医学検査
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症例報告
血清蛋白分画検査におけるアルブミン分画テーリングの原因解析
伊藤 大貴石嶺 南生菅野 桂子菅野 光俊宇佐美 陽子中澤 英之上原 剛
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2024 年 73 巻 3 号 p. 603-608

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Abstract

血清蛋白電気泳動において,アルブミン(Alb)の沈降線が陰極側へテーリングすることにより,Alb分画とα1分画が分離不能となる症例を見出し,その原因を明らかにするため検討を行った。免疫固定電気泳動法でモノクローナル蛋白は陰性であったが,免疫電気泳動法では血清蛋白分画検査と同様に陰極側へテーリングするAlbの沈降線が確認された。それと対応するように,IgG,L鎖κ,L鎖λの沈降線でも陽極側へのテーリングが認められた。このことからAlbとIgGが複合体を形成していると考えられたため,Cibacron BlueとプロテインG affinity chromatographyでAlb-IgG複合体を精製して,ドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動とウエスタンブロッティングで分子量を確認したところ,Alb,IgG共に約250 kDa付近の高分子領域でバンドを検出した。また,精製したAlb-IgG複合体を高塩濃度処理することで免疫電気泳動でのテーリングが減弱することから,複合体はイオン結合によって形成されていることが示唆された。以上より,AlbとIgGがイオン結合によって複合体を形成することで血清蛋白分画において患者血清Albが陰極側へテーリングし,アルブミンとα1分画が分離不能となったと考えられた。血清蛋白分画で異常なパターンを呈した際は,免疫電気泳動や免疫固定電気泳動での精査が重要であると言える。

Translated Abstract

We present a case where albumin (Alb) and the α1 fraction became inseparable due to Alb tailing towards the cathode in serum protein electrophoresis. We performed immunofixation electrophoresis and immunoelectrophoresis (IEP). No paraprotein was detected, and IEP confirmed the Alb tailing. The tailing of IgG, κ, and λ toward the anode was also confirmed by IEP. These findings suggested the formation of an Alb-IgG complex. To isolate the complex, we utilized cibacron blue and protein G affinity chromatography. SDS-PAGE was performed to confirm the molecular weight of the purified fraction. Higher molecular weight bands (250 kDa) were detected in both anti-Alb and anti-IgG antibodies, indicating the formation of Alb-IgG complex in the patient’s serum. The complex disappeared when treated with a high salt solution, suggesting that ionic bonds formed the complex. When rare patterns are observed, performing more detailed testing methods, such as IEP, is essential.

I  はじめに

血清蛋白分画検査は血清蛋白の質的・量的評価を行うことができる検査項目である。その分画パターンを判読することで大まかな病態把握が可能であり,また多発性骨髄腫やネフローゼ症候群などの診断補助やフォローアップとしても利用されている。セルロース・アセテート膜やアガロースゲルを支持体として用いる電気泳動法が古くから血清蛋白プロファイル確認のための測定法として用いられており,稀に患者検体に起因する異常パターンを呈することがある1),2)。今回われわれは,血清蛋白電気泳動において患者血清アルブミン(Alb)分画が陰極側へテーリングする症例を経験した。精査の結果,AlbとIgGがイオン結合により複合体を形成していることが示唆されたので報告する。

