2023 年 72 巻 1 号 p. 135-140
1型糖尿病患者におけるCSII・SAP療法は,個々の必要量に応じた基礎インスリンの調節が可能となるため,生理的インスリン分泌に近いインスリン投与が行える治療法である。2022年1月よりRT-CGMより得られたセンサーグルコース値に基づき,基礎インスリン量を自動調節するテクノロジーであるハイブリッドクローズドループを搭載したインスリンポンプが本邦で認可された。当院では,インスリンポンプの導入・継続指導を臨床検査技師が担当しており,今回,HCL療法を用いて血糖管理を行った1型糖尿病の症例を経験したので報告する。本症例はSAP療法による血糖管理を行っていたが,仕事の多忙さを理由に血糖補正が充分に出来ておらず,HbA1cが7.7~8.2%と血糖コントロール不良であった。HCL導入後は,HbA1cが7.0~7.2%に低下し,血糖自己測定における血糖値も低下傾向であった。さらに,TIRはHCL導入前で51~56%であったが,HCL導入後は64~69%に増加した。HCL療法は低血糖イベントを増やすことなくTIRを増加することができ,患者のQOL向上や糖尿病性合併症の予防に有効な治療法として期待される。
Continuous subcutaneous insulin infusion (CSII) and sensor-augmented pump (SAP) therapy in patients with type 1 diabetes are close to physiological insulin secretion because they can regulate basal insulin according to the amount of individual insulin. In January 2022, insulin pumps equipped with a hybrid closed-looped (HCL) system were made available in Japan. HCL therapy is a technology with which the amount of basal insulin can be automatically adjusted on the basis of glucose levels obtained from continuous glucose monitoring (CGM) using a glucose sensor. At our hospital, a clinical laboratory technician is in charge of the introduction and guidance on the use of continuous insulin pumps. We report a case of type 1 diabetes in which blood glucose level was controlled using HCL therapy. Glycemic control with SAP therapy resulted in HbA1c levels of 7.7–8.2%. After the introduction of HCL therapy, HbA1c levels decreased to 7.0–7.2%, and blood glucose levels tended to decrease. Furthermore, time in range (TIR) increased from 51–56% with SAP therapy to 64–69% with HCL therapy. HCL therapy can increase TIR without promoting hypoglycemic events and is effective for improving patient quality of life and preventing diabetic complications.
1型糖尿病患者におけるインスリン治療法には頻回インスリン注射療法(multiple daily injection; MDI)やインスリンポンプ療法(continuous subcutaneous insulin infusion; CSII)がある。CSII療法は時間帯ごとに個々の必要量に応じた基礎インスリンの調節が可能となるため,生理的インスリン分泌に近いインスリン投与が行える治療法である。2015年には,リアルタイム持続血糖モニタリング(real time continuous glucose monitoring; RT-CGM)機能が搭載されたインスリンポンプ療法(sensor augmented pump; SAP)が認可された。SAP療法では,患者自身がリアルタイムに血糖変動を把握できることや低血糖を未然に知らせるアラート機能により低血糖を予防することで,低血糖を増やすことなくHbA1cを低下させることが報告されている1)~3)。さらに,2022年1月には,RT-CGMより得られたセンサーグルコース値に基づき,基礎インスリン量を自動調節するテクノロジーであるハイブリッドクローズドループ(hybrid closed loop; HCL)を搭載したインスリンポンプが認可された。これにより,さらなる血糖コントロールの改善が期待される。今回,HCL療法を用いて血糖管理を行った1型糖尿病の症例を経験したので報告する。
