2021 年 70 巻 3 号 p. 560-565
B型肝炎ウイルス外被抗原(HBs抗原)検査を行う中で,初回の検査結果と確認試験の結果が乖離する検体に遭遇することがある。そこで,我々は初検値が0.05 IU/mL以上10 IU/mL未満でありかつ最終結果として陰性で報告した検体を偽陽性,陽性で報告した検体を真の陽性と定義した。そして,偽陽性の症例を明らかにし,偽陽性例と真の陽性例との初検値,HBコア抗体(HBc抗体)とHBs抗原を比較することを目的とした。対象は12,407例である。初検で陽性となったのは162例であり,初検値が0.05 IU/mL以上10 IU/mL未満であった55例に対し確認試験として高速遠心後の再検,さらにそのうちの21例に対し中和試験を行った。偽陽性は39例,真の陽性は16例であった。偽陽性39例の内訳として,高速遠心後の再検で陰性化したのは30例,中和試験で陰性化したのは9例であった。偽陽性例と真の陽性例との間で初検値に有意差はなかった。確認試験を行った55例のうち,7例でHBc抗体の検査データが得られた。4例がHBs抗原陰性かつHBc抗体陰性,1例がHBs抗原陽性かつHBc抗体陽性,2例がHBs抗原陰性かつHBc抗体陽性であった。以上から,HBs抗原検査における偽陽性例は当院でも認められ,また初検値から偽陽性か真の陽性かの判断はできず,このことから確認試験は正確な結果報告のために重要であると考えられた。また,HBc抗体はHBs抗原偽陽性判断の一助になると考えられた。
Occasionally, the results of initial and confirmatory hepatitis B surface antigen (HBsAg) tests are different. We defined samples both indicating 0.05 ≤ < 10 IU/mL in the initial test and finally resulting in negative results as false positives and those finally resulting in positive results as true positives. The aims of this study were to clarify the samples considered false positives, compare the initial and confirmatory test values, and compare results of HBsAg tests with those of antibody to the hepatitis B core antigen (anti-HBc) tests. In total, 12,407 samples were included in this study. One hundred and sixty-two samples indicated positivity in the initial tests. Fifty-five samples indicating 0.05 ≤ < 10 IU/mL in the initial tests were tested again after high-speed centrifugation, and 21 samples were tested with neutralization. As a result, 39 samples were found to be false positives and 16 samples were true positives. Thirty samples indicated negative conversion after high-speed centrifugation, and nine samples indicated negative conversion on neutralization. There was no significant difference in the initial test values of false positives and true positives. Anti-HBc results were obtained from seven samples. Four samples indicated negativity for both HBsAg and anti-HBc, one sample indicated positivity for both HBsAg and anti-HBc, and two samples indicated HBsAg negativity and anti-HBc positivity. In summary, false positives in HBsAg tests were found in our hospital, and we were unable to distinguish true positives from false positives among the initial test values. Therefore, we suggest that confirmatory tests should be carried out to obtain accurate results. Furthermore, anti-HBc may help identify false positives.
