2024 年 73 巻 3 号 p. 530-538
日本では1994年まで,寄生虫病予防法に基づいて徹底した検査,治療,予防が行われ,特に蠕虫類感染症が劇的に減少した。同時に,寄生虫検査の需要が低下し,臨床検査技師の寄生虫検査に関する知識や技術が低下した。この結果,寄生虫検査を外部委託する施設の増加や経験不足による検査への不安を抱く臨床検査技師の数も増えている。この課題を明らかにするため,2020年,(社)日本臨床衛生検査技師会中部圏支部臨床一般部門で,中部圏6県の施設に対して寄生虫検査に関するアンケート調査を実施した。回答は163施設から寄せられ,そのうち寄生虫検査を実施している施設は125施設であった。検査センターへの委託理由では,検査依頼がほとんどない,試薬がない,内部精度管理ができないという理由が多く挙げられていた。特に糞便検査においては,正確な検査手順を実施できない可能性が見受けられた。また,臨床検査分野では精度管理や標準化が強く求められており,寄生虫検査においても適切な体制整備が必要である。さらに,寄生虫検査の研修に対する需要が高いことが明らかとなり,実技を含む研修会を定期的に開催し,技術向上をサポートする仕組みを構築することが非常に重要である。
In Japan, the Parasitic Disease Prevention Law, which was enforced until 1994, led to a substantial decrease in helminthic infections, through rigorous testing, treatment, and preventive efforts. Concurrently, the demand for parasitic testing decreased, leading to a decline in the corresponding knowledge and skills of clinical laboratory technicians. Consequently, facilities increasingly outsource the testing of parasites, and many clinical laboratory technicians have grown uncertain about performing these tests due to limited experience. To address this challenge, the Clinical General Division of the Chubu Branch of the Japan Clinical Laboratory Technologists Association conducted a questionnaire survey in 2020, regarding parasitic testing across six prefectures in the Chubu region. The survey included 163 facilities that responded, 125 of which were involved in parasitic testing. The lack of test requests resulted in the outsourcing of testing to specialized centers, unavailability of essential reagents, and the inability to maintain internal quality control. Particularly in fecal examinations, a potential for inaccuracies in testing procedures was observed. Within clinical laboratory testing strongly emphasizes precision control and standardization, highlighting the need to establish an appropriate framework for parasitic testing. Moreover, a substantial demand exists for training in parasitic testing, highlighting the necessity for regular workshops, including practical sessions, to enhance technical proficiency.