CSIIの適応は従来のMDIでは血糖コントロールが不良な場合や無自覚性低血糖を呈する成人1型糖尿病,厳格な血糖コントロールが必要な妊娠中もしくは妊娠前の糖尿病患者,小児1型糖尿病等とされている4)。また,CSII適応例の必須条件には,「CSIIの充分な経験と技能を有する医療スタッフがおり,CSIIの継続的な教育やトラブルへの対応も充分に行える医療施設に通院中の例」が挙げられ4),医療スタッフによる患者教育が重要視されている。
当院では,SAPの導入・継続指導を臨床検査技師が担当している。導入時は患者の理解度や状況に応じて外来または入院のいずれかで指導を行い,2時間程度でSAPを使用する上で最低限必要な機能を使用できるように指導している。継続指導では,外来の診察前に30分の予約枠を使いSAPのCGMデータを抽出し,患者とともに血糖変動波形を確認しながら,必要な機能の説明や設定値の確認を行っている。HCL搭載ポンプへの切り替え時には,事前に作成した資料を用いて説明し,本症例では30分程度で交換指導を実施した。
患者:30歳代,男性。
既往歴:1型糖尿病(20歳代発症)。脂質異常症。
身体所見:身長171 cm,体重84 kg,BMI 28.7。
合併症:神経症なし,網膜症なし,腎症1期。
経過:他院にて劇症1型糖尿病と診断されMDIにて治療していたが,SAP導入を希望し当院へ紹介された。2017年に当院でSAP導入後は,インスリンが打ちやすくなったことから食事量は増えたが,仕事での活動量が多く,低血糖を起こさないために日中に充分な基礎インスリン注入が出来ていなかった。また,仕事が忙しいことを理由に高血糖に対しての補正ができず,HbA1c 7~8%台で推移していた。2022年1月よりHCL搭載ポンプが認可されたため,2022年2月1日より使用を開始した。
1. HbA1c・平均血糖値の推移本症例のHbA1c・平均血糖値の推移をFigure 1に示す。HCL導入時~導入6か月前のHbA1c値は7.7~8.2%で推移していたが,HCL導入後2か月は7.0~7.2%に低下した。HCL導入時~導入6か月前の血糖自己測定(self monitoring of blood glucose; SMBG)における平均血糖値は192–207 mg/dLで推移していたが,HCL導入後2か月は165–180 mg/dLに低下した。SMBGで測定された血糖値をHCL導入前後で比較した結果,HCL導入後で有意に低下(p < 0.001)していた(Figure 2)。統計解析には統計解析ソフトEZR(Ver. 1.41)を使用し,統計解析ソフトR,RコマンダーはそれぞれVer. 3.6.1,Ver. 2.6-1を使用した5)。検定はMann-WhitneyのU検定を用いて,p < 0.05を統計学的に有意と判断した。
HCL導入後にHbA1c・SMBGにおける平均血糖値はともに低下が認められた。
SMBGで測定された血糖値はHCL導入後で有意に低下(p < 0.001)している。
血糖自己測定機器はワンタッチベリオビュー(LifeScan Japan株式会社)を使用した。HbA1c測定試薬はサンク HbA1c(アークレイ株式会社)を使用し,JCA-BM9130(日本電子株式会社)で測定した。
2. SMBGにおける高血糖頻度・低血糖頻度の推移SMBGにおける高血糖頻度(181 mg/dL以上)はHCL導入時~導入6か月前で49–64回/月であったが,HCL導入後2か月は32–44回/月に減少した。低血糖頻度(70 mg/dL未満)は導入前後で1–2回/月であった(Figure 3)。
HCL導入後にSMBGにおける高血糖頻度(181 mg/dL以上)は低下し,低血糖頻度(70 mg/dL)の明らかな増加は認められなかった。
CGMによる血糖コントロールの指針6)から,CGMにおけるセンサーグルコース値が70–180 mg/dL以内であった測定回数をTIRと定義し,TIRより低血糖域をtime blow range(TBR),高血糖域をtime above range(TAR)と定義した。なお,TBRは54–69 mg/dLと54 mg/dL未満,TARは181–250 mg/dLと251–400 mg/dLの2群ずつに分けて評価した。
