医学検査
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技術論文
考案:イオン選択電極法によりブロム存在血清におけるクロールおよびブロム概測値を得る方法
谷口 圭子村野 由美子吉藤 彰子中野 拓実桑原 隆
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2024 年 73 巻 3 号 p. 447-452

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Abstract

【目的】ブロム(Br)を含む血清において,Brの影響を取り除いたCl濃度を推測する方法を考えた。【方法】生化学自動分析装置(BAA: TBA C16000)でClが測定不可であったBr中毒患者保存血清を182 mmol/LのCl濃度含有液で倍々希釈後,各サンプルのCl濃度をBAA尿用装置(Uモード)で測定し,希釈後測定値から求めた希釈前初期値:初期Cs=希釈倍数(n)×(溶液濃度(Cs)-希釈液濃度(Cd))+Cd(式1)と希釈ごとに求めた希釈直前値:直前Cs = 2 × (Cs − Cd) + Cd(式2)を比較した。【結果】精製水希釈後のCl濃度は予想値と同じであったが,Cl含有液希釈後のCl濃度は予想値よりも高くなった。式1-式2と希釈倍数の関係は,y = 3.82x − 31.13となり希釈前血清Cl濃度(130 mmol/L)にはBrによる影響の27.3 mmol/Lが加味されており,Brの影響を取り除いた推測Cl値は102.7 mmol/Lであった。【考察】BAA.UモードCl電極はサンプル電位測定後校正液で1回洗浄され2回目電位を校正液電位としサンプル電位との差をCl濃度に換算する。BAA Sモードはサンプル電位測定後洗浄なしに校正液電位を測定するので,電極がBrに汚染されサンプルとの電位差が減少する。Br中毒の時ClはBAA Uモードで測定し,さらに182 mmol/LのCl含有液で希釈測定して,推測Cl値を求める必要がある。【結論】Br中毒の本来のCl濃度を求めるには,Cl含有液で検体を倍々希釈し各希釈検体のClをBAA Uモードで測定すればよいと思われた。

Translated Abstract

[Purpose] Our objective is to determine the actual Cl concentration in the serum of a bromide (Br)-poisoned patient, which is the Cl concentration measured by the ion-selective electrode method assuming a Br selectivity factor of 1. [Method] We cryopreserved the serum of a Br-poisoned patient, whose Cl concentration could not be measured using a biochemical automatic analyzer (BAA: TBA C16000). The Cl concentration in the thawed serum was 130 mmol/L as determined using BAA in U-mode. It was diluted up to 32-fold step by step with a high-Cl-concentration (182 mmol/L) solution. The calculated initial concentration before dilution (predicted initial Cs = n × (concentration of solution (Cs) − concentration of dilution (Cd)) + Cd (Equation 1)) and the previous concentration per dilution ((previous Cs) = 2 × (Cs − Cd) + Cd (Equation 2)) were compared. [Results] The Cl concentration after dilution with Cl-free purified water was the same as expected, but the Cl concentration after dilution with the Cl-containing solution was higher than expected. The relationship between the concentration from Equation 1 minus the concentration from Equation 2 and n is y = 3.82n − 31.13 (y = −27.3 if n = 1). The actual Cl concentration was estimated to be 102.7 mmol/L. [Discussion] In BAA U-mode, the reference electrode is washed once with solution. In BAA S-mode and probably in gas analysis, it is not washed, resulting in the reduced potential difference between the calibration solution and the sample. [Conclusion] The actual Cl concentration in the serum of a Br-poisoned patient can be estimated by diluting the sample with a solution containing Cl and then measuring the Cl concentration of each diluted sample using BAA in U-mode.

I  序

臭素(Br)を含む医薬品は多いが,ブロムワレリル尿素は肝臓で代謝され,遊離するBrイオン(Br)が強い毒性を有するため医療用医薬品としては原則禁止されているが処方箋なしに購入できる市販の催眠鎮静剤や鎮咳・鎮痛・解熱剤にブロムワレリル尿素を含むものがある。現在,血清・尿中のナトリウム(Na),カリウム(K),クロール(Cl)濃度は,イオン選択電極法(ISE)で測定されている1)。Cl電極はNa+電極,K+電極に比べイオン選択性が低く,共存する陰イオンの影響を受け,特にBrイオン選択係数が大きいため血中にBrが存在すると見かけ上高Cl濃度(偽性高Cl血症)を呈し,Cl濃度の異常高値からブロムワレリル尿素含有薬の服用が判明したとの報告2)~7)は多い。しかしながら,これらの報告では,様々な測定機器が使われCl電極が統一されておらず,測定したCl濃度とBr濃度との間に相関はなく,Brの影響を取り除いたCl濃度については言及されていない。そこで我々は,Brを含む血清において,Brの影響を取り除いたCl濃度を推測する方法を考えたので報告する。

