2024 年 73 巻 1 号 p. 174-179
我々は,IgGの非特異的な反応により甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone; TSH)が偽高値を呈した症例を経験したので報告する。患者は88歳の女性で,初診時の採血結果はTSH 19.66 μIU/mL,遊離トリヨードサイロニン(free triiodothyronine; FT3)2.61 ng/dL,遊離サイロキシン(free thyroxine; FT4)1.76 pg/mLとTSHのみ高値を示した。負荷試験等の精査を行ったが異常は認められず,TSHのみ高値が続いたため,非特異反応を考慮し検討を行った。異なる3種の試薬での測定結果に大きな差は認められなかった。また,human anti-mouse antibody吸収試験においても3種とも測定値の変化は認められなかった。一方,添加回収試験とpolyethylene glycol処理試験においては,3試薬共に回収率の低下を認めたことから何らかの干渉物質の影響が示唆された。そのため,HPLCゲル濾過解析を行い,その干渉物質がIgGであることが確認された。さらに,症例の分画分取液から精製したIgGとTSH標準物質を用いて添加回収試験を行った結果,回収率の低下が認められたことから,本症例はTSH-IgG複合体を測り込んだことにより偽高値が生じたと思われる。
We report a case of pseudohigh thyroid stimulating hormone (TSH) due to a nonspecific IgG response. The patient was an 88-year-old woman. At the time of initial examination, her blood sample showed TSH 19.66 μIU/mL, free triiodothyronine (FT3) 2.61 ng/dL, and free thyroxine (FT4) 1.76 pg/mL, indicating elevated levels of TSH only. Since no abnormality was found after a loading test and other tests, and only TSH remained elevated, a nonspecific reaction was considered. There was no significant difference in the measurement results of the three different reagents. No significant differences were observed between the three reagents and the human anti-mouse antibody absorption test. On the other hand, in the additive recovery test and polyethylene glycol treatment test, a decrease in recovery was observed for all three reagents, suggesting the influence of some interfering substance. Therefore, HPLC gel filtration analysis was performed, and it was confirmed that the interfering substance was IgG. In addition, the recovery rate of IgG and TSH standard purified from the fractionated aliquot of the case was decreased in the additive recovery test, suggesting that the false high value in this case was caused by measuring the TSH-IgG complex.
甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone;以下TSH)は,下垂体前葉より産生され,甲状腺ホルモンの分泌を調節している。さらに,甲状腺ホルモンによるネガティブフィードバック機構によりTSHの分泌が調節されるため,その血中濃度は甲状腺機能を鋭敏に反映する。そのため,甲状腺疾患診断ガイドライン2021においても,甲状腺機能亢進症及び低下症の診断にはTSHの測定が推奨されており,診断に直結する重要な項目である1)。今回,われわれは3種の測定試薬すべてにおいてTSHの非特異反応が疑われる症例を経験したので,その検討結果を報告する。
患者:88歳の女性。
経過:2018年2月,他院で動悸の症状とともにTSH 22 μIU/mLが確認され,治療が開始された。しかし,TSH高値は改善せず,同年6月に当院へ紹介された。
初診時の採血検査結果:
TSH:19.66 μIU/mL
FT3:2.61 ng/dL
FT4:1.76 pg/mL
