医学検査
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原著
国内で入手可能な抗Trypanosoma cruzi抗体検出試薬についての有効性
折原 悠太小針 奈穂美松岡 優今井 一男樽本 憲人前﨑 繁文三木田 馨前田 卓哉
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2022 年 71 巻 1 号 p. 20-24

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Abstract

シャーガス病Chagas disease(CD)はTrypanosoma cruziによる慢性感染症である。主に中南米諸国で感染し,約25%は感染後数年から数十年後に慢性期合併症を発症する。国内でも患者の発生が報告される一方,CDに対する診断体制は未だ確立できていない。今回,国内で入手可能なARCHITECT Chagas Reagent Kit,およびイムノクロマトグラフィー(ICT)法:Trypanosoma DetectTM Rapid Testによる迅速抗体検査の有用性を検証した。CDと診断された国内患者の残余血清(n = 20),およびボリビア共和国においてCDと診断された患者の保存血清(n = 72)を使用した。陰性コントロールには,当院で採取された日本人非シャーガス病患者の残余血清(n = 100)を使用した。ARCHITECT Chagas Reagent Kitを用いた解析では,診断一致率100%・特異性100%であった。一方,ICT法での判定は,感度99.4%・特異度100%であった。ARCHITECT Chagas Reagent Kitは国内で導入される全自動の体外診断用医療機器で測定可能であり,国内での有用性は高いと考えられた。また,ICT法では短時間で結果が判定でき,臨床現場での使用が容易である。これらの方法を組み合わせることで,我が国においてもCDに対するスクリーニング検査が実現できると考えられた。

Translated Abstract

Chagas disease (CD) is a chronic infectious disease caused by the intracellular parasite Trypanosoma cruzi and originally prevalent in Latin American countries. It was estimated that about 25% of patients with CD develop chronic complications decades after infection. In this study, we evaluated the usefulness of the following two serological test kits available in Japan for CD: ARCHITECT Chagas Reagent Kit (Abbott, Chicago, IL) and Trypanosoma DetectTM Rapid Test Kit (InBios, Seattle, WA). A total of 192 serum samples were used in this study as follows: 20 from patients previously diagnosed as having CD in Japan, 72 from those previously diagnosed in Bolivia, and 100 from Japanese patients without CD in Saitama University Hospital. All patients were confirmed to have CD by ELISA and IFA in accordance with the previously reported protocol. Analysis using the ARCHITECT Chagas Reagent Kit demonstrated a 100% diagnostic concordance in all populations. The Trypanosoma DetectTM Rapid Test Kit, an immunochromatography test (ICT) kit, showed 99.4% sensitivity and 100% specificity. In this study, an automated immunoassay and ICT kits, which are also available in Japan, demonstrated good clinical performance for detecting antibodies against T. cruzi. However, the potential for false-negative results of serologic tests, especially those using the rapid ICT test kits, remained. Further research using a wider variety of clinical serum samples will be required to determine the usefulness of these test kits in Japan.

I  はじめに

シャーガス病Chagas disease(以下,CD)はTrypanosoma cruzi により引き起こされる慢性感染症である。媒介昆虫であるサシガメは中南米諸国に生息することから,地域性のある原虫疾患と考えられてきた。世界保健機構(WHO)が定義する「顧みられない熱帯病」(neglected tropical diseases; NTDs)の一つである。

一方,経済活動のグローバル化に伴い,本来の非流行国に居住する中南米出身の移民らにCDの発生が報告され,我が国においても母子感染や献血血汚染などが報告された1),2)。とりわけ,CDは自覚症状なく致死的合併症が慢性的に進行するため,患者の早期診断には無症候患者に対する積極的なスクリーニング検査が必要である。潜在患者の拡大を阻止し,慢性化による合併症の進展を食い止めるためには,疾病に対する医療者の認識を高めるとともに,正確な診断体制の確立とレファレンス・システムの構築がなにより重要である。

現在,我が国には保険収載されたCDの検査方法が存在しない。しかも,本症は感染症法における指定疾患ではないことから,検査が可能な施設は極めて限定的である。そのため,国内での正確な疫学調査を行うことは困難である。本研究では,国内で入手可能な抗CD抗体検出試薬についての有効性を検証し,国内でのCD患者の検査に活用が可能であるか検証することを目的としている。