II  症例

患者:80歳代,女性。

主訴:ふらつき。

既往歴:高血圧,難聴。

現病歴:前医で行われた精査の結果,IgG高値,軽度貧血を認め,当院へ紹介受診された。

受診時現症:異常所見なし。

受診時検査所見:生化学・免疫学的検査で総蛋白・IgGの上昇,腎機能低下,CRP軽度上昇,血液検査で軽度貧血を認めた(Table 1)。

Table 1 受診時の臨床検査所見

生化学的検査所見 基準範囲 免疫学的検査所見 基準範囲
TP 8.4 g/dL ↑ 6.6–8.1 g/dL IgG 2,994 mg/dL ↑ 861–1,747 mg/dL
Alb 4.1 g/dL 4.1–5.1 g/dL IgA 235 mg/dL 9–393 mg/dL
UN 17.7 mg/dL 8–20 mg/dL IgM 151 mg/dL 50–269 mg/dL
Cre 1.19 mg/dL ↑ 0.46–0.79 mg/dL CRP 0.15 mg/dL ↑ 0–0.14 mg/dL
eGFR 34 mL/min ↓ 血液学的検査所見 基準範囲
AST 26 U/L 13–30 U/L WBC 4.95 × 103/μL 3.3–8.6 × 103/μL
ALT 17 U/L 7–23 U/L Hb 10.8 g/dL ↓ 11.6–14.8 g/dL
LD※1 198 U/L 124–222 U/L PLT 224 × 103/μL 158–348 × 103/μL

※1:JSCC法

基準範囲は日本臨床検査標準協議会の共用基準範囲を採用。

なお,以降の追加検討については現病歴の原因精査のため,主治医の依頼・許可のもと実施した。

III  方法

1. 血清蛋白分画

支持体にアガロースゲル(タイタンジェルSP,ヘレナ研究所),染色液はポンソS(ヘレナ研究所)を用い,エパライザ2(ヘレナ研究所)で添付文書通りに操作した。

2. 免疫固定電気泳動

アガロースゲル(タイタンジェルIFEキット,ヘレナ研究所)を用い,pH 8.6,0.09 mol/Lベロナール緩衝液で90 V,25分間電気泳動を行った。抗血清はクイックジェルIFEキット抗血清(ヘレナ研究所)を用い,添付文書通りに操作した。

3. 免疫電気泳動

寒天ゲルフィルム(免疫電気泳動ゲル/10,ヘレナ研究所)を用い,pH 8.6,0.05 mol/Lベロナール緩衝液で,40分間,90 Vで電気泳動を行った。抗血清は抗ヒト全血清(富士レビオ株式会社),抗IgG,抗IgA,抗IgM,抗L鎖κ,抗L鎖λ血清(株式会社医学生物学研究所),抗ヒトAlb血清(DAKO社)を使用し,4℃で一晩反応させた。脱蛋白後の染色はタイタンジェルIFEキット付属のアシッドブルー染色を用いた。

4. Alb-IgG複合体の精製と分子量の確認

1) Alb-IgG複合体の精製

Alb-IgG複合体のみを精製するため,まず粗精製としてAlbに親和性を持つCibacron Blue(Blue Sepharose 6 Fast Flow,Cytiva社)を用いた。開始緩衝液(pH 7.0,0.1 mol/L塩化カリウムを含む0.05 mol/Lトリス緩衝液)にて平衡化したカラム(3 mL)に患者血清を添加し,未吸着分画を溶出・洗浄後,1.5 mol/L塩化カリウムを含むpH 7.0,0.05 mol/Lトリス塩緩衝液で吸着分画(AlbとAlb-IgG複合体)を溶出させた。溶出後,溶媒をリン酸緩衝液に置換した。次にIgGに特異的に結合するプロテインG(ProteinG-Sepharose 4 Fast Flow,Cytiva社)を用いた。開始緩衝液(pH 7.2,0.1 mol/Lリン酸緩衝液)で平衡化したカラム(1 mL)にCibacron Blueに吸着した分画を添加し,未吸着分画を溶出・洗浄後,pH 2.8,0.1 mol/Lグリシン-塩酸緩衝液で吸着分画(Alb-IgG複合体)を溶出させた。溶出後,1.0 mol/LトリスでpHを中性化した後,溶媒をリン酸緩衝液に置換した。

