(Figure 4),細胞表面マーカーは,CD11cが陽性,CD103,CD25は陰性であった。HCLを含む成熟B細胞性腫瘍の場合,通常κかλのどちらかを発現するが,本症例では両方とも陰性であった。経過観察中に細胞質内も含めて再度検査を施行したが陰性であった為,本症例は軽鎖制限を認めない成熟B細胞性腫瘍が疑われた。BRAF V600E変異は,認められず,脾腫も軽度であった。以上のことより,本症例は,HCL-jvが最も考えられた。

Table 3  本症例とHCL-c,HCL-v,HCL-jv,SMZL,SDRPLの特徴
HCL-c HCL-v HCL-jv SMZL SDRPL 本症例
白血球数 低下 増加 増加 増加 低下 増加
HC + + + +/− +/− +
細胞質 弱塩基性 弱塩基性 弱塩基性 好塩基性 好塩基性 弱塩基性
円形,卵円形 円形,卵円形時に分葉 円形,卵円形 円形,卵円形 円形,卵円形 円形,卵円形
核クロマチン 軽度凝集 軽度凝集 軽度凝集 凝集 凝集 軽度凝集
核小体 + +/− +/−
TRAP 強陽性 陰性 弱陽性 陰性 陰性 陰性
細胞表面マーカー CD11c+
CD103+
CD25+
CD11c+
CD103+
CD25−
CD11c+
CD25−
CD11c+/−
CD103+/−
CD25+/−
CD11c+/−
CD103+/−
CD25−
CD11c+
CD103−
CD25−
BRAF V600E変異 +
Figure 4 TRAP ×1,000

紅~暗赤色の陽性顆粒は認められなかった。

HCL-cとHCL-vは治療反応性や予後が異なり,2008年のWHO分類では,臨床的に異なる疾患単位とみなすべきであると規定された7)。したがって,両者の鑑別は重要であり,HCL-vと類似する点の多いHCL-jvも同様であると思われる。HCL-cとHCL-v,HCL-jvの鑑別で有用である検査はBRAF V600E変異,細胞表面マーカーのCD25,TRAPが挙げられるが,特にBRAF V600E変異はHCL-cでは全例陽性となり,HCL-v,HCL-jvでは陽性の報告はされていない為,最も有用な検査項目であると考える。

V  結語

今回,稀な成熟B細胞性リンパ増殖性疾患であるHCLを経験した。HCLの診断は,細胞形態や特殊染色,細胞表面マーカー,遺伝子検査等の総合的な解析が必要である。CLL等の他の成熟B細胞性リンパ増殖性疾患が否定的で,HCLを疑う場合は,自然乾燥スメアでHCを確認することが早期診断に繋がると思われる。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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