医学検査
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症例報告
臨床検査技師からの情報提供が迅速な同定に繋がったStreptobacillus moniliformis菌血症の1例
太田 晃成永井 美佐子井上 正朗生田 幸江天野 哲史稲塚 信郎杉浦 誠治佐藤 良
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2022 年 71 巻 3 号 p. 594-598

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Abstract

臨床検査技師からの情報提供が,迅速な菌種同定および適切な抗菌薬選択に繋がったStreptobacillus moniliformisによる菌血症例を経験した。患者は糖尿病既往歴のある50代男性。全身の関節痛を主訴に当院を受診し,炎症反応上昇を認めたため精査目的で入院となった。入院時に採取した血液培養および関節液よりフィラメント状のグラム陰性桿菌を認め,分離培養を実施したところ,血液/チョコレート寒天培地上に1–2 mmの微小な淡白色コロニーが発育した。コロニーを用いたグラム染色では,鎖状や塊状を示す多形性のグラム陰性桿菌を認めた。これらの情報からS. moniliformisを推定し,抗菌薬適正使用支援チームラウンド時に患者の動物接触歴を聴取することを臨床検査技師が情報提供した。問診の結果,患者はペットとしてヘビを飼育しており,その餌として冷凍ネズミを使用しているという情報を得た。この情報によりS. moniliformis疑いが濃厚となり,迅速に外部医療機関へ質量分析装置による解析を依頼したため,早期にS. moniliformisと同定することができた。本菌由来の感染症に対する不完全な治療は,再発に繋がるという報告があることから,同定・感受性試験は重要であるが,菌種同定には質量分析および遺伝子解析が必要である。また,本菌は鼠咬症の原因菌とされているが,ネズミの咬傷がなく侵入門戸不明の症例も多い。感染症治療における臨床検査技師および動物接触歴問診の重要性を再認識した症例であった。

Translated Abstract

Here, we report a case of bacteremia caused by Streptobacillus moniliformis, in which information provided by the biomedical laboratory scientist led to the rapid identification and selection of appropriate antimicrobial agents. A 50-year-old man with diabetes was admitted to our hospital with the chief complaint of arthritis. Owing to the elevated levels of inflammatory markers, he was hospitalized and underwent a thorough examination. Culture of blood and articular fluid on admission revealed a filamentous gram-negative bacillus and small colonies measuring 1–2 mm on blood/chocolate agar. Gram staining of colonies showed pleomorphic gram-negative bacillus with chaining and clumping. The information provided by the biomedical laboratory scientist led to the finding that the patient had a history of contact with mice. This information also led to the early identification of the bacterium as S. moniliformis. Identification and susceptibility testing are important because incomplete treatment of infection with this organism has been reported to lead to relapse. However, mass spectrometry and genetic analysis are necessary to definitively identify the species. Although S. moniliformis is considered a causative agent of rat-bite fever, the entry route is unknown in many cases without a history of rat bites. This case highlighted the importance of the biomedical laboratory scientist and questioning patients about animal contact history in the treatment of infectious diseases.

I  序文

Streptobacillus moniliformisは通性嫌気性グラム陰性桿菌で鼠咬症の原因菌とされている。通常本菌を保菌しているネズミによる咬傷,ネズミの排泄物や汚染された飲食物を経口摂取することにより感染する1)。本菌は発熱や関節炎といった比較的軽症な病態を示すことが多いが,感染性心内膜炎や深部膿瘍など重篤な病態を合併することもある2)。また不完全な治療は再発に繋がる可能性があるため1),同定・感受性試験は重要である。今回我々は臨床検査技師の情報提供が迅速な菌種同定に繋がったS. moniliformis菌血症を経験したので報告する。

II  症例

患者:50代,男性。

既往歴:糖尿病,高血圧。

現病歴:1週間前,気分不快を主訴に近医内科を受診し,熱中症と診断された。経過観察にて軽快するも全身の関節痛が出現したため,近医整形外科を受診した。血液検査にてWBC 17.6 × 103/μL,CRP 33.3 mg/dLと炎症反応を認めたため当院紹介となった。

来院時身体所見:意識レベル清明,体温37.1℃,血圧115/63 mmHg,脈拍81/min,SpO2 98%。

入院時検査所見および臨床経過:血液検査でCRP > 35.0 mg/dL,WBC 21.6 × 103/μL,と炎症傾向を認めた。関節液検査では,尿酸Na結晶が陽性であり,痛風と診断された(Table 1)。検査結果および臨床所見から感染症を疑ったため,血液培養2セットおよび関節液培養を実施し,sulbactam/ampicillin(SBT/ABPC)にて治療が開始された。