初診時には,甲状腺機能検査においてTSHのみ高値であったことと動悸症状の継続から,TSH産生腫瘍の可能性が疑われた。しかし,負荷試験や下垂体MRIによる精査の結果は,特に異常は認められなかった。その後,2022年2月の受診時には動悸症状は改善したものの,TSH:28.24 μIU/mL,FT3:2.34 ng/dL,FT4:1.33 pg/mLとTSH値は依然として高値であった。このため,TSHの非特異反応による偽高値を疑い,解析を行った。
2. 測定試薬と機器 1) AIA-パックCL®TSH(東ソー株式会社)(以下,AIA-CL)測定原理:化学発光酵素免疫測定(chemiluminescent enzyme immunoassay; CLEIA)
測定機器:全自動化学発光酵素免疫測定装置AIA®-CL2400
2) ルミパルスプレスト®TSH(富士レビオ株式会社)(以下,ルミパルス)測定原理:CLEIA
測定機器:全自動化学発光酵素免疫測定装置ルミパルス®-L2400
3) TSH-アボット(アボットジャパン合同会社)(以下,アリニティ)測定原理:化学発光免疫測定法(chemiluminescent immunoassay; CLIA)
測定機器:Alinity i
3. 検討方法 1) 3種の測定試薬での比較症例血清をAIA-CL,ルミパルス,アリニティで測定し,結果を比較した。
2) 添加回収試験症例血清とTSH標準物質(124.02 μIU/mL)を9:1になるように添加し混和後,遠心したのちその上清を測定し,添加前と添加後の測定値から回収率を求めた。対照検体として,臨床状態と測定値の乖離がなく,TSH値が基準範囲内(1.87 μIU/mL)であった患者血清を用いた。
3) Polyethylene glycol処理症例血清と25% polyethylene glycol(PEG)6000溶液を1:1で混合し一晩放置後,遠心した上清を測定した。処理前と処理後(換算値)の濃度から回収率を求め,同時に処理を行った対照検体と回収率を比較した。
4) Human anti-mouse antibody(HAMA)吸収試験症例血清と1 mg/mLに調整したImmunoglobulin Inhibiting Reagent(IIR)(Bioreclamation社)を血清と1:1で混合し一晩放置後,遠心した上清を測定した。処理前と処理後(換算値)の濃度から回収率を求め,同時に処理を行った対照検体と回収率を比較した。
5) HPLCによるゲル濾過分析症例血清をTSKgel BioAssist G3SWXLによる高速液体クロマトグラフィー装置(東ソー社)によってゲル濾過し,分取液中のTSHを各測定装置で測定しその分子量分布を確認した。さらに,得られた各分画のIgG,IgA,IgMをTBA-c16000(キヤノンメディカルシステムズ株式会社)によりTIA法にて測定し,TSH分画と免疫グロブリンの関係を比較した。
ゲル濾過分析の条件は以下の通りである。
Column:TSKgel BioAssist G3SWXL 7.8 mm I.D × 30 cm
Elution:0.1 mol/Lリン酸塩緩衝液 + 0.1mol/L NaCl + 0.1% NaN3
Flow Rate:0.5 mL/min
Sample:200 μL
Fraction:0.5 mL/tube
6) 患者血清IgGによる添加回収試験症例の分画分取液から精製したIgG(356 mg/dL)とTSH標準物質(124.02 μIU/mL)を1:1で混和後,遠心したのちその上清を測定した。処理前と処理後(換算値)の濃度から回収率を求めた。
AIA-CL,ルミパルス,アリニティで測定した結果,表に示す通り差は認められなかった(Table 1)。
Diagnosis | AIA-CL | Lumipulse | Alinity |
---|---|---|---|
TSH(μIU/mL) | 28.24 | 30.50 | 28.02 |
FT3(pg/mL) | 2.34 | 2.75 | 2.44 |
FT4(pg/mL) | 1.33 | 1.16 | 1.24 |
No differences were observed in each reagent.
添加回収試験を行った結果,AIA-CLは77.3%,ルミパルスは58.3%,アリニティは62.1%となり,3種の測定試薬共に回収率の低下が認められた(Table 2)。
Diagnosis | Patient serum | Control serum | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
AIA-CL※1 | Lumipulse※2 | Alinity※3 | AIA-CL※1 | Lumipulse※2 | Alinity※3 | |
Pre | 25.2 | 29.99 | 27.21 | 1.8 | 1.87 | 1.6 |
Post | 32.27 | 35.21 | 32.82 | 13.76 | 16.05 | 14.32 |
Recovey rate (%) | 77.3 | 58.3 | 62.1 | 97.9 | 101.9 | 96.1 |
TSH (μIU/mL)
Recovery rates decreased for all three reagents.
