現在,血清中および尿中の電解質測定においては多くの施設でイオン選択電極(ion selective electrode; ISE)法が採用されており,ナトリウム(Na),カリウム(K)測定用のISEはクラウンエーテル膜電極であり,特異性が高く共存物質の影響は少ない。クロール(Cl)測定用のISEは4級アンモニウム塩電極,銀-塩化銀電極であり,特異性がクラウンエーテル電極に比べて低く,他のハロゲン物質が共存することで偽高値を呈する場合があり,過去にいくつかの報告がある。今回血清Clが偽高値となったことから市販鎮痛薬の長期服用による慢性ブロム中毒と診断された症例を2例経験した。本2症例のような市販鎮痛剤による偽性高Cl血症を示す患者は他にも存在すると思われ,臨床検査を担当する臨床検査技師および診療側は注意を要する。Cl測定において,Na値とCl値とのバランスでClが高値の場合,分析装置からのエラーが出現した場合に共存物質によるCl値への正誤差を疑った場合は,臨床側に連絡し患者内服薬の確認,臨床症状との関連性をみることで,ブロム中毒の発見に繋がる。
Currently, many facilities use the ion selective electrode (ISE) method for measuring electrolytes in serum and urine, and the ISE method for measuring sodium (Na) and potassium (K) uses a crown ether membrane. It is an electrode, has high specificity, and is less affected by interfering substances. ISE for measuring chloride (Cl) is a quaternary ammonium salt electrode or a silver-silver chloride electrode, which has lower specificity than a crown ether electrode and may give falsely high values if other halogen substances coexist. There are several reports in the past. We experienced two cases in which the serum Cl level was falsely high and was diagnosed as chronic bromine poisoning due to long-term use of commercially available analgesics. It is likely that there are other patients who exhibit pseudo-hyperchloremia due to over-the-counter analgesics as in these two cases, and clinical laboratory technicians and medical practitioners in charge of clinical tests must be careful. When measuring Cl, if the Cl value is high in the balance between the Na value and the Cl value, if an error occurs from the analyzer, or if you suspect that the Cl value is incorrect due to an interfering substance, contact the clinic. Is required. Checking the oral medications and looking at the relationship with clinical symptoms will lead to the discovery of bromine poisoning.
一般的にクロール(Cl)の測定法はイオン選択電極(ion selective electrode; ISE)法が用いられるが,注意点として同じハロゲン族であるブロムイオン,ヨウ素イオンなどが検体中に共存すると,みかけ上のCl値上昇を引き起こすことが知られており,過去にいくつかの報告がある1)~9)。
今回我々は血清Clが偽高値を示した症例を2例経験した。多職種の連携により血中ブロム値の測定を行い,市販鎮痛薬の長期服用による慢性ブロム中毒の診断に至ったので症例報告する。
