当院で使用している尿沈渣における異型コメントの5種類と細胞診の結果について後方視的検討を行った。異型コメントを報告した自然尿尿沈渣検体876例のうち,細胞診結果を参照することのできた348例を対象とした。細胞診判定がClass I~IIIaであった群を「良性群」,Class IIIb~Vであった群を「悪性群」に分類し,Class III(a,b付記なし)であった症例は良性,悪性の境界域にあると判断し対象より除外して,異型コメント報告の妥当性について検討した。異型コメント報告症例数は,それぞれ良性群109件(28.8%),悪性群239件(63.2%)であった。報告率は,良性群で細胞塊有40.4%,N/C比大58.7%,核形不整4.6%,核濃染10.1%,細胞診望18.3%,悪性群で細胞塊有23.8%,N/C比大82.8%,核形不整12.6%,核濃染29.3%,細胞診望43.9%であった。悪性群に対する悪性的中率は,細胞塊有56.4%,N/C比大75.6%,核形不整85.7%,核濃染86.4%,細胞診望84.0%であった。また,同一症例でのコメント報告数の増加に伴い悪性的中率が高くなった。以上から異型コメント入力は悪性疾患スクリーニングに有用であった。
In this retrospective study, we evaluated the association between the detection of five types of atypical cells in urine sediments and cytodiagnosis results in our hospital. We identified 876 urine sediment specimens with attached comments concerning the detection of atypical cells. Moreover, 348 of 876 cases whose cytological findings were available were included in this study and classified as the benign group (class I–IIIa cytology reports, 109 cases, 28.8%) and the malignant group (class IIIb–IV cytology reports, 239 cases, 63.2%). Thirty cases with class III cytology reports without a or b were excluded from this study. The validity of the atypical comments on the reports was examined. The occurrence ratios of comments about atypical cells in the benign group were as follows: 40.4% included notes about cell clusters, 58.7% about high N/C ratios, 4.6% about nuclear irregularity, 10.1% about hyperchromasia, and 18.3% about recommendations for further analysis. Comments in the malignant group included detection of cell clusters (23.8%), high N/C ratios (82.8%), nuclear irregularity (12.6%), hyperchromasia (29.3%), and recommendations for further analysis (43.9%). The following were the positive predictive values for the malignant group: 56.4%, presence of cell clusters; 75.6%, high N/C ratios; 85.7%, nuclear irregularity; 86.4%, hyperchromasia; and 84.0%, recommended for further analysis. Conclusively, the presence of multiple comments within a single patient case was associated with an increased positive predictive value in the malignant group, confirming that the identification of the five types of atypical cells is a useful screening technique in malignant urogenital diseases.
尿沈渣検査において異型細胞とは,基本的に「悪性」または「悪性を疑う細胞」である1),2)。核に多くの特徴が見られ,正常細胞と比較して核濃染(クロマチンの増量),核形不整,N/C比大,核の突出,核縁の肥厚,核腫大,核小体肥大などの異型性が認められる1)~3)。異型細胞は1つの所見だけで判定できるものではなく,細胞をさまざまな角度から細かく観察し,標本全体に出現している個々の細胞の多様性などを総合的に判断することが大切であり,『尿沈渣特集』では,必要に応じてコメントを付記して報告するように示されている1)。
当院では,細胞異型が認められた場合,過去の報告3)を参考に「細胞塊有」「N/C比大」「核形不整」「核濃染」「細胞診望」の5種類の異型細胞関連コメント(以下,異型コメント)を報告しているが電子カルテシステム上の制限で,各コメント全角4文字までで最大3種類のみ報告している。今回我々は,異型コメントと細胞診の結果について単施設後方視的に検討し,その妥当性について検証をしたので報告する。
2016年1月4日から2017年12月7日に提出された尿沈渣検体73,322件中,異型コメントを報告した尿沈渣検体(自然尿のみ)876例のうち,細胞診が提出されたものを対象とした。これらについて,細胞診判定がClass I~IIIaであった群を「良性群」,Class IIIb~Vであった群を「悪性群」に分類した。Class III(a,b付記なし)であった30症例は良性・悪性の境界域にあると判断し対象より除外した。
2. コメントの入力方法及び基準異型コメントは既述の5種類とした。「細胞塊有」は複数個の細胞が集まっていれば「細胞塊有」と定義した(Figure 1)。
(A) shows a case of urothelial carcinoma in which comments of cell clusters, hyperchromasia, and recommendations for further analysis were registered. (B) shows a benign case with urothelial clusters in which a comment of cell clusters was registered.