II  対象ならびに方法

1. 分析装置

済生会茨木病院(当院)では生化学Na,K,Clは生化学自動分析装置(BAA:TBA C16000(キヤノンメディカルシステムズ株式会社))を使用し,通常,血清は血液用(Sモード),尿は尿用(Uモード)で測定する。S・Uモードの仕様をTable 1に示した。

Table 1 当院生化学自動分析装置 Sモード,Uモードの仕様

校正操作 Sモード Uモード
校正液低濃度と高濃度mmol/L Na 120と160 50と180
K 2.0と8.0 9.0と90
Cl 80と120 50と180
測定範囲mmol/L Na 100~200 20~400
K 1~10 1~300
Cl 50~150 20~300
標準血清補正 あり なし
サンプル測定 校正液1-サンプル液-校正液2の順で測定 校正液1-サンプル液-校正液2-校正液3の順で測定
結果 サンプル液と校正液2の電位差 サンプル液と校正液3の電位差
Error表示 校正液1に対する校正液2の電位差が3 mV以上だとエラーとなる 校正液3は(校正液2により共洗いされているため)校正液1に対する電位変動は3 mV以下となる

2. 対象

対象は,当院初診時のBAA.Sモードの測定値が,Na 140 mmol/L,Cl測定不可で,問診にて市販頭痛薬ナロンエース(大正製薬)を1回2錠,1日3回を10年以上服用されていた患者,初診時の残血清を−30℃で凍結保存した(初診時血清)。10日後再診時検査BAA.Sモード,Uモード,ガス分析装置(GAS:RAPIDLab1200(シーメンスヘルスケア・ダイアグノスティクス株式会社))の測定値は,Naは139 mmol/L,136 mmol/L,141.8 mmol/L,Clは測定不可,136 mmol/L,104 mmol/Lであった。再診時の保存血清を後日,大阪労働衛生総合センターに外注検査した結果,血清Br濃度は698.5 mg/L(8.7 mmol/L)であった。患者はナロンエースから離脱できず初診から6か月後受診した時のBAA.Sモード,Uモード,GASの測定値は,Na 139 mmol/L,140 mmol/L,141 mmol/L,Cl測定不可(表示されたエラーコードは,“結果を計算できません。電極用校正液の電圧ドリフトが3 mVを超えました。無効な値を受信しました(118.8 mmol/L)”),126 mmol/L,107 mmol/Lであった。6か月後受診時に採取し保存した凍結血清(6か月後受診時血清)を154日後解凍し測定したBAA.Sモード,Uモードの測定値は,Na 139.2 mmol/L,140 mmol/L,Cl測定不可(エラーコード表示:113.4 mmol/L),123 mmol/Lであった。

3. Br含血清におけるBrの影響を取り除いた推測Cl濃度の算出方法

1)6か月後受診時血清を精製水で1,1.5,2,2.5,5,10倍に希釈した。

2)精製水希釈検査後の残血清を再凍結し12日後再融解し,大塚生理食塩水(生食)で,2,4,8,16,32倍と倍々希釈した。

3)上記血清を Cl値が高濃度標準液濃度に近い180 mmol/Lにするために2.4 mLの生食と0.1 mLのKCl補正液1 mEq/mL(大塚製薬)を混和し作成したUモード測定値Na 148 mmol/L,K 40.9 mmol/L,Cl 182 mmol/Lの生食+KCl液で2,4,8,16,32倍と倍々希釈した。

それぞれの溶液で希釈後のCl濃度をBAA.Uモードで測定。希釈前の初期値(希釈前値)を式1 = n × (Cs − Cd) + Cd,希釈直前値を式2 = 2 × (Cs − Cd) + Cdとして求めた。なお,nは希釈倍数,希釈後測定値をCs(Concentration of solution),希釈液濃度をCd(Concentration of dilute solution)とした(Figure 1)。

