2024 年 73 巻 3 号 p. 566-572
低カリウム血症にたこつぼ心筋症様の心筋障害を伴い,Shark finサインパターンの心電図変化を認めた1症例を経験した。症例:80歳代の女性,下肢の脱力を自覚し転倒を認めたため,救急外来へ搬送された。血液検査において低カリウム血症に伴う代謝性アルカローシスを認めた。入院後の心電図検査にて胸部誘導でQRS-ST-T波形の三角形様変化を伴うST上昇を認めた。経胸壁心エコー図検査では心尖部の高度壁運動低下が認められ,たこつぼ心筋症が強く疑われた。患者は無症候性であり,入院となった経過や低栄養,年齢などから心臓カテーテル検査の適応ではないと考えられ,冠動脈造影は施行されなかった。カリウム補正後,心電図変化および壁運動異常は改善を認め,たこつぼ心筋症にShark finサインを伴う心電図変化が認められたと考えられた。Shark finサインは急性冠症候群および広範囲な心筋虚血の特異的な指標として知られており,心室細動や心原性ショックを合併しやすく高い死亡率と関連している。低カリウム血症やたこつぼ心筋症でShark finサインを認めることは稀であり,今回のような特徴的な心電図変化が,普段とは異なる病態で出現することを念頭に置き,必要に応じた検査・治療の準備をすることは極めて重要である。
We experienced a case of electrocardiogram (ECG) changes with a shark fin sign pattern, accompanied by hypokalemia and Takotsubo cardiomyopathy (TTC)-like myocardial damage. Case: A woman in her 80s was brought to the emergency department after experiencing lower limb weakness and a fall. Blood tests revealed that she had metabolic alkalosis with hypokalemia. ECG after admission showed ST-segment elevation with a triangular QRS-ST-T complex in the chest leads. Transthoracic echocardiography revealed severe wall motion depression at the apex of the heart and TTC was strongly suspected. Coronary angiography was not performed because the patient was asymptomatic and considered not to be a candidate for cardiac catheterization due to the course of hospitalization, malnutrition, and age. After potassium correction, ECG changes and wall motion abnormalities improved, indicating that ECG changes accompanied by the Shark fin sign were associated with TTC. The shark-fin sign is known as a specific indicator of acute coronary syndrome and extensive myocardial ischemia, and is associated with an increased risk of ventricular fibrillation, cardiogenic shock, and high mortality. Shark fin signs are rarely observed in hypokalemia and TTC. It is extremely important to keep in mind that characteristic ECG changes such as the one that occurred this time appear in a different pathological condition than usual, and to prepare for tests and treatments as necessary.
Shark finサインは,QRS,ST-セグメント,およびT波の融合によって形成される稀な心電図変化であり,本所見を認める心筋梗塞は,一般的には左冠動脈主幹部の閉塞を伴い,心停止や心原性ショックによる高い死亡率と関連していることから高リスクであることが知られている1),2)。一方で,冠動脈痙攣,心筋需要の増加,電解質異常など多くの病因が閉塞性冠動脈疾患以外の心電図上の偽梗塞パターンと関連していることが知られている3)~5)。Shark finサインは,広範囲にわたる複雑な頻脈や高カリウム血症に関連する心電図の変化など,他の症状と間違えられやすい6)。心原性ショックや心室性不整脈などの急性合併症を高率に防ぎ,不安定な患者における不必要な侵襲的処置のリスクを回避するためには,心電図の変化を早期に認識し,他の原因と区別することが重要である。今回我々は栄養失調による低カリウム血症において,急性冠症候群を模倣したST上昇型の心電図変化を認めたので報告する。
