2023 年 72 巻 3 号 p. 419-425
医療機関において医療事故防止と医療の質を高めるため,安全管理に関する充実と強化が求められるようになってきている。その中で,国際規格ISO 15189(ISO)が品質改善ならびに検査過誤防止に大きな役割を果たしていることが報告されている(臨病理,2010,2018)。当施設では2019年1月にISOを認定取得した。インシデントの発生件数を年別に調査した結果,2017年27件,2018年30件,2019年14件,2020年15件,2021年6件,2022年8件と,2019年を境に導入以降,明らかな件数の減少を認めている。ISO規格要求条項毎に発生を調査した結果,発生頻度が最も高いのが,「5.4 検査前手順」(42%)であり,次いで「5.5 検査手順」(39%),「5.8 検査結果」(14%)に関するものの順で,いずれの年においてもこれらに起因する割合が8割以上を占めていた。インシデント発生の低減に有効に関与したと思われる方策として,1.手順に関するインシデントにおける「原因追及フロー図」の使用と,2.是正・予防処置計画/報告書による管理を挙げる。また,それに加え,アンカーとして品質管理者が果たした役割が大きいと考えた。すなわち,関連部門による原因の特定,改善計画の決定及び実行,結果確認,周知などを行うとともに,品質管理者による文書管理システムによる確認と指導を行うことが,インシデント発生の低減へ大きく寄与したと考えている。
To avoid medical incidents and to improve the quality of medical care in healthcare settings, excellent and intense safety management has been required. ISO 15189 (ISO) is an international standard known as an organizational management tool for clinical laboratories, and it has been reported to improve quality assurance and safety management. We analyzed the number of incidents from 2017 to 2022, categorized by standard requirements of ISO. As a result, the years and numbers of incident cases were as follows: 2017, 27; 2018, 30; 2019, 14; 2020, 15; 2021, 6; 2022, 8. We found that the numbers were markedly reduced after 2019 when our laboratory acquired ISO in January of this year. We found that more than 80% of the incidents arose from “5.4 pre-examination processes” (42%), “5.5 examination processes” (39%), and “5.8 reporting of results” (14%), and the proportions have mostly remained unchanged throughout this period. Moreover, we introduce two documents with our original tips in ISO, which may reduce the number of incidents. One is “Flow chart to get to the roots of the problems about procedures”, and the other is “Improvement and prevention plans/reports”. Through these two documents, relevant divisions can easily and quickly identify the cause, plan, and perform corrective actions, and share the results with the entire clinical laboratory. Moreover, we consider that our quality managers play an important role in reducing the number of incidents, since they always carefully check, assess, and provide directions for corrective actions.
検体検査における品質管理や医療安全マネジメントは,医療の質に大きく影響を及ぼす要因の一つである。医療機関において医療事故防止と医療の質を高めるため,安全管理に関する充実と強化が求められるようになってきた。平成19年には,改正医療法において医療安全に関する規定1)が設けられ,各医療機関には,医療安全管理指針,院内感染対策指針及び医薬品業務手順書の策定,医療機器の保守点検計画の策定と保守点検の実施が義務付けられている。さらに,医療過誤が原因で発生した有害事象のために費やされる医療費は,年間約35億円と推計2)され,インシデント・アクシデント(インシデント)に対する医療安全マネジメントの重要性が示唆されている。
これまでに,検査室における様々なインシデントの要因分析とそれに基づいた対策がいくつか報告されている3)~6)。行動的対策の例としては,インシデント検証会の開催,検査に関わる情報を院内に発信する「ラボニュース」の発行,病院担当者と記者役を配した模擬記者会見などの具体的な取り組み4)が報告されている。システム上の対策としては,医療安全レポートシステムによるヒューマンエラーの低減5)や,インシデントレポートとともに,従来のインシデントレポートを前向きに捉え,ミスした相手が不快に思わない配慮や,なぜ発見できたかを共有する職場環境の構築を視野に入れた「ポジティブレポート」の取り組みなどが紹介されている6)。
