医学検査
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原著
e-learningシステムを用いた外来採血室の業務改善―e-learning問題の実施状況および実施効果の分析を通して―
中野 裕樹小野 佳一西森 まどか岩田 公野三澤 慶樹盛田 和治蔵野 信矢冨 裕
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2022 年 71 巻 2 号 p. 201-209

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Abstract

外来採血室の運営には,安全な採血や待ち時間短縮および接遇をはじめとした患者サービス,正確な検査を行うための検査前プロセスの品質管理,患者とり違いなどの重大なインシデントの防止など,多数の課題解決が求められている。当院では,毎月の採血ミーティングで運用変更点の周知や注意喚起を行うとともに採血業務従事者を対象としてe-learningを用いた確認テストを行っている。今回,2016年4月から2019年3月までに作成した確認テストの計136問について,出題形式,ジャンル,実施率の解析を行った。またアンケート調査を実施し,e-learning問題に対する採血業務従事者の評価を分析した。さらに,e-learningシステム導入前後の不適切な検体採取や確認不足の発生率を集計し実施効果を評価した。実施率向上および採血従事者の理解や効率的な注意喚起のためには,画像や動画を活用することで,実施しやすく理解しやすい問題を作成することが重要であると考えられた。e-learning実施効果の分析の結果,e-learningの導入前後3年間における不適切な検体採取や確認不足によるインシデントの発生率は導入後に有意に減少した。e-learningは注意事項や運用変更点,また正しい採血手技の周知に有用なツールであり,検査前プロセスの品質管理向上やインシデント防止に寄与することで採血室業務改善に効果を発揮することが確認できた。一方で,e-learningシステムの限界も確認でき,より良い採血室運営のためには様々な方向からのアプローチが望まれる。

Translated Abstract

To operate a blood collection room, we should meet many requirements including safety, short waiting time, good service quality for patient care, good-quality management of the preanalytical process, and prevention of incidents such as patient misidentification. In our hospital, we hold a meeting once a month to inform every blood sampling staff member of modifications of the operation in the blood sampling room and precautions for preventing incidents. After the meeting, we prepare some questions about the points to take care when sampling, which are distributed to the staff members using an e-learning system. In this study, we analyzed the forms, categories, and response rates of the 136 questions that had been distributed from April 2016 to March 2019. We also conducted a questionnaire survey to study our staff members’ assessment of the questions using an e-learning system. Moreover, we evaluated the effects of the e-learning system by analyzing the incidence rates of inappropriate sampling techniques, which could result in hemolysis or clotting, and those of insufficient confirmation. The results of this study suggest that the questions consisting of images or videos can lead to an increase in the response rates and make the questions easy to understand and useful for effective education. In addition, after the introduction of the e-learning system, the incidence rates of inappropriate sampling and insufficient confirmation decreased significantly. Although some alternative methods are occasionally required, the system is useful as an educational tool to inform every staff member of precautions, modifications of the operation, and sampling techniques. In conclusion, the e-learning system contributed to the improvement of the quality management of the preanalytical process and the prevention of incidents.

I  序文

質の高い検査結果を提供するにあたり,採血室に求められる能力は多岐にわたる。臨床検査の国際規格であるISO 15189では,診療を受ける患者およびその診療に責任を持つ臨床医のニーズを満たすために,臨床検査室の品質管理とその能力が求められている。採血室では,採血患者の取り違えや採血手技等による検体不良,また血管迷走神経反射(vasovagal reaction; VVR)による患者の転倒など,患者の安全と診療に甚大な影響を及ぼすインシデントが発生しやすい。このため,採血室では継続的に再発防止や改善の提案,ルール化をしたうえで,採血業務従事者が定められたルールや採血手順を遵守することが求められている。

このような採血室に求められる要件に対応することを目的に,当院検査部では患者アメニティ改善委員会を設置し患者サービス向上を目的としたアンケート調査やアメニティ改善策の提案,広報活動に取り組んできた1),2)。また,採血システムの充実化や採血ブースの増設などのハード面の改善3)に加え,患者の混雑状況に基づく採血シフト作成などの継続的な改善を図っている4)