2) Alb-IgG複合体の分子量の確認

健常者血清と患者血清(各1,000倍希釈),患者血清から精製したAlb-IgG複合体を,ドデシル硫酸ナトリウムポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)とウエスタンブロッティング(WB)で解析した。SDS-PAGEは4–12% Bis-Tris Gel(Thermo Fisher Scientific社)を使用し,非還元で行った。泳動後のゲルをポリフッ化ビニリデン膜に転写し,ブロッキング処理後に,ウサギ抗ヒトAlb抗体(DAKO社),ヤギ抗ヒトIgG抗体(医学生物学研究所)を用いて一次抗体反応を,HRP標識-抗ウサギIgG抗体(Santa Cruz Biotechnology社),HRP標識-抗ヤギIgG抗体(Proteintech Group Inc社)で二次抗体反応を行った。洗浄後,ジアミノベンチジンを用いた酵素化学発色でバンドを検出した。

5. Alb-IgG複合体の結合様式の確認

Alb-IgG複合体の結合様式を確認するため,患者血清の酸処理(抗原抗体反応による結合の確認)と高塩濃度処理(イオン結合の確認)を既報に従って行った3)。酸処理は患者血清と0.2 mol/Lグリシン塩酸(pH 2.3)を等量混合,高塩濃度処理は4.0 mol/L塩化ナトリウム水溶液を等量混合しいずれも37℃,30分間加温後に免疫電気泳動を行い,沈降線を確認した。

IV  結果

1. 血清蛋白分画

Albの陰極側へのテーリングによりAlb,α1分画は分画不能であった(Figure 1,矢印)。γ分画は多クローン性の高γグロブリン型,α2,β分画は基準範囲内であった。

Figure 1  血清蛋白分画像

Albの陰極側へのテーリング(白矢印)により分離不能となった。分画パターンは多クローン性高γグロブリン型であった。

右上部:実際の電気泳動像 黒線:コントロール血清のデンシトグラム

2. 免疫固定電気泳動

モノクローナルバンドは確認できず,SPレーン(蛋白分画レーン)でAlbのテーリングが認められた。そのほかの異常は見られなかった(Figure 2)。

Figure 2  免疫固定電気泳動像

モノクローナル蛋白は認められなかった。

3. 免疫電気泳動

陰極側へテーリングするAlb沈降線が確認された(Figure 3,二重矢印)。それと対応するように,IgG,L鎖κ,L鎖λでも陽極側へテーリングが認められた(矢印)。他の血清蛋白の沈降線に質的な異常は認められなかった。

Figure 3  免疫電気泳動像

Albの陰極側へのテーリング(二重矢印)とIgG,L鎖κ,L鎖λの陽極側へのテーリング(矢印)が認められた。

A-HWS:抗ヒト全血清,A-IgG:抗IgG,A-Alb:抗Alb,A-κ:抗L鎖κ,A-λ:抗L鎖λ

4. Alb-IgG複合体の精製と分子量の確認

健常者血清のAlbは60 kDa付近で検出されたが,患者血清では60 kDa付近に加え75~250 kDaに複数の抗ヒトAlb抗体に反応するバンドが検出された。また,IgGでも同様に健常者血清では150 kDa付近にバンドが検出されたが,患者血清では150 kDaに加え250 kDa付近に1本,100 kDa付近に複数本バンドが検出された。精製分画では健常者血清にはバンドは検出されなかったが,患者血清の精製分画では血清と同様,150 kDaに加え250 kDa付近に1本,100 kDa付近に複数本バンドが検出された(Figure 4)。

Figure 4  血清精製分画の分子量確認

AlbとIgGが約250 kDaの高分子領域で検出された。

NS:正常検体,PS:患者検体

a:Alb,*:IgG,→:Alb-IgG複合体

5. Alb-IgG複合体の結合様式の確認

酸処理では未処理・処理とでAlbのテーリングに変化を認めなかったが(データ非提示),高塩濃度処理をしたものでは処理後で明らかにテーリングの減弱を認めた(Figure 5)。

