医学検査
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症例報告
多形細胞型退形成癌成分を含んだ浸潤性膵管癌の1剖検例
小堺 智文桐井 靖原 美紀子岩本 拓朗太田 浩良
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2020 年 69 巻 4 号 p. 695-700

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Abstract

膵退形成癌は予後不良な悪性腫瘍である。膵多形細胞型退形成癌の成分を含む浸潤性膵管癌の1剖検例での捺印細胞像を報告する。70歳代男性。他院にてヘモグロビンA1cの急上昇のため,当院に紹介受診された。腹部CTにて膵体部腫瘍と多発肝腫瘤を認めた。経過約8ヵ月で膵癌により永眠され,病理解剖が施行された。膵体部に境界明瞭な直径25 mmの腫瘍を認め,捺印細胞診標本を作製した。細胞学的には,細胞多形性を示す大型異型細胞が散在性から集塊で多数観察され,核異型を示す多核巨細胞も認められた。また,腺癌成分と扁平上皮癌成分が混在していた。組織学的には,扁平上皮癌成分を伴った腺癌を背景に,多形細胞型退形成癌を含む浸潤性膵管癌と診断された。肝臓多発腫瘤は膵癌の転移と診断された。本例では捺印細胞診で多形細胞型退形成癌の典型的な細胞像が確認された。

Translated Abstract

Anaplastic carcinoma (AC) is an aggressive tumor of the pancreas. Herein, we report the imprint cytology of an autopsy case of pancreatic invasive ductal carcinoma with a component of anaplastic carcinoma of the pleomorphic type (AC-P). A man in his 70s was admitted to our hospital owing to rapidly elevated levels of hemoglobin A1c. Computed tomography revealed a mass in the body of the pancreas and multiple hepatic masses. The patient died of pancreatic cancer after eight months and autopsy was performed. A well-defined mass of 25 mm diameter was noted in the body of the pancreas. Imprint cytology showed large pleomorphic atypical cells occurring both singly and in clusters, and isolated atypical multinucleated giant cells. Moreover, adenocarcinoma and squamous cell carcinoma were observed. Histopathology of the pancreatic mass showed adenocarcinoma admixed with squamous cell carcinoma and pleomorphic neoplastic cells with the same morphology as those in imprint cytology specimens. The diagnosis was invasive ductal carcinoma with a component of AC-P. The multiple hepatic masses were histopathologically diagnosed as metastases of pancreatic cancer. In this case, the imprint cytology showed the typical cytomorphology of AC-P.

I  緒言

膵臓退形成癌(anaplastic carcinoma; AC)は1954年にpleomorphic carcinomaとしてSommersら1)が報告した悪性腫瘍である。本邦での膵癌取り扱い規約第7版では,ACは浸潤性膵管癌の亜型として分類されている2)

急激な臨床経過を示したACの1剖検例につき,捺印細胞診標本を作製することができたので,その細胞学的特徴を報告する。

II  症例

患者:70歳代,男性。

既往歴:II型糖尿病,高血圧症。

臨床経過:上記にて他院通院中であったが,2ヵ月間でHbA1cが6.5%から8.1%と上昇したため,当院へ紹介受診された。腹部造影CT検査では膵体部に約20 mmの腫瘤を認め,多発肝転移が疑われた(Figure 1)。腫瘍マーカーでは,CEA 8.8 ng/mL,CA19-9 8,216.0 U/mL,DUPAN-2 1,100 U/mLと上昇を認め,膵癌を支持する結果であった。病巣が膵体部に存在したため,膵管擦過細胞診や,超音波内視鏡下穿刺吸引細胞診は実施されず,臨床的に膵癌および多発肝転移と診断された。治療はgemcitabineとnab-paclitaxelの併用療法を4ヵ月間,その後gemcitabine単剤療法を2ヵ月実施したが,膵腫瘍,肝転移巣ともに増大し,中止となった。肝不全(膵癌多発肝転移)にて,経過8ヵ月で永眠され病理解剖が施行された。

Figure 1 Abdominal computed tomography showing a mass in the body of the pancreas (A, arrow) and multiple liver masses (B, arrow heads).