B型肝炎ウイルス外被抗原(HBs抗原)検査はB型肝炎ウイルス(hepatitis B virus; HBV)感染のスクリーニングのみならず,B型肝炎の経過観察や治療効果判定にも用いられる。HBs抗原検査は測定法の改良とともに高感度化が進んできた1)。一方,ルーチンにおいては初回の検査結果とHBs抗原定量値が境界域であるために行った確認試験(本論文中では,高速遠心後の再検および中和試験の両方を合わせてこのように記載する)の結果が乖離する検体に遭遇することがある。そこでHBs抗原検査結果の乖離について当院の現状を調査して,偽陽性の症例を明らかにする。偽陽性例と真の陽性例との初検値に差がないか,HBコア抗体(HBc抗体)にて感染の既往を検討することでHBs抗原偽陽性の判断の手がかりにならないか調査することを目的とした。
対象は2018年1月30日〜12月31日の間にHBs抗原検査を行った12,407例である。
2. 試薬および機器試薬はCLIA法を原理とするB型肝炎ウイルス表面抗原キットHBsAg QT・アボット(アボットジャパン合同会社),B型肝炎ウイルスコア抗体キットHBc・アボット(アボットジャパン合同会社)で,機器はARCHITECT i2000SR(アボットジャパン合同会社)を用いた。また,採血管はベノジェクトII真空採血管(テルモ株式会社)を用いた。判定は0.05 IU/mL以上をHBs抗原陽性,1.00 S/CO以上をHBc抗体陽性とした。なお,本試薬でのHBs抗原検査の感度は0.05 IU/mLであるが,本論文中では実測値で記載する。
3. 偽陽性の定義偽陽性を科学的に確定するのは難しい。そこで本検討では,初検値が0.05 IU/mL以上10 IU/mL未満でありかつ最終結果として陰性で報告した検体を偽陽性,陽性で報告した検体を真の陽性とした。
4. 検査の進め方当院のHBs抗原検査においては,通常遠心(3,500 rpm,10分)による血清分離後,消化器内科医師との協議により作成した,Figure 1に示すフローチャートにそって検査した結果を最終判定として報告している。
初検値が0.05 IU/mL以上かつ10 IU/mL未満の例は通常の再検を行う。通常の再検で1.0 IU/mL未満の例は高速遠心(13,000 rpm,7分)後の再検を行う。高速遠心後の再検で0.05 IU/mL以上かつ0.4 IU/mL未満の例は中和試験を行い判定する。なお,初検から中和試験まではすべて同じ検体を用いる。前回値等から技師の判断で一部省略することもあるが,基本的にはフローチャートに従って検査を進めた。偽陽性対策の確認試験として,高速遠心後の再検および中和試験を行った。
5. 検討内容当院においてどれくらい偽陽性が存在するのかを調査するために偽陽性の症例数とそれぞれの確認試験で陰性化した例数,また偽陽性の判断の手がかりとなるものはないか調査するために偽陽性例と真の陽性例との初検値の比較,HBc抗体との比較を検討項目とした。これらの項目について既存のデータを後ろ向きに検討した。偽陽性例と真の陽性例との初検値の比較はSPSS Statistics 21(IBM)を用い,Mann-Whitney U testで比較した。P < 0.05を統計学的に有意とした。
本研究は当院の臨床研究倫理審査委員会において承認されている(研究申請番号30-74)。
本検討の対象12,407例のうち,初検値が0.05 IU/mL以上かつ10 IU/mL未満の55例において確認のための検査を行った。これらの例について詳細に検討した。なお,フローチャートの各過程で判定した例数をFigure 2に示す。
確認試験を行った55例のうち,偽陽性は39例(71%),真の陽性は16例(29%)であった。初検で陽性となった全162例中の偽陽性率を算出すると,24%であった。また,偽陽性39例のうち,高速遠心後の再検で陰性化したのは30例(77%),中和試験で陰性化したのは9例(23%)であった(Figure 3)。
各確認試験で判定した例数をFigure 2にまとめる。
なお,高速遠心後の再検で0.22 IU/mLとなった1例に関しては,臨床情報から陽性で矛盾しないと判断されたため中和試験を行わず陽性で結果報告を行っていた。
2. 偽陽性例と真の陽性例との初検値の比較偽陽性例と真の陽性例との間で初検値の比較を行ったが,有意差はなかった(Figure 4)。偽陽性例の初検値の最小値は0.05 IU/mL,最大値は2.97 IU/mL,平均値は0.28 IU/mLで,真の陽性例の初検値の最小値は0.06 IU/mL,最大値は1.01 IU/mL,平均値は0.27 IU/mLであった。
確認試験を行った55例のうち,7例でHBc抗体の検査データが得られた。そのうち,4例がHBs抗原陰性かつHBc抗体陰性,1例がHBs抗原陽性かつHBc抗体陽性であった。他の2例はHBs抗原陰性かつHBc抗体陽性であった。2例とも高速遠心でHBs抗原は陰性化しており,HBc抗体の定量値はそれぞれ2.83 S/CO,9.82 S/COであった(Table 1)。
症例 | 初検値 | 確認試験結果 | HBc抗体 |
---|---|---|---|
① | +(0.07 IU/mL) | −(高速遠心で0.00 IU/mL) | −(0.09 S/CO) |
② | +(1.19 IU/mL) | −(高速遠心で0.00 IU/mL) | −(0.11 S/CO) |
③ | +(0.19 IU/mL) | −(高速遠心で0.03 IU/mL) | −(0.27 S/CO) |
④ | +(0.06 IU/mL) | −(高速遠心で0.00 IU/mL) | +(2.83 S/CO) |
⑤ | +(0.08 IU/mL) | −(高速遠心で0.00 IU/mL) | +(9.82 S/CO) |
⑥ | +(0.26 IU/mL) | −(中和試験) | −(0.07 S/CO) |
⑦ | +(0.06 IU/mL) | +(中和試験) | +(9.33 S/CO) |