Table 1  Clinical test results at the time of admission
Clinical Chemistry Haematology
CRP > 35.0 mg/dL RBC 3.9 × 106/μL
TP 6.0 g/dL Hb 11.2 g/dL
ALB 2.3 g/dL PLT 32.5 × 104/μL
AST 37 IU/L WBC 21.6 × 103/μL
ALT 37 IU/L Neut 91.4%
LDH 281 IU/L Lym 2.0%
ALP 488 IU/L Mono 5.7%
BUN 45.9 mg/dL Eog 0.7%
UA 9.2 mg/dL Baso 0.2%
CRE 3.45 mg/dL Articular fluid
Glu 351 mg/dL Uric acid Na (+)
HbA1c 8.0% Pyrophosphoric acid Na (−)

第3病日に血液培養よりグラム陰性桿菌を検出したためtazobactam/piperacillin(TAZ/PIPC)に変更となり,第6病日にS. moniliformisと同定されたためampicillin(ABPC)に変更された。関節痛および炎症反応は改善傾向であったが発熱が持続していたため,第11病日にceftriaxone(CTRX)に変更され,第18病日に抗菌薬は終了し,第50病日に退院となった(Figure 1)。

Figure 1 Clinical progress

SBT/ABPC: sulbactam/ampicillin, TAZ/PIPC: tazobactam/piperacillin, ABPC: ampicillin, CTRX: ceftriaxone

III  微生物学的検査

1. 培養・塗抹検査

入院時,23F好気用レズンボトルP(日本BD)および22F嫌気用レズンボトルP(日本BD)が2セット採取され,BACTEC FX(日本BD)にて血液培養を実施した。培養40時間後に嫌気ボトル2本が陽転化し,フィラメント状のグラム陰性桿菌を認めた(Figure 2)。分離培養は羊血液寒天培地M70/チョコレート寒天培地II(栄研化学),BBL MacConkey II Agar(日本BD),ブルセラHK寒天培地(極東)を用いて,35℃ 5%炭酸ガス条件下および嫌気条件下で実施した。培養24時間後,血液/チョコレート寒天培地上に1–2 mmの微小な淡白色コロニーが発育した(Figure 3)。マッコンキー寒天培地への発育は認められなかった。コロニーを用いたグラム染色では,鎖状や塊状を示す多形性のグラム陰性桿菌が認められた(Figure 4)。

Figure 2 Gram staining from an anaerobic blood culture bottle (×1,000)

矢印の箇所にフィラメント状のグラム陰性桿菌を認めた。

Figure 3 Colony morphology

(上)血液/チョコレート寒天培地における24時間培養後のコロニー

(下)血液寒天培地の拡大画像

Figure 4 Gram staining from colonies (×1,000)

鎖状やネックレス状といった特徴的な形態を示した。

入院時に提出された関節液のグラム染色像からは,白血球に貪食されたグラム陰性桿菌が認められた(Figure 5)。関節液の分離培養結果は,血液培養と同様であった。

Figure 5 Gram staining from an articular fluid (×1,000)

○で囲んだ箇所にグラム陰性桿菌の貪食像を認めた。

2. 同定検査

患者生活習慣にネズミとの接触歴があること,グラム染色所見およびコロニー所見を加味し,S. moniliformisを疑ったため,愛知医科大学病院へ質量分析解析(MALDI Biotyper)を依頼した。その結果,S. moniliformis(Score value: 2.07)と同定された。BD Phoenixのグラム陰性桿菌用パネルBD Phoenix NMIC/ID-208(日本BD)では,同定感受性ともに測定不可であった。

3. 薬剤感受性検査

薬剤感受性検査は,Hayakawaら3)の論文を参考に実施した。ミュラーヒントンブイヨン(栄研化学)にストレプトヘモサプリメント(栄研化学)を規定量添加し,DP34(栄研化学)にて,35℃,5%炭酸ガス環境下で48時間培養後に判定を行い,参考値で報告した(Table 2)。

Table 2  Antimicrobial susceptibility of blood isolate
Antimicrobial agents MIC (μg/mL)
penicillin G (PCG) ≤ 0.06
ampicillin (ABPC) ≤ 0.12
sulbactam/ampicillin (SBT/ABPC) ≤ 0.25
cefazolin (CEZ) ≤ 0.5
ceftriaxone (CTRX) ≤ 0.06
cefepime (CFPM) ≤ 0.06
meropenem (MEPM) ≤ 0.06
minocycline (MINO) ≤ 0.12
vancomycin (VCM) ≤ 0.25
levofloxacin (LVFX) ≤ 1
trimethoprim-sulfamethoxazole (ST) > 76
azithromycin (AZM) 0.5
clindamycin (CLDM) ≤ 0.12