患者:80歳代,女性。
主訴:下肢脱力。
既往歴:頸椎術後。
家族歴:特記事項なし。
アレルギー歴:特記事項なし。
現病歴:受診日当日の早朝に下肢の脱力を自覚。転倒したことを家族が発見し,救急要請された。発見時には四肢の振戦および発汗を認め,右大腿前面の痛みを訴えていた。昨年に夫が亡くなっており,食欲不振が続いていた。
現症:意識清明,血圧84/60 mmHg,心拍数約110/分,努力様呼吸,SpO2 92%(room air),体温36.8℃,徒手筋力テスト(manual muscle testing; MMT)上肢:5/5,下肢:3/3,両手指の運動はスムーズであった。
検査所見:血液検査所見をTable 1に示す。動脈血液ガス分析においてpH 7.579,PaCO2 41.9 mmHg,PaO2 65.9 mmHg,HCO3− 39.2 mmol/L,Base excess 15.7 mmol/L,Lactate 2.2 mmol/Lであり,代謝性アルカローシスを認めた。電解質はカリウムが1.8 mEq/Lであり著明低値を示した。その他AST 47 U/L,LD 421 U/L,CK 409 U/Lであり,心筋バイオマーカーは高値を示していた。心電図検査では左軸偏位,心室性期外収縮を認め,V3–V6誘導で軽度なST上昇,V4–V6誘導でQ波を認めた(Figure 1A)。心胸郭比(cardio-thoracic ratio; CTR)は55%であり,少量の左胸水を認めた(Figure 2A)。頭部CTにて有意な所見は認めず,その他骨折などの外傷を疑う所見などは認めなかった。
Biochemistry | Hematology | ||||
Date | 8/14 | 8/15 | Date | 8/14 | 8/15 |
TP | 5.5 g/dL⇩ | 5.0 g/dL⇩ | WBC | 91 × 102/μL⇧ | 54 × 102/μL |
Alb | 2.4 g/dL⇩ | 2.2 g/dL⇩ | RBC | 332 × 104/μL⇩ | 304 × 104/μL⇩ |
Glu | 220 mg/dL⇧ | 105 mg/dL | Plt | 12.6 × 104/μL⇩ | 11.5 × 104/μL⇩ |
Cr | 0.73 mg/dL | 0.62 mg/dL | Hb | 11.5 g/dL | 10.7 g/dL⇩ |
AST | 47 U/L⇧ | 76 U/L⇧ | Ht | 33.4%⇩ | 32.0%⇩ |
LD | 421 U/L⇧ | 481 U/L⇧ | Blood gas | ||
CK | 409 U/L⇧ | 720 U/L⇧ | |||
Na | 135 mEq/L⇩ | 136 mEq/L⇩ | Date | 8/14 | |
K | 1.8 mEq/L⇩ | 1.7 mEq/L⇩ | pH | 7.579⇧ | |
Cl | 90 mEq/L⇩ | 91 mEq/L⇩ | PaCO2 | 41.9 mmHg | |
HCO3− | 39.2 mmol/L⇧ | ||||
PaO2 | 65.9 mmHg⇩ | ||||
BE | 15.7 mmol/L⇧ | ||||
Lac | 2.2 mmol/L⇧ |
A: ECG findings at initial examination (K = 1.8 mEq/L).
B: ECG findings at admission (K = 1.7 mEq/L).
C: Repeated ECG findings after admission (K = 2.0 mEq/L).
At the time of initial medical examination, ECG findings showed mild ST elevation in leads V3–V6 and Q waves in leads V4–V6. A re-examination after admission to the hospital the next day revealed significant ST-segment elevation formed by the fusion of QRS, ST segment, and T wave. The significant ST elevation disappeared with potassium correction.
A: Chest radiograph before infusion (CTR: 55%).
B: Chest radiograph image after infusion (CTR: 59%).
Pleural effusion is indicated with blue arrows.