Figure 1  希釈前値(式1),希釈直前値(式2)の求め方

式1:n × (Cs − Cd) + Cdの式から希釈前の初期Cl濃度を推測する。

式2:2 × (Cs − Cd) + Cdの式から希釈直前のCl濃度を推測する。

III  結果

1. 精製水で希釈

Sモード,Uモードで測定したNa,Cl濃度をFigure 2に示した。

Figure 2  精製水希釈によるBr含有血清Na,Cl濃度測定値の変化

斜字(SモードCl 113.4)はエラーコード表示

希釈前値 = n × (Cs − Cd) + Cd nは希釈倍数,Csは希釈後検体Na,Cl濃度,Cdは希釈液Na,Cl濃度

NaとClの希釈測定値はともに累乗関数的に減少し,Na,Clの希釈前値は実測値と概ね一致した。

2. 生食で希釈

生食のUモード測定値はNa 151 mmol/L,Cl 149 mmol/Lであり,希釈前血清のUモード測定値はNa 151 mmol/L,Cl 130 mmol/Lであった。倍々希釈後のNa実測値は150~152 mmol/Lで,Cl実測値は希釈毎に累乗関数的に上昇(y = 132.0x0.045, R2 = 0.851)し,16倍希釈で151 mmol/L,32倍希釈では150 mmol/Lであった(Table 2)。

Table 2 生食,生食+KCl液で希釈後のBr含有血清Cl濃度測定値の変化

希釈倍数 希釈液:生食 希釈液:生食+KCl 単位
実測値 式1 式2 式1-式2 実測値 式1 式2 式1-式2
1 130 119 119 130 128 128 mmol/L
2 134 133 141 −8 155 138 160 −22 mmol/L
4 145 141 147 −6 171 158 176 −18 mmol/L
8 148 181 153 28 179 182 182 0 mmol/L
16 151 181 151 30 182 214 184 30 mmol/L
32 150 183 mmol/L

注)2倍希釈を生食でする場合,希釈前値は式1,式2とも2 ×(実測値(134)-生食Cl濃度(149))+生食Cl濃度(149)=119となる。2倍希釈を生食+KClでする場合,希釈前値は式1,式2とも2 ×(実測値(155)-(生食+KCl)のCl濃度(182))+(生食+KCl)のCl濃度(182)=128となる。

3. 生食+KCl液で希釈

倍々希釈後のNa実測値は全て148 mmol/Lで,Cl実測値は希釈毎に累乗関数的に上昇(y = 154.3x0.057, R2 = 0.814)し,16倍希釈で上限に達した。

倍々希釈前後のUモード測定溶液Cl濃度をTable 2Figure 3に示す。

Figure 3  生食+KCl液で希釈後のBr含有血清Cl濃度測定値の変化

実測値は累乗関数的に上昇し,希釈前値(式1)-希釈直前値(式2)は直線的に上昇した。

式1から求めた希釈前値は希釈毎に累乗的(y = 124.1x0.188, R2 = 0.988)に上昇,式2から求めた希釈直前値は希釈毎に累乗関数的に上昇(y = 138.7x0.123, R2 = 0.793)した。式1-式2と希釈倍数の関係は,y = 3.82x − 31.13(Figure 3)となりx = 1の時y = −27.3となり,検体血清中Brイオン選択係数を1.0と仮定した場合,推測Cl濃度はUモード測定値130 mmol/Lから27.3 mmol/Lを差し引いた102.7 mmol/Lであった。

IV  考察

病院や外注検査委託会社におけるCl濃度測定は,昭和57年(1982年)では電量滴定法が74%と多くを占め,平成2年(1990年)には電量滴定法が41%,ISE法が53.9%となり8),現在ではISE法が主流をなしている。橋田ら2)は1990~2000年に我が国で報告されたBr中毒10例はいずれもみかけ上の血清Cl濃度の上昇がその診断の端緒となっているが,Br濃度とCl濃度に相関を認めないと報告している。これは,Cl測定装置が施設ごとに異なり,装置メーカーによってCl電極のBrの影響度が異なるためと思われる。

