2023 年 72 巻 3 号 p. 471-475
58歳男性,右大臼歯抜歯1か月後に左上下肢の麻痺と頭痛を認め,近医にて頭部MRI検査を施行したところ,右大脳半球周囲に多発性腫瘤を指摘され,当院に紹介された。穿頭ドレナージ術が施行され,ドレナージ排液よりグラム陰性小桿菌を認めた。グラム染色形態ならびに歯科治療歴からHaemophilus属を疑い,meropenemによる治療が開始された。分離菌は質量分析装置により,Aggregatibacter aphrophilusと同定され,患者の歯科治療歴から歯性感染症が契機となった脳膿瘍であると考えられた。脳膿瘍に対する適切な抗菌薬投与のためには,外科的処置の施行と膿瘍の培養による原因菌の分離同定,それに基づく感染経路の推定が重要である。本症例では,患者背景など臨床との情報共有が菌種同定に有用であり,迅速な治療の開始に貢献できた一例であった。
The patient was a 58-year-old male with complaints of left hemiplegia and headache after pulling out a right molar. Multiple masses in the right cerebral hemisphere were identified by magnetic resonance imaging (MRI). At neurosurgery in our hospital, burr hole drainage was performed. The Gram staining findings of fluid of a brain abscess showed small Gram-negative bacilli. We presumed oral microorganisms on the basis of morphological characteristics, and administration of meropenem was started. Aggregatibacter aphrophilus was identified by MALDI-TOF MS. In this case, it was suggested that brain abscesses were secondary to caused by dental and periodontal disease, as the patient had been receiving dental treatment. We consider that surgical treatment and detection of pathogenic microorganisms in a microbiological test, in addition to specifying the infection focus, are important for the treatment of brain abscesses. In this case, sharing information, such as the background of the patient, with a clinician was useful for identifying of the bacterial species, which contributed to the prompt initiation of treatment.
通性嫌気性グラム陰性小桿菌であるAggregatibacter aphrophilusは,Haemophilus属,Aggregatibacter属,Cardiobacterium属,Eikenella属,Kingella属を合わせたHACEK groupに属している。本菌は,2006年にHaemophilus属から新菌属であるAggregatibacter属に移設されている1)。本菌は,口腔内に常在しており,口腔内の歯周病巣を侵入門戸として感染性心内膜炎や脳膿瘍,敗血症などを引き起こす2)~4)。脳膿瘍の原因病巣は,耳鼻咽喉科領域の疾患,開放性頭部外傷・脳外科的手術,呼吸器領域,歯科領域などが知られており,その中でも歯性感染症から続発した脳膿瘍の原因菌は口腔内に常在している嫌気性菌やStreptococcus属などの報告が多い。特に,本菌は栄養要求が厳しく分離同定することが難しいため,症例報告は少ない5)。今回,脳外科医と情報を共有することで早期の治療が可能となった,歯性感染症を契機としたA. aphrophilusによる脳膿瘍の一例を経験したので報告する。
患者:58歳,男性。
主訴:頭痛,倦怠感,左上下肢麻痺。
既往歴:大腸癌,膀胱癌,膵嚢胞。
現病歴:20XX年10月に歯茎の腫脹を認め,歯科にて切開排膿と右上顎の大臼歯の抜歯が施行された。抜歯後,倦怠感が持続し,11月中旬頃より左上下肢の麻痺と頭痛,右眼瞼の腫脹を認めたため近医を受診した。頭部MRI検査において右大脳半球周囲に浮腫性変化を伴った多発性腫瘤を認めたため,当院脳神経外科に紹介された。
入院時所見:体温37.5℃,脈拍120回/分,血圧110/70 mmHg,呼吸数23回/分,room airでSpO2 98%,意識レベルJapan Coma Scale(JCS I-1),左上下肢の徒手筋力テストではMMT5であった。
入院後の経過:頭部MRI検査では,脳膿瘍を疑う所見を認めた。第1病日に穿頭嚢胞ドレナージ術が施行され,vancomycin(VCM)0.5 g × 2/dayを投与開始した。グラム染色にてグラム陰性桿菌を認めたため,meropenem(MEPM)0.5 g × 3/dayを追加投与した。第12病日に再度ドレナージが行われ,頭痛や左上下肢麻痺などの神経症状は改善を認めた。第35病日には頭部MRI検査で脳膿瘍の縮小が確認され,第62病日に軽快退院となった(Figure 1)。第3病日に施行した経食道心臓超音波検査では,疣腫などの感染性心内膜炎を疑う所見はなく,耳鼻咽喉科疾患ならびに呼吸器疾患は認められなかった。
(A)–(D) shows imaging of MRI on the 1st, 12th, 35th, and 62th hospital day, respectively. Yellow arrows indicate brain abscess.