血液検査にて低カリウム血症を認め,四肢の脱力の原因と考えられたため,カリウムの補充を行う目的で,ソルデム3号輸液およびアスパラカリウムの投与が開始された。翌日,当初より胸痛の訴えなどはなかったものの,心電図モニター上でST上昇を認めたため,12誘導心電図を施行した。検査の結果,V2–V6誘導にかけて著明なST上昇を認めた(Figure 1B)。経胸壁心エコー図検査(transthoracic echocardiography; TTE)では,心尖部が全周性に高度壁運動低下を示しており,たこつぼ心筋症(takotsubo cardiomyopathy; TTC)が強く疑われた(Figure 3A, 4)。心筋トロポニンIは1,059 pg/mL,BNP 1,088 pg/mLと著明高値を示し,その他の心筋バイオマーカーについてもAST 76 U/L,LD 461 U/L,CK 720 U/Lと入院前と比較し増加傾向であった。無症候性であり,入院となった経過や低栄養,年齢などから心臓カテーテル検査の適応ではないと考えられ,冠動脈造影(coronary angiography; CAG)は施行されなかった。その後カリウムの補正に伴い,心電図上のST上昇は消失したが(Figure 1C),第3病日の採血にてBNP 2,079 pg/mLと著しく増加しており,胸部レントゲンにて心拡大と肺うっ血の増強を認めた(Figure 2B)。補液過剰に伴う心不全の急性増悪が考えられたため,補液40 mL/hrおよびシグマート2.0 mL/hr,ハンプ0.0125γの投与が中止となり,フロセミド20 mg静注のみ処置が持続された。その後胸部症状など認めず,食欲も回復し,血液検査データも落ち着いた。心筋バイオマーカーについても経時的な低下を認め,TTEでは心尖部の壁運動低下が解消(Figure 3B)されており,入院一月後に転院となった。
A: Strain imaging on initial echocardiogram.
B: Strain imaging on repeat echocardiogram.
Bullseye plot shows pattern of local longitudinal strain in the left ventricle. Peak systolic strain and corresponding regional longitudinal strain tracked in the apical long axis view, the 2-chamber view and the 4-chamber view.
ANT = anterior; INF = inferior; LAT = lateral; SEP = septal
A: Apical long axis view.
B: 2-chamber view.
End-systolic image showing hyperkinesis of the base of the left ventricle (red arrows) but akinesis of the apical segments (blue arrows).
Left image: Diastolic phase; Right image: Systolic phase
ST-T波の三角形様変化を伴うST上昇またはShark finサインは急性冠症候群(acute coronary syndrome; ACS)および広範囲な心筋虚血の特異的な指標として知られており,予後不良であることが報告されている1),2),7)。Ciprianiら8)はShark finサインを示す症例はST-segment elevation acute myocardial infarction(STEMI)の1.4%に認められ,この半数が左冠動脈主幹部閉塞で,心室細動(ventricular fibrillation; VF)や心原性ショックを合併しやすく院内死亡率が高いことを報告した。過去の研究では,“tombstoning”や“lambda-like”パターンなどのQRS-ST-T波形の三角形様変化(triangular QRS-ST-T waveform; TW)を伴う特徴的な心電図波形が,院内予後不良の予測因子として特定されたと報告されている9)。TombstoningパターンはSTEMI患者の10~15%に認め,小さくて短いR波,R波より高く幅広いSTセグメントに接続されるT波を特徴としており,入院時VFのリスク増加と関連している6),10)。