当院の採血室には,1日平均約950人(2019年)の採血患者が訪れる。2021年現在,採血ブースは17台設置しており,採血室の専任技師4名,看護師3名に加え他検査室から交代制で採血業務の支援に来るようシフトを組み,総勢約100名のスタッフが採血業務に携わる大規模な運用を行っている。採血業務に関するインシデント事例や業務状況,運用の変更点があれば,月に1度行う「採血ミーティング」にて報告している。このミーティングには各検査室の代表が出席しそれぞれの検査室に持ち帰り周知しているが,周知すべき事項がすべてのスタッフに伝わっていないことで同じようなトラブルを繰り返すことが問題となっていた。そこで,2016年4月よりe-learningシステムを用いた教育システムを導入した。e-learningシステムは各自で都合の良い時間に何度でも学習・確認できるうえに,管理者が全スタッフの学習状況を一括管理できるというメリットがある。そのメリットを活用して,当検査室ではその月に採血室で発生したインシデントやトラブル事例の周知と是正処置,運用変更点の周知,採血技術の向上を目的としたe-learning教材を作成し,採血業務従事者への周知・教育を行うことで,持続的な採血室の業務改善を行っている。本論文では,これまでに配信したe-learningを用いた教育システムの実施状況の分析を行い,採血室の業務改善のための周知ツールとしての有用性および検査前プロセスの品質管理向上やインシデント防止の効果について考察を行ったので報告する。

II  方法

1. e-learning問題の運用

毎月の「採血ミーティング」後に採血室専任技師が2~5問の問題を作成し,e-learning教材として配信した。教材は,1ページ目に議事録を記載し,2ページ目以降に議事録に関連した問題と解説を加える構成とした。採血業務従事者には部内メールでe-learning問題に取り組むことを促し,次月の「採血ミーティング」で実施率を公表した。

2. 問題分析

2016年4月から2019年3月に出題した計136問の出題形式および問題ジャンルの内訳を集計した。

出題形式は文中選択肢,文章正誤,順序,画像・イラスト,動画の5種類に分類した。出題形式の例をFigure 1に示す。文中選択肢は,文中に埋め込まれているドロップダウン形式の選択肢から正しい説明を選択する形式,文章正誤はいくつかの説明文より正しいものまたは誤っているものを選択する形式,順序は例に示した問題のように採血手順などの正しいフローを選択する形式である。2017年8月より導入した画像・イラストでは,選択肢や解説ページに採血に用いる道具等を図示し視覚的に理解しやすい形式を試みた。動画は,実技講習の代わりとして2018年より導入した。Figure 1eは高脂血症患者における溶血防止のための採血手技に関する動画の問題である。高脂血症患者の採血では溶血防止のため採血台モニタに「21Gでゆっくりシリンジを引いて採血」との注意コメントを表示しているが,続けて2件の溶血が発生したため,シリンジを引くスピードを示した動画問題を作成した。

Figure 1 出題形式の例

文章問題および画像や動画を用いた問題を出題した。

問題ジャンルは,運用,検体不良防止,患者の安全確保,止血法,感染対策,確認不足(採血もれ,患者間違いおよび採血管間違い)発生防止,出血時間検査に分類した。当採血室では,ランセットで耳朶に切創をつくり一次止血能を評価するDuke法による出血時間検査も行っているため,この検査の手技や運用に関する問題も出題した。

3. 実施状況の分析

e-learning実施状況を分析するために,毎月の出題数と出題形式の内訳およびe-leaningの実施率(e-learning実施者数/全採血業務従事者数)を調べた。また,採血業務従事者のe-learning問題に対する評価を調べるため,2019年4月の問題配信時にこれまで配信した各月の問題量,難易度,動画問題についてアンケート調査を実施した。

4. 実施効果の分析

a)検体不良防止,b)確認不足防止,c)止血法の問題が業務改善に寄与したかどうかを評価した。a)検体不良(溶血・凝固・採血量過不足),b)確認不足(採血もれ・患者間違い・採血管間違い),c)不十分な圧迫止血による血液漏れの衣類汚しについて,e-learningシステム導入前の3年間(2013年5月~2016年4月)と導入後の3年間(2016年5月~2019年4月)の発生件数および各要因別件数を総採血患者数で割って算出した発生率を比較した。衣類汚しの件数については2015年より集計を開始したため,e-learningシステム導入前後3年間の比較ができなかった。したがって,導入前の対象期間を1年間(2015年5月~2016年4月)とした。

5. 統計解析

統計学的処理は,統計解析ソフトJMP Pro 15にてStudentのt検定を行い,p < 0.05を統計学的に有意差ありと判断した。

III  結果

1. 問題分析

1) 出題形式

対象期間中に出題した計136問を,出題形式ごとに分類した結果をFigure 2aに示す。文中選択肢が最も多く,50.0%(68/136)を占めていた。次いで,文章正誤が24.3%(33/136),画像・イラストが21.3%(29/136),順序および動画がそれぞれ2.2%(3/136)であった。

