医学検査
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症例報告
Hybrid closed loop療法により血糖管理を行った暁現象を認める1型糖尿病患者の1症例
村越 大輝大石 祐久住 裕俊平松 直樹
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2023 年 72 巻 3 号 p. 434-439

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Abstract

暁現象は,夜間にインスリン拮抗ホルモンの分泌が増加することで,明け方に血糖値が上昇することであり,内因性インスリン分泌が低下している1型糖尿病患者では高血糖を引き起こす原因となる。暁現象により血糖コントロールが安定しない場合はCSIIでの管理が推奨される。今回,暁現象の影響を軽減するためにSAP療法を行っていた患者のHCL療法への切り替えを経験した。症例は60歳代女性,MDIでは暁現象によりコントロール不良であり,SAP療法が開始された。SAP療法では暁現象の影響を軽減でき,当院に転院後はHbA1cが7.1~7.6%で推移していた。HCL療法ではHbA1cが6.9~7.1%で推移しており,TIRが70%以上,TBR,TARがそれぞれ4%,25%未満であり良好な血糖コントロールが得られていたが,暁現象により午前4~7時にかけて血糖値の上昇が認められた。HCL療法によるオート基礎注入に追加して0.5単位のインスリン注入をすることで暁現象による高血糖への対応を開始した。SAP療法に比べHCL療法のみでは朝食前血糖値が有意に上昇していたが,対応後は同等であった。オート基礎注入のアルゴリズムには暁現象などの時間的な概念が組み込まれていないため,予測できる変化であっても対応しきれない症例を経験した。インスリン注入が不足する時間帯は使用者により工夫し,適宜対応していく必要がある。

Translated Abstract

The dawn phenomenon is an increase in insulin antagonist hormone secretion during the night, which causes an increase in blood glucose levels at dawn. It causes hyperglycemia in type 1 diabetics with reduced endogenous insulin secretion. If blood glucose control is unstable owing to the dawn phenomenon, management by CSII is recommended. In the present case, we experienced treating a patient who was on SAP therapy to reduce the effects of the dawn phenomenon and switched to HCL therapy. The patient, a woman in her 60s, had poor blood glucose control on MDI due to the dawn phenomenon, so SAP therapy was initiated. Later, on HCL therapy, the HbA1c level was 6.9 to 7.1%, and good blood glucose control was achieved with TIR above 70%, TBR below 4%, and TAR below 25%. However, the dawn phenomenon caused an increase in blood glucose levels from 4 to 7 am. Therefore, in addition to auto basal insulin infusion with HCL therapy, 0.5 units of insulin was infused to cope with the hyperglycemia caused by the dawn phenomenon. Compared with SAP therapy, pre-breakfast blood glucose levels were significantly elevated with HCL therapy alone but were comparable after the response. We experienced treating a patient in whom the auto-basic insulin infusion algorithm failed to respond to predictable changes such as the dawn phenomenon. The time of day when insulin infusion is insufficient should be determined by the user and managed accordingly.

I  はじめに

暁現象は,夜間に間歇的にインスリン拮抗ホルモンである成長ホルモンやコルチゾールの分泌が増加することで,明け方にかけて血糖値が上昇することをいう1),2)。同様の現象は健常者でも起きるが,インスリン分泌が増加することで血糖値は一定に保たれている。一方,1型糖尿病患者では内因性インスリン分泌が低下しているため高血糖を引き起こす原因となる。

暁現象では,他の時間帯に比べ1.5~2倍程度の基礎インスリン量が必要であるため3),強化インスリン療法(multiple daily injection; MDI)では日内,日差の血糖変動が大きくなりやすく血糖コントロールが不安定になる場合がある4)。そのような症例では,持効型インスリンアナログ製剤デグルデクなどを用いて日内,日差の血糖変動を少なく管理することが推奨されている5)。それでも血糖コントロールが安定しない場合はインスリンポンプ療法(continuous subcutaneous insulin infusion; CSII)での管理が推奨される3)。CSIIでは基礎インスリンの注入量を時間帯ごとに細かく調整することができ,生理的インスリン分泌に近いインスリン投与が行えるため,インスリン必要量が増加している時間帯の注入量を増やすことで,MDIに比べて夜間低血糖のリスクを回避しながら暁現象による高血糖を抑制することができる6)

