2021 年 70 巻 3 号 p. 583-587
莢膜多糖体非合成髄膜炎菌による脾臓摘出後重症感染症の症例を経験した。患者は60歳代の女性。発熱,嘔吐で近医を受診したが,呂律困難の症状がありMRI検査により急性脳梗塞が疑われたため,当院へ緊急搬送された。血液検査の結果より炎症マーカーの上昇を認め,感染症の疑いで初期治療としてメロペネム(Meropenem; MEPM)およびバンコマイシン(Vancomycin; VCM)を投与したが,その後,血液培養検査にてグラム陰性球菌が検出されたため,脾臓摘出の既往があることを踏まえて,投与抗菌薬をセフトリアキソン(Ceftriaxone; CTRX)へ変更した。さらに質量分析法および薬剤感受性試験からフルオロキノロン耐性Neisseria meningitidisと同定したが,その後は髄液中の細胞数増加を認めず培養も陰性となり,第17病日に軽快退院した。後日,他機関における本症例の検出株の血清型および遺伝子型の精査により,莢膜多糖体非合成株と判明した。
We experienced treating a case of overwhelming postsplenectomy infection (OPSI) by noncapsulated Neisseria meningitidis . A female patient in her 60s visited the outpatient department of a local hospital owing to fever and vomiting. Since she could not articulate clearly and acute cerebral infarction was suspected following brain MRI examination, she was urgently transported and admitted to our hospital. Because of the increase in the levels of serum inflammatory markers, meropenem (MEPM) and vancomycin (VCM) were administered at doses appropriate for the initial treatment of suspected systemic infection. Gram-negative cocci were then detected from blood culture tests, and it was revealed that the patient had had a splenectomy; thus, the antibiotic drug was changed to ceftriaxone (CTRX). The gram-negative cocci were identified as fluoroquinolone-resistant N. meningitidis by mass spectrometry and drug sensitivity tests. Since no increase in the number of cells in her cerebrospinal fluid was observed after CTRX administration and the culture became negative, she was discharged on the 17th day. The serotypes and genotypes of N. meningitidis in this case were later identified as a noncapsulated strain.
脾臓は自然免疫および獲得免疫応答の場となる臓器で,脾臓摘出者では重篤な感染症を引き起こす可能性が高い。脾臓摘出後重症感染症(overwhelming postsplenectomy infection; OPSI)は起炎菌としてStreptococcus pneumoniae,Neisseria meningitidis,Haemophilus influenzaeなどの莢膜産生菌によるものが多く,特にS. pneumoniaeによるものが半数を占める。OPSIは脾臓摘出者の約5%の確率で発症し,致死率は高く重篤な感染症を発症しやすい1)~3)。
今回我々は,OPSIとして莢膜多糖体非合成髄膜炎菌による侵襲性髄膜炎菌感染症(invasive meningococcal disease; IMD)症例を経験したので報告する。
患者:60歳代,女性。
主訴:発熱,嘔吐,意識障害。
既往歴:交通外傷にて脾臓摘出。
動物接触歴:特記事項なし。
