医学検査
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症例報告
乳癌術後局所再発が疑われた腫瘤に対して穿刺吸引細胞診が有用であった顆粒細胞腫の1例
小堺 智文高木 洋行原 美紀子岩本 拓朗下平 美智子吉田 真里南大月 利香太田 浩良
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2021 年 70 巻 4 号 p. 791-795

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Abstract

顆粒細胞腫(granular cell tumor; GCT)は神経外胚葉組織への分化を示す稀な非上皮性腫瘍であり,舌や皮膚に発生頻度が高い。穿刺吸引細胞診が診断に有用であったGCTの1例を報告する。症例は50歳代の女性で,左乳癌にて左乳房切除,腹直筋皮弁再建術を施行された。術後約10年後に超音波検査にて左乳房再建部位創縁に直径12 mmの低エコー腫瘤を認め,乳癌の再発が疑われた。穿刺吸引細胞診では,背景に多量の好酸性顆粒状物質を認め,類円形~多辺形の異型細胞が孤立散在性ないし集塊を形成して出現していた。異型細胞のN/C比は低く,核は均一で小型の核小体を認め,細胞質には好酸性顆粒が充満しており,顆粒細胞腫と判定した。腫瘤の針生検組織診では,細胞診と同様の形態の異型細胞がシート状の細胞境界不明瞭な胞巣を形成していた。免疫染色では,異型細胞はS100とcalretininおよびinhibinが陽性であり,顆粒細胞腫と診断した。本例での顆粒細胞腫の診断には穿刺吸引細胞診が有用であった。

Translated Abstract

Granular cell tumor (GCT) is rare and shows neuroectodermal differentiation. GCT in most cases arises from the tongue and dermis. Herein, we report a case of GCT diagnosed by fine needle aspiration cytology (FNAC). A woman in her 50s underwent left total mastectomy and rectus abdominis myocutaneous flap owing to left breast cancer. Ten years later, ultrasonography of the reconstructed breast showed a low-echoic mass of 12 mm diameter, and FNAC was performed. In the FNAC specimens, there were numerous granular materials in the background, and ovoid to polygonal atypical cells appeared singly or in clusters. The atypical cells showed a low N/C ratio, bland nuclei, small nucleoli, and cytoplasm with abundant eosinophilic granules. The cytodiagnosis of GCT was carried out. Core needle biopsy of the mass showed atypical cells with the same morphology as the atypical cells seen in the FNAC specimens, which formed nests with a syncytial appearance. Immunohistochemistry demonstrated that the atypical cells were positive for S100, calretinin, and inhibin, consistent with GCT. In the present case, FNAC plays an important role in the diagnosis of GCT.

I  緒言

顆粒細胞腫(granular cell tumor; GCT)は神経外胚葉組織への分化を示す稀な非上皮性腫瘍である1)~3)。GCTは様々な臓器に発生するが,舌や皮膚および皮下組織に好発する1),2)。疫学的には40~60歳代に多く,性差は文献により異なる1),3)。細胞学的には,腫瘍細胞の細胞質にライソゾームに由来する好酸性顆粒を豊富に有することを特徴とする1)

本稿では,乳癌による乳房切除後の乳房再建部に発生し,穿刺吸引細胞診(fine needle aspiration cytology; FNAC)が診断に有用であったGCTの1例を報告する.

II  症例

患者:50歳代,女性。

既往歴:10年前に左乳癌にて左乳房切除,腋窩リンパ節廓清,腹直筋皮弁再建術を施行(組織型:浸潤性乳管癌,エストロゲンレセプター陽性,HER2陰性,pT2N2M0)。

臨床経過:左乳癌の術後補助化学療法とホルモン療法にて経過観察中であったが,術後5年に左胸骨傍リンパ節に転移が判明し,放射線治療が施行された。術後10年には多発骨転移を認めた。更に再建部位創縁に硬結を自覚したため超音波検査を施行したところ,腫瘤を認め,浸潤性乳管癌の再発が疑われた。腫瘤のFNACにてGCTと判定され,針生検(core needle biopsy; CNB)にて良性顆粒細胞腫(benign granular cell tumor; BGCT)と診断された。