ISE法は,試料を希釈して測定する方法(希釈法)と希釈せず直接測定する非希釈法とがある。非希釈法では溶液中のイオン強度が低い9)。本例と同じく希釈法東芝製BAAと非希釈法シーメンス製GASを使用した報告3),4)では,シーメンス製GASで使われる第4級アンモニウム塩のCl電極は東芝製BAAのAgCl電極に比しBrの選択係数が小さい1)ためGASのCl濃度測定値はBAAのCl濃度測定値に比し低い。BAA東芝C16000のBr選択係数は4.28である4)。ラジオメーター製GASを使用した例5),7)でClは異常高値となっており,ラジオメーターABL700のBr選択係数は4.1である5)。齊藤ら6)は日本電子JCA-BM2250 BioMajestyTM(第4級アンモニウム塩のCl電極:Br選択係数は 2.1)でCl 127 mmol/L,GASでCl 129 mmol/LであったBr中毒の1例を報告している。GASのCl電極は記載されていない(Table 3)。Br含有血清Cl濃度は測定機器により異なるので必ず偽性高クロール血症になるとは限らない10)

Table 3 ISE Clイオン測定機器によるBr中毒のCl濃度値の違い

文献 著者 BAA Cl濃度 GAS Cl濃度
3 菅生ら 東芝200FR 143 RAPIDLab 1200 113
137 112
4 多田ら 東芝C16000 測定不能 RAPID POINT 500 114
5 南田ら 東芝C16000
Br:4.28
測定不能 ABL700
Br:4.1
166
142
123
6 斉藤ら JCA-BM2250
Br:2.1
127 不明 129
7 岡ら 東芝C16000 測定不能 ABL800 134
本例 東芝C16000
Br:4.28(Uモード)
(136)
(126)
RAPIDLab 1200 104
107

Br:はISE Clイオン電極のBrイオン選択係数,( )内はUモード測定値

Brを含む血清を,精製水で希釈すると希釈後のCl濃度は前値/希釈倍数となるが,Clを含む溶液で希釈すると希釈後のCl濃度は前値/希釈倍数よりも大きくなる。倍々希釈した希釈後のCl濃度は希釈前サンプルに存在した半分量のBrの影響が加味される。希釈前初期値を求める式1と希釈直前値を求める式2(Figure 3)の比較で,式1はBrの影響は希釈倍数が大きくなるほど強くなるが式2は希釈倍数でのBrの影響を受けない。式1-式2からBrが関与するCl濃度を推定でき,希釈倍数1の【式2-式1】27.3 mmol/L が希釈前血清Brが関与する過剰なCl濃度となり,Br濃度は,BAA東芝C16000のBr選択係数は4.28なので27.3を(4.28 − 1)(Figure 4)で割った8.3 mmol/Lになると思われた。

Figure 4  Br含有血清をISEで測定した時のCl濃度とBrの関係

アニオンギャップ(AG)から求めたCl濃度はBr含有血清ではCl+Brイオン濃度となり測定Cl値はこの値にBr ×(Br選択係数 − 1)が加味される。

測定できない陽イオン濃度と測定できない陰イオン濃度との差をアニオンギャップ(AG)と呼び,AGはNa濃度からCl濃度と重炭酸濃度を引き算した式(AG = Na − Cl − 重炭酸)で求めることができる。この式からCl濃度を求めると,Cl = Na − 重炭酸 − AGとなる。AGを正常値12 mmol/L,HCO3を正常値24 mmol/LとするとCl = Na − 36となる。これを本例に当てはめるとCl≒SモードNa (139.2) − 36≒103.2となる。Brを含む血清をISE法で測定した時のCl濃度とBrの関係をFigure 4に示す。

今回,推測したCl濃度とBrの影響を受けない電量滴定法による測定値を比較したかったが,電量滴定法装置が手に入らず確認できなかった。

V  結語

BAA.Sモードで血清Clが測定不可の時,エラーコードに注意し,Uモードで再検しなければならない。

血清Clが測定不可の時やNa値とのバランスで極端に高い場合は,依頼元に患者のBr含薬剤服用の確認を行う必要がある。検査室ではBAA.UモードClキャリブレータの高濃度180 mmol/Lに近いCl含有液で血清を段々希釈し,UモードでCl濃度を測定することで推測Cl濃度とBr濃度を得ることができた。

本研究は大阪府済生会茨木病院倫理委員会の承認を受けて実施した(承認番号2023-3)。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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