医学検査
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技術論文
フローチャートを用いて検者の判断の統一を図った基準嗅力検査の検討
芳田 梓細矢 慶加藤 政利中島 愛中村 利枝林 綾子秀永 陸奥子小伊藤 保雄
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2023 年 72 巻 1 号 p. 77-82

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Abstract

基準嗅力検査(T&Tオルファクトメトリー)は,T&Tオルファクトメーター(第一薬品産業株式会社)を用いた検査で,嗅覚障害の程度や治療効果の評価をするために重要である。近年,臨床検査は精度管理や標準化が求められているが,T&Tオルファクトメトリーは,操作が煩雑で,検者の手技や判断により検査結果が異なる可能性が指摘されている。今回我々は,日本医科大学多摩永山病院独自のT&Tオルファクトメトリーのフローチャートに準じて検査を行うことで,検査方法の標準化を試みた。2020年10月から2021年4月までに耳鼻咽喉科を受診した64名(慢性副鼻腔炎41例,アレルギー性鼻炎2例,外傷後1例,神経変性疾患4例,原因不明16例)を対象に,フローチャートを用いたT&Tオルファクトメトリー,日常のにおいアンケート,VASスコアを実施した。フローチャートを使用することで,検者は検査の際に判断に迷うことが減り,患者はかおりについて表現しやすい印象であった。また,T&Tオルファクトメトリーの平均認知域値と,嗅覚の自己評価法である日常のにおいアンケートやVASスコアとの関連性をそれぞれ比較した。その結果,T&Tオルファクトメトリーの平均認知域値と日常のにおいアンケートは強い負の相関を認めた(r = −0.715)。そして,VASスコアとも強い負の相関を認めた(r = −0.793)。フローチャートを用いたT&Tオルファクトメトリーは,検者の手技手順が標準化され,患者の主観的な訴えをよく反映する可能性がある。

Translated Abstract

T&T olfactometry (T&T) is important for assessing the degree of olfactory impairment and the effect of treatment. Although T&T is a noninvasive test, it is complicated to perform, and the results may vary depending on the technique and judgment of the examiner. In this study, we attempted to standardize the examination according to our original T&T flowchart. Sixty-four patients (41 with chronic sinusitis, two with allergic rhinitis, one had trauma, four with neurodegenerative diseases, and 16 with olfactory impairment of unknown cause) who visited an otolaryngologist between October 2020 and April 2021 were analyzed. Clinical laboratory technologists were asked to evaluate the effectiveness of T&T using a flow chart. As a result, the clinical laboratory technologists and patients were less confused during examinations. The validity of T&T using the flowchart was evaluated by comparing its results with the scores of the self-administered odor questionnaire (SAOQ) and the visual analogue scale (VAS), which are tools for self-evaluation of olfaction. As a result, we found a strong negative correlation between T&T results and SAOQ scores (r = −0.715). There was also a strong negative correlation between T&T results and VAS scores (r = −0.793). The examiners felt that they had less difficulty in making decisions during the examination, and the patients felt that they can easily identify a scent. Flowchart-based T&T olfactometry has potential use in the standardization of the examiners’ procedural steps and better reflect the patients’ subjective complaints.

I  はじめに

臨床検査は,検体検査と生理検査の2つに分けられる。検体検査では,コントロール試料を用いた精度管理が確立され,内部・外部精度管理を行える体制が整っている1)。2018年12月1日には改正医療法が施行され,検体検査の精度管理に係る法令が定められた2)。一方,生体を検査対象とする生理検査は,コントロール試料を使用できず定量評価が難しいこと,試料ではなく患者そのものの検査のため生理的変動が大きいこと3),検者の知識・技術が検査結果に大きく影響すること1)などから精度管理や標準化が遅れているのが現状である。2015年より,国際制度管理(ISO)15189認定範囲に生理検査のうち,心電図検査,呼吸機能検査,神経生理検査,超音波検査の4部門が新たに追加されたことで,生理検査における精度保証,精度管理に対する関心や意識が高まっており,いつ,どこの施設で検査を行っても同様の検査結果を提供できるよう,検査の精度保証をすることは,社会的欲求となっている1)