Pre: TSH in patient serum before absoprtion treatment
Post: TSH in patient serum after absorption treatment
concentration of additives: ※1124.02 μIU/mL ※2140.98 μIU/mL ※3134.07 μIU/mL
PEG処理を行った結果,AIA-CLは15.6%,ルミパルスは12.5%,アリニティは3.8%であり,3種の測定試薬共に回収率の大幅な低下が認められた(Table 3)。また,対照検体においても55.2~67.0%とやや低下を認めた。PEGは,免疫グロブリンだけでなく他のタンパク質とも反応するため,目的のタンパク質も一緒に沈殿した可能性がある。
Diagnosis | Patient serum | Control serum | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
AIA-CL | Lumipulse | Alinity | AIA-CL | Lumipulse | Alinity | |
Pre: PEG | 28.04 | 29.99 | 27.21 | 2.09 | 1.87 | 1.60 |
Post: PEG | 4.38 | 3.74 | 1.03 | 1.40 | 1.18 | 0.88 |
Recovey rate (%) | 15.6 | 12.5 | 3.8 | 67.0 | 63.2 | 55.2 |
TSH (μIU/mL)
Significant decrease in recovery was observed for all three reagents.
Pre: TSH in patient serum before absoprtion treatment
Post: TSH in patient serum after absorption treatment (converted value)
Recovey rate (%): Post/Pre ×100
HAMA吸収試験を行った結果,AIAは113.1%,ルミパルスは121.2%,アリニティは121.0%となり,3種の測定試薬共に測定結果に大きな変化は認められなかった(Table 4)。
Diagnosis | Patient serum | Control serum | ||||
---|---|---|---|---|---|---|
AIA-CL | Lumipulse | Alinity | AIA-CL | Lumipulse | Alinity | |
Pre: IIR | 28.24 | 29.99 | 27.21 | 3.09 | 1.87 | 1.60 |
Post: IIR | 31.93 | 36.35 | 32.91 | 3.24 | 1.90 | 1.57 |
Recovey rate (%) | 113.1 | 121.2 | 121.0 | 104.9 | 101.7 | 98.2 |
TSH (μIU/mL)
No change was observed in the measurement results for all three reagents.
Pre: TSH in patient serum before absoprtion treatment
Post: TSH in patient serum after absorption treatment (converted value)
Recovey rate (%): Post/Pre ×100
症例血清のゲル濾過分析の結果,3法ともコントロール血清の溶出位置とは異なる高分子領域にピークが認められた。さらに,分画分取液中のIgG,IgA,IgMを測定しTSHの分布と比較したところ,3法で示されたピークはIgGの溶出位置と一致した(Figure 1)。
All three methods showed peaks in regions different from those of the control serum. In addition, the peaks shown by the three methods coincided with the position of IgG.
症例精製IgGを用いて添加回収試験を行った結果,回収率34.3%と測定値の低下が認められた(Table 5)。
Diagnosis | Patient serum |
---|---|
AIA-CL | |
Pre: Patient Serum IgG | 110.92 |
Post: Patient Serum IgG | 38.03 |
Recovey rate (%) | 34.3 |
TSH (μIU/mL)
The recovery rate declined to 34.3%.