インスリンポンプは2015年に持続皮下血糖モニタリング機能付きインスリンポンプ(sensor augmented pump; SAP)が認可され,使用者がリアルタイム持続血糖モニタリング(real time continuous glucose monitoring; RT-CGM)のデータに合わせてリアルタイムにインスリン注入量を調整することが可能となった。さらに2022年にはRT-CGMから得られたセンサーグルコース値に基づき,基礎インスリン注入量をアルゴリズムにより自動調整するオート基礎注入ができるハイブリッドクローズドループ(hybrid closed loop; HCL)を搭載したインスリンポンプが認可された。オート基礎注入は5分毎のセンサーグルコース値を監視し,残存インスリン量を考慮したうえで,目標血糖値120 mg/dLとどの程度離れているか,どのくらいの時間離れているか,センサーグルコース値の変化する速度により決定される。これらの情報に加え,直近2~6日の1日総インスリン量により,最大注入量が更新されていく。既に我々が報告したようにHCL療法はSAP療法に比べてTIR(time in range; TIR)を改善することが期待できる治療法であり7),海外では幅広い年代で低血糖を増やさずにTIRを増加させることが報告されている8)~10)

今回我々は,暁現象の影響を軽減するためにSAP療法を行っていた患者のHCL療法への切り替えを経験したので報告する。

なお,論文内の統計解析には統計解析ソフトEZR(Ver. 1.41)を使用し,統計解析ソフトR,RコマンダーはそれぞれVer. 3.6.1,Ver. 2.6-1を使用した11)。また,p < 0.05を統計学的に有意と判断した。

本論文発表にあたり,患者様からインフォームドコンセント及び投稿同意を得ている。

II  症例

患者:60歳代,女性。

既往歴:緩徐進行1型糖尿病(50歳代発症),頸部脊柱管狭窄症,不眠症,こむら返り。

合併症:神経症なし,網膜症なし,腎症I期。

経過:2015年7月に健康診断で空腹時血糖119 mg/dLを指摘され,他院にて食事運動療法を開始した。しかし効果が得られず,2015年11月にHbA1c 7.4%となり薬物療法が開始された。2016年5月にHbA1c 8.2%とさらに悪化したため,抗GAD抗体を測定したところ263.9 U/mLで1型糖尿病が疑われたが,食事負荷試験の結果から内因性インスリン分泌能が保たれていたため,緩徐進行1型糖尿病と診断された。診断直後からMDIが開始されたが,早朝空腹時血糖が高値であり,CGMで夜間低血糖を伴わないことが確認され暁現象と判断された。暁現象により血糖値の日差変動が大きく,HbA1cは8~9%台で推移しておりMDIではコントロール不良であった。患者の希望もあり,暁現象による高血糖を抑制することを目的に2018年11月よりSAP療法が開始された。SAP療法では朝方の基礎インスリン量を増量したことで暁現象の影響を軽減し,HbA1cは7.8~8.4%で推移していた。2019年2月に専門的な指導と管理をしてほしいとの患者の希望により当院へ転院となった。初回外来時のHbA1cは7.9%だったが,RT-CGMに合わせてインスリンポンプの機能を使えるように介入したことや,インスリンポンプの設定を変更したことで2019年4月からHbA1cは7.1~7.6%で推移していた。2022年1月にHCL療法が認可され患者が切り替えを希望したため,2022年2月にHCL療法に切り替え,その後はHbA1cが6.9~7.1%で推移している。しかし,HCL療法によるオート基礎注入ではインスリンポンプ使用者の時間変化や周期変化による変動パターンを学習する機能はないため,暁現象による高血糖を抑制することが難しく,午前4~7時にかけて血糖値の上昇が認められた。2022年4月以降は起床時の午前6時に0.5単位のインスリン注入をすることで暁現象による高血糖への対応を開始した。