これまで,本波形パターンは非虚血性心疾患にはほとんど存在しないことが報告されていたが1),近年副甲状腺機能低下症に伴う低カリウム血症において,ACSを模倣したShark finサインを示す心電図変化を認める症例が報告された11)。また,Verdoiaら12)はてんかん発作を呈する中年女性において,TTCを併発した患者がShark finサインを認めた稀有な症例を経験している。本症例においては摂食不良による低カリウム血症を認めており,CT検査にて副腎腫大および甲状腺腫大などを認めず,カリウムの尿中排泄量も5.0 mEq/Lと少ないことから内分泌学的疾患は除外された。患者エピソードからも摂取不足が根本的な原因である可能性が高いと考えられ,補充療法が行われた。その後カリウム値は正常値に戻ったことから,低カリウム血症は低栄養によるものであると考えられた。また,カリウム補正に伴いShark finサインの消失を認め,入院時のTTEにおいては心尖部のバルーニングを認めており,TTCが強く疑われた。
TTCは,ACSの臨床症状を模倣した可逆的な心筋損傷を認めることが知られている。全体的な経過は良性であるにもかかわらず,急性合併症に伴う死亡例が頻繁に発生する。TTCの正確な病態生理は未だ不明であるが,TTC発症の引き金となる複数の原因として身体的および精神的危険因子が提唱されている13)。本症例は無症候性の左室心尖部壁運動異常と心筋損傷を示唆する心筋バイオマーカーの上昇を伴う重度の低カリウム血症を患っていた。患者の複雑な入院経過により,閉塞性冠動脈疾患を除外するために予定されていたCAGや左室血管造影は行われなかったが,カリウム補正後のTTEにて示されるように,左室心尖部壁運動異常の急速な回復が示された。また,この患者はTTC発症の既知の危険因子を複数持っており(女性,閉経後,近親者の訃報など),心筋炎や冠動脈疾患の可能性は低いと考えられた。近年,重度の低カリウム血症がTTC発症の潜在的な誘発因子である可能性が示唆されており14),低カリウム血症と経口摂取量の減少に関連している原発性アルドステロン症はたこつぼ心筋症を誘発すると報告されている15)。またカフェインの過剰摂取は,細胞内カリウムの再分布と利尿作用を通じて低カリウム血症を引き起こすことが知られており,エナジードリンクや減量サプリメントからの過剰なカフェイン摂取は,たこつぼ心筋症の発生に関連していると報告されている16)。これらの報告より,本症例は低栄養による重度の低カリウム血症が引き金となり,患者の精神的危険因子なども加わることでTTC発症に寄与したと考える。
これまでに高カリウム血症では,全体的にSTセグメントが上昇した心電図変化がよく認識されていたが,低カリウム血症に関連する症例が報告されることは稀であった。高カリウム血症で見られるような偽梗塞心電図パターンは,補正を受けている重度の低カリウム血症患者で以前から観察されており,細胞内/細胞外[K+]比の急速な変化に関連していると推定されていた8),17)。今回の症例においても,細胞内外の[K+]濃度勾配上昇により,平衡電位および静止膜電位が低下する細胞の過分極がSTセグメント上昇の原因であると考えられた。また,心筋外膜側のイオン交換ポンプ機能の阻害が重度であることで,疑似的な冠攣縮性狭心症様の心筋障害が発生し,脱分極時にこの障害部分の電位が十分に上昇せず,内側の比較的正常部分から電流が流れ込んだことで,非常に急激で著しいST上昇を来したのではないかと考える。また,患者に有意な冠動脈狭窄が存在し,アルカローシスによる血管の収縮とTTCが併発することによりShark finサインを伴う心電図変化を認めた可能性も考えられた。低カリウム血症は,電気的興奮が亢進するとともに活動電位時間が長くなることで心筋再分極時の不安定性が増し,頻脈性不整脈が発生しやすくなる。Torsades de pointesのような致死的不整脈の危険性に注意することに加え,今回のようなSTセグメントが上昇する波形変化の存在を認識しておくことは,他の原因疾患と区別する上で極めて重要である。
低カリウム血症にTTC様の心筋障害を伴い,Shark finサインパターンの心電図変化を認めた症例を経験した。Shark finサインは高い死亡率と関連しており,精査困難な不安定な患者に対しては各疾患との鑑別が困難となる場合もある。今回のような特徴的な心電図変化が,普段とは異なる病態で出現することを念頭に置き,必要に応じた検査・治療の準備を行うことは極めて重要である。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。