III  解剖主要肉眼所見

死後約5時間30分後に病理解剖が実施され,解剖時には身長164 cm,体重57.0 kgであり,黄疸を伴っていた。腹水1,700 mL,左胸水300 mL,右胸水400 mLが認められた。膵体部に原発巣と考えられる境界明瞭な黄白色調の最大割面2.5 × 2.0 cmの充実性結節性病変が観察された(固定後Figure 2A, B)。肝臓は重量が2,280 gと増加しており,肝表面が陥凹を示す結節性病変が多発していた。結節性病変の割面では,中心部に壊死が認められた(固定後Figure 2C, D)。その他,腹膜や肺などの他臓器への転移を疑わせる病変は観察されなかった。

Figure 2 Gross findings of the pancreas (A, B) and the liver (C, D). The tumor in the body of the pancreas with well-defined border measuring 25 mm in diameter (B). Note the multiple nodular lesions with umbilicated surface (C) and central necrosis (D) of the liver.

IV  膵臓腫瘍捺印細胞所見

壊死を背景に認め,大型で多形性を示す細胞成分が孤立散在性出現ないし集塊を形成して多数観察された(Figure 3A, B)。核は大型で形状不整を示し,明瞭な核小体を認め,クロマチンは増加していた。胞体は好酸性で肥厚していた。また,核異型を示す多核巨細胞も観察された(Figure 3C)。細胞像からは,多形細胞型退形成癌(anaplastic carcinoma, pleomorphic type; AC-P)を推定した。他,腺腔形成所見に乏しく胞体内粘液を示す腺癌細胞成分(Figure 3D)や,角化を示す扁平上皮癌細胞成分が混在していた(Figure 3E)。標本上での各成分の多寡は,AC-P>腺癌>扁平上皮癌であった。

Figure 3 Imprint cytology of the pancreatic tumor showing large neoplastic cells with marked nuclear atypia arranged in single cells (A) and clusters (B) and multinucleated giant cells (C), consistent with anaplastic carcinoma, pleomorphic type. Besides, adenocarcinoma cells with intracytoplasmic mucin (D) and squamous cell carcinoma cells with tadpole feature (E) are observed. (A, B, C, D, E: Papanicolaou staining, 40×)

V  組織診所見

1. 膵臓

腫瘍中心部では経時変化による自家融解所見,固定不良による細胞収縮が認められたが,腫瘍辺縁部では細胞の形態保持は良好であった。管腔形成に乏しい低分化型腺癌が主体を占め,AC-Pへの移行像が随所に観察された(Figure 4A)。角化,細胞間橋を伴う扁平上皮癌成分が混在していたが,全体の30%未満であった(Figure 4B)。AC-Pの形態像は捺印細胞診同様であり(Figure 4C, D),紡錘形異型細胞や破骨型多核巨細胞(osteoclast-like giant cell; OGC)は観察されなかった。各成分の多寡は,低分化型腺癌>AC-P>扁平上皮癌であった。また,免疫組織化学では,AC-Pの成分は,cytokeratin(CK)(Figure 5B)が陽性,E-cadherinはAC-Pのほとんどが陽性であり(Figure 5C),一部に陰性の細胞が混在していた(Figure 5F),vimentinは陰性(Figure 5D)であった。中等度のリンパ管侵襲(ly2),静脈侵襲(v2)と神経浸潤(ne2)が観察され,脾静脈への浸潤(pPV1)と6個の領域リンパ節転移(ypN1b)を認めた。

Figure 4 Histological findings of the pancreatic tumor. Poorly differentiated adenocarcinoma (in the upper) and anaplastic carcinoma, pleomorphic type (AC-P) (in the lower) (A). Squamous cell carcinoma revealing keratinization (B). AC-P showing pleomorphic cells (C) and multinucleated-giant cells (D). (A, B, C, D: Hematoxylin-Eosin staining; A, 10×; B, C, 20×; D, 40×)
Figure 5 Immunohistochemical findings of anaplastic carcinoma, pleomorphic type. Neoplastic cells are positive for cytokeratin AE1/AE3 (B) and E-cadherin (C), and negative for vimentin (D). Neoplastic cells negative for E-cadherin are focally observed (F). (A, E: Hematoxylin-Eosin staining, 20×; B: Cytokeratin AE1/AE3 immunohistochemical staining, 20×; C, F: E-cadherin immunohistochemical staining, 20×; D: Vimentin immunohistochemical staining, 20×)