1. HbA1cと平均グルコース値の推移

本症例が当院へ転院し介入後の2019年4月から2022年10月のHbA1cとCGMで5分に1度得られるグルコース値を2ヶ月ごとに平均して算出した平均グルコース値の推移をFigure 1に示す。HbA1cはSAP療法では7.1~7.6%,HCL療法では6.8~7.1%で推移している。平均グルコース値はSAP療法では154~182 mg/dL,HCL療法では151~156 mg/dLで推移している。SAP療法とHCL療法のHbA1cと平均グルコース値をMann-WhitneyのU検定を用いて比較した結果はいずれもHCL療法で有意に低下(p < 0.001)していた(Figure 2)。

Figure 1 HbA1cと平均グルコース値の推移

HbA1cはSAP療法では7.1~7.6%,HCL療法では6.8~7.1%,平均グルコース値はSAP療法では154~182 mg/dL,HCL療法では151~156 mg/dLで推移している。

Figure 2 Mann-Whitney U testによる比較

SAP療法とHCL療法のHbA1cと平均グルコース値をMann-WhitneyのU検定を用いて比較した結果はHCL療法でいずれも有意に低下している。

2. TIRの推移

CGMによる血糖コントロールの指針12)から,CGMにおけるセンサーグルコース値が70–180 mg/dL以内であった割合をTIRと定義し,TIRより低血糖域をtime blow range(TBR),高血糖域をtime above range(TAR)と定義した。なお,TBRは54–69 mg/dLと54 mg/dL未満,TARは181–250 mg/dLと251–400 mg/dLのそれぞれ2群に分けて,SAP療法(HCL導入前8ヶ月間)とHCL療法(HCL導入後8ヶ月間)のTIR,TBR,TARの割合を比較し,CGMによる血糖コントロールの指針の推奨値をもとに評価した。

SAP療法のTIRは67~69%であったが,HCL療法では75~78%へ増加した。TBRはSAP療法,HCL療法ともに54–69 mg/dLで0~1%,54 mg/dL未満は0%であった。SAP療法のTARは181–250 mg/dLで26~27%,251–400 mg/dLで4~5%であったが,HCL療法は181–250 mg/dLで20~21%,251–400 mg/dLで2~3%へ低下した。CGMによる血糖コントロールの指針ではTIRが70%以上,TBR,TARがそれぞれ4%,25%未満にすることが推奨されており,HCL療法では達成できていた(Figure 3)。

Figure 3 目標範囲内時間の推移

HCL導入後はTARが減少し,TIRの増加が認められた。

3. 朝食前血糖値の比較

暁現象に対する各療法,対応の効果を検証するため,SAP療法でプログラムされた基礎インスリン量で管理したHCL導入1~2ヶ月前(以下SAP療法とする)と,HCL療法によるオート基礎注入により管理したHCL導入1~2ヶ月後(以下オート基礎とする),HCL療法によるオート基礎注入と起床時の追加インスリン0.5単位により管理したHCL導入3~4ヶ月後(以下オート基礎 + 0.5単位とする)の3群に分けて,自己血糖測定による午前7時の朝食前血糖値を比較した。それぞれの朝食時血糖値は,SAP療法では130.6 ± 22.7 mg/dL(平均 ± SD)最大182 mg/dL,最小79 mg/dLであった。オート基礎では172.1 ± 20.8 mg/dL,最大221 mg/dL,最小136 mg/dLであった。オート基礎 + 0.5単位では124.7 ± 23.0 mg/dL,最大185 mg/dL,最小82 mg/dLであった。SAP療法,オート基礎,オート基礎 + 0.5単位のすべての群でKolmogorov-Smimov検定にて正規分布を確認し,Bartlett検定にて等分散性が確認できたため,Tukeyの多重比較を実施した。多重比較の結果,SAP療法とオート基礎 + 0.5単位は有意差を認めなかったが,オート基礎とSAP療法,オート基礎 + 0.5単位はそれぞれ有意差(p < 0.001)を認めた(Figure 4)。