基準嗅力検査(T&Tオルファクトメトリー)は,5つの基準臭で構成されるT&Tオルファクトメーター(第一薬品産業株式会社)を用いた生理検査で,嗅覚障害の程度や治療効果の評価をするために重要である4)。嗅覚障害は,慢性副鼻腔炎や感冒,頭部外傷など様々な要因で発症する疾患である5)。嗅覚は,直接的に生命維持には関わることは少ないが,食品の腐敗や,ガス漏れに気付かないなど,身の危険を察知するための重要な機能である6)。近年,新型コロナウイルス感染症による嗅覚障害が注目を浴びており,嗅覚検査の重要性が増している7)

T&Tオルファクトメトリーは,検者が提示したにおいを感じる最小の濃度である検知域値と,においの種類を同定できる濃度である認知域値を測定する検査である。嗅覚障害の程度は,平均認知域値が1.0以下を正常,1.2~2.4を軽度低下,2.6~4.0を中等度低下,4.2~5.4を高度低下,5.6以上を脱失とし5段階に分類して評価を行う。

T&Tオルファクトメトリーの認知域値は,患者にどのようなにおいか表現してもらうため,においの経験値やにおいを表現する力が必要である。嗅覚障害診断ガイドラインには,患者が回答に迷う際に,選択肢の書かれたにおい語表を使用することが勧められている8)。しかし,におい語表の使用方法が検査結果に影響を与えることが示唆されており9),検査手順の標準化が必要であると考えた。

そこで我々は,T&Tオルファクトメトリーにおいて検者の検査手順の標準化を図るためフローチャートを作成し,運用したので報告する。

II  対象と方法

1. 対象者

2020年10月から2021年4月までに当院の耳鼻咽喉科に受診し,T&Tオルファクトメトリーを実施した患者で,除外基準は,意思疎通が困難な患者,重度の精神疾患を有する患者とした。

T&Tオルファクトメトリーの対象は64名で,男性31名(48.4%),女性33名(51.6%),平均年齢は55.9 ± 18.2歳であった。原因疾患は,慢性副鼻腔炎が41例,アレルギー性鼻炎が2例,外傷後が1例,神経変性疾患が4例,原因不明が16例であった。

2. 方法

1) T&Tオルファクトメトリー

T&Tオルファクトメーターは,A~Eの5種類の嗅覚測定用基準臭で構成されている(Table 1)。各嗅素は0を正常嗅覚者の域値濃度とし,10倍希釈でBを除いてにおいが −2から5までの8段階に,Bのみ −2から4までの7段階に分けられており,−2が最も薄い濃度である。T&Tオルファクトメーターの説明文書と嗅覚障害診療ガイドランに使用方法が記載されている8),10)。T&Tオルファクトメトリーの検査方法に当院独自の取り決め(下線部)を追加し検査を行った。検査の流れをフローチャートに記す(Figure 1)。基準臭は,薄い濃度から提示し基準臭Aから基準臭Eの順に各基準臭ごとに濃度を上昇させる。においが混ざらないよう,次の基準臭までの間隔は30秒とした。各基準臭において,検知域値と認知域値が決定した時点で検査終了とする。

Table 1  T&Tオルファクトメーターの嗅覚測定用基準臭
嗅素符号 一般名 においの性質
A β-Phenylethyl alcohol バラの花,軽くて甘い
B Methyl cyclopentenolone 焦げた,カラメル
C Isovaleric acid 腐敗臭,古靴下,汗くさい
D γ-Undecalactone 桃のカンヅメ,甘くて重い
E Skatole 糞臭,野菜くず,いやな
Figure 1 T&Tフローチャート

検者間の判断統一を図るために使用したフローチャート

① においの提示

濾紙の一端に基準臭を1 cm程度浸し患者に渡す。鼻先1 cmに近づけ5秒以上においを嗅ぐ。

② 検知域値の決定

はじめてにおいを感じた濃度を,検知域値とした。においを感じない場合,濃度を上昇させた。最終濃度でも,においを感じない場合,スケールアウトとした。

③ 認知域値の決定

a. においの表現

提示したにおいと同等のにおいを表現ができた濃度を認知域値とした。

患者が回答に迷う場合または検者が判断に迷う場合は,bへと進む。

b. 手掛かりを与える

「良いにおい」か「いやなにおい」かどうか聞き,手掛かりを与えた。A,B,Dは良いにおい,C,Eはいやなにおいと回答した場合,その濃度を認知域値とした。

それでも患者が迷う場合,cへと進む。

c. におい語表

におい語表を提示し,近似するにおいの有無を聞いた。におい語表の選択肢(1)(2)を回答した場合,その濃度を認知域値とした(Table 2)。誤答または回答なしの場合,濃度を上昇させた。最終濃度でも,誤答または回答なしの場合,スケールアウトとした。