さらに,臨床検査における安全管理において,医療事故につながる検査過誤を防止し,高品質の臨床検査データを提供するすべてのプロセスにわたって管理(マネジメント)することが重要であり,国際規格ISO 15189(ISO)が品質改善ならびに検査過誤防止に大きな役割を果たしてきたことが紹介されている7),8)。
当検査部では2019年1月にISOを認定取得した。ISO運用開始後,インシデント発生の低減に有効に関与したと思われる2つの方策について報告する。それは,1.手順に関するインシデントにおける,「原因追及フロー図」の使用と,2.是正・予防処置計画/報告書による管理である。加えて,アンカーとして品質管理者が果たした役割が大きいと考えている。これらにより,関連部門による是正処置の検討を行い,原因の特定,改善計画の決定及び実行,結果確認,周知などを行うとともに,品質管理者による一連の文書確認と指導が,インシデント低減に寄与していることが考えられた。
文書管理システムDocGear上で我々が作成した是正・予防処置計画/報告書(Figure 2)は,内容だけでなく,原因,緊急処置,改善計画,改善結果,最終評価などの情報が網羅された報告書を使用し,スタッフ間で事例共有を行っている。
2017から現在までのインシデント件数を,ISOの規格要求条項に沿って調査した。調査項目は,患者に対する影響のレベル別分類である国立大学病院医療安全管理協議会ガイドライン9)「患者影響レベル」について医療安全管理部リスクマネージャーが客観的に分類したものを利用し,全てインシデント(レベル3a以下)であることが確認された。
本研究は,人を対象としないので倫理審査に該当しないが,上記の事項にのみ調査対象を絞り,報告者,当事者,患者情報には触れず,個人情報に配慮した。
今回紹介するのは,赤血球製剤を室温に放置したことにより使用不可となった事例である。この事例は,当直担当者が赤血球製剤を払出す際に,オーダーされた全ての製剤を冷蔵庫から取り出し,出庫作業をしたが,実際の出庫依頼は4単位中2単位であったことから,残り2単位を冷蔵庫に戻し忘れ放置してしまったため廃棄となった。患者影響度はレベル3aと判断された。これを手順に関するインシデントにおける「原因追及フロー図」で確認する。実際の流れをFigure 2に示す。「製剤は出庫する分のみ冷蔵庫から取り出す」という文書化された明確な手順があったため,不備はないと判断した。次に,実際に当事者へ状況を確認したところ,製剤を全て出庫すると思い込みがあったことや,「製剤は出庫する分のみ冷蔵庫から取り出す」という手順を理解していなかったことが判明した。よって,根本原因は,当事者による思い込みと手順の理解不足があると判断し,改善計画/処置の決定を行った。
当事者に手順の教育を実施し,予防処置として,冷蔵庫自体に注意喚起(製剤は必要分のみ取り出すこと)を表示し,日当直担当者へ事例の共有を行って,今後起こりうるトラブルを未然に防ぐこととした。
なお,日当直を担当するための訓練としては,入職時,あるいは休業後の復職時に,「日当直トレーニング表(新人・再教育)」に従い約3ヶ月の期間トレーニングを実施している。評価については,各部門でのトレーニングを実施後,「新人トレーニング評価表」を用いて評価を行っている。通常業務に関しても評価はA~Eまでの5段階評価であり,入職者が自己評価を行ってから,トレーニングを担当したスタッフが評価を行っている。C以上で合格とし,日当直担当が開始され,D以下であれば再教育を実施している。通常業務も,スキルマップを用いて,業務内容に応じた評価項目により,上記の5段階評価による自己評価,および部門責任者による評価を毎年行っている。このような取り組みを継続していくことが必要であると考えている。
2. 是正・予防処置計画/報告書を含めた文書管理システムの活用インシデントが発生した場合には,当検査部では,是正・予防処置計画/報告書(Figure 1)を提出することとしている。この報告書の特徴は下記の3つである(Figure 3)。第1点として,インシデントの内容だけではなく,原因,緊急処置,改善計画,改善結果,最終評価などの情報が網羅されていること。第2点として,この報告書を用いて,スタッフに事例の共有を容易に行えることである。第3点として,技術管理者,品質管理者,検査室管理主体と呼ばれる責任者が,内容の承認を行うこととなっていること,すなわち,最低3人以上の確認を2回受けることである。また,技術管理者,検査室管理主体も確認は行っているが,最終的にバトンを受け取る「アンカー」の位置を占める品質管理者の役割は大きい。関連部門による原因の特定,緊急処置,改善計画の決定及び実行,結果確認,最終評価などを,品質管理者が最終的に確認を行い,原因排除や処置が行われていない場合には,再提出を依頼している。品質管理者による一連の文書確認と指導が,インシデント低減に大きく寄与していると我々は考えている。
このようなシステムを用いた,ISO認定前後のインシデント発生時の対応の違いをFigure 4に示した。
過去5年分の検査部に起因するインシデントの発生件数をTable 1に示す。年度別の発生件数としては,2017年27件,2018年30件,2019年14件,2020年15件,2021年6件,2022年8件と,2019年度を境に導入以降,明らかなインシデント件数の減少を認めた。
2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 全期間 | ||||||||
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ISO 15189規格条項 | 件数 | 割合(%) | 件数 | 割合(%) | 件数 | 割合(%) | 件数 | 割合(%) | 件数 | 割合(%) | 件数 | 割合(%) | 件数 | 割合(%) |