国内における寄生虫感染症は,戦後75年以上の歳月を経て,その特性が大きく変化した。従来の主要な感染経路であった土壌伝播による蠕虫感染症に代わり,現在は生食に伴う食中毒,性感染症,水系感染症,海外からの持ち込みなどが主要な感染経路となっている。これは,公衆衛生の改善,マススクリーニング検査の実施,集団駆虫などの成果であり,その結果,蠕虫感染者数は激減し1),国内においては寄生虫感染症が存在しないかのような風潮が広がっている。臨床検査の現場では,寄生虫検査数の激減により,検査精度に対する不安から検査自体を検査センターへ委託するといった寄生虫検査に対する抵抗感が増している。しかしながら,国内の性感染症としてのアメーバ赤痢や腟トリコモナス症,生食が原因であるアニサキス症や日本海裂頭条虫症は,依然として感染者は多く,検体処理や検査方法を熟知する必要がある2)~5)。そして,寄生虫検査は虫体の検出や血清抗体価などが診断に直結するため,知識のアップデートや技術の維持は重要となる。
一方で,検査方法は寄生虫予防法で対象とされていた蠕虫類を検出する直接塗抹法やホルマリン・エーテル法だけでなく,新興感染症の病原体であるクリプトスポリジウムを検出できるショ糖浮遊法が確実に導入されているかも不明確である。しかし,臨床検査室における寄生虫検査に関する現状をまとめた報告はなく,現場離れの要因やそれを解決する課題を抽出することもできないのが現状である。そこで,寄生虫検査の現状を把握するために2020年度,(社)日本臨床衛生検査技師会中部圏支部臨床一般部門による寄生虫検査アンケートを実施し,寄生虫検査の現状および課題を抽出したので報告する。
2020年,中部圏支部に所属する6つの県(愛知県,石川県,岐阜県,静岡県,富山県,三重県)の検査センターを含む医療関連施設にGoogleフォームを用いたアンケート調査を依頼した。アンケート内容には大項目が7つ,小項目が44項目含まれ,これらの内容を通じて寄生虫検査の現状を把握した(Table 1)。アンケート結果は,Statistical Package for Social Science(SPSS)を用いて集計し,統計学的に分析した。
1 施設概要 ・施設名 ・都道府県 ・施設規模 ・エイズ治療拠点病院 ・感染症指定医療機関 ・ISO 15189の認定 ・貴施設の臨床検査技師の人数 ・自施設,外注を問わず寄生虫検査を実施しているか。 ・「いいえ」と答えた施設へ,実施していない理由
2 寄生虫検査の検査体制 ・寄生虫検査の検査体制 ・検査センターへの外部委託の理由 ・専門機関(感染研や大学の寄生虫教室など)に相談する時はどのような時か。 ・貴施設の寄生虫検査の依頼項目名
3 5年間の寄生虫検査依頼数等(2015–2019年度) ・糞便検査依頼(赤痢アメーバを目的とする依頼は除く) ・糞便検査:検査場所 ・血液検査(血液関連寄生虫:マラリア等) ・血液検査:検査場所 ・赤痢アメーバ検査依頼(検体の種類問わず) ・赤痢アメーバ検査:検査場所 ・蟯虫検査依頼 ・蟯虫検査:検査場所 ・アカントアメーバ検査依頼 ・アカントアメーバ検査:検査場所 ・腟トリコモナス検査依頼 ・腟トリコモナス検査:検査場所 ・シャーガス病検査依頼 ・シャーガス病検査:検査場所 ・条虫検出依頼 ・条虫検出:検査場所 |
4 施設内の寄生虫検査実施可能部門及び人数 ・糞便検査実施部門 ・糞便検査実施可能な技師数 ・血液検査実施部門(血液関連寄生虫) ・血液検査実施可能な技師数 ・赤痢アメーバ検査実施部門(組織診ではなく生標本の鏡検による) ・赤痢アメーバ検査実施可能な技師数
5 寄生虫検査法について ・施設で実施可能な寄生虫検査法 ・下痢患者に対して,どのような検査を実施するか。(臨床検体) ・糞便検査の際,どのような検査を実施するか。(健診検体) ・5年間に施設で検出された寄生虫(2015–2019年度)
6 精度管理 ・外部精度管理はどのようにしているか。 ・内部精度管理はどのようにしているか。
7 その他 ・愛知県臨床検査標準化協議会寄生虫検査~糞便検査の手引き~を活用しているか。 ・寄生虫検査で困っていることはあるか。 ・寄生虫検査に関して技師会への要望はあるか。 |
中部圏支部6県の合計163施設から有効な回答が回収された。この中で,愛知県が55施設,石川県が27施設,岐阜県が35施設,静岡県が8施設,富山県が14施設,三重県が24施設であった。医療施設の区分に関しては,病院:131施設,診療所:10施設,検査センター:17施設,保健所:3施設,健診施設:1施設,その他:1施設であった。また,特定の医療施設としてエイズ治療拠点病院:15施設,感染症指定医療機関:30施設,ISO 15189認定施設:12施設であった。回答施設数と病床数の関連についてはグラフで示す(Figure 1)。
