医学検査
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症例報告
頭頸部脱分化型腺様嚢胞癌の4例
神月 梓原田 博史龍 あゆみ棚田 諭井戸田 篤山﨑 知行中塚 伸一本間 圭一郎
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2022 年 71 巻 2 号 p. 356-361

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Abstract

背景:腺様嚢胞癌は緩慢な発育と長い臨床経過を特徴とするが,脱分化を伴う腺様嚢胞癌は急激な経過を辿り,その予後は低悪性や高悪性症例と比較して不良である。今回,当院で経験した頭頸部脱分化型腺様嚢胞癌4例について報告する。症例:患者は38~78歳の男女で,組織診材料では低悪性成分と著しい異型や多形性,壊死を伴う高悪性成分が混在しながら単一の病変を形成する像を認め,広範な壊死を伴う大型の充実性胞巣が多く認められた。腫瘍の大半を低分化ないし未分化な成分が置換していたため,細胞診材料のほとんどは高悪性成分が観察され,腺様嚢胞癌の特徴的所見に乏しかった。今回,細胞像を再検討した結果,篩状構造や管状構造を示す部分が認められた。他の高悪性の癌腫との鑑別が問題になった場合は,このような所見を丁寧に観察することが重要であると考えられた。また,高悪性症例と脱分化症例の鑑別に細胞診材料が役立つと報告されている。今回の4例でも異型や多形性の度合い,核腫大,明瞭な核小体,狭小~中等量の細胞質などの細胞所見は文献に合致していた。細胞診材料が腫瘍の部分像である点に注意を要するが,このような差異を認識することは重要であると考えられた。結語:高悪性成分の存在を細胞診で指摘することは,後日の組織検体の検索において診断上有益な情報を与え,かつ病理医が脱分化成分を明確に認識する意味でも細胞診の果たす役割は大きい。

Translated Abstract

Background: Adenoid cystic carcinoma (AdCC) is characterized by slow growth and a long clinical course, but dedifferentiated AdCC grows rapidly and has a poor prognosis compared with low- or high-grade AdCCs. We report four cases of dedifferentiated AdCC of the head and neck treated at our hospital. Cases: The patients were men and women aged 38 to 78 years and had both low-grade AdCC and high-grade AdCC coexisting in one tumor with extensive necrosis. The tumors were wholly or partially replaced with poorly differentiated or undifferentiated components. Highly malignant components were observed also in the cytological materials, and the characteristic findings of AdCC were hardly observed. Although it was difficult to estimate the original tissue type, it is important to carefully search for features such as cribriform structures and tubular structures. In addition, it was reported that cytological materials are useful for distinguishing between highly malignant and dedifferentiated cases. In these four cases, the cellular findings such as the degree of atypia and polymorphism, swelling of the nucleus and nucleolus, and small to medium cytoplasm were consistent with the literature. However, it should be noted that the cytological material reflects only part of the tumor. Conclusion: Cytodiagnosis is important in clinically determining the presence of dedifferentiated components and providing useful information to support histological diagnosis.

I  はじめに

腺様嚢胞癌は唾液腺腫瘍の5~10%を占め,唾液腺の中では粘表皮癌に次いで発生頻度の高い悪性腫瘍である1)~3)。臨床経過では比較的緩慢な腫瘍発育による長い経過と,高率にみられる局所再発が特徴的である1)~3)。本腫瘍は増殖形態から篩状型,管状型,充実型の3型に分類され,充実部分が多いものほど高悪性とされるが,低分化ないし未分化な成分を伴う脱分化症例が近年報告されている1)~3)

今回我々は,腺様嚢胞癌の脱分化症例について,原発巣と転移巣を含めた4例を経験したので,その細胞像および組織像について報告する。

II  症例

1. 症例1

患者:38歳,女性。

臨床経過:右頬部腫脹を自覚して他院を受診,翌年当院で拡大上顎全摘術が行われ腺様嚢胞癌と診断された。経過観察中の9年後に,右鼻翼皮下穿刺吸引細胞診(fine-needle aspiration; FNA)および肺生検が行われ,腺様嚢胞癌疑いと報告された。同年に副鼻腔および右肺中葉の腫瘍摘出術が行われ,腺様嚢胞癌再発と診断された。現在明らかな再発所見はみられないが,右肺下葉に結節があり経過観察中である。