本研究は,埼玉医科大学倫理審査委員会(871号,918号,935号)による承認を得たのち実施した。

II  対象および方法

1. 対象

過去に国内でCDが疑われ,その診断のために採取された残余血清のうち,最終的にCDと確定した患者血清を陽性検体として用いた(n = 20)。さらに,過去の臨床研究においてボリビア共和国に居住するCD患者から採取され,慶應義塾大学医学部感染症学教室に凍結保管されていた血清についても陽性検体として使用した(n = 72)。陰性検体には,埼玉医科大学病院において診療上の必要性から採取された,日本人非CD患者の残余血清を使用した(n = 100)。

CDの確定診断は,WHO のガイドラインに従い実施した3)。具体的にはT. cruziの組換えタンパクT. cruzi fusion protein(TcF)を用いたin-house ELISA法,ならびに蛍光抗体法(IFA法)を行い,いずれも陽性であることが確認できた場合に診断した4)。それぞれの検査方法について以下に記載する。

2. in house ELISA法

過去の報告において抗体検査の標的抗原として有効性が示唆される4つのエピトープ(PEP-2, TcD, TcE, TcLo1.2)を含む組換えタンパク(TcF)を抗原として用いた5)。これらの塩基配列を人工合成したのちpPET-A2J1プラスミドにサブクローニングし,E. coli(BL21)に形質転換した。isopropyl β-D-thiogalactopyranoside(IPTG)存在下で培養したのち,glutathione S-transferase(GST)カラムを用いてTcFを精製し,抗原として用いた。最終的には100 ng/wellとなるようにプレートに感作させ,ELISA法により抗CD抗体を検出した4)

3. 蛍光抗体(IFA)法

T. cruzi Y-strain を10% fetal bovine serum(FBS)を含むliver infusion tryptose(LIT)培地において培養し,そのライセートを抗原として用いた。得られた原虫は106 parasite/mLに調整し,プレパラートに固定した。血清は1% Brockaceで希釈したのち反応に使用した2)

4. 国内で入手可能なCD抗体検査試薬の検証

本研究では,1)ARCHITECT Chagas Reagent Kit(Abbott, Chicago, IL),ならびに2)Trypanosoma DetectTM Rapid Test(InBios International Inc, Seattle, WA)を使用し,患者の診断一致率について検証した。それぞれの検査方法について以下に記載する。

1) ARCHITECT Chagas Reagent Kit(Figure 1
Figure 1 ARCHITECT PLUS (Abbott, Chicago, IL) (upper photo) was used for the measurement, and ARCHITECT Chagas Reagent Kit (lower photo) was used as the reagent.

測定機器はARCHITECT PLUS(Abbott)を使用した。本検査は全自動で測定可能な化学発光微粒子免疫測定法(chemiluminescent microparticle immunoassay; CMIA)による抗体検査法であり,T. cruziに特異的な4つの組換えタンパク(FP3, FP6, FP10, and TcF)を同時に検出することができる6)。キャリブレーターに対する相対発光量(relative light units; RLU)を測定し,添付文書に従ってS/CO ≥ 0.8を抗体陽性と判定した。

2) Trypanosoma DetectTM Rapid Test(Figure 2
Figure 2 A rapid test kit based on immunochromatography test: Trypanosoma DetectTM for Chagas disease

本キットはイムノクロマト法の原理により抗CD抗体が検出できる。本法では,血清10 μLをstripへ添加したのち,添付の緩衝液200 μLにより展開した。判定は10分で可能であり,テストラインを目視にて確認することで結果を判定した。陰性検体及び陽性検体の判定例をFigure 2に示した。

III  結果

各検査kitの測定結果はTable 1に示した。

Table 1  Diagnostic outcome from each test evaluated in three groups of patients
ARCHITECT Chagas Reagent Kit Trypanosoma DetectTM for Chagas Disease
Positive Negative Total Positive Negative Total
Bolivian resident CD patient 72 0 72 71 1 72
Japanese CD patient 20 0 20 20 0 20
Japanese non-CD patient 0 100 100 0 100 100
Total 92 100 192 91 101 192

