医学検査
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症例報告
尿沈渣中の細胞形態と迅速診断キットの併用からアデノウイルス性出血性膀胱炎の診断に至った症例
川満 紀子白濱 早紀上田 沙央理堀田 多恵子
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2021 年 70 巻 1 号 p. 150-154

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Abstract

我々は,尿沈渣検査の細胞形態よりアデノウイルス(ADV)感染を疑い,咽頭用の迅速イムノクロマトキットを併用することで迅速に診断できた2症例を報告する。ADV性出血性膀胱炎は,一般的に血尿や頻尿,膀胱刺激症状が激しく,重症例では凝血塊による尿閉やADVが全身性に播種し致死的な経過をとる場合もあり迅速な診断が必要である。2症例の尿沈渣検査で確認された特徴的な細胞は,核が腫大しN/C比大,核の辺縁が不明瞭で核全体が一様にくすんだ変性した細胞形態を呈していた。文献報告よりこの細胞形態はADV感染細胞を疑い,咽頭用迅速診断キットを用いたところ陽性ラインを検出した。後日尿中ADV-PCR定量においても高値であることが判明した。尿沈渣では肉眼的血尿が出現する以前よりADV感染細胞が観察され,早期診断につながった。尿沈渣検査の形態だけでADV感染細胞を判断することは難しいが,迅速診断キットを併用することで,ADV感染細胞の出現の疑いを臨床に報告することが可能となる。

Translated Abstract

Here, we report the cases of two patients diagnosed as having ADV-induced hemorrhagic cystitis. They were initially suspected of having this condition on the basis of the characteristic morphology of cells in the urinary sediment and then diagnosed with a rapid immunochromatographic ADV kit for the pharynx. The cells of the patients showed nuclear enlargement, a high N/C ratio, and homogeneously stained dark nuclei (smudgy chromatin) with blurry contours, which were in agreement with previous reports on ADV-infected urinary cells. These morphological characteristics of the ADV-infected cells led us to perform urinary quantitative ADV-PCR analysis using the rapid diagnostic kit for the pharynx, although the kit was not approved for use in urine samples. Later, the ADV-PCR analysis revealed high titers of ADV in both patients. The symptoms of the ADV-induced hemorrhagic cystitis are severe hematuria, frequent urination, and bladder irritation. Because urinary retention caused by a massive blood clot and systemic dissemination of the virus could lead to fatality in severe cases, prompt diagnosis is important. We were able to analyze the cells by the urinary sediment examination before the onset of macroscopic hematuria, leading to early diagnosis and therapy. It is difficult to diagnose ADV infection only on the basis of cell shape determined in the urinary sediment examination. The rapid immunochromatographic kit may be useful for the early diagnosis when suspicious ADV-infected cells are found.

I  はじめに

アデノウイルス性出血性膀胱炎(ADV性出血性膀胱炎)は,骨髄移植・腎移植後などの免疫抑制療法中の患者に多く発病し,一般的に血尿や頻尿,膀胱刺激症状が激しく患者の苦痛が大きい。重症例では,凝血塊による尿閉やADVが全身性に播種し致死的な経過をたどる場合もあり,迅速な診断が必要である1)~3)。またADVは感染力が強いため隔離などの迅速な感染対策も必要である。今回,尿沈渣検査に出現した細胞形態の特徴から,ADV性出血性膀胱炎を疑い,咽頭用ADV検出キットを補助的に用い迅速な診断,処置に至った2症例を報告する。

II  症例

1. 症例1

20歳代,女性。

ALLと診断され,3年後に臍帯血骨髄移植を当院で実施した。移植10か月後に,腰痛,下痢,膀胱刺激症状が出現し当院救急外来を受診した。症状が持続し2日後に外来を再受診した。