Table 2  におい語表
基準臭 においの表現
A (1)バラの花のにおい
(3)汗くさいにおい
(2)良いにおい
(4)いやなにおい
B (1)焦げたにおい
(3)バラの花のにおい
(2)カラメルのにおい
(4)甘いにおい
C (1)汗くさいにおい
(3)良いにおい
(2)いやなにおい
(4)甘いにおい
D (1)良いにおい
(3)いやなにおい
(2)甘いにおい
(4)糞のにおい
E (1)いやなにおい
(3)良いにおい
(2)糞のにおい
(4)甘いにおい

④ 平均認知域値の算出

5つの基準臭の認知域値の合計を5で除した値を平均認知域値とした。スケールアウトの場合は,最終濃度に1を足して算出した。今回の検討においては,平均認知域値を採用した。

2) 検者の意見

T&Tフローチャートの効果について,T&Tオルファクトメトリーを行う7名の臨床検査技師に意見を聞き取った。

3) 日常のにおいアンケートとVASスコア

嗅覚の自己評価法である日常のにおいアンケートと,VASスコアを実施し,T&Tオルファクトメトリーの平均認知域値との関連性を比較した。

日常のにおいアンケートは,20種類のにおいについて①「わかる(2点)」,②「時々わかる(1点)」,③「わからない(0点)」,④「最近かいでない,かいだことがない」の4段階で答え,①,②,③を「評価可能項目」,④を「評価不能項目」とした。20項目のうち,評価可能項目が10項目以上のものを「有効例」として,それぞれ点数化したものである11)。回答点数の合計点を分子とし,④「評価不能項目」を除く回答項目の満点分を分母とした割合(%)をアンケートスコアとして算出し,においの程度を評価した。一方,評価不能項目が11項目以上のものは「無効例」とした。

VASスコアは,無地の紙に100 mmの直線を引き,「全くにおいがしない」を左端に,「100%においがする」を右端に置く。患者が現在のにおいの状態を線上に縦線を記載し,左端からその縦線までの距離をVASスコア(mm)とし数値化した。つまり,正常に近いほどVASスコアは100に近くなる8)

3. 解析方法

日常のにおいアンケートとT&Tオルファクトメトリー,またVASスコアとT&Tオルファクトメトリーの相関関係をIBM SPSS Statistics version 25(IBM Corporation, Armonk, NY, USA)を用いて,Spearmanの順位相関係数にて検討を行った。p値は0.05未満を統計学的有意差有りとした。年齢のデータは平均 ± 標準偏差として記載した。

III  結果

1. 検者の意見

現在,7名の臨床検査技師によりT&Tオルファクトメトリーを行っている。そのうち2名は,フローチャートの作成者である。フローチャートを使用したT&Tオルファクトメトリーについて,検者の意見を聞き取った。

・良いにおい,いやなにおいと聞くと患者がかおりについて発言しやすくなった。(7/7名)

・従来法に比べフローチャートを使用すると判断を迷わずにすんだ。(7/7名)

2. 日常のにおいアンケートとT&Tオルファクトメトリー

日常のにおいアンケートに回答した患者は,58名で,無効例の1名を除く57名を対象とした。男性28名(49.1%),女性29名(50.9%)であった。

T&Tオルファクトメトリーの平均認知域値と日常においアンケートの結果を示す(Figure 2)。両者の間には,相関係数 −0.715(p < 0.0001)と強い負の相関が認められた。

Figure 2 日常のにおいアンケートとT&Tオルファクトメトリーとの相関

Y = −16.492X + 113.379,p < 0.0001,R2 = 0.605,r = −0.715,n = 57

3. VASスコアとT&Tオルファクトメトリー

VASスコアに回答した対象は39名で,男性は20名(51.3%),女性は19名(48.7%)であった。

T&Tオルファクトメトリーの平均認知域値とVASスコアの結果を示す(Figure 3)。両者の間には,相関係数 −0.793(p < 0.0001)と強い負の相関が認められた。

Figure 3 VASスコアとT&Tオルファクトメトリーとの相関

Y = −14.937X + 100.766,p < 0.0001,R2 = 0.684,r = −0.793,n = 39

IV  考察

本研究では,T&Tオルファクトメトリーの認知域値の回答様式に着目し,段階的に検査を進めていくフローチャートを作成し,検査手順の標準化を行った。フローチャートを用いた手法は検者が判断に迷うことが減り,患者の主観的な訴えをよく反映した方法であった。