Pre: TSH in patient serum before absoprtion treatment
Post: TSH in patient serum after absorption treatment
現在のTSH測定は,化学発光法を原理とする自動分析法が広く用いられており,多くの医療機関で診察前検査として測定されている。以前からTSH-免疫グロブリン複合体(マクロTSH)による測定結果に与える影響が報告され2)~4),かつ,その頻度が比較的高いことは指摘されている5)~10)。特に,マクロTSHの生物学的活性は低いため,甲状腺ホルモン補充療法は不要であるにもかかわらず,高値を示すことから誤った結果による不必要な治療を引き起こす可能性が問題視されている11)。
今回の結果では,まず,HAMA吸収試験の結果から異好抗体の存在が否定され,添加回収試験とPEG処理の結果からTSHに対する自己抗体の影響が考えられた。つぎに,HPLCによるゲル濾過分析では,この自己抗体の免疫グロブリン分画がIgGクラスであることが確認された。さらに,症例の分画分取液から精製したIgGを用いた添加回収試験の結果から,採血時,患者の体内ではTSH-IgG複合体が増加していたと推測された。そして,測定時には,その増加したTSH-IgG複合体と試薬中の抗体が反応し,本来のTSH値よりも高値を示したと考えられる。通常,TSH免疫グロブリン複合体を複数の異なるイムノアッセイ法で測定した場合,各アッセイでの試薬によって異なる抗体が使用されているため,複合体と抗原認識エピトープとの反応性も異なってくる。そのため,非特異反応の解析方法としても他法での測定は推奨され,実際の検討報告も多数存在する3),12)。しかし,本症例では,3つの測定試薬において同様の反応を示したため,反応エピトープに大きな差が認められなかったと推測される。以上の結果を踏まえると,本症例の体内では,血清IgGとTSHが免疫複合体化し高分子化したことで通常のTSHよりも体内クリアランスが低下し,TSH免疫複合体量が血中に増加していたと想定される13),14)。そして,実際の測定では,試薬抗体の抗原認識エピトープが自己抗体と抗原が結合してもマスクされず温存されたことで,通常の測定反応が成立し偽高値が生じたと考えられた13)。
本症例では,臨床側からの依頼を受けて解析が行われ,結果的に概ね患者の病態を反映するTSH値を報告することができた。しかし,このような非特異反応による測定結果がもたらす問題は多岐に及ぶ。そのひとつとして,患者の不要な治療と検査のリスクも抱えている。例えば成人では,甲状腺検査ではいくつかのガイドラインにおいて検査数値のみで治療基準が設けられており,潜在性甲状腺機能低下症では,自覚症状はなくFT4は正常範囲だがTSHが10 μIU/mL以上であれば,ホルモン補充療法が推奨されている15)。また,新生児においては,TSH測定はマススクリーニング検査項目の一つであり,IgGは胎盤通過性があるため,胎児へのマクロTSHの移行による誤った診断による治療の恐れもあり得る16),17)。また,マクロTSHが診断されるまでには,検査費用,診察費用,交通費などの経済的負担が生じる。
TSH測定は,甲状腺機能の評価,甲状腺疾患の診断と管理に非常に有用である。しかしながら,現在のTSH測定法では自己抗体の影響を完全に回避することは難しく,マクロTSHにより偽高値が生じる可能性がある。これまでの研究では,自己抗体の確認には第一段階として添加回収試験が有効であるとされている13)。本症例でも,添加回収試験による確認が有効であったことから,その有用性が再認識された。したがって,自己抗体による影響を常に念頭に置き,正確なTSH値を得るためには,早期の添加回収試験実施を含めた解析環境を整えることが重要であると考えられる。
TSHは,甲状腺機能亢進症及び低下症の診断に直結する重要な項目である。しかし,時に検体中のマクロTSHの影響を受け,本来とは異なる結果を生じることがある。そのような結果に遭遇した医師からの問い合わせに迅速に対応し,確認作業を実施することが臨床検査技師の重要な役割である。今回,TSHのみ高値が続き治療薬を処方されたが,値の変化がないため非特異反応を疑い解析したところ,TSH-IgG複合体の影響で偽高値を示したことが判明した症例を経験した。改めて非特異反応のリスクと,そのような結果に対する解析の重要性を再認識した。
尚,本検討については東京慈恵会医科大学倫理委員会の承認を得て実施した[審査番号:32-283(10365)]。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。