Figure 2 問題解析の結果

e-learning で最も多く出題された形式は文中選択肢で,次いで文章正誤,画像・イラスト,順序,動画の順であった。出題された問題ジャンルは運用の変更点などに関する問題や検体不良防止,確認不足防止のための問題が多数を占めていた。なお,1問が複数ジャンルの内容を含むこともあるため,問題総数とジャンル別の総数は一致しない。

2) 問題ジャンル

対象期間中に出題した136問を問題ジャンルごとに集計した結果をFigure 2bに示す。運用に関する問題が一番多く62問出題されていた。このジャンルには,採血台端末の使用法,備品配置,検体搬送法,特別な配慮が必要な患者(車いす患者など)の案内,血糖負荷試験の方法などに関するルール変更および注意喚起など様々な内容が含まれていた。次いで,検体不良防止に関する問題が31問,確認不足防止のための問題が25問出題されていた。

2. 実施状況の分析

1) 実施率

毎月の出題数と実施率の推移を出題形式の内訳と合わせてFigure 3に示す。全36回の平均実施率は90.8%であった。2017年7月以前(導入前期)は文中選択肢および文章正誤の問題のみであったが,2017年8月以降(導入後期)は画像や動画問題を加えて,出題形式の種類を増やした。それぞれの期間において実施率が90%を超えた回数は,8/16回(50%)および15/20回(75%)であり,後半で増加していた。

Figure 3 出題形式の内訳と実施率の推移

2016年4月から2019年3月に出題した計136問を出題形式ごとに分類した内訳および実施率(e-learning実施者数/全採血業務従事者数)の推移を示す。2017年8月からの画像・イラストの採用以降,20回中15回で実施率が90%を上回っていた。

2) スタッフの評価

e-learning問題に対するアンケート調査の集計結果をFigure 4に示す。本アンケートの回収率は90.9%(90/99)であった。問題量と難易度については回答者の90%が「適切である」と回答した。また,動画問題については60%(54/90)の回答者が「写真や文章のみより理解しやすいがなくても理解できる」とする一方で,34%(31/90)の回答者が「理解しやすいため動画を使用してほしい」と回答した。

Figure 4 問題量・難易度・動画問題についてのアンケート集計結果

教材の問題量や難易度については約9割のスタッフが「適切である」と回答した。動画問題については,「写真や文章のみよりは理解しやすいがなくても理解できる」と「理解しやすいため動画を使用してほしい」で意見が分かれた。

3. 実施効果の分析

1) e-leaningシステム導入前後のインシデント発生件数の比較

Table 1に,e-learningシステム導入前後における,検体不良(溶血,凝固,採血量過不足),確認不足(採血もれ,患者間違い,採血管間違い),衣類汚しの件数を示す。導入後では患者間違い以外は減少しており,導入前後の年間平均発生件数を比較すると,検体不良は273件/年から209件/年に,確認不足は19件/年から7件/年に減少していた。一方,衣類汚しの件数には明らかな変化がみられなかった。

Table 1 e-learningシステム導入前後における各指標の集計結果
期間導入前導入後
2013.5~2014.5~2015.5~2016.5~2017.5~2018.5~
採血患者数[人]238,593234,794234,127231,913228,978228,336
溶血[件]150155145112105119
凝固[件]1027896846892
採血量過不足[件]382827151319
検体不良合計[件]290261268211186230
年間平均[件/年]273209
採血もれ[件]14910055
患者間違い[件]010401
試験管間違い[件]7107061
確認不足合計[件]2120174117
年間平均[件/年]197
衣類汚し[件]No dataNo data54434759

2) e-leaningシステム導入前後の各事例発生率の変化

a)検体不良防止

e-learningシステム導入前後の検体不良(溶血,凝固,採血量過不足)の発生率をFigure 5aに示す。検体不良全体の発生率はe-learningシステム導入により有意に減少していた(0.12% → 0.09%, p < 0.01)。要因別では,e-learningシステム導入後の溶血の発生率(0.064% → 0.049%, p < 0.01)および採血量過不足の発生率(0.013% → 0.007%, p < 0.01)は,導入前と比較して有意に減少していたが,凝固の発生率には有意差が認められなかった(0.039% → 0.035%, p = 0.22)。

Figure 5 e-learningシステム導入前後における各事例の発生率の変化

システム導入前後で検体不良および確認不足の発生率は有意に減少した。溶血,採血量過不足,採血もれ,採血管間違いは有意に減少した一方で,凝固,患者間違い,衣類汚しは有意な減少がみられなかった。