再来時の尿検査所見をTable 1に示す。尿検査結果は,pH 5.5,蛋白(1+),潜血(1+)であった。尿沈渣検査では,赤血球5–9/HPF,白血球5–9/HPF,S染色において核が腫大しN/C比大,核の辺縁が不明瞭で核全体が一様にくすんだ変性細胞を > 100/WF認めた(Figure 1)。この細胞の特徴は文献4)よりADV感染細胞が疑われた。しかし,N/C比大,核の不整もあることから尿路上皮癌細胞の可能性も考え,ADV感染を確認するために咽頭用ADV迅速検出キットに尿検体を用い確認した。キットの抽出液に尿沈渣を加え反応プレートに滴下し反応させたところ,陽性を示し(Figure 2),臨床に報告した。患者はアデノウイルス感染と判断され入院となり,補液での治療が開始された。外来時に提出した尿中ADV-PCR定量の検査結果は,5 × 109 copy/mLであったことが2日後に確認された。入院2日後に腹痛症状憎悪,血尿が出現した。入院8日後の尿沈渣検査結果は赤血球50–99/HPFと血尿を認めたが ADV感染を疑う細胞は認めなかった。入院15日後,潜血(1+),赤血球5–9/HPF,膀胱刺激症状が緩和したため退院となった。

Table 1  Urinalysis findings (case 1)
Urinalysis
S.G 1.025
pH 5.5
Protein (1+)
Glucose (−)
Occult blood (1+)
Keton body (−)
Bilirubin (−)
Urobilinogen Normal
Nitrite (−)
Leucocyte esterase (−)
Urinary sediment
RBC 5–9/HPF
WBC 5–9/HPF
Renal tubular epithelial cell 1–4/HPF
Cells suspected to be infected by ADV 100–999/WF
Bacteria (−)
Figure 1 Cells suspected to be infected by ADV (×400, Sternheimer staining): Case 1

The cells show nuclear enlargement, a high N/C ratio, homogeneously-staining nuclei (smudgy chromatin) with blurred contours.

Figure 2 Result of case 1 by the rapid immunochromato­graphic kit (arrow)

The positive line was detected with the kit.

2. 症例2

70歳代,男性。

多発性骨髄腫と診断され,自家末梢血幹細胞移植3か月後外来にてフォロー中,尿検査を実施した。

尿検査の結果をTable 2に示す。尿沈渣検査において核の辺縁が不明瞭で核全体が一様に濃染した細胞が30–49/WF認められた(Figure 3)。症例1と同様の細胞であり,ADV感染細胞が疑われた。患者は受診の数日前より,頻尿・排尿時痛を認めていた。確認のために咽頭用ADV検出キットに尿沈渣を用い検査を行ったところ,陽性を示した(Figure 4)。患者は入院での補液加療となり,治療開始後,頻尿・排尿時痛は徐々に改善し,尿中に数個の凝固塊を認めたが一過性で良好な経過を示した。入院後に外来時の尿中ADV-PCR定量の検査結果は1 × 1010 copy/mLであったことが確認された。入院7日後,尿中ADV-PCR定量の検査結果は,1 × 104 copy/mL,咽頭用ADV検出キットは陰性となり,膀胱刺激症状は改善したため退院となった。

Table 2  Urinalysis findings (case 2)
Urinalysis
S.G 1.017
pH 7.5
Protein (1+)
Glucose (−)
Occult blood (1+)
Keton body (−)
Bilirubin (−)
Urobilinogen Normal
Nitrite (−)
Leucocyte esterase (−)
Urinary sediment
RBC 10–19/HPF
WBC 20–29/HPF
Urothelial epithelial cell 1–4/HPF
Renal tubular epithelial cell < 1/HPF
Cells suspected to be infected by ADV 30–49/WF
Bacteria (−)
Figure 3 The cell suspected to be infected by ADV (×400, Sternheimer staining): Case 2

The cell shows nuclear enlargement, homogeneously-staining nuclei (smudgy chromatin) with blurred contours.

Figure 4 Result of case 2 by the rapid immunochromato­graphic kit

The positive line was detected with the kit.

III  考察

出血性膀胱炎の原因としては,ウイルス性,薬剤性,細菌性等が挙げられるが,主要な原因としてウイルス性,中でもADV11型が多いとされている。ADV感染は骨髄移植・腎移植後などの免疫抑制療法中の患者によくみられ,無症状から血尿や頻尿,膀胱刺激症状が認められる。重症例では,凝血塊による尿閉やウイルスが全身性に播種し致死的な経過をとる場合もあり,迅速な診断が必要である1)~3)。診断には,ADV分離同定検査が唯一薬事承認されているが,分離・同定までに2–3週間を要することから,治療介入には不向きである。近年では,定量PCR法が用いられるようになったが,未だ薬事承認されていない1)。院内で定量PCR法を実施している施設は少なく外注検査での対応となるため検査結果に数日かかることが想定される。また迅速診断キットを用いたADV抗原の検出は,咽頭・結膜ぬぐい液での使用は薬事法で認められており,各種メーカーより販売されている。いずれもADV11型の検出が可能であることは添付文書に明記されている。しかし,尿検体での使用は薬事承認されておらず診断精度は不明である1)が,簡便性から一部では臨床使用されており,尿中ADV抗原の検出が可能であることが報告されている5)~7)。今回の症例では各々別の咽頭用キットを使用したが,8分もしくは15分で速やかにどちらも陽性ラインが検出された。