測定機器はキヤノンメディカルシステムズ株式会社臨床化学自動分析装置TBA-nx360(TBA)を使用した。TBAでのISE法におけるCl測定は,個体膜に銀-塩化銀電極が用いられ,基準電極との電位差から血清Cl値を算出している。1つのサンプルに対し,校正液-サンプル液-校正液の順で測定を行うため,共存物質の影響により検体の前後に測定される校正液の電位差が3 mVを超えると測定不能となる。
2. 共存物質を含む場合の血清Cl値算出方法血清Clが測定不能となった場合は,患者の内服薬を確認し,次いで装置メーカー推奨の回避手順に従い,患者血清を低濃度血清キャリブレーターで数段階希釈測定し(n倍),得られた測定値(希釈後Cl値)を式1に代入して,共存物質の影響を軽減したCl参考値を算出する。
A:希釈後のCl値,B:キャリブレーターのCl値,希釈倍率:n倍
Cl参考値 = n × (A − B) + B ……(式1)
3. 血清ブロム値測定法・測定機関:大阪労働衛生総合センター
・基準値:10 mg/L以下
・測定方法:アジレント社ヘッドスペースG1888,アジレント社ガスクロマトグラフ7890A,電子捕獲イオン化検出器
患者:60歳代,女性。
主訴:食欲不振,倦怠感。
内服薬:ナロン顆粒®(大正製薬)を10年前から常用。
現病歴:食欲低下を主訴に内科外来を受診し,器質的疾患の除外のため胸腹部単純CTと腹部超音波検査が施行されたが異常の指摘ができず経過観察となっていた。夫の情報によると10年程前から食欲不振があり,体重も減少していたとのことだった。その後食欲不振が改善せず倦怠感が出現したため再度内科外来を受診した。
1. 検査所見食欲不振と倦怠感の原因精査のため,胸腹部単純CT検査を行ったが異常はなかった。血液検査所見はTBAではナトリウム(Na):143 mmol/L,カリウム(K):2.3 mmol/L,Cl:測定不能であった。同時に採血された血液ガス検査ではラジオメーター血液ガス分析装置ABL800(以下,ABL)でNa:140 mmol/L,K:2.2 mmol/L,Cl:119 mmol/Lであった(Table 1)。低K血症と低アルブミン血症は経口摂取不足が原因と考えられた。TBAでの血清Clは検体の前後に測定された校正液の電位差が3 mVを超えたことによるエラーが出現したため,偽性高Cl血症を疑った。血清Cl参考値は装置メーカー推奨の回避手順に従い,得られた測定値を式1に代入して求めたところ,2 × (93.5 − 80) + 80 = 107 mmol/Lとなり,参考値として報告した。
生化学検査 | 血液検査 | ||
---|---|---|---|
TP | 5.0 g/dL | WBC | 5,630/μL |
ALB | 2.7 g/dL | RBC | 342 × 104/μL |
AST | 25 U/L | HGB | 11.7 g/dL |
ALT | 19 U/L | PLT | 233 × 103/μL |
γ-GT | 189 U/L | NEUT | 78% |
LD | 191 U/L | LYMP | 15.1% |
T-Bil | 0.7 mg/dL | 血液ガス(静脈血) | |
GLU | 95 mg/dL | HCO3− | 40.3 mmol/L |
UN | 8 mg/dL | Na+ | 140 mmol/L |
CRE | 0.37 mg/dL | K+ | 2.2 mmol/L |
CRP | 1.32 mg/dL | Cl− | 119 mmol/L |
Na | 143 mmol/L | Anion gap | −17.1 mmol/L |
K | 2.3 mmol/L | ||
Cl | 測定不可 |
食欲不振と倦怠感の原因精査と電解質補正目的で入院となり,総合診療科に紹介となった。本人は活気がなく,アパシー様の症状であった。うつ病などの精神的疾患の可能性が疑われたが,精神科による診察で否定された。
3. 追加検査本症例において外来受診時より血清Cl値が高値傾向を示していたが,内服薬の聴収ができていなかった。今回の入院に伴い服薬状況を再度調査したところ,総合診療科を受診した際のカルテ記載で,10年前からブロムワレリル尿素を含む市販鎮痛剤であるナロン顆粒®(大正製薬)を1日1回~2回常用していることが分かった。血清Clが測定不能となったことや脱力などの症状から,本患者は慢性ブロム中毒の可能性があると考え主治医に報告し,病棟薬剤師にも情報提供した。また,診断には血中ブロム値が必要と考え,測定機関を探したところ大阪労働衛生総合センターで測定可能と分かったため,主治医に提案し保存血清の分析を依頼した。測定結果は710 mg/Lと明らかな上昇が認められ,慢性ブロム中毒と診断された。