「細胞診望」以外のコメントの優先順位は形態学的に1番多く見られたものから入力し,「細胞診望」は2人以上で検鏡し,かつ尿沈渣で赤血球が5個/HPF以上の血尿4)がある場合など,他の4種類のコメントで表現しきれないが,総合的判断により悪性を強く疑う場合に入力した。
3. 検査方法尿沈渣検査鏡検は尿沈渣検査経験年数1年が2名,2年が1名,4年が1名,20年1名(細胞検査士),30年1名(細胞検査士)の6名の臨床検査技師で行い,検体は全て無染色とステルンハイマー染色の両方で鏡検を行った。結果を参照した細胞診は,尿沈渣提出日の1週間以内に提出され,かつ前後1週間に上皮細胞に物理的・化学的に刺激を与えることにより,形態学的に変化をきたすような処置が一切実施されていないことが確認できたものとした。また,複数回の細胞診が実施された際には,尿沈渣提出後に初めて行った細胞診の判定結果を対象とした。
4. 統計解析異型コメント入力と尿細胞診の提出率をχ2検定にて,異型コメントと悪性群合致との関係を名義ロジスティック回帰分析にて解析した。多変量解析時には各コメントを説明変数とした。統計解析にはJMP® Pro 15.1.0を使用し有意水準は0.05とした。
なお,本研究は大阪労災病院倫理委員会の承認(承認番号:31-75)を得て実施した。
異型コメントを入力した876症例のうち尿細胞診が提出されたのは686例であり提出率は78.3%であった。異型コメントが入力されなかった72,446症例のうち尿細胞診が提出されたのは2,236例であり(提出率3.1%),χ2検定の結果,異型コメントを入力すると尿細胞診提出率が有意に上昇していた(p < 0.0001)。異型コメント入力後に尿細胞診が提出され,かつII-3. 検査方法で示した抽出条件を満たした症例は348例であり,異型コメント報告症例の内訳は,それぞれ良性群109件(28.8%),悪性群239件(63.2%)であった。
2. コメント別報告率それぞれの異型コメント別報告率はTable 1に示すように良性群で細胞塊有40.4%,N/C比大58.7%,核形不整4.6%,核濃染10.1%,細胞診望18.3%,悪性群で細胞塊有23.8%,N/C比大82.8%,核形不整12.6%,核濃染29.3%,細胞診望43.9%と「細胞塊有」以外は悪性群に多い結果となった。
細胞塊有 | N/C比大 | 核形不整 | 核濃染 | 細胞診望 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|
良性群109件 | Class I(4件) | 件数 | 1 | 3 | 0 | 1 | 0 |
% | 2.3 | 4.7 | 0.0 | 9.1 | 0.0 | ||
Class II(82件) | 件数 | 35 | 47 | 3 | 5 | 16 | |
% | 79.5 | 73.4 | 60.0 | 45.5 | 80.0 | ||
Class IIIa(23件) | 件数 | 8 | 14 | 2 | 5 | 4 | |
% | 18.2 | 21.9 | 40.0 | 45.5 | 20.0 | ||
コメント合計件数 | 44 | 64 | 5 | 11 | 20 | ||
報告率[%] | 40.4 | 58.7 | 4.6 | 10.1 | 18.3 | ||
悪性群239件 | Class IIIb(30件) | 件数 | 8 | 24 | 2 | 4 | 9 |
% | 14.0 | 12.1 | 6.7 | 5.7 | 8.6 | ||
Class IV(44件) | 件数 | 8 | 32 | 5 | 13 | 12 | |
% | 14.0 | 16.2 | 16.7 | 18.6 | 11.4 | ||
Class V(165件) | 件数 | 41 | 142 | 23 | 53 | 84 | |
% | 71.9 | 71.7 | 76.7 | 75.7 | 80.0 | ||
コメント合計件数 | 57 | 198 | 30 | 70 | 105 | ||
報告率[%] | 23.8 | 82.8 | 12.6 | 29.3 | 43.9 | ||
悪性的中率[%] | 56.4 | 75.6 | 85.7 | 86.4 | 84.0 | ||
感度[%] | 23.8 | 82.8 | 12.6 | 29.3 | 43.9 | ||
特異度[%] | 59.6 | 41.3 | 95.4 | 89.9 | 81.7 | ||
陽性尤度比 | 0.6 | 1.4 | 2.7 | 2.9 | 2.4 | ||
陰性尤度比 | 1.3 | 0.4 | 0.9 | 0.8 | 0.7 |
悪性群に対する悪性的中率は,「N/C比大」は75.6%,「核形不整」は85.7%,「核濃染」は86.4%,「細胞診望」は84.0%で,悪性を示唆するマーカーと考えられた。特に「核形不整」,「核濃染」の所見を示すと悪性である可能性が高いことがわかった。更に,「核形不整」は特異度95.4%,陽性尤度比は2.7,「核濃染」は特異度89.9%,陽性尤度比は2.9と高く,診断に有効なコメントであった(Table 1)。
ロジスティック回帰分析の結果からは単変量,多変量ともに細胞塊有以外の項目で悪性群予知に有意な結果であった(Table 2)。
コメント項目 | 単変量解析 | 多変量解析 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
オッズ比 | 95%信頼区間 | p値 | オッズ比 | 95%信頼区間 | p値 | |
細胞塊有 | 0.46 | (0.29–0.75) | 0.0018 | 1.92 | (0.92–3.99) | 0.082 |