塗抹・培養検査:ドレナージ排液は,膿性茶褐色を呈しており,臭気は認めていなかった。バーミーM染色キット(武藤化学)を用いたグラム染色(Bartholomew & Mittwer法)では,多数の白血球と貪食されたグラム陰性小桿菌を認め(Figure 2),形態よりHaemophilus属菌を疑う旨を報告した。
Smear of drainage from brain abscess on the 1st hospital day is stained by Bartholomew & Mittwer method. Yellow arrow indicates small Gram-negative bacilli in the neutrophil. Magnifying power; ×1,000.
好気性培養検査では,羊血液寒天/マッコンキー培地(日水製薬),チョコレート寒天培地EX II(日水製薬)を用いて,37℃・5%炭酸ガス環境下で24時間培養した。チョコレート寒天培地上に微小なR型コロニーを認めたが(Figure 3),羊血液寒天培地には発育を認めなかった。嫌気性培養検査では,ブルセラHK寒天培地(極東製薬),アネロパック嫌気(三菱ガス)を用いて,35℃・嫌気環境下で48時間培養を行なった。単一の通性嫌気性菌が発育したが,偏性嫌気性菌の発育は認めなかった。
Culture of drainage from brain abscess on the 1st hospital day using chocolate agar EX II is incubated at 35°C under 5%CO2 on 24 hours.
菌種同定検査:チョコレート寒天培地の優位な発育と分離菌株のカタラーゼ試験陰性の結果からAggregatibacter属を疑い,ヘモフィルス4分画培地(日本BD)を用いたXV因子要求試験を行なった。Table 1に示すように,V因子要求性を示した。IDテストNH-20ラピッド(日水製薬)を用いた生化学性状試験を行ない,A. aphrophilusと同定した。後日,外注検査にて依頼した質量分析装置(VITEK MS,ビオメリュー・ジャパン)を用いた解析も同様の結果を示した(99.9%)。
Characteristics | Present case | Haemophilus parainfluenzae (biotype V) |
Aggregatibacter aphrophilus | Aggregatibacter actinomycetemcomitans | |
---|---|---|---|---|---|
formerly H. aphrophilus |
formerly H. paraphrophilus |
||||
Catalase | − | V | − | − | + |
Oxidase | +w | + | V | V | V |
Factor requirement: | |||||
X | − | − | − | − | − |
V | + | + | − | + | − |
ONPG | + | V | + | + | − |
Indole | − | − | − | − | − |
Ornithine decarboxylase | − | − | − | − | − |
Urease | − | − | − | − | − |
Acid from: | |||||
Lactose | + | − | + | + | − |
Trehalose | + | − | + | + | − |
V: variable
ONPG: O-Nitrophenyl-β-D-galactopyranoside
薬剤感受性試験:チョコレート寒天培地を用いたE-test(ビオメリュー・ジャパン)法で行なった。35℃・5%炭酸ガス・24時間の培養条件下で測定した(Table 2)。
Antimicrobial agents | MIC (μg/mL) |
---|---|
Ampicillin | 0.25 |