III  乳房再建部超音波所見

径12.8 × 9.6 mm(縦横比0.75),類円形の腫瘤を認めた。内部エコーは低エコーレベルで不均一であった。腫瘤と周囲組織の境界は明瞭で,後方エコーの増強を認めた(Figure 1)。

Figure 1 Ultrasonography of the left reconstructed breast showing a low echoic mass with posterior acoustic enhancement

IV  皮下腫瘤FNAC所見

標本背景にはライトグリーン,エオジン好性の好酸性顆粒状物質を認めた。細胞採取量は豊富で,類円形~多辺形の異型細胞が孤立散在性~細胞境界不明瞭な集塊を形成して多数出現し,裸核状の細胞も認められた(Figure 2A)。異型細胞のN/C比は低く,核は中心性または偏在性に位置し,核の形状は円型~類円形で均一であり,小型の核小体が認められた。クロマチン構造は微細顆粒状~顆粒状であり(Figure 2B)核内封入体が極少数観察された(Figure 2C)。異型細胞の細胞質は豊富で,好酸性の顆粒が充満し,周囲に空隙を伴う大型の好酸性類円形物質(pustulo-ovoid bodies of Milian; POB)も認められた(Figure 2D)。以上よりGCTを推定した。

Figure 2 Fine needle aspiration cytology (FNAC) findings of the mass of left reconstructed breast

Smears show numerous eosinophilic extracellular granular materials and atypical cells appearing singly or in clusters with indistinct cell border (A). The cells have round or oval nuclei containing nucleoli and abundant cytoplasm with eosinophilic granules (B, C, D). Rare cells have nuclei with intranuclear inclusion (C, arrow) and Pustulo-ovoid bodies of Milian (POB) characterized by large intracytoplasmic droplet surrounded by clear halo (D, arrowhead). Papanicolaou staining, A: ×20, B, C, D: ×100.

V  皮下腫瘤CNB組織所見

好酸性顆粒に富む豊富な胞体を示す異型細胞が,細胞境界不明瞭な胞巣を形成していた(Figure 3A)。異型細胞のN/C比は低く,核は類円形で大小不同は軽度であった。核クロマチン構造はFNACにみられた細胞像と同様に微細顆粒状~細顆粒状で,核小体が認められた。少数であったが,核内封入体が観察され(Figure 3B),しばしばPOBが観察された(Figure 3C)。細胞密度の亢進,紡錘型の異型細胞,N/C比の亢進,核分裂像や壊死は認められなかった。(hematoxylin eosin; HE)標本で認められた顆粒構造物はジアスターゼ消化後アルシアンブルー過ヨウ素酸シッフ(alcian blue periodic acid-Schiff staining with diastase digestion; AB-PAS-D)染色にて,PAS強陽性(Figure 3D)であった。免疫組織化学染色(以降,免疫染色)では,異型細胞はS100(Figure 3E),calretinin(Figure 3F),inhibinが陽性であり,cytokeratin(CK)AE1/AE3は陰性であった。以上よりBGCTと診断した。

Figure 3 Histological findings of core needle biopsy of the mass in the left reconstructed breast showing atypical cells forming nests with syncytial appearance (A). The cells have uniformly sized round to oval nuclei (B) and intranuclear inclusion is noted (B, arrow). Abundant cytoplasm contains eosinophilic granules (C) positive reactivity to periodic acid-Schiff reaction with diastase digestion (D) and POB (C, arrowhead). Immunohistochemical findings show atypical cells are positive for S100 (E) and calretinin (F). Heamatoxylin and eosin staining, A: ×10, B, C: ×40. Alcian blue periodic acid-Schiff reaction with diastase digestion, D: ×40. S100 immunohistochemical staining, E: ×20. Calretinin immunohistochemical staining, F: ×20.