入院時よりナロン顆粒®の服薬を中止し輸液療法を行ったところ,血中ブロム値は270 mg/Lまで低下した(Figure 1)。血中ブロム値の低下とともに食欲不振などの症状や電解質異常も改善した。第9病日目,鎮痛薬の常用は避けるよう主治医から本人に説明され退院となった。退院後外来受診日であった第14病日目には,血中ブロム値が低下したことによりブロムイオンによる影響が抑えられ血清Clの測定値を得ることができ,TBAでNa:141 mmol/L,K:4.8 mmol/L,Cl:110 mmol/Lとなった。
第14病日目からは血清Clの通常測定が可能となった。
患者:90歳代 女性。
主訴:頭痛,食欲不振。
内服薬:ナロンエースT®(大正製薬)を長期にわたって内服,その他の服薬アドヒアランス不良であった。
現病歴:元来慢性頭痛があり,頭痛の増悪で前医を受診したが,頭部CT検査で異常はなかった。その後鎮痛薬を服用して経過をみていたが,自宅でぐったりしているところを発見され当院へ救急搬送された。3年前に食欲不振と体重減少を主訴に開業医から当院内科を紹介されていたが,胸腹部単純CT検査などで異常所見の指摘をされず,経過観察となっていた。
1. 検査所見主訴である頭痛,食欲不振の原因検索のため頭部,胸腹部単純CT検査を行ったが異常はなかった。血液検査所見では,TBAではNa:121 mmol/L,K:2.8 mmol/L,Cl:測定不能,同時に採血された血液ガス検査はABLでNa:119 mmol/L,K:2.6 mmol/L,Cl:104 mmol/Lであった(Table 2)。脱水や電解質異常,炎症反応物質の上昇などの異常所見が多数あり一元的では説明がつかない状況であった。TBAでの血清Cl値は検体の前後に測定された校正液の電位差が3 mVを超えたことによるエラーが出現したため,偽性高Cl血症を疑った。血清Cl参考値は装置メーカー推奨の回避手順に従い,得られた測定値を式1に代入して求めたところ,2 × (99.5 − 80) + 80 = 89 mmol/Lとなり,参考値として報告した。
生化学検査 | 血液検査 | ||
---|---|---|---|
TP | 6.1 g/dL | WBC | 27,290/μL |
ALB | 3.3 g/dL | RBC | 442 × 104/μL |
AST | 72 U/L | HGB | 13.5 g/dL |
ALT | 46 U/L | PLT | 224 × 103/μL |
γ-GT | 36 U/L | NEUT | 94.3% |
LD | 349 U/L | LYMP | 2.1% |
T-Bil | 0.9 mg/dL | 血液ガス(静脈血) | |
GLU | 123 mg/dL | HCO3− | 21.7 mmol/L |
UN | 38 mg/dL | Na+ | 119 mmol/L |
CRE | 1.07 mg/dL | K+ | 2.6 mmol/L |
CRP | 7.58 mg/dL | Cl− | 104 mmol/L |
Na | 121 mmol/L | Anion gap | −4.1 mmol/L |
K | 2.8 mmol/L | ||
Cl | 測定不可 |
ブロムワレリル尿素を含む市販鎮痛薬であるナロンエースT®を長期にわたって内服していたことから,ブロムイオンによる偽性高Cl血症の可能性を考えた。症例1の経過中の症例であったため救急外来に赴き,検査結果を直接主治医に報告した。そこで3年前より食欲不振などの症状があったことから慢性ブロム中毒を疑い,血中ブロム値測定の提案をした。測定結果は713 mg/Lと明らかな上昇を認め,慢性ブロム中毒と診断された。
3. 臨床経過入院時よりナロンエースT®の服薬を中止し輸液療法を行ったところ,血中ブロム値の低下と共に意識レベルの改善を認めた。第4病日目には中毒域を脱して血清Cl値の測定値を得ることができ,TBAでNa:133 mmol/L,K:3.3 mmol/L,Cl:106 mmol/Lとなった(Figure 2)。
第4病日目からは血清Clの通常測定が可能となった。
主治医の許可をとり病棟薬剤師と病室を訪問したところ,頭痛に対してナロンエースT®を10年以上前から毎日のように服用していたことが分かった。臨床検査技師は検査結果説明を行い,薬剤師からは服薬指導を行った。