現病歴:第1病日に発熱,嘔吐の症状から近医を受診。第2病日に呂律困難が出現したため第3病日に他院を受診しMRI検査により急性脳梗塞が疑われ,当院へ緊急搬送され入院した。
入院時所見:血圧125/71 mmHg,心拍数129 bpm,呼吸数23回/分,体温37.9℃,SpO2 100%(O2 2L),意識レベルGCS E4V5M6,四肢麻痺なし,項部硬直なし。心電図検査により心房細動を認めた。
入院時血液検査所見および経過(Figure 1):WBC 405.0 × 102/μL,CRP 32.13 mg/dLと高値を示し,SOFAスコアが6点および急性期DICスコアが5点で敗血症を強く疑う所見4)であったため,血液培養が行われた。またD-dimerの上昇が認められたことから,敗血症に起因するDICによる血栓形成から急性脳梗塞を起こしたと考えられたため,初期治療抗菌薬としてメロペネム(Meropenem; MEPM)およびバンコマイシン(Vancomycin; VCM)が投与された5)(Table 1)。

| 生化学的検査 | 血液学的検査 | ||
|---|---|---|---|
| TP | 6.3 g/dL | WBC | 405 × 102/μL |
| Alb | 2.9 g/dL | RBC | 246 × 104/μL |
| T-Bil | 1.1 mg/dL | HGB | 10.4 g/dL |
| AST | 33 U/L | HCT | 29.0% |
| ALT | 27 U/L | PLT | 9.2 × 104/μL |
| LD | 393 U/L | PT-% | 49.7% |
| ALP | 486 U/L | PT-Sec | 15.8秒 |
| UN | 50 mg/dL | PT-INR | 1.50 |
| Cre | 2.75 mg/dL | APTT | 36.4秒 |
| Na | 138 mmol/L | D-Di | 80 μg/mL以上 |
| K | 3.4 mmol/L | Fbg | 512 mg/dL |
| Cl | 101 mmol/L | AT-III | 64% |
| CRP | 32.13 mg/dL | T-FDP | 158.4 μg/mL |
第4病日に脾臓摘出後の患者であることを踏まえ S. pneumoniae,H. influenzaeを起炎菌と想定してセフトリアキソン(Ceftriaxone; CTRX)2 g × 1回/dayへ変更したが,第5病日に血液培養検査からN. meningitidisが検出され,CTRXを2 g × 2回/dayへ増量した。
第7病日に腰椎穿刺を施行したが,髄液中の細胞数増加を認めず,培養も陰性であったことからCTRXを2 g × 1回/dayへ減量した。第10病日にベンジルペニシリン(Benzylpenicillin; PCG)へ変更し,第15病日に抗菌薬投与を終了し,第17病日に軽快退院した。
血液培養検査は全自動血液培養装置BacT/ALERT 3D(ビオメリュージャパン)を使用し,FA Plus(好気ボトル),FN Plus(嫌気ボトル)で行った。培養開始翌日2セット中2セット(好気ボトルのみ)陽性となり,グラム染色にて好中球に貪食されたグラム陰性球菌が認められた(Figure 2)。

サブカルチャーはサイアーマーチン寒天培地(日本ベクトンディッキンソン)およびヒツジ血液寒天培地(栄研化学)を用いて炭酸ガス培養を行い,翌日,菌の発育を認めた(Figure 3)。本菌の同定は質量分析装置MALDI Biotyper(ブルカージャパン)で行いScore value 2.505でN. meningitidisと同定され,さらにAPI NH(ビオメリュージャパン)による生化学的同定検査でも同定確率99.9%でN. meningitidisと同定された。

a.サイアーマーチン寒天培地
b.ヒツジ血液寒天培地
薬剤配列を当院専用に作製したフローズンプレート‘栄研’(オーダープレート)(栄研化学)(添加物:Ca2+,Mg2+,酵母エキス,馬溶血液)を用い,ブレイクポイントは米国臨床検査標準委員会(Clinical & Laboratory Standards Institute; CLSI)のM100-S27に準拠し測定した。PCGとCTRXなどのセフェム系抗菌薬は感性で,フルオロキノロン系抗菌薬は耐性であった(Table 2)。
| 抗菌薬名 | MIC値(μg/mL) | 判定 |
|---|---|---|
| Benzylpenicillin(PCG) | ≤ 0.06 | S |
| Ampicillin(ABPC) | 0.25 | I |
| Cefotaxime(CTM) | ≤ 0.12 | S |
| Ceftriaxone(CTRX) | ≤ 0.12 | S |
| Cefepime(CFPM) | ≤ 0.12 | NC |