N/C比大 | 3.30 | (2.00–5.47) | < 0.0001 | 9.78 | (4.33–22.1) | < 0.0001 |
核形不整 | 2.99 | (1.13–7.92) | 0.028 | 3.50 | (1.13–10.8) | 0.030 |
核濃染 | 3.69 | (1.87–7.30) | 0.0002 | 9.09 | (3.53–23.4) | < 0.0001 |
細胞診望 | 3.55 | (2.05–6.14) | < 0.0001 | 3.58 | (1.97–6.48) | < 0.0001 |
両群における1症例あたりのコメント報告数は1コメント(良性群/悪性群=81/73)計154件,2コメントが(良性群/悪性群=21/111)計132件,3コメントが(良性群/悪性群=7/55)計62件で合計348件であった(Figure 2)。また,1コメントでは「N/C比大」が多い傾向にあった。付記されていたコメント数は,細胞診のクラスが上昇するにつれ多くなっていた(Table 3)。Class Vの症例数が165例で47.4%(165/348例)と悪性群の69.0%(165/239例)を占めていた(Table 3)。
細胞診判定 | 平均コメント数 | レコード数 |
---|---|---|
Class I | 1.3 | 4 |
Class II | 1.3 | 82 |
Class IIIa | 1.4 | 23 |
Class IIIb | 1.6 | 30 |
Class IV | 1.6 | 44 |
Class V | 2.1 | 165 |
異型コメントを入力した尿細胞診の提出率は78.3%で,コメント入力が精査のきっかけの1つとなっていることが示唆された。また,コメント報告数の増加に伴い悪性的中率が高いことが示された。更に,細胞診判定IからVに上昇するにつれて平均コメント数が増加する結果であった。また,コメント数に関わらず何らかのコメントが付記された症例の40%以上がClass Vの症例であったという結果であり,悪性群中のClass Vに占める異型コメントの割合は「細胞集塊有」は71.9%「N/C比大」は71.7%「核形不整」は76.7%「核濃染」は75.7%「細胞診望」は80.0%と全てのコメントが70%を超えており,悪性疾患スクリーニングにおける尿沈渣の有用性が確認された。
一方,「細胞塊有」の悪性的中率は56.4%で他のコメントに比べると低い結果となった。このことより,尿路結石患者などに出現する良性尿路上皮細胞塊をカウントしていることが示唆されたので細胞集塊を認めた場合,尿路結石の有無などの患者情報を確認することが望ましい(Figure 1B)。しかし,本コメントの入力対象に低異型度尿路上皮癌が含まれている可能性があることを勘案すると,尿沈渣検査がスクリーニング検査である以上,むやみにコメント入力を制限することは避けるべきである。「N/C比大」が75.6%とやや低かった理由としては,炎症により反応性に核が腫大した細胞やウイルス感染細胞などが含まれていることが考えられた。よって「N/C比大」の所見に加えて他の形態変化の有無を詳細に観察する必要があると考えられた。一方で感度は82.8%と高く,より広く悪性疾患をスクリーニングできていることが示唆された。
以上のことより,検討結果は概ね良好な結果であり臨床診断や細胞診提出率に貢献していた。ただし,異型コメントで悪性が疑わしい場合には積極的に異型コメント入力を行っているが,一般検査では尿が10 mLと量が少なく悪性を疑う細胞が標本上に認められない可能性もあるので注意が必要であると考えられた。今回の結果をうけて,細胞診オーダーがない場合には積極的に「細胞診望」のコメントを入力しているが,それでも細胞診がオーダーされない場合は電話等でオーダーを依頼する体制を構築した。今後は更に悪性的中率の高いものを優先してコメント入力するなどの体制構築も検討する必要がある。
これまでに同様の観点で行われた研究としては奥村らの報告が挙げられる5),6)。Class IIIがIIIa,IIIbに関わらず全例悪性群に入っているなどの定義上の差異はあるが,陰性群28.8%,陽性群70.1%であり,本研究とほぼ同等の結果であった。尿沈渣中の細胞形態の比較では細胞数,大きさ,細胞状態(変性・崩壊)のみ有意差が見られたようだったが,本検討では各異型コメントの報告率に有位差を認めた。
当研究のlimitationとしては下記のことが挙げられ今後の検討課題と考えられる。(1)単施設研究であり,外的妥当性が検討されていない。(2)尿沈渣の異型コメントが5種類しかなくそれ以外の具体的なコメント入力はしていない。また3種類しかコメントを入れることのできないシステムであるため,4種類以上の場合は欠損が生じる。(3)悪性疾患の結果判断は細胞診診断のみであり,画像診断などで悪性と判断される症例,転院で追跡不能となった症例,組織診断などの精査の同意取得が得られない症例などがあるため組織診断との検討は行っていない。(4)一般検査や病理検査の経験年数も悪性的中率に関与していることが推察されるが,異なる鏡検者によるコメント採択の再現性が検討できていない。
当院における異型コメントはスクリーニングにおいて悪性群に対して有用であった。よって,今後はコメント入力の際のダブルチェックを行い病理部門との連携を強化していくとともに,基準をマニュアル化し標準化を図り,更に定期的にカンファレンスを開催するなどして常に細胞判定の個人差をなくす努力をしていく必要がある。今回の結果をもとに,より有用な情報にすべく検討を重ねたい。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。