T&Tオルファクトメトリーの手順は,T&Tオルファクトメーターの説明文書と嗅覚障害診療ガイドランに使用方法が記載されている。においを嗅ぐ時間,その間隔,におい語表の提示するタイミングは統一すべきと考えた。においを嗅ぐ時間は5秒以上と統一し,その間隔は30秒とした。におい語表は,患者が回答に迷う際や,検者が判断に迷う際に,提示が推奨されている8)。におい語表は各基準臭に対して,4つの選択肢があり,そのうち(1),(2)の2つが正解である(Table 2)。選択肢の中から患者が感じたにおいを選ぶ回答様式のため,偶然に正解を回答する可能性がある。また,におい語表を始めから提示すると,認知域値が低下することが報告されており,検者のにおい語表を提示するタイミングが検査結果に影響することが報告されている9)。従来法では,におい語表を検査の途中から提示するため,検者による判断が分かれてしまい,におい語表の提示タイミングを一致させることは難しい。また,におい語表の提示は,回答様式が自由回答から選択回答へ変わり,患者が回答しやすくなるだけでなく,具体的なにおいの表記がされており,視覚的なバイアスがかかり,検査結果にばらつきが生じると考えた。

そこで我々は,自由回答様式というT&Tオルファクトメトリーの特徴を保持しつつ認知域値の回答様式に着目し,においの対象範囲を段階的に狭めるフローチャートを作成し,検者の手技の標準化を行った。フローチャートは検体検査12),薬剤13),看護14)など様々な分野で標準化に使用されている。

におい語表の選択肢には,Bを除きA,C,D,Eの4種の基準臭で「良いにおい」と「いやなにおい」が含まれている。Bのmethyl cyclopentenoloneは「焦げたにおい」「カラメルのにおい」と表現されるので当院では「良いにおい」とした。本研究では,第一段階として患者に自由に回答してもらい,においを表現してもらう。においの表現で患者が困惑する場合,第二段階として,患者が感じているにおいは,「良いにおい」か「いやなにおい」かどうか聞き,手掛かりを与えることでにおいの対象範囲を狭めた。そこから,患者は具体的な香りを表現する場合や「良いにおい」もしくは「いやなにおい」と明確に回答した場合を正解とした。それでも患者が迷う場合は,第三段階としてにおい語表を提示し,近似するにおいの有無を聞いた。段階的ににおいの対象範囲を狭めていくことでT&Tオルファクトメトリーの特徴を損なうことなく,検査手技の標準化ができると考えた。検者からは「フローチャートを使用すると判断に迷わず検査を実施できた」「患者に良いにおい,いやなにおいと聞くことはかおりを表現しやすい印象があった」という意見が挙げられた。

また,当院のフローチャートを用いた結果は,日常のにおいアンケートおよびVASスコアと良好な関連を認めた。日常のにおいアンケートやVASスコアは,簡便かつ非侵襲的で,低コストであることから,嗅覚障害の診断に用いられている。竹林ら15)は,T&Tオルファクトメトリーの平均認知域値と日常のにおいアンケートの間には,相関係数 −0.578(p < 0.001)と報告しており,本研究結果でも同様に相関関係を認めた。

以上のことから,フローチャートを用いた手法は検者の手技手順が標準化され患者の主観的な訴えをよく反映した方法といえる。

今回の検討では,当院独自のフローチャートを使用した検査手順と従来法で,検査結果のばらつきの比較検討を行っていないことが課題であり,今後の検討としたい。また,本来であれば,同一患者による同一環境下で,検者による誤差の検討を行う必要がある。しかし,T&Tオルファクトメトリーの特性上,患者状態や検査環境など同一環境下での繰り返し検査による精度確認が困難であることが研究限界として挙げられる。

今後,T&Tオルファクトメトリーの内部精度・外部精度に関する議論が期待される。

V  結語

基準嗅力検査において,検者の手技や判断の統一が,精度の高い検査を提供するために欠かせない要因である。フローチャートの使用により,検者間の判断統一を図ることが可能となり,患者の主観的な訴えをよく反映した結果が得られた。

本研究は日本医科大学多摩永山病院の承認を得ている(倫理審査承認番号702)。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2023 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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