2. 症例2

患者:78歳,女性。

臨床経過:Magnetic resonance imaging(MRI)撮影で右上顎洞に軟部陰影,造影computed tomography(CT)撮影で骨破壊を認め,悪性疑いで当院に紹介された。当院診察時に右下鼻道粘膜下腫脹および硬口蓋の軽度粘膜下腫脹を認めたため,下甲介より穿刺吸引細胞診が行われ,嗅神経芽腫疑いと報告された。同年副鼻腔生検が行われ,腺様嚢胞癌と診断された。その後,口腔内浸潤が認められ緩和ケア中であったが,5年後に死亡した。

3. 症例3

患者:77歳,男性。

臨床経過:右顔面神経麻痺を自覚し他院を受診,MRIやpositron emission tomography(PET)などで耳下腺癌を疑われた。同年当院に紹介となり,右耳下腺拡大全摘術が行われ,腺様嚢胞癌と診断された。経過観察中の4年後に左肺部分切除術が行われ,手術材料および腫瘍部を擦り合わせた細胞診材料において,腺様嚢胞癌の転移疑いと診断された。その翌年に行われた大脳腫瘍摘出術においても同様に腺様嚢胞癌の転移と診断された。現在は腫瘍再発による症状が進行し,緩和ケア中である。

4. 症例4

患者:63歳,女性。

臨床経過:他院で右硬口蓋腫脹を指摘され,腺様嚢胞癌と診断された。当院で放射線治療が行われたが,2年後に硬口蓋生検および同年の腫瘍摘出術で腺様嚢胞癌と診断された。その後,経過観察中に左肺上葉,次いで右肺下葉に腫瘤を指摘され,部分切除術が行われた。左右の手術材料および腫瘍部を擦り合わせた細胞診材料において腺様嚢胞癌と診断された。

以上,4例の臨床情報と経過を表にまとめた(Table 1)。

Table 1 臨床情報・経過
年齢,性別部位採取法診断後経過
症例138歳,女性右上顎洞(Figure 2A–C)拡大全摘手術副鼻腔,右肺転移あり
経過観察中
右鼻翼(Figure 1A–C) FNA
症例278歳,女性下甲介FNA死亡
副鼻腔 生検
症例377歳,男性右耳下腺(Figure 2D)拡大全摘手術左肺,大脳転移あり
緩和ケア中
左肺 部分切除(Figure 2E)
腫瘍部すり合わせ(Figure 1D–F)
症例463歳,女性硬口蓋生検左右肺転移あり
経過観察中
腫瘍摘出術

III  細胞診所見

1. 症例1

右鼻翼穿刺吸引細胞診において,核密度の増加や核重積を伴う細胞集塊が出現しており,集塊の一部に粘液腔様の構造を認めた(Figure 1A)。核の大小不同や核形不整,核小体の腫大や多発を認めた。N/C比は高いが,細胞質は狭小~中等量に認められた。集塊内には小型の濃染細胞も混在していた(Figure 1B, C)。

Figure 1 細胞診パパニコロウ染色所見

症例1右鼻翼FNA:A(40×),B(100×),C(100×)

A:核密度の増加や核重積を伴う細胞集塊が出現しており,集塊の一部に粘液腔様の構造(赤矢印)を認めた。B,C:N/C比は高く,核形不整,核小体の腫大や多発を認め,小型の濃染細胞も混在していた。

症例3左肺腫瘍部擦り合わせ:D(40×),E(100×),F(100×)

D:不規則重積を伴う細胞集塊が出現しており,粘液腔様の構造(赤矢印)や集塊辺縁からのほつれを認めた。E,F:核の大小不同や核形不整,核小体の腫大や多発,中等量の細胞質を認めた。