Figure 4 Tukeyの多重比較

SAP療法とオート基礎 + 0.5単位は有意差を認めなかったが,オート基礎とSAP療法,オート基礎 + 0.5単位はそれぞれ有意差を認めた。

III  考察

暁現象による明け方の高血糖が認められる1型糖尿病患者では,MDIでは日中の低血糖が増加するなど日内,日差の変動が大きく,血糖コントロールが不安定になりやすい4)。また,年齢によっても基礎インスリンの必要量は大きく異なるため13),CSIIを用いて基礎インスリンを時間ごとに調整することが血糖コントロールを安定化するためには望ましい。

本症例は,暁現象による明け方の高血糖をSAP療法により管理し,2022年2月にHCL療法に切り替えを実施した。SAP療法で管理した2019年4月から2022年3月のHbA1cは7.1~7.6%,HCL療法で管理した2022年4月から10月のHbA1cは6.9~7.1%であり,SAP療法に比べ有意に改善した。またSAP療法では達成できていなかったCGMによる血糖コントロールの指針で推奨されている12),TIRが70%以上,TBR,TARがそれぞれ4%,25%未満を達成できており,良好な血糖コントロールができていると考えられる。これらはすでに我々が報告している結果や海外での報告と同様に,HCL療法によるオート基礎注入により,低血糖を増やさずに高血糖を是正する効果が得られた結果であると考える7),8)。しかし,本症例ではHCL療法への切り替え後に暁現象の影響による,明け方の高血糖を認めた。SAP療法でプログラムされた基礎インスリン量により管理していた時の朝食前血糖値と比較した結果では有意な上昇を認め,HCL療法によるオート基礎注入のみでは対応することが難しい可能性が示唆された。

本症例では,暁現象以外の時間帯は血糖コントロールに大きな問題はなく,SAP療法に比べてHCL療法の方が良好な状態で管理が行えていた。そのため,HCL療法を継続したまま暁現象に対応することを目的に,起床時に暁現象で上昇が予想される血糖値とインスリン効果値から算出した0.5単位のインスリン注入を実施することとした。この結果,朝食前血糖値はHCL療法への切り替え直後と比べて有意に低下し,SAP療法でプログラムされた基礎インスリン量で管理していた時と有意差のない血糖値となった。

HCL療法への移行に関して,日中の活動量が日々違う場合や患者がRT-CGMに基づき細かな対応が出来ない場合には,プログラムによる基礎インスリン量では調整に限界がありHCL療法の適応であると考えられる。多くの患者は日々生活リズムが異なるため,HCL療法のオート基礎注入は高血糖の是正や低血糖の予防に効果を発揮できると考える。一方で,暁現象のような時間帯が決まっている血糖変動や,生理周期のように一定周期で起こる血糖変動がある場合には不適切となる場合もある。

オート基礎注入はアルゴリズムによりセンサーグルコース値の変動により調整が行われるため,血糖値の変化や上昇速度がオート基礎注入で対応できなくなるとインスリン不足になり高血糖を起こす。SAP療法ではプログラムにより基礎インスリン量を調整することができるため,使用者により調整する必要はあるが予測できる変化に対しては容易に対応することができる。そのような場合にはHCL療法よりも効果的であると考えられる。しかしながら本症例も含めHCL療法で得られる恩恵が大きいので,可能な限りオート基礎注入を使用した状態で管理できる方法を模索することが望まれる。本症例のように使用者が対応することができれば,HCL療法の利点を活かしながら血糖コントロールのさらなる改善に期待が持てるため,HCL療法でも引き続き患者教育が重要であると考える。

VI  結語

暁現象の影響を軽減するためにSAP療法を行っていた患者のHCL療法へ切り替えた症例を経験した。

HCL療法はセンサーグルコース値に基づき基礎インスリンを注入するため,その時々の血糖変動に対応することに長けておりTIRの改善に寄与できる。しかし血糖変動は千差万別であり,オート基礎注入の対応能力以上の血糖変動を認める場合には高血糖を起こす可能性があることを十分に理解したうえで対応策を講じる必要がある。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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