(**: p < 0.01, *: p < 0.05, n.s.: p ≥ 0.05)

b)確認不足防止

e-learningシステム導入前後の確認不足(採血もれ,患者間違い,採血管間違い)の発生率をFigure 5bに示す。確認不足全体の発生率はe-learningシステム導入により有意に減少していた(0.008% → 0.003%, p < 0.01)。要因別では,e-learningシステム導入後の採血もれの発生率(0.0047% → 0.0014%, p < 0.05)および採血管間違いの発生率(0.0034% → 0.0010%, p < 0.05)は,導入前と比較して有意に減少していたが,患者間違いの発生率には有意差が認められなかった(0.0001% → 0.0007%, p = 0.83)。

c)止血法

e-learningシステム導入前後の衣類汚しの発生率をFigure 5cに示す。導入開始後1年間は発生率の減少がみられたが,その後は増加傾向であった。

IV  考察

当院で採血室の周知ツールとして実施しているe-learningシステム導入の目的のひとつは,採血室で発生したインシデントや運用変更点,正しい採血手技等をスタッフへ周知することである。e-learningは実技講習に比べイメージが伝わりにくいというデメリットがあるが,それを克服するために画像やイラスト,動画を加えた問題を作成した。採血業務従事者のe-learningの実施率を見ると,文章問題のみが出題されていた導入前期と比較して,画像や動画問題を導入した導入後期の実施率が上昇しており,画像や動画問題の導入によりスタッフが取り組みやすくなったと推測する。また,回答者が負担に感じることなく取り組めるように,2017年9月以降は問題数やスライドの枚数が少なく(3問以下,スライド6~7枚分程度),5分程度で取り組める教材を作成してきたことも実施率の向上に寄与したと考える。

問題の内容は毎回の「採血ミーティング」の議事録に記載されている事項や過去に出題された問題の類題を中心に出題してきた。問題量や難易度に関するアンケート調査で約9割が「適切である」と回答したことから,問題作成は適正であると考える。動画問題に対しては6割の回答者が動画はなくても理解できるとする一方で,約3割の回答者が動画の使用により理解しやすいと評価しており,準備等で労力を要する実技講習に代わり,動画問題は具体的な採血操作法などを伝えるツールとして有用であると考えた。動画問題に対する評価が別れた要因としては,回答者の年代,経験年数,採血業務に従事した累積時間の差などが影響していることを想定したが,今回の調査では回答と回答者の背景要因との関連性は認められなかった。また,「動画の意図が伝わらない」といった回答も少数あり,動画問題については改善の余地が残ると考える。

e-learningシステムの実施効果を検証すると,e-learning導入後に検体不良および確認不足の発生率は有意に減少していた。e-learningシステムの問題ジャンルの中で,検体不良や確認不足に関する問題は多数出題しており,スタッフの意識を定着させるために重要な問題を複数回出題することを意識している。e-learningを用いて事例の周知や再教育を繰り返していくことが,検査前プロセスの品質管理の向上や重大なインシデントの防止に有効であると考える。

インシデント事例を要因別に解析すると,凝固,患者間違い,衣類汚しの発生率についてはe-learning導入前後で有意な変化を認めなかった。患者間違いについては件数が少なく,e-learningの関与を統計的に判断するのは不可能であった。患者確認の徹底を促す問題については複数回出題しているが,e-learningだけでは発生件数をゼロにするのは不可能であることが示唆され,周知だけでなくシステムによる防止策が必要であると思われた。また,検体凝固の発生件数は導入前3年間で276件から導入後3年間で244件と減少したが,2018年5月以降の1年間では92件と増加しており,e-learning以外の対策として,採血技術の向上や凝固が疑われる際の確認作業の徹底を促すことが必要であると思われる。衣類汚しの件数も増加傾向にあるが,e-learningによる採血者の教育に加え,圧迫止血を行う患者自身の意識変容も必要であると考え,患者教育の一環として各採血ブースに患者向けの適切な止血法を伝えるポスターを作成し掲示した。e-leaningシステムによる採血従事者の教育効果を分析した今回の結果から,採血室で発生するインシデントの解決には採血従事者の教育だけでは解決できない問題があることも明らかになり,より良い採血室運営のためには様々な方向からのアプローチが望まれると考えられる。

V  結語

採血業務に関するe-learningを用いた教育システムは注意事項や運用変更点,正しい採血手技をスタッフ全員に周知するための有用な教育ツールであり,検査前プロセスの品質管理の向上や重大なインシデントの防止に寄与することで採血室の業務改善に効果を発揮することが確認できた。一方で,採血者への教育を目的としているe-learningの取り組みだけでは解決できない問題もあるため,より良い採血室運営のためには様々な方向からのアプローチが望まれる。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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