Cl測定におけるISE法において,ブロムイオンやヨウ素イオンのような共存物質が試料中に存在する際に各電極が受ける影響の大きさが選択係数として示されており,1 mmol/Lにつき係数の値だけ測定結果に影響を与える。この係数は各メーカーの分析装置ごとに測定されており,電極のイオン感応膜の構造等により差がある1)。ブロムイオンに対する選択係数はTBAでは4.28と提示されており,同じISE法を原理とするABLでは4.1である。選択係数の相違が生じる原因としては,まず選択係数の算出方法の違いがある。TBAにおける選択係数は混合溶液法にて,複数サンプルにブロムイオンを添加して影響を受けた値の平均値から算出されているが,ABLでは既知Cl値のサンプルにブロムイオンを添加した干渉試験の結果として決定されている。次に測定方法が異なる点がある。TBAはサンプルを希釈し血清中の平均Cl値を測定する間接法であるのに対し,ABLは全血で測定され,血漿の水相に対する平均Cl値を測定する直接法である。症例1の入院時はブロムイオンが710 mg/L(8.88 mmol/L)であり,選択係数からCl値への正誤差を計算すると 36.4 mmol/Lの影響があったと考えられる。症例2ではブロムイオンが713 mg/L(8.91 mmol/L)であり,選択係数からCl値への正誤差を計算すると36.5 mmol/Lの影響があったと考えられる。ABLでブロムイオンによる正誤差を受けなかった場合のCl値は症例1では82.6 mmol/L,症例2では67.5 mmol/Lと推測できる。
今回2症例を経験して,血清Na値が正常にもかかわらずCl値が電位差エラーによる測定不能の場合や,Anion gapが異常に低い場合も偽性高Cl血症を疑う指標になると思われた。偽性高Cl血症によりAnion gapが上昇せず,ケトアシドーシスの診断に苦慮した症例も報告されているため注意が必要である2)。現在の日常検査に利用されているISE法においては,共存イオン濃度が判明しないとCl値を算出することができない。また測定範囲が狭く,高濃度の共存イオンが存在した場合は今回の症例のように実測値が出ないため,Na値とのバランスや内服薬,臨床症状などで診断を進めていくしかないのが現状である。
ブロムワレリル尿素は催眠鎮痛薬として広く使用されていたが,その中毒性のため米国では医薬品としての使用が禁じられている2)。ブロムワレリル尿素は体内に入るとブロムイオンとして代謝される。ブロムイオンは血中半減期が12日と著しく長く3),規定の用量範囲であっても連用により副作用が生じることがある3)。本症例で使用されていたナロン顆粒®,ナロンエースT®の添付文書には,長期連用しないよう注意書きがされている。
ブロム中毒には急性中毒と慢性中毒があり,急性中毒は意識障害,呼吸不全,肝機能障害,消化器症状が生じ,慢性中毒は小脳失調,構音障害,精神障害,臭素疹等が生じることが知られている4),5)。また腎機能が低下している場合,さらに中毒症状が助長される6)。通常慢性ブロム中毒は記銘力障害,四肢の筋力低下などの不可逆的な神経障害が残る場合も多く7)早期発見が肝心である。血中ブロム値が500 mg/L以上になると慢性ブロム中毒の症状が出現するとされており8)脱力や精神障害など今回の2症例の症状とも合致している。治療としてはブロムワレリル尿素含有薬の中断,補液療法,利尿薬投与や,重症例においては血液透析も有効とされる9)。
ブロムワレリル尿素を含有する一般用医薬品(over the counter drug; OTC)は1990年代に自殺目的での使用が多発した経緯もあり指定第2類に分類されている10)。指定第2類とは,相互作用や過量投与により心停止のおそれがある成分および習慣性・依存性がある成分が選ばれている10)。ブロムワレリル尿素は,解熱鎮痛薬として2020年2月現在97銘柄のOTCに配合されている。指定第2類の場合,複数個を購入できないようになっているが,インターネット上であれば複数店舖を回ることは容易であると思われ,市販鎮痛薬の正しい知識を広める必要がある。OTC薬は患者の申告がない場合もあり内服の有無に関する聴取が難しく,慢性患者は潜在的に存在している可能性がある。原因不明の精神・神経症状を示す患者に対しては,慢性ブロム中毒の可能性を考慮するべきと思われる。
検体検査の自動分析化が進むなかで,自施設の分析装置の特徴や問題について把握し,検査結果の解釈を交えて臨床側に正しい検査結果を伝達することが必要である。今回の症例のように検査結果から病態を推測することが診断のきっかけになることもあるため,多職種の情報交換も検査結果報告においては重要であると思われた。
市販鎮痛薬の長期服用によるブロム過剰で偽性高Cl血症となった症例を経験した。我々臨床検査技師は測定値に影響を及ぼす要因を熟知しておく必要があり,測定値の異常に対し適切な判断が必要となる。本症例のように妨害イオンを示唆するエラーや病態に合わない高Cl血症に遭遇した場合は内服薬を確認し,臨床と情報共有することで,診断に直結する検査報告が可能となり早期診断,早期治療につながると思われる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。