2. 症例2

下甲介穿刺吸引細胞診において,壊死性背景に,小型でN/C比の高い異型細胞を認めた。裸核状で,核の大小不同や核形不整,明瞭な核小体,狭小な細胞質を認めた。

3. 症例3

左肺腫瘍部擦り合わせ細胞診において,壊死性背景に不規則重積を伴う細胞集塊が出現しており,集塊辺縁からの核突出やほつれ,粘液腔様の構造を認めた(Figure 1D)。核腫大や核形不整,クロマチン増量,核小体腫大および多発,中等量の細胞質を認めた(Figure 1E, F)。

4. 症例4

左肺腫瘍部擦り合わせ細胞診において,不規則重積を伴う細胞集塊を認めた。核密度の増加した充実性の細胞集塊やライトグリーン好性の粘液球ないし球状硝子体を伴う細胞集塊を認めた。核は腫大し,核形不整,核小体の腫大,中等量の細胞質を認めた。

以上,4例の細胞所見を表にまとめた(Table 2)。

Table 2 細胞所見
症例1症例2症例3症例4
壊死+++
細胞の出現様式核密度の高い集塊不整形集塊~孤立散在性不整形集塊~孤立散在性篩状~管状集塊
核の大きさ
細胞質狭小~中等量狭小中等量中等量
核の大小不同中等度中等度高度中等度
核形不整中等度中等度高度中等度
核小体多発,明瞭,不整形多発,明瞭多発,明瞭,不整形1~2個,明瞭
クロマチン細~粗顆粒状細~粗顆粒状粗顆粒状細~粗顆粒状
球状粘液基底膜様物質なしなしなしあり

IV  組織診所見

1. 症例1

脱灰後の右上顎洞手術材料において,低悪性相当の成分と著しい異型や多形性,壊死を伴う高悪性の低分化成分が混在しながら単一の病変を形成していた(Figure 2A–C)。副鼻腔手術材料では管状や腺腔様の構造を認め,初発病変の一部に含まれる低悪性成分の像を認めた。

Figure 2 組織診ヘマトキシリン・エオシン染色所見

症例1上顎洞手術材料(脱灰後):A(10×),B(100×),C(100×)

A:低悪性相当の成分(黒矢印)と著しい異型や多形性,壊死を伴う高悪性の低分化成分が混在しながら単一の病変を形成していた。B:篩状構造を呈する低悪性成分や,C:高度の異型を伴う高悪性成分を認める(100×,HE)。

症例3耳下腺手術材料(脱灰後):D(20×),症例3左肺手術材料:E(20×)

D:腫瘍胞巣の中心部に壊死を伴ったコメド壊死や,高悪性症例に類似する充実性胞巣の増殖を認めた。E:Dと同様の組織像が観察され,初発時組織診材料に類似した壊死の著明な胞巣を認めた。

2. 症例2

副鼻腔生検材料において,腫瘍胞巣の中心部に壊死を伴ったコメド壊死を認めた。篩状構造や腺管構造の目立たない充実性胞巣を認め,異型細胞は密に増生していた。

3. 症例3

脱灰後の右耳下腺手術材料において,腫瘍は広範な壊死を伴う大型の充実性胞巣を形成していた(Figure 2D)。左肺手術材料では,耳下腺手術材料に類似した壊死の著明な胞巣を認めた(Figure 2E)。それぞれの組織診材料において好酸性胞体を有し,多数の核分裂像や基底細胞様細胞の消失が認められた。

4. 症例4

脱灰後の硬口蓋手術材料において,管状や腺腔様の形態も認められたが,大部分は高度な異型を伴い,充実性胞巣の増殖を認めた。細胞配列は不規則で,低分化な組織構築を呈していた。左肺手術材料において,病変のほとんどは篩状や管状の構造で占められ,低悪性相当の組織像を示していた。

V  考察

唾液腺腫瘍における脱分化とは,低悪性癌(原型)から2次的に高悪性の癌腫成分を生じる現象であり,低悪性と高悪性成分によって単一の病変を形成する腫瘍として定義されている1),2)