Ceftriaxone | 0.008 |
Trimethoprim/sulfamethoxazole | 0.25 |
Meropenem | 0.06 |
Levofloxacin | 0.06 |
Ciprofloxacin | 0.03 |
Minocycline | 4.0 |
歯性感染症が契機となったAggregatibacter aphrophilusによる脳膿瘍の一症例を経験した。A. aphrophilusは,類縁菌と生化学的性状やコロニー形態が近似している。本菌種は,特にH. parainfluenzae(biotype V)とV因子の要求性やオキシダーゼの反応性(W+),インドール陰性,オルニチン脱炭酸反応陰性,ウレアーゼ陰性などの共通する生化学的性状が多く,鑑別に注意を要する。本症例では,ラクトースとトレハロースの分解性で鑑別が可能であった。しかし,生化学的性状試験で反応が乏しい場合は,市販のキットでは同定困難なこともあり,遺伝子検査や質量分析装置による解析が有用である。薬剤感受性については,通常多くの抗菌薬に感受性を有しており,β-ラクタマーゼ阻害薬との合剤を含むペニシリン系,第3世代セファロスポリン系,キノロン系抗菌薬による治療成功例が報告されている6)。本症例でもCLSI M45-A37)に記載されている判定基準と比較した結果,各種抗菌薬に対して良好な感受性を示していた。しかし,β-ラクタマーゼ産生株も報告されているため,迅速な菌種同定と共に正確な薬剤感受性試験の実施が必要である。また,本菌種は,凝集する性質を有しているため,菌液調整の際に超音波装置やビーズなどを用いて菌塊を破砕することも,有効な手段の一つであるとの報告がされている8)。
脳膿瘍は10万人に1人程度の発生頻度ではあるが,医療技術の進歩した現在でも死亡率は10~20%にのぼる重篤な疾患の一つである。脳膿瘍の原因菌の約86%は単一菌種であるが,口腔内からの頭蓋内感染に限定すると約47%が複数菌によると考えられている9),10)。感染経路は,中耳炎・乳突洞炎が約30%,呼吸器感染症や感染性心内膜炎からの血行性感染が約20%,副鼻腔炎などからは約10%,原発巣不明が約40%と考えられており,この原因不明の中に歯性感染症が含まれている11),12)。Huangら6)は,A. aphrophilusによる侵襲的な感染症例の約40%に最近の歯科治療歴があり,歯科治療が感染の要因になると報告している。今回の症例では,入院時に呼吸器の細菌検査や血液培養検査は行なわれていなかったが,発症の約1か月前に齲歯や排膿・抜歯などの歯科治療歴があり,膿瘍が右大脳半球の表在に局在していたことから,血行性に歯性感染から続発した脳膿瘍であったと推察された。口腔内からの侵入による複数菌感染の可能性ならびに患者の膀胱癌や膵嚢胞といった既往歴を考慮し,MEPMでの加療が継続され軽快退院された。
A. aphrophilusは口腔内常在菌であるにもかかわらず,下気道の検体から分離されることは極めてまれである。本菌による呼吸器感染症の報告例は少なく,特徴的な臨床症状などは明らかになっていない。しかし,今後,高齢化に伴い,口腔内常在菌による感染症が増加することが推察される。口腔内の衛生状態が感染のリスク因子になるため,口腔ケアも重要であると考えられる。今回,臨床医と情報共有を行なったことで,患者の歯科治療歴から本菌を疑い,迅速な治療の開始に貢献することができた。口腔内からの感染を疑う際は,本菌にも留意した培養検査を行なうとともに至適抗菌薬や投与期間などを含めた更なる知見の集積が望まれる。
本症例では,患者の歯科治療歴から歯性感染症が契機となった脳膿瘍と考えられた。迅速なグラム染色の結果報告により,速やかに適切な抗菌薬の追加に貢献することができた。患者背景の把握や臨床医との情報共有が重要であると再認識した一例であった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
今回,本論文を作成するにあたりご高配を賜りました当院脳神経外科磯崎春菜先生に深謝いたします。