IV  考察

S. moniliformisは鼠咬症の原因菌とされているが,ネズミの咬傷がなく侵入門戸不明の症例も多い4)。また本菌はネズミの口腔内常在菌であり,野生のものだけでなくペットショップで売られているものや実験で使用されるものからも高率に検出されるため5),本菌による感染症を疑った場合は,患者にペット保有歴を聞くことが重要である。本症例においても咬傷は確認できなかったが,患者はペットとしてヘビを飼育しており,その餌としてペットショップで購入した冷凍ネズミを与えていたという情報を得た。また,ネズミの解凍で使用する台所の清掃や餌を与える際の手指衛生が実施できていなかったことを聴取したため,本菌による経口感染を疑った。菌種同定により感染源が推測できたため,退院後の環境整備を指導することが可能となり,再発防止に繋がったと考える。

当院では抗菌薬適正使用支援チーム(antimicrobial stewardship team; AST)の活動として,全ての血液培養陽性患者に対するラウンドを実施し,患者の状態,使用抗菌薬および投与量,必要な追加検査などを検討している。今回の症例においてもASTラウンドの際に,グラム染色所見およびコロニー所見から本菌を推測し,臨床検査技師から動物接触歴の聴取を提案することで,ネズミとの接触歴が判明するに至った。通常臨床検査技師からの報告は検出菌報告にとどまることが多いが,菌の知識を最大限に活用し,チームの一員としての役割を果たすべきである。

本菌の血液培養液からのグラム染色像は,フィラメント状のグラム陰性桿菌であり,Fusobacterium nucleatumと類似している。また,本菌の発育は,0.05%ポリアネトールスルホン酸塩ナトリウム(ほとんどの好気性血液培養ボトルに日常的に添加される抗凝固剤)によって阻害される可能性があり1),嫌気ボトルのみから発育する症例が散見される5),6)。したがって,嫌気性菌との判別が必要である。今回の症例においても当初,F. nucleatumを含む嫌気性菌による感染症を疑っていたが,S. moniliformisは通性嫌気性菌であるため,嫌気条件下でなくとも培養が可能であることから鑑別が可能であった。一方,コロニーからのグラム染色像は,鎖状やネックレス状といった特徴的な形態を示すことから,本菌を疑う一助となる。本菌由来の鼠咬症における死亡率は,未治療の場合10%とされており1),感染性心内膜炎などの重篤な経過をたどる報告もあるため,迅速な菌種同定および早期の適切な治療が求められる。また,本菌はBD Phoenixのデータベースに含まれていないため,菌種同定には質量分析および遺伝子解析が必要となる。ネズミとの接触歴のある患者の血液培養から,これらの特徴を確認した場合は本菌を疑い,迅速に適切な検査を進める必要がある。

本菌はペニシリン系をはじめとして,セファロスポリン系やテトラサイクリン系など多くの抗菌薬に対して良好な感受性を示し,治療はpenicillin G(PCG)を主体に使用することが多い1)。また,CTRXが奏効した報告も散見される6)。本症例では,当初嫌気性菌を疑い,TAZ/PIPCを投与していた。菌名・感受性判明時点でPCGへの変更を考慮したが,患者が高カリウム血症であったためABPCが選択された。しかし解熱が認められなかったため,CTRXに変更となった。その後も発熱が継続していたが,本菌に対する適切な抗菌薬が選択されていること,第6,11病日に採取した血液培養が陰性化していたことおよび患者の状態が安定していたことから,感染症としての治療は奏効したと考え抗菌薬治療の終了を提案した。菌種および薬剤感受性結果が判明していたことにより,抗菌薬の過度な継続を防ぐことができたと考える。なおその後の精査にて,患者はseronagative関節リウマチを併発していることが判明し,発熱継続の原因として推測された。

V  結論

菌種同定は抗菌薬の適正使用において不可欠であるが,質量分析や遺伝子解析でなければ苦慮するケースも多い。S. moniliformisの同定においてもこれらの解析が必要であるため,自施設において実施できない場合は,菌種が推定でき次第,速やかに外部へ依頼することが重要である。本症例では,臨床検査技師からの情報提供によりネズミとの接触歴が判明し,質量分析装置による解析を依頼することで迅速な菌種同定および適正な抗菌薬治療に繋がった。感染症治療における臨床検査技師および動物接触歴問診の重要性を再認識した症例であった。

本論文の要旨は第31回日本臨床微生物学会(金沢市,2020年)において発表を行った。

本論文は,当院倫理委員会の承認を得ている(承認番号3-9)。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

質量分析解析にご協力いただいた愛知医科大学病院感染制御部感染検査室の皆様に深く感謝致します。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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