脱分化腺様嚢胞癌が近年報告されている背景は,腺様嚢胞癌の組織型分類において脱分化症例の予後が悪く,リンパ節転移率も高いためである。充実型腺様嚢胞癌は充実性胞巣が腫瘍の30%以上を占める場合と定義され,低悪性症例である篩状型や管状型と比較して予後が悪い傾向にあるため,従来から高悪性症例と認識されてきた2),3)。しかし,高悪性症例の生存期間中央値は36~48ヵ月に対して,脱分化症例は12~36ヵ月とより短い報告がされている4)。加えて低悪性・高悪性症例のリンパ節転移は5~25%で認められるのに対して,脱分化症例は50%以上で認められると報告されている4)~7)。そのため従来の腺様嚢胞癌では,リンパ節に転移がなければ多くの施設で放射腺やリンパ節郭清を行わないが6),脱分化症例は50%以上で転移を認めるため,頸部郭清など積極的な治療と短期間の経過観察による管理が必要である。従って,診断にあたっては予後因子たる脱分化成分の存在を報告することが重要である。

本稿における4例の組織診材料では,低悪性成分と著しい異型や多形性,壊死を伴う高悪性成分が混在しながら単一の病変を形成する像を認め,広範な壊死を伴う大型の充実性胞巣が多く認められた。症例によっては2層性腺管の内層細胞に著明な核腫大,異型,高頻度の核分裂像を示す領域が認められ,腺様嚢胞癌が脱分化の母地であることを示唆する所見が認められた。本対象群では,いずれにおいても原発巣の一部に低悪性成分が混在する,あるいは肺転移巣の大部分が低悪性成分に占められることが確認され,それらの像によって原型が腺様嚢胞癌であることが決定できた。対する細胞診材料では,腺様嚢胞癌の特徴的所見に乏しく,低分化ないし未分化な成分で認められたため,組織型の推定が困難であった。今回,細胞像を再検討した結果,少量ながら篩状構造や管状構造を示す部分が認められた。腺様嚢胞癌に特徴的な細胞所見が減少し,他の高悪性の癌腫との鑑別が問題となった場合は,このような所見を丁寧に観察することが重要であると考えられた。

また,脱分化症例を診断する場合は高悪性である充実型腺様嚢胞癌の除外が必要であり,その鑑別に細胞診材料が役立つと報告されている7),8)。充実型腺様嚢胞癌の細胞所見は,腫瘍細胞が基底細胞様の特徴を持つため,細胞質が乏しくN/C比は高い。核は小型で単調に観察され,一部で濃染性の紡錘形核が認められる場合がある。脱分化腺様嚢胞癌の細胞所見はN/C比は高いが細胞質は中程度に保持され,核腫大や多形性,核小体の腫大などを認めると報告されている7),8)。本稿における4例の細胞診材料では,異型や多形性の度合い,核腫大および核小体は顕著に認められ,細胞質は狭小から中等量に保持されており,文献に合致する7),8)。細胞診上でもこの差異を的確に認識することが重要である。注意すべき点は,細胞診材料が腫瘍全体の一部分しか反映していない点である。脱分化症例が低悪性成分と高悪性成分により構成されている腫瘍であることや,両者の成分に移行像が存在する場合があることも念頭に観察しなければならない4),7),8)

一般に腺様嚢胞癌は腫瘍の発育が緩慢で,長期的な経過を特徴とし,基本的に希少な事象であることからいまだ脱分化症例は広く認知されていない。今回報告した4例から,詳細な細胞所見の記載を行うことにより,病理医に高悪性成分の存在を念頭においた病理診断を促し,後日の組織診検体の検索や診断確定に役立つと考える。また,脱分化成分の存在を臨床医に伝えることは,治療方針や予後を予測する上で極めて重要であると考える。

VI  結語

脱分化腺様嚢胞癌は高悪性症例と同様に悪性と判定することは容易であるが,腫瘍の大半を低分化な成分や未分化癌に相当する細胞で置換されるため,特徴的な細胞所見に乏しくなる。しかし,高悪性成分の存在を細胞診で指摘することは,後日の組織検体の検索において診断上有益な情報を与え,かつ病理医が脱分化成分を明確に認識する意味でも細胞診の果たす役割は大きい。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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