4.8 苦情処理 | 0 | 0.0 | 1 | 3.3 | 0 | 0.0 | 0 | 0.0 | 1 | 16.7 | 0 | 0.0 | 2 | 2.0 |
5.3 機材 | 0 | 0.0 | 0 | 0.0 | 1 | 7.1 | 0 | 0.0 | 0 | 0.0 | 0 | 0.0 | 1 | 1.0 |
5.4 検査前手順 | 14 | 51.9 | 13 | 43.3 | 6 | 42.9 | 3 | 20.0 | 3 | 50.0 | 3 | 37.5 | 42 | 42.0 |
5.5 検査手順 | 6 | 22.2 | 14 | 46.7 | 4 | 28.6 | 10 | 66.7 | 1 | 16.7 | 4 | 50.0 | 39 | 39.0 |
5.7 検査後手順 | 1 | 3.7 | 0 | 0.0 | 1 | 7.1 | 0 | 0.0 | 0 | 0.0 | 0 | 0.0 | 2 | 2.0 |
5.8 検査結果 | 6 | 22.2 | 2 | 6.7 | 2 | 14.3 | 2 | 13.3 | 1 | 16.7 | 1 | 12.5 | 14 | 14.0 |
合計 | 27 | 100.0 | 30 | 100.0 | 14 | 100.0 | 15 | 100.0 | 6 | 100.0 | 8 | 100.0 | 100 | 100.0 |
ISO規格要求条項毎に発生を調査した結果,発生頻度が最も高いのが,「5.4 検査前手順」(全期間で42%)であり,次いで「5.5 検査手順」(同39%),「5.8 検査結果」(同14%)に関するものの順で,いずれの年においてもこれらに起因する割合が8割以上を占めていた。
ISOでは日常作業の文書化や作業記録が必須となっている。それに伴い膨大な文書の維持,管理が発生する。当院検査部では,これらの管理を簡素化できるようになることを期待し,DocGearを導入した10)。これにより,スタッフが報告書をリアルタイムに閲覧でき,また,過去の記録も自由に確認できる仕組みへとなっている。それに基づき,関連部門による是正処置の検討を行い,原因の特定,改善計画の決定及び実行,改善計画の結果確認を行い,各報告書の検査部内への周知を行っている。さらに,発生した問題に対して,最後まで改善が完了したかを継続して確認することも重要であるが,本文書管理システムはこれらすべての点に関して円滑に運用していく上で極めて合理的なシステムであると考えている。
また,インシデント低減には,標準作業手順書(SOP)の理解度を深め,理解しているという確認システムの確立も重要と考える。当検査部における教育訓練管理手順書では要員の教育訓練の中で「各自が割り当てられた業務プロセス及び手順の研修」としてSOPやマニュアルを用いて年に1回勉強会を行うことを定義している。
具体的な方策として,当検査部では,特に重要と思われるSOP確認研修会を,各部門持ち回りで月例ミーティングの際に行っている。これは理解度を1:よく理解した,2:だいたい理解した,3:理解できなかった,の3段階で評価し,教育研修記録に記録していく。さらに毎年全てのSOPの見直しを行い,SOPの最適化を図っている。仮に変更点が無い場合でも関係する要員すべてに回覧している。これらSOPの周知と理解を深める取り組みの継続がインシデント低減につながっていると思われる。
Astionら11),および設楽ら8)の解析によると,検査室に起因するインシデントの8割以上は,「5.4 検査前手順」,「5.5 検査手順」,「5.8 検査結果」に関わることであると報告されており,今回の我々の解析と一致する。インシデントは,5.4,5.5,5.8が大部分であるということを周知し,検査部職員が自覚することで,より効果的な医療安全への取り組みがなされることが期待される。
ISO 15189規格は,検査結果を保証するために,多くの要求事項があり,それらを満たし,記録を残すことも求めている12)。ISO認定取得以前も,インシデント発生時には,レポートを作成,報告する等,一定の対応を行ってはきたが,対策が十分ではなく再発するケースも認められた。認定後は,詳細な原因究明と,関連部門による是正処置の検討,改善計画の実施とその結果確認及び対応,といったインシデント対応に対するPDCA(Plan Do Check Action)サイクルによる継続的改善により,再発の防止が行われているのを実感している。
このような活動の中心となる品質管理者は,当検査部では主に下記の役割を担っている。①インシデント発生時の是正処置内容の確認及び承認を行い,必要に応じて提出先に見直しを依頼する。②最終的なインシデントの処置内容について評価を実施し,必要に応じて提出先に見直しを依頼する。③インシデント,苦情などの品質に影響を及ぼす内容を客観的に監視する目的で,委員会にてインシデントの内容を精査する。必要に応じ品質管理者が介入する。④品質マニュアルなどの共通文書に関しては,適宜品質管理者から教育を行う。⑤新人トレーニングの中にISOの概要説明として,品質管理者より指導を実施する。⑥スキルマップまたは新人トレーニング評価表にて各要員の評価を行う。⑦内部監査にて各検査室が適切に機能しているか評価する。このような,品質管理者による一連の文書確認と指導の役割が,大きくインシデント低減に寄与していると考えられる。
当検査部におけるインシデントの件数について解析し,その8割以上は,「5.4 検査前手順」,「5.5 検査手順」,「5.8 検査結果」に関わることであり,ISO導入後の2019年を境に,インシデント件数の明らかな減少が認められた。その原因として,手順に関するインシデントにおける「原因追及フロー図」の活用や,是正・予防処置計画/報告書を含めた文書管理システムの活用が有用である。また,それに加え,品質管理者による一連の文書確認と指導が果たしている役割が大きいと考えている。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
東北医科薬科大学病院医療安全管理部の手塚則明部長,北川聡子看護師長,横田善美看護師から様々なご助言を頂き心より感謝申し上げます。