青の棒グラフが回答を得た施設規模ごとの施設数。橙色の棒グラフは回答を得た中の寄生虫検査を実施している施設数を表している。
寄生虫検査は,125施設(76.7%)が実施しており,残りの38施設(23.3%)が未実施であった。未実施の理由として「依頼がないため」が33施設から挙げられ,「検査が実施できない」が1施設,「その他」が4施設であった。
2. 寄生虫検査の検査体制寄生虫検査を実施している施設における検査体制は以下に示した(n = 125)。自施設のみが11.2%(14施設),自施設と外部委託が45.6%(57施設),自施設と専門機関が10.4%(13施設),外部委託が28.8%(36施設),その他の体制が4.0%(5施設)であった。
次に,寄生虫検査を実施している施設に対する病床数と寄生虫検査の検査体制の関係を示す。1–100床および301–400床の施設では,検査センターへの委託が他の施設に比べ有意に高かった(p < 0.05)。201–300床および501–600床の施設では自施設+検査センターの組み合わせによる検査が有意に高かった(p < 0.05)。401–500床および501–600床,701–800床の施設,および検査センターでは,自施設での検査が有意に高かった(p < 0.05)。
検査センターへの外部委託の理由としては,「検査依頼がほとんどないため」が74施設,「検査試薬がないため」が56施設,「内部精度管理ができないため」が40施設,「寄生虫を見たことがないため」が14施設,そして「検査センターを信頼しているため」が12施設であった。
専門機関へ相談する理由としては「鑑別・同定できない時」が46施設,「疑いがあった時」が13施設,「特殊な検査を依頼された時」が6施設,「検査センターからコメントがあった場合」が4施設,「ない」が56施設であった。
各施設における寄生虫検査の依頼項目名はFigure 2に示した。
5年間における寄生虫検査依頼数等は,以下の項目について集計した(Table 2)。
0件 | 1~10件 | 11~30件 | 31~100件 | 101~1,000件 | 1,001件以上 | その他 | 実施していない | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
糞便検査 | 14 | 62 | 23 | 6 | 7 | 3 | 10 | |
血液検査(マラリア) | 54 | 35 | 2 | 6 | 28 | |||
赤痢アメーバ検査 | 40 | 46 | 13 | 6 | 20 | |||
蟯虫検査 | 32 | 57 | 12 | 2 | 22 | |||
アカントアメーバ検査 | 76 | 16 | 1 | 32 | ||||
腟トリコモナス検査 | 67 | 20 | 4 | 6 | 2 | 26 | ||
シャーガス病検査 | 85 | 1 | 1 | 38 | ||||
条虫検出 | 70 | 32 | 1 | 22 |
自施設 | 検査センター | 専門機関 | その他 | 該当なし | |
---|---|---|---|---|---|
糞便検査 | 65 | 46 | 4 | 10 | |
血液検査(マラリア) | 55 | 40 | 2 | 28 | |
赤痢アメーバ検査 | 60 | 44 | 1 | 20 | |
蟯虫検査 | 73 | 30 | 22 | ||
アカントアメーバ検査 | 27 | 33 | 1 | 1 | 63 |
腟トリコモナス検査 | 40 | 33 | 2 | 50 | |
シャーガス病検査 | 11 | 32 | 5 | 2 | 75 |
条虫検出 | 40 | 40 | 1 | 44 |
「糞便検査を実施する部門」は,一般検査部門(74施設),微生物検査部門(28施設)および部門毎に分かれていない(12施設)であった。また,「糞便検査を実施可能な技師数」において,1名が13施設,2名が15施設,3名が21施設,4名が15施設,5名が13施設,6名が9施設,7名が2施設,8名が1施設,9名が1施設,10人が1施設,11人以上が1施設,0名が33施設であった。
同様に「血液検査を実施する部門」は,血液検査部門(65施設),一般検査部門(7施設),部門毎に分かれていない(6施設)であった。「血液検査を実施可能な技師数」において,1名が17施設,2名が14施設,3名が14施設,4名が8施設,5名が11施設,6名が3施設,10人が1施設,0名が57施設であった。
また「赤痢アメーバ検査を実施する部門」は,一般検査部門(44施設),微生物検査部門(29施設),部門毎に分かれていない(7施設)であった。赤痢アメーバ検査を実施可能な技師数は,1名が13施設,2名が17施設,3名が16施設,4名が13施設,5名が9施設,6名が4施設,7名が1施設,8名が2施設,10人が1施設,0名が49施設であった。