本検討において,初検値が0.05 IU/mL以上10 IU/mL未満のHBs抗原弱陽性検体55例中39例が確認試験により陰性化したことより,HBs抗原検査における偽陽性の存在を当院でも確認でき,結果報告には慎重を期する必要性を再認識した。また,確認試験は正確な結果報告のために重要であると考えられた。偽陽性の原因として,高速遠心にて陰性化した例ではマイクロフィブリンの存在,中和試験で陰性化した例では非特異反応の影響が考えられた2)。高速遠心前の通常の再検で陰性化した例もあり,これらの検体では初検分析時にノズルから反応系に微量のマイクロフィブリンが混入したが,それにより残血清にはマイクロフィブリンが消失し,再検時には陰性化した可能性を考えている。偽陽性例と真の陽性例との初検値の間に有意差はなく,初検値から偽陽性を見つけ出すのは困難であると考えられた。確認試験を行った55例のうち,HBc抗体を検査していたのは7例であった。近年,抗がん剤や免疫抑制剤の投与例が増加しており,HBVの感染状態に関する正確な把握が求められている3),4)。HBc抗体はHBVのコア蛋白に対する抗体で,現在または過去(既往)のHBV感染を示す有用なマーカーである。一般にCLIA法でのHBc抗体価測定では,10 S/CO以上は高力価陽性で持続感染(キャリア),10 S/CO未満の陽性は低力価陽性で既往感染が示唆される。Table 1に示すHBc抗体が測定されている7例のうち,HBs抗原確認試験で陰性となったのは6例で,症例①,②,③,⑥はHBc抗体陰性であるため,HBV未感染例,症例④,⑤はHBc抗体低力価陽性であるためHBV既往感染例と推定され,6例とも初回HBs抗原検査の偽陽性例と考えられた。症例⑦はHBc抗体価が9.33 S/COと10 S/CO未満ではあるが比較的高く,中和抗体による確認試験で陽性の判定であり,本例は現在のHBV感染例で,初回のHBs抗原検査は正しい結果と推定された。
これまで述べてきたように,本検討でHBs抗原検査の偽陽性の存在が確認できたわけだが,当院の他検討,他施設での検討でもいくつかの報告がある。当院の道堯ら5)は最終報告値が陽性である1,147例のうち,偽陽性が疑われる判定困難例は6例(陽性検体中の0.5%)で,それら全例が0.05 IU/mL以上0.20 IU/mL未満であったと報告している。また,荒川ら6)は初検0.05 IU/mL以上の314例のうち,16例(5%)が偽陽性であり,偽陽性のうち9例が高速遠心で陰性化し,7例が中和試験で陰性化したと報告している。本検討の偽陽性率は24%と荒川らの報告に比較し高い結果となった。その要因として対象数や陽性数の違いなどが考えられるが,決定的な原因は不明である。その他,弓狩ら7),高山ら8)の報告でも HBs抗原偽陽性の存在が確認されている。このように他施設でもHBs抗原の偽陽性は報告があり,日常業務でHBs抗原の偽陽性はよく遭遇している。
では次に,偽陽性の判断の手がかりとなるものはないか,また偽陽性を防げないかという視点から過去の報告を見てみる。Veselskyら9)は偽陽性に関する検討のなかで真の陽性と思われる検体14例のうち11例(78.6%)はHBc抗体陽性であると報告するなど,HBc抗体が真の陽性か偽陽性かを判断する手がかりになると結論づけている。また,石沢ら10)はHBs抗原偽高値化に関して,採血管使用における転倒混和,採血後の放置時間・状態,遠心時間,検体種別,分離剤の有無が影響すると報告し,特に採血後の転倒混和をしっかり行うことにより偽高値化は防げると結論づけている。当院の感染症検査においては,分離剤入りの採血管にて採血し,十分に凝固したのを確認し,3,500 rpmで10分間遠心後の血清を用いて検査を行っている。当院においても石沢らの報告を参考に採血から遠心までの運用を再考すべきと考えている。
最後に,本検討の方法に関して振り返る。本検討において,初検値が0.05 IU/mL以上10 IU/mL未満でありかつ最終結果として陰性で報告した検体を偽陽性とした。弓狩ら7)は偽陽性の検討の条件として感染既往が明らかでない検体に対象をしぼり,また道堯ら5)は偽陽性の判断の一つとしてHBc抗体,HBe抗原・抗体,HBV-DNAがすべて陰性,後日採血された検体でHBs抗原が陰性の全条件を満たすものを判定困難例と定義している。本検討は初回検査と確認試験での乖離を偽陽性として検討しており,既報の報告との比較には検討内容と偽陽性の定義が若干異なることに留意する必要がある。また,試薬添付文書11)にもあるようにHBV感染の診断は他のHBV関連の検査結果や臨床経過を考慮して総合的に判断することが必須であると考える。また,上述で示した現行の当院のHBs抗原検査の進め方についてのフローチャートに関しては,今後の検討課題である。試薬添付文書11)には「初回検査で陽性と判定された検体は,すべて2重測定で再検査すべきである。再検査の結果2本とも陰性を示した検体は,陰性と判定する。いずれか1本でも陽性を示した検体は,再検査陽性と判定する。」とあり,当院のフローチャートと差異がある。例えば,本検討において,HBs抗原の初検値が1.0 IU/mL以上であっても偽陽性であった検体が3例存在した。現状のフローチャートでは,通常の再検で1.0 IU/mL以上であれば陽性と報告しているため,確認試験前の再検で陽性と判定する値について早急な改善が必要と考える。また,検査部内で定期的にHBs抗原検査のデータを見返し,正確かつ迅速な検査ができるようフローチャートに関して臨床医と連携して改定していく必要があると考えている。
本研究において,初検値が0.05 IU/mL以上10 IU/mL未満のHBs抗原弱陽性検体55例中39例が確認試験により陰性化し,当院でも偽陽性の存在が認められた。詳細としては,HBs抗原弱陽性例55例中30例が高速遠心後の再検で陰性化,9例が中和試験で陰性化した。また,初検値からHBs抗原偽陽性か真の陽性かの判断はできなかった。したがって,確認試験はHBs抗原偽陽性を発見し,正確な検査結果を報告するために重要である。また,HBc抗体はHBs抗原偽陽性判断の一助となると考えられた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。