VI  考察

本稿では,臨床的に乳癌の再発が疑われ,FNACが契機となり正診が得られたGCTの1例につき,その細胞診所見,組織診所見を報告した。

BGCTの細胞像の特徴として,1)細胞採取量は中等量ないし多量である,2)標本背景には顆粒状物質を認める,3)GCTの細胞出現傾向は,細胞境界が不明瞭な集塊を形成し,孤立散在性細胞や,裸核細胞が出現する,4)N/C比は低く,核は中心~偏在性に位置する,5)核は円型~類円形で均一性がみられ,核小体がしばしば観察される,6)核内封入体を認める4)~10)。本例でのFNACの細胞像では1)~6)全ての特徴を満たしており,BGCTの典型的細胞が得られ,組織型の推定が可能であった。また,本例では極少数ではあったが,細胞質においてPOBが観察されたこともGCTを推定する上で重要な細胞所見と考えられる1),8)

悪性顆粒細胞腫(malignant granular cell tumor; MGCT)はGCTの2~3%未満と稀であり,成人の深部の軟部組織に好発する3)。細胞診でのGCTの良悪性の鑑別は容易ではないが11),12),MGCTでは,1)細胞の紡錘形化,2)N/C比の亢進,3)核の多形性,4)核クロマチン増加,5)大型核小体,といった所見が報告されている11),12)。本例のFNAC標本の細胞像では上記の所見は認められなかったため,BGCTと考えた11),12)。一方,組織診におけるMGCTの所見として,1)細胞密度の亢進,2)明瞭な細胞の紡錘形化,3)N/C比の亢進,4)明瞭な核小体を含む小胞状の核を示し,多形性を認める,5)核分裂像の増加(> 2個/2 mm2),6)壊死,が提唱されている1)。本例でのCNB標本の所見からは悪性の指標とされる1)~6)の所見は認められず,BGCTと診断した。しかしながら,組織学的に良性と診断されたGCT症例においても転移を示す症例が報告されているため13),本例でも今後経過観察が必要であろう。

BGCTの鑑別診断として,非腫瘍では1)組織球,2)アポクリン化生細胞,腫瘍では3)アポクリン癌,4)成人型横紋筋腫,5)胞巣状軟部肉腫,6)悪性黒色腫,が挙げられる4)~10),13),14)。1)組織球では細胞質が泡沫状であり貪食物を含む点がGCTとは異なる5),2,3)アポクリン化生細胞,アポクリン癌ではともに細胞質は好酸性顆粒状である点がGCTと類似するが,両者の細胞質の顆粒はGCTと比較して微細である4),6)。また,アポクリン化生細胞では細胞集塊の細胞境界は明瞭であり,アポクリン癌ではGCTと比較し核異型度は高く,鑑別が可能である。更に,アポクリン化生細胞,アポクリン癌ともにCKが陽性で,S100は陰性である点がGCTとは異なる4),6)。またGCTでは標本背景に多量の好酸性顆粒状物質を認める点も鑑別上重要である。4)成人型横紋筋腫は,緻密な好酸性の多辺形細胞質と偏在性核を特徴とした細胞が出現し,GCTとの鑑別が必要である14)。鑑別点として,GCTでは成人型横紋筋腫と比較し,細胞質が菲薄であり,顆粒が大型で明瞭であること,背景に多量の好酸性顆粒状物質を伴うことが成人型横紋筋腫とは異なる10),14)。鑑別が難しい場合は,成人型横紋筋腫はPAS-D反応が陰性である点が異なり,免疫染色においては,成人型横紋筋腫ではS100が部分的に陽性を示す点に注意を要するが,desmin,myoglobinが陽性である点がGCTとは異なる14)。5)胞巣状軟部肉腫との鑑別では,GCTにおける細胞質の顆粒は,胞巣状軟部肉腫と比較し粗く明瞭であり,胞巣状軟部肉腫では高頻度に明瞭な核小体を含む二核あるいは多核細胞が出現し,ギムザ染色やPAS反応にて針状結晶が認められることがGCTと異なる10),15),16)。6)悪性黒色腫では細胞質にメラニン顆粒を有し,N/C比が高く,核異型が高度である点がGCTとは異なる17)

VII  結語

本例でのFNAC標本では良性のGCTとして典型的な細胞像が観察され,正確な組織型推定が可能であった。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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