5. 寄生虫検査法について実施可能な検査法に関する集計データは,Table 3に示した(N = 125)。
塗抹法等 | |
---|---|
直接薄層塗抹法 | 72 |
セロファン厚層塗抹法 | 20 |
セロファンテープ法 | 55 |
MIF法 | 0 |
集卵・集囊子・集オーシスト | |
ホルマリン・エーテル法またはホルマリン・酢酸エチル法 | 35 |
AMS III法 | 6 |
Tween80・クエン酸緩衝液法 | 1 |
ショ糖遠心浮遊法または簡易ショ糖浮遊法 | 12 |
飽和食塩水浮遊法 | 14 |
硫苦・食塩水浮遊法 | 6 |
硫酸亜鉛遠心浮遊法 | 1 |
染色法 | |
ヨード染色 | 28 |
コーン染色 | 3 |
ギムザ染色 | 27 |
ギムザ染色(マラリア検査) | 46 |
トリクローム染色 | 1 |
ハイデンハイン鉄ヘマトキシリン染色 | 0 |
キニヨン抗酸染色 | 4 |
アクリジンオレンジ染色 | 2 |
培養法 | |
濾紙培養法 | 4 |
普通寒天平板培地法 | 2 |
アカントアメーバ培養 | 3 |
トリコモナス培養 | 8 |
その他 | |
マラリア抗原検出キット | 5 |
蛍光抗体法 | 2 |
遺伝子検査 | 3 |
抗体検査(外注) | 21 |
数値は施設数を表す。
「下痢患者に対して,どのような検査を実施するか(複数回答)」について,自施設で糞便検査を実施している65施設を対象として集計した。その結果,糞便直接薄層塗抹法が60施設,セロファン厚層塗抹法が9施設,ヨード染色が13施設,キニヨン抗酸染色が1施設,ホルマリン・エーテル法が24施設,AMS III法が3施設,飽和食塩水浮遊法が9施設,硫苦・食塩水浮遊法が2施設,硫酸亜鉛遠心浮遊法が1施設,ショ糖浮遊法が6施設,濾紙培養法が1施設,普通寒天平板培地法が2施設,遺伝子検査が1施設であった。
「糞便検査(健診検体)の際,どのような検査を実施するか(複数回答)」において,糞便直接薄層塗抹法が60施設,セロファン厚層塗抹法が10施設,ヨード染色が10施設,キニヨン抗酸染色が1施設,ホルマリン・エーテル法が20施設,飽和食塩水浮遊法が9施設,硫苦・食塩水浮遊法が2施設,ショ糖浮遊法が1施設,濾紙培養法が1施設であった。
5年間で検出された寄生虫類の種についてはTable 4に示した。
蠕虫類 | 原虫類 | その他 | |||
---|---|---|---|---|---|
蟯虫 | 14 | 赤痢アメーバ | 16 | ヒゼンダニ | 3 |
回虫 | 7 | その他アメーバ | 6 | その他ダニ | 1 |
鞭虫 | 2 | マラリア原虫 | 2 | シラミ | 1 |
鉤虫 | 1 | クドア | 2 | その他 | 4 |
糞線虫 | 7 | アカントアメーバ | 2 | ||
東洋眼虫 | 2 | 腟・腸トリコモナス | 11 | なし | 61 |
擬葉類条虫 | 29 | ランブル鞭毛虫 | 3 | ||
無鉤条虫 | 1 | コクシジア | 1 | ||
咽頭吸虫 | 1 |
数値は施設数を表す。
外部精度管理は,技師会が主催するフォトサーベイのみで,全施設のうち32施設で実施されていた。内部精度管理においては,13施設で目合わせが実施され,1施設で実技技能評価,1施設が内部テスト,そして1施設でフォトサーベイのディスカッションが実施されていた。
7. その他愛知県臨床検査標準化協議会で作成された「寄生虫検査~糞便検査の手引き~」を活用している施設は,31施設であった。「困っていること」では17施設が「自信がない・不安である」と回答し,12施設が「知識・技術が乏しい」,11施設が「経験不足」,10施設が「鑑別・同定ができない」,9施設が「検査できる技師がいない・少ない」,6施設が「内部精度管理・教育ができない」と回答があった。「臨床検査技師会への要望」においては,51施設が「研修会」,7施設が「マニュアルの作成」,5施設が「内部精度管理や教育ツールの配布」,2施設が「相談場所の提供」であった。
「外来のみ」も含めた病床数ごとの寄生虫検査の実施有無について,「外来のみ」の施設では,有意に検査を実施していなかった(p < 0.05)。また,エイズ治療拠点病院などの特定の医療施設と寄生虫検査の実施有無では有意な差を認めなかった。
病床数と寄生虫検査の検査体制の関係では,病床数が多くになるにつれ,検査センターへの委託率が低下している傾向があった。特に1–100床の施設では臨床検査技師が5人以下の施設が多く,検査数の少ない寄生虫検査には人員を割くことが困難であると考えられた。感染症指定医療機関においては,検査センターへの委託が有意に少なかった(p < 0.05)。感染症指定医療機関では,多様な感染症に対応できる自施設で検査体制が整えられていることが再確認された。