HCL導入時~導入6か月前のTIRは51~56%であったが,HCL導入後2か月は64~69%へ増加した。HCL導入時~導入6か月前のTBRは54–69 mg/dLで1%,HCL導入後2か月は2%であった。HCL導入前後で54 mg/dL未満の低血糖は認められなかった。HCL導入時~導入6か月前のTARは181–250 mg/dLで28–33%,251–400 mg/dLで13–19%であったが,HCL導入後2か月はそれぞれ23–26%,6–8%へ低下した(Figure 4)。
HCL導入後にTARが減少し,TIRの増加が認められた。HCL導入後にTBRの明らかな増加は認められなかった。
1型糖尿病患者におけるCSII・SAP療法は,MDIに比べ基礎インスリン注入量を患者の生活リズムに合わせて設定できるため,血糖コントロールの改善や患者の生活の質(quality of life; QOL)向上に寄与する治療法である。また,SAP療法では,低血糖が予測される30分前に自動的に基礎インスリンの注入を停止する機能(predictive low glucose suspend; PLGS)を使用することで,低血糖頻度が減ることが報告されている7),8)。SAP療法はRT-CGMを活用することで血糖変動の質を改善できる治療法であるが,使用者が充分な対応をしなければその効果は薄れてしまう。
本症例はSAP療法による血糖管理を行っていたが,低血糖への恐怖心や仕事の多忙さを理由に血糖変動やアラートに対して血糖補正が充分に出来ておらず,HbA1cが7.7~8.2%と血糖コントロール不良であった。HCL導入後2か月は,HbA1cが7.0~7.2%に低下し,SMBGにおける血糖値も低下傾向であった。SAP療法では,活動量や血糖変動に合わせて患者自身が一時基礎レート等の細かな調節を行うことで血糖変動の質の改善が期待される。一方で,本症例のように使用者の意志により血糖変動を高めで推移させることも容易に出来てしまっていた。HCL療法では,目標のセンサーグルコース値を120 mg/dLとして5分毎にRT-CGMで測定されるセンサーグルコース値に基づき基礎インスリンを自動注入するため,使用者の意志に関わらずTIRにおさまるように動作する。本症例は,SAP療法では不足していた日中のインスリン量がHCL療法によって適切量注入されたことによって高血糖が是正できた。また,HCL導入後に低血糖頻度が増えることなく高血糖を是正できていることから,血糖変動の少ない質の良い血糖コントロールが達成できたと考える。
さらに,CGMによる血糖コントロール指標となるTIRは,通常の1型および2型糖尿病患者では,TIRを70%以上にし,TBR,TARを4%と25%未満に抑えることが推奨されている6)。本症例のTIRはHCL導入時~導入6か月前で51~56%であったが,HCL導入後2か月は64~69%に増加していることからも血糖変動の質が向上していると考えられる。14~75歳の1型糖尿病を対象とした海外試験では,HCL療法を用いることでTIRが思春期群で67.2%,成人群で73.8%を達成したと報告されており9),HCL療法を用いることでTIRが増加することに期待できる。また,TIRが低下するごとに糖尿病性網膜症や微量アルブミン尿の発症リスクが増加することが報告されており10),11),TIRの低下は細小血管合併症の発症リスクと強く関連することが示されている。本症例では現段階で糖尿病性合併症の発症はないが,HCL療法はTIRの増加に寄与しており,糖尿病性合併症の予防にも有効な治療法であると考えられる。
HCL導入により低血糖リスクのさらなる軽減が期待されるが,本症例ではHCL導入後においても導入前と同等の頻度で低血糖イベントが発生している。HCL療法はセンサーグルコース値に基づいて基礎インスリンを注入しているため,自動注入により発生している低血糖イベントは少ない。一方で,食事の際に注入するボーラスインスリン量はカーボカウントの見積もりの影響を受けるため過剰打ちになることもしばしばあり,ボーラスインスリンによる低血糖はオート基礎注入の停止では防ぎきれないことが確認できた。HCL療法では,従来のSAP療法に比べ患者自身が操作する部分は少なくなり患者負担が減るが,全てをインスリンポンプに任せられるわけではなく,患者自身が正しい知識を持って対応する必要がある。しかしながら,本症例ではHCL療法によって患者の負担を増やさずにTIRを改善できており,患者のQOL向上に寄与出来ている。今後もインスリンポンプの機能を最大限に活用するためにも,患者教育を継続して行う必要がある。
HCL療法は,センサーグルコース値に基づき基礎インスリンの自動調節が可能な新たなインスリンポンプ療法である。本症例ではHCL療法を導入することで従来のSAP療法に比べHbA1cや平均血糖値の低下,TIRの増加が認められ質の良い血糖コントロールの改善が達成できた。HCL療法はTBRを増加することなくTIRを改善でき,患者のQOL向上や糖尿病性合併症の予防に有効な治療法として期待される。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。