2. 肝臓

膵体部病変の組織像と同様で膵癌(低分化型腺癌,AC-P)の転移所見と診断した。

VI  考察

本稿では急速な臨床経過を辿った膵臓AC-Pの1例につき,臨床経過,捺印細胞像,病理組織像を報告した。

臨床的には,ACの発生頻度は比較的稀であり,浸潤性膵管癌の0.8~5.7%を占める3)。好発年齢については32~85歳(平均62.9歳)に発症し3)~5),性差は男女比2.1:1と男性優位である3)~5)。また,膵頭部発症の頻度が高く(頭部:57%,体尾部38%,膵全体:5%),腫瘍径は15~240 mm(平均65.4 mm)と報告されている3)~5)。本例は,70歳代,男性で,膵体部に発生し,腫瘍径は最大割面25 mmと平均よりやや小型であった。また,ACは,通常の浸潤性膵管癌と比較して予後不良であり,肝臓や腹膜への転移,再発頻度は各々68%,23%で3),1年生存率は約50%と報告されている3)。本例においても,受診時に既に多発肝転移を認め,化学療法が施行されたが,経過約8ヵ月で永眠された。

本邦の膵癌取扱い規約第7版においては,ACは形態学的に,1)AC-P,2)紡錘細胞型退形成癌(anaplastic carcinoma,spindle cell type; AC-S),3)OGCを伴う退形成癌(anaplastic carcinoma with osteoclast-like giant cell; AC-OGC)の3型に亜分類されており2),AC-Pが最も高頻度である(頻度50%)5)。また,上記三型は混在することがあり,ACでは通常型の浸潤性膵管癌成分を高頻度で伴う2),6)。各々の亜型の形態学的特徴は以下の様に要約される。1)AC-Pでは,大型~巨細胞が孤立散在性出現ないし集塊を形成する。細胞多形性が目立ち,単核~多核で高度核異型を示す,細胞質は肥厚し好酸性である7),8)。2)AC-Sでは,紡錘形腫瘍細胞が孤立散在性出現ないし集塊を形成し,N/C比の亢進,高度核異型を示す2),6),7)。3)AC-OGCでは,腫瘍細胞成分と非腫瘍性のOGC(20個以上の均一な小型円形核を有する多核巨細胞)が出現し,腫瘍細胞は円形~紡錘形で,核は単核で異型性を示す2),6),7)

本例の捺印細胞診ではAC-Pの特徴に合致した細胞像が認められ,他のACの亜型であるAC-SやAC-OGCの成分は観察されなかったことから,AC-Pが推定された。その他,低分化型腺癌に相当する胞体内粘液を示し,腺腔形成所見に乏しい異型細胞の重積集塊や,角化した扁平上皮癌細胞成分も混在して観察された。組織像では低分化型腺癌が優勢であったが,捺印細胞診標本上でAC-P由来の細胞が優勢であった理由はAC-P由来の癌細胞の方が間質から剥離しやすかったためと推定される。

AC-Pの細胞像ないし組織像における鑑別診断としては,腺癌,神経内分泌腫瘍,未分化多形肉腫(undifferentiated pleomorphic sarcoma; UPS)が挙げられる。腺癌はAC-Pにおいて高頻度で混在するが2),6),腺癌では胞体内粘液,集塊での腺腔形成所見を認め,AC-Pほどの著しい細胞多形性は伴わない2),6),7)。神経内分泌腫瘍では,細胞多形性を伴う症例が存在しAC-Pとの鑑別を要する6),7)。神経内分泌腫瘍では神経内分泌マーカーが陽性となる点が重要である6)。UPSについては多型性を伴う巨細胞が出現しAC-Pと鑑別を要するが8),通常の膵管癌成分は伴わない2),6)

ACの腫瘍細胞成分の免疫組織化学的特徴として,CKは64%が陽性4),vimentinは86%が陽性4)。E-cadherinは87%が陰性で9)~11),陽性であっても減弱を示すと報告されている11)。本例で施行した免疫組織化学ではAC-Pの腫瘍細胞は,CK陽性,vimentinは陰性であった。また,ACでのE-cadherinの発現低下はACの上皮間葉転換に起因する現象と考えられており11),本例においてもE-cadherinが陰性の癌組織が一部に観察された。

VII  結語

AC-Pを伴う浸潤性膵管癌の捺印細胞像を報告した。本例は捺印細胞診でAC-Pの典型的細胞像が確認できた。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2020 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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