検査センターへの委託理由として,40施設(32%)で内部精度管理の課題を挙げている。現代の臨床検査において,精度管理が非常に重要視されており,今後,寄生虫検査の課題として取り上げられることが予想される。その課題として,寄生虫検査の内部精度管理となると実試料が入手しにくく,フォトサーベイとして自施設で複数種類もの写真を用意することが容易でないという点である。臨床検査技師会への要望でも内部精度管理および教育ツールの必要性が示されており,特に寄生虫検査のように経験を積む機会が少ない分野において,このようなツールの開発が大きな意義を持つと考えられる。
寄生虫検査の中で,虫体検査や赤痢アメーバ検査,マラリア検査,蟯虫検査および寄生虫抗体検査はそれぞれ明確な目的を持つため,医師が必要な検査を容易に選択できる項目として検査オーダーシステム上に提示することは有用であると考えられる。しかし,施設によって検査法にばらつきがあることも明らかとなった。特に注目すべきは「虫卵検査」107施設に対し,「糞便塗抹法」が45施設,「集卵検査」が49施設,「浮遊法検査」が10施設となっている点である。虫卵検査は塗抹法と集卵法の両方を含む包括的な検査であるため,必要に応じて検査方法を変更することが可能である。
一方で「糞便塗抹法」や「集卵検査」,「浮遊法検査」の項目が独立していることによって柔軟に寄生虫検査ができなくなる可能性が考えられる。特に糞便中の寄生虫検査の場合,糞便の性状や免疫状態,海外渡航歴,食歴などに応じて適切な検査手順を選択する必要があるため,検査方法の選択は微生物検査同様,臨床検査技師が選択することが望ましいと考える。しかし,自施設で実施できる検査方法の種類は施設ごとに様々であった。たとえば,直接薄層塗抹法を実施している施設が72施設に対し,ホルマリン・エーテル法を実施している施設が35施設,ショ糖浮遊法では12施設であり,直接薄層塗抹法のみの検査である施設が多いことが明らかとなった。これは同時に,糞便中の寄生虫検査が正確に実施できていない可能性を示唆する。やはり糞便中の寄生虫を最低限検出するためには,直接塗抹法とホルマリン・エーテル法およびショ糖浮遊法が必要と考える。そして,直接薄層塗抹法のみを実施している施設では,検査センターに集卵検査やショ糖浮遊検査を委託することが重要となる。また,委託する検査センターによっては,ホルマリン・エーテル法と異なる集卵法を実施している施設があるので,検査方法を確認した上で,検査結果を解釈する必要がある。
実施可能な検査方法のうち,クリプトスポリジウムの検査に有効なショ糖浮遊法に関しては,実施できる施設は16.7%(12/72施設)と限られている。また,検査センターでも集卵検査としてクリプトスポリジウム検査する施設はほとんどなく,追記で依頼する必要がある。日本では1994年まで蠕虫感染症に焦点を当てた「寄生虫病予防法」による検査を主に実施してきた歴史があり,クリプトスポリジウムの検出は積極的に実施されていなかった。その後1999年に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」が施行され,クリプトスポリジウム症は5類感染症に指定されたが,感染症発生動向の調査では集団感染事例のある年を除くと届出数は10件前後であり,その検査を経験できる臨床検査技師は限られる。また,クリプトスポリジウムのオーシストを用いた実習も限られていたため普及が遅れたと考えられる。
また,抗体検査に関しても,検査を委託している施設は21施設に留まっており,幼虫移行症や組織寄生の蠕虫に対する検査の体制整備が求められる。近年,在留外国人の中で寄生虫感染症例が増加しており6),今後,抗体検査の必要性が高まると予想される。
5年間の寄生虫検査別の依頼数を検討すると,依頼が1度もない施設や年間1~2件の施設が存在し,さらに寄生虫の検出が0件である施設も61施設あった。この結果より,寄生虫検査の実施経験に乏しい施設が多いことが明らかとなった。赤痢アメーバの検査に関しては,自施設での検査しているのは60施設,検査センターでの検査しているのは44施設であった。アンケートでは赤痢アメーバの抗体検査が外部委託できた2015~2017年の3年間が含まれているため,検査センターでの実施が多くなった可能性がある。一方,赤痢アメーバの栄養型の顕微鏡検査は,虫体の生存時間に限りがあるため検査センターで実施することは困難であり,検査を依頼している可能性は低いと推察された。