| Cefpodoxime(CPDX) | 0.12 | NC |
| Chloramphenicol(CP) | 1 | S |
| Meropenem(MEPM) | ≤ 0.06 | S |
| Sulbactam/Ampicillin(S/A) | 0.12/0.25 | NC |
| Clarithromycin(CAM) | 0.25 | NC |
| Azithromycin(AZM) | ≤ 0.25 | S |
| Minocycline(MINO) | ≤ 0.25 | S |
| Ciprofloxacin(CPFX) | 0.25 | R |
| Levofloxacin(LVFX) | 0.5 | R |
| Sulfamethoxazole-Trimethoprim(ST) | > 38/2 | R |
S: susceptible, I: intermediate, R: resistant, NC: no category
後日,国立感染症研究所に血清型および遺伝子型の同定を依頼した結果,血清群(PCR法):non-typable(莢膜多糖体非合成株),遺伝子型(multilocus sequence typing(MLST)法):11026と解析された。
髄膜炎菌感染症は飛沫感染する疾患で,敗血症,髄膜炎,肺炎発症者の呼吸器分泌物に曝露した家族および同居者,医療従事者は曝露後における抗菌薬の予防投与が推奨されている。曝露後予防投与は,通常シプロフロキサシン(Ciprofloxacin; CPFX),リファンピシン(Rifampicin; RFP),CTRXが用いられるが6),7),今回の症例はフルオロキノロン耐性株であったため,医療従事者および家族に対してRFPの投与が行われた。
髄膜炎菌により髄膜炎に至るには,敗血症を発症し側脳室の脈絡叢を通って髄腔内に侵入するか,もしくは別の部位の血液脳関門の透過性を変えて侵入する必要があるとされる8)。したがって,細菌性髄膜炎を疑った場合は早期に血液培養検査を実施することが重要である。
脾臓は生体の感染防御において重要なリンパ組織であるが,脾臓摘出者では細菌のフィルター機能消失,オプソニン活性の低下および抗体産生・ヘルパーT細胞機能低下などによりOPSIの発症リスクが高くなる1)~3)。発症率は5%と高くはないが,いったん発症すると予後不良な疾患で致死率は高い。莢膜多糖体をもつ肺炎球菌などによる発病例が多い。今回の症例のOPSIでは,脾臓摘出による免疫力低下から口腔内にも常在しているN. meningitidisが起炎菌として発症したと考えられた。OPSIの患者で髄膜炎を疑う場合は,N. meningitidisやH. influenzaeによる感染も念頭におき,重篤な症状を踏まえて速やかに臨床に菌名や薬剤感受性結果を報告することが重要である。
N. meningitidisはほとんどの抗菌薬に感性であるが,今回の菌株はフルオロキノロン耐性であった。我が国では1990~2004年までにCPFX耐性株が3%みられたという報告があり9),濃厚接触者に対しては早期に予防投与を行う必要があるが,起炎菌の耐性株の動向も踏まえて予防抗菌薬を選択しなければならない。
脾臓摘出者においてはワクチン接種が推奨され,肺炎球菌のワクチンはよく知られており,2015年5月からは髄膜炎菌ワクチンも接種可能となった。しかし髄膜炎菌に対するワクチンのうち我が国で承認されているのは血清型A,C,YおよびW-135のみで,現在Y群に次いで多く検出されているB群に有効なワクチンは我が国では未承認である7)。さらに今回の症例の莢膜多糖体非合成株にも効果はないため,ワクチンを接種していても感染のリスクがあることを考慮しておかねばならない。今回,質量分析装置を用いることにより菌種同定までの所要時間を従来法より一日以上短縮することが出来た。さらに血液培養陽性検体から直接菌種同定が可能であり,迅速な菌種同定に大きく寄与出来ると思われる10)。しかしN. meningitidisは他のNeisseria属との鑑別が困難なため,最終同定には生化学的性状の確認が必要である11)。今後リファレンスライブラリの拡充などによる同定性能の向上が望まれる。
今回,莢膜多糖体非合成髄膜炎菌によるOPSIを経験し,貴重な疫学情報を得ることが出来た。莢膜多糖体非合成髄膜炎菌によるIMDの報告は少なく12),13),莢膜多糖体非合成髄膜炎菌によるOPSIの報告は我々が調べた限りではなかった。患者情報の十分な聞き取りや,迅速な検査結果の報告のために,さらに臨床との連携を密にしていく必要があると認識した。
本症例は,当院の倫理委員会の承認を得ている(承認番号:3373)。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本症例の報告に当り,国立感染症研究所 細菌一部・第4室 高橋英之先生に深謝致します。