Figure 5  高塩濃度処理後の免疫電気泳動像

矢印で示したように高塩濃度処理においてAlb,IgGのテーリング減弱が認められた。

A-HWS:抗ヒト全血清,A-IgG:抗IgG,A-Alb:抗Alb

塩+:高塩濃度処理後,塩−:高塩濃度未処理

V  考察

Albは血漿蛋白の中で最も含有量が多く,様々な物質を結合し運搬する作用がある。今回われわれは,血清蛋白分画においてAlbの沈降線がα1領域までテーリングしている症例を経験し,その原因について検討を加えた。免疫固定電気泳動と免疫電気泳動の結果モノクローナル蛋白は確認されなかったが,免疫電気泳動においてAlbの陰極側へのテーリングが確認され,IgG,L鎖κ,L鎖λの沈降線では陽極側へのテーリングが認められた。

SDS-PAGEにおいて患者血清の抗Alb抗体との反応で認められる75 kDa~250 kDaのバンドはAlbと種々の蛋白等が結合したものであると考えられ,抗IgG抗体との反応で認められる250 kDa付近のバンドはAlb-IgG複合体であると考えられる。また100~120 kDa付近のバンドはAlb-IgG複合体の一部が分解したものや,IgG分子の一部(例えばFab)とAlbの複合体(約120 kDa),もしくはIgG分子の半量体(約70~80 kDa)とAlbの複合体であると考えられる。

抗原抗体反応による結合の場合は一般的にpH 2.5以下で結合が解離することが知られている。したがって本症例のAlb-IgG複合体は,酸処理でテーリングが全く改善しなかったことからAlbに対する自己抗体のような抗原抗体反応ではないと考えられる3)。患者血清を高塩濃度処理することで免疫電気泳動でのテーリングが減弱することから,これらの複合体はイオン結合によって形成されていることが示された。一方で,テーリングが完全に消失しなかった原因として,結合力の強い複合体が存在し,高塩濃度処理時の塩濃度では充分でなかった可能性が高いと考えられる。

免疫電気泳動においてAlbとIgGが複合体を形成してAlbの沈降線が陰極側にテーリングする現象は過去にも報告されており,その主な原因はモノクローナル蛋白の存在,リウマチ因子などの自己抗体の存在,もしくは尿路感染症治療に用いられるニトロフラントインの使用である4),5)。今回の症例ではモノクローナル蛋白は陰性,リウマチ因子の定量は未実施であるが抗核抗体は40倍の均質型であり自己免疫疾患等の既往や症状は確認されていない。ニトロフラントインに関しては国内では販売されていないため関連は否定的であり,複合体を形成した原因を明らかにすることはできなかった。

本症例で観察されたAlb-IgG複合体は病態的に意義のある事例では無いと考えられたため,担当医にその旨を説明し,経過観察となった。酵素と免疫グロブリンなどの物質が複合体を形成すると酵素の半減期が延長することが知られている6)。酵素でなく血漿蛋白などの物質でも同様の現象が起こる可能性はあると思われる。Albの半減期は約21日,IgGは約21日(IgG3のみ約7日)とされており,それぞれ筋肉・肝臓・腎臓,肝臓・脾臓などで異化されるが,複合体形成により異化が通常通りに行われず半減期が延長されIgGが高値になっているのではないかと推察される。Alb値については,経時的な検査値が入手できなかったため評価が難しいが,おそらく同様に半減期が延長して本来の値より高値になっている可能性が高いと考えられる。

血清蛋白分画で異常なパターンを示した際は,免疫電気泳動や免疫固定電気泳動などでの精査を行う必要性を再認識した。酵素結合性免疫グロブリン例では,異常高値・低値のためにアイソザイム分析が実施されたにもかかわらず,不適切なコメントにより不要な検査が繰り返されることが多いとの報告がある7)。臨床医への適切な説明については事例ごとに異なるため定型化することは困難であるが,日本電気泳動学会の指針が参考になると思われる8)

日常検査の自動化・高速化が進むなか,われわれ臨床検査技師がどのように検査結果と向き合うかを考えさせられる貴重な症例であった。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
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