アカントアメーバの検査を実施できる施設は27施設であったが,培養検査が実施できる施設は3施設のみであった。アカントアメーバの培養は大腸菌と無栄養寒天培地が必要であり,細菌検査室を備えた施設では実施可能である。しかし,実際に培養を行う施設は限られており,その手法を学ぶ機会がほとんどないことが,要因と考えられた。同様の傾向は,腟トリコモナス検査でも見られる。多くの施設が直接塗抹法のみを実施し,検出率の高い培養検査は実施していなかった。また,シャーガス病検査は1施設のみ検査依頼があり,検査は検査センターへ委託していた。正確な検査が実施できる施設は専門機関のみと考えていたが,一部の検査センターで可能であることがわかった。したがってシャーガス病検査が実施できる施設に関して研修会などで共有する必要があると考えられた。
糞便検査や赤痢アメーバ検査を実施している部門では,主に一般検査部門と微生物検査部門が担当していることが確認された。また,マラリア検査においては,血液検査部門が主要な実施部門であることが明確となった。2015年に施行された臨床検査技師等に関する法律の改正により,寄生虫学的検査は,尿・糞便等一般検査に組み込まれるようになったが,実際には微生物検査および血液検査も寄生虫に関連する重要な部門であることが明らかとなった。この結果から,各部門および部門間で連携し,寄生虫に関わる研修会を定期的に実施する必要性があると考えられる。
5年間で検出された寄生虫では日本海裂頭条虫を含む擬葉類条虫が29施設と最も多く,次いで赤痢アメーバ,蟯虫であったが,これらの検出数は6県で比較しても統計学的に有意な差は見られなかった。特定の施設と比較すると,擬葉類条虫と赤痢アメーバは感染症指定施設で有意に高い検出数であった(p < 0.05)。この結果から,感染症指定施設では他施設と比較して寄生虫関連の症例が集まりやすい可能性が考えられる。その他の寄生虫では糞線虫の検出がエイズ治療拠点施設で有意に高かった(p < 0.05)。糞線虫は免疫低下に伴い,過剰感染を引き起こすことから,エイズとの関連性が示唆される。
寄生虫検査の外部精度管理では技師会主催のフォトサーベイが主であり,実試料を用いたサーベイはなかった。一方,国外では外部精度管理としてCollege of American Pathologists(CAP)と契約し,年3回の実試料問題,染色標本問題,写真問題を実施している。価格は$300以上であり,もし国内の病院で実施することになると,糞便検査の診療報酬は鏡検と集卵法を合わせて35点であるため年間100件以上検査が必要となり費用対効果が乏しいと考えられる。内部精度管理については,検体を用いた目合わせの方法が使用されている施設はあるが,自施設で所有する寄生虫試料のみを使用した方法や,検査依頼があった時のみ複数人で同検体を観察する方法など限定的な体制であることがわかった。国外ではClinical & Laboratory Standards Institute(CLSI)が提示するガイドラインが基準となっており7),原虫を含む糞便検体と陰性糞便検体を用いて実施することが推奨されている。しかし国内では実試料の入手は困難であることが多く,それらを用いた精度管理には限界があり,代替方法が必要である。代替方法としては,その他の分野でも実施されているバーチャルスライドやヒト以外の糞便を用いる手法が考えられる。しかし,このような寄生虫検査の精度管理ツールを一括して管理している組織は国内に存在せず,寄生虫の精度管理事業を実施できる体制の構築が望まれる。
愛知県臨床検査標準化協議会によって提供されている「寄生虫検査~糞便検査の手引き~」は,寄生虫糞便検査の手順が分かりやすく示されている貴重な資料である。しかし,認知度が主に愛知県に限定されているという事実は残念である(p < 0.05)。「困っていること」や「要望」でも技術的なマニュアルを求めている声があり,全国的に愛知県の糞便検査の手引きを広める取り組みを検討する。さらに,「要望」の中で寄生虫検査の研修に対する需要が多いことが明らかで,定期的に実技を含む研修会を開催し,技術向上をサポートする仕組みを築くことが非常に重要である。
本アンケートを通じて,寄生虫検査に関する実態や課題を把握することができた。同時に,正確に寄生虫検査を実施できているかどうか不明確な施設も散見された。これは臨床検査の分野で精度管理の向上や標準化がより求められている中,寄生虫検査がその点において未だ発展途上であることが要因の一つと考えられる。そのため,寄生虫検査の向上と発展を支援し,推進する必要がある。中部圏支部臨床一般部門は中部圏内の各県で実技を含む研修を実施することを決めている。これは寄生虫検査の知識と技術を維持するための第一歩であり,各都道府県にも拡大することを期待している。そして,技師会等の寄生虫検査に関係する団体の体制を強化し,精度管理の充実や標準化に向けて進展することを期待する。最後に,本アンケートに回答していただいたすべての施設に深く感謝申し上げる。このアンケート調査の結果が今後の寄生虫検査の発展に貢献できることを期待する。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。