1) ARCHITECT Chagas Reagent Kit

国内においてCDと診断された20例の血清は,本方法ではすべて陽性と判定した(S/CO中央値;12.68,interquartile range[IQR]11.85–13.62)。さらに,ボリビア共和国に居住するCD患者血清72例においても,全例で抗体陽性と判定した(S/CO中央値;11.59,IQR 10.14–12.93)。

一方,日本人の非CD患者血清100例においては,全例で陰性と判定した。(S/CO中央値;0.03,IQR 0.02–0.05)。

2) Trypanosoma DetectTM Rapid Test

国内においてCDと診断された20例の血清では,ARCHITECT Chagas Reagent Kitと同様に全例で陽性と判定した(100%, 20/20)。また,ボリビア共和国に居住するCD患者血清72例においては,1例を除き陽性と判定した(98.6%, 71/72)。

一方,日本人の非CD患者血清100例においては,本法でも前例で陰性と判定した。

IV  考察

ARCHITECT Chagas Reagent Kitを用いた解析では,すでに確立しているin house ELISA法(TcF)およびIFA法を組み合わせたクライテリアに基づく確定診断と高い診断一致率であった。一方,Pérez-Ayalaら7)の報告では,スペインに居住する中南米移民4,153検体を対象とした評価において,S/CO ≥ 3.80をカットオフとした場合の診断感度・特異度を100%と報告している。さらに,S/CO ≥ 0.80をカットオフとした場合には,特異度が85.5%に低下すると報告されている。そのため,本検査法で陽性と判定できた場合でも,特にS/CO < 3.80の場合には偽陽性反応である可能性を考慮し,さらなる追加検証が必要であると考えられた。一方,in-house ELISAもしくはIFA法とは異なり,本検査法では全自動検査法として我が国に普及する対外診断用医療機器が使用できる。検査の標準化ならびに精度管理を行ううえで,国内でのスクリーニング検査法として普及すれば有用性は高いと考えられた。しかし,我が国における実用性についてはさらなる検証が必要である。

本研究では,ICT法についての感度は98.9%(91/92),特異度100%(100/100)であった。ICT法に関するAnghebenらの報告8)では,流行地での検出感度が96.6%,非流行地での検出感度が89.8%とされる。また,ICT法にて陰性と判定された1例においては,ARCHITECT Chagas Reagent Kitでは陽性と判定されており(S/CO 4.92),判定に乖離がみられた。したがって,ICT法は簡便かつ迅速に結果が判定できるので,臨床現場でのスクリーニング検査法として期待されるが,本法による単独検査での判定には注意が必要である。

本研究にはいくつかの限界がある。今回対象とした陽性患者はすべてボリビア共和国もしくはブラジル出身者である。

T. cruziは遺伝的多様性が報告され(discrete typing units; DTUs),それらは7つに分類される(TcI-TcV,Tcbat)。しかも,各遺伝子型には地理的偏在が報告されており,本研究の対象者の地理的分布を考慮すれば,対象者が感染したT. cruziの遺伝子型はすべてTcVと推定される9)。遺伝子型によって抗原性に違いがあると報告され,抗体検査の有効性の検証には感染した遺伝子型ごとの患者血清を用いた検証が必要である10)。したがって,本研究で検証を行ったブラジルもしくはボリビア共和国以外の出身者に対するスクリーニング検査の有用性については,さらなる検証が必要である。

国内で診断されるCD患者の多くは,診断時すでに心疾患などの慢性合併症を併発しており,薬物治療の適応がないことが多くみられる11)。特に,慢性期合併症を引き起こすまでは無症候で経過し,患者自身も急性感染の既往を自覚していることはほとんどない。そのため,積極的なスクリーニング検査を行わない限り,慢性合併症への進展を抑止することは非常に困難である。中南米出身者やその子供に対しては,母国の感染率を考慮して,その居住歴および出生歴を十分に聴取し,必要に応じてスクリーニング検査を実施することは極めて重要である。

V  結論

本研究で評価したARCHITECT Chagas Reagent KitならびにTrypanosoma DetectTM Rapid Test(ICT法)の有用性は高い。我が国においても,これらの検査方法を組み合わせることで,CD患者のスクリーニング検査を実施できる可能性が示唆された。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本研究の一部は「第2回日本感染症学会臨床研究促進助成」,及び「第50回三菱財団社会福祉事業研究助成(課題番号ID20193003)」の研究助成を受けて実施した。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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