今回,症例では尿沈渣検査でADV感染細胞と疑う特徴ある細胞を認めた。ADV感染細胞については,『尿沈渣検査法2010』に記載がなく,未だ細胞形態についての報告は多くはない。伊藤ら2),4)の報告では,尿沈渣中のADV感染細胞は,核が腫大しN/C比の増大を認め,核全体が泥状でくすんだ不鮮明のFull型核内封入体を有しているとあり,症例の細胞と同様の細胞であった。中村ら8)の報告でも,腎組織像において免疫染色ADV陽性であった細胞は核内封入体で満たされたSmuge cellであると報告されている。本症例で認めたこの細胞形態は,一見するとN/C比大,核不整,S染色で核が濃染することから,弱拡大像では尿路上皮癌細胞と類似しているかのように見える。しかし,核の辺縁が不明瞭,核内構造が変性して均一に染色されることから鑑別は可能である。確実に判断するためには免疫染色が必要となるが,抗体の準備も必要でありどこの施設でも迅速に行うことはできない。そのため,尿沈渣検査の形態だけでADV感染細胞と確実に判断することは難しいが,尿沈渣検査から疑い咽頭用診断キットを併用することで,より迅速にADV感染を疑い診断することが可能であると考える。

また今回の症例では,潜血反応は弱陽性であるものの肉眼的血尿を認める前に,尿沈渣検査で感染を疑う細胞を認め,診断キットで陽性が検出された。Nakazawaら9)は,尿中ADV量105 copy/mL以上になると出血性膀胱炎を発症すること,約半数で1–2週間の104 copy/mL台の無症候性ADV尿症が先行することを報告している。症状が現れる以前に増加しているADVにより感染細胞が剥離し,尿沈渣中に出現,その後膀胱粘膜が著明に充血し部分的にびらんや潰瘍が生じることで肉眼的血尿が出現してくると考えられる。そのため肉眼的血尿がない早期に尿中にADV感染細胞が出現すると推察される。また今回の症例は骨髄移植後の患者であったが,腎移植後患者でのADV性出血性膀胱炎は,腎機能低下(血清クレアチニン値の上昇)を認めることが報告されている3)。血清クレアチニン値が上昇した場合,急性細胞性拒絶反応との鑑別が重要となってくる。拒絶反応かウイルス感染では治療方針が大きく異なるため,診断・治療において尿沈渣検査は有用な検査の一つであると言える。

当院の運用では,尿沈渣検査でADV感染を疑う細胞を認めた場合,免疫染色で確認を行う代わりに咽頭用検出キットに尿沈渣を用いることで,ADV感染の確認をし,臨床に報告している。定量PCRは保険適応外となるため,必要に応じて臨床の判断で検査の提出を行ってもらっている。臨床側は肉眼的血尿が出現していない場合にはADV感染を疑っておらず,尿沈渣検査から早期にアプローチすることができると考える。

IV  結語

尿沈渣検査で,核が腫大しN/C比大,核の辺縁が不明瞭で核全体が一様にくすんだ変性した細胞を確認した。この特徴ある細胞形態よりADV感染細胞を疑い,咽頭用の迅速診断キットを併用することで,ADV性出血性膀胱炎と迅速に診断に至った症例を経験した。尿沈渣検査の細胞鑑別のみでは判断は困難であるが,迅速診断キットを併せて用いることで早期診断につなげることができる。ADV感染細胞は『尿沈渣検査法2010』に記載がないが,臨床診断の一助となる意義のある成分だと考える。尿沈渣検査は簡便な検査であり,肉眼的血尿が発症する以前より細胞は出現するため,早期治療のためにも臨床への報告は重要である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本論文作成に際しご指導いただきました,九州大学大学院医学研究院臨床検査医学分野 康東天教授,九州大学大学院医学研究院病態修復内科学 吉本五一助教に深謝いたします。

文献
 
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