2024 年 73 巻 4 号 p. 869-874
症例は50歳代女性。慢性咳嗽を主訴に前医を受診し,胸部単純X線写真にて右上中肺野に浸潤影を指摘され,精査加療目的で当院受診となった。血液検査で末梢血中好酸球数及び血清総IgEの上昇を認め,胸部CT所見で中枢性気管支拡張と右上葉気管支内に高吸収粘液栓を認めたことから,アレルギー性気管支肺真菌症(ABPM)が疑われ気管支鏡検査目的で当院に入院となった。提出された気管支肺胞洗浄液のGram染色像で,真菌の隔壁部にSchizophyllum communeに特徴的なかすがい連結が観察された。サブローデキストロースCG寒天培地を用い,培養72時間後に白色綿毛状のコロニーの形成が認められた。セロハンテープ法では,かすがい連結及び樹状突起が観察された。さらに培養10日で子実体の形成が認められた。質量分析法及び遺伝子解析の結果,S. communeと同定された。Itraconazoleによる抗真菌薬療法及びPrednisoloneによるステロイド治療が行われ,現在まで再発・再燃は認めていない。本症例では,遺伝子学的解析と質量分析による同定結果が一致し,質量分析による菌種同定が有用であった。ABPMを疑う患者の気道系検体が提出された場合,Aspergillus属菌だけでなくS. communeの可能性も考慮し,Gram染色標本は弱拡大にて菌糸の形態的特徴を十分に観察する必要がある。
We encountered a suspected case of allergic bronchopulmonary mycosis (ABPM) caused by Schizophyllum commune. The patient, a woman in her 50s with a history of chronic cough, underwent a chest X-ray, which revealed infiltration in the right upper and middle lung fields. She was referred to our hospital for further assessment and treatment. Blood analysis indicated elevated eosinophil counts and serum total IgE levels. A chest CT scan revealed central bronchiectasis and a hyperabsorbable mucus plug, leading to the suspicion of ABPM. Consequently, the patient was admitted for a bronchoscopy. Gram-stained images of bronchoalveolar lavage fluid showed characteristic features of S. commune, including clamp connections and hyphal spicules at the septum of the fungus. Subsequent cultures of Sabouraud Dextrose CG agar medium showed the formation of white, cotton-wool-like colonies after 72 h of incubation. The cellophane tape method confirmed the presence of clamp connections and spicules. Additionally, the basidiocarp was observed after 10 days of incubation. The findings from the mass spectrometry and genetic analysis revealed the presence of S. commune. Treatment with itraconazole and prednisolone resulted in no recurrence. The results of genetic analysis and mass spectrometry were consistent, and identification by mass spectrometry was useful. When assessing specimens from patients suspected of ABPM, consideration should be given to S. commune in addition Aspergillus spp. Morphological characteristics of the mycelium should be meticulously observed under low magnification of the microscope when examining Gram-stained specimens.
アレルギー性気管支肺真菌症(allergic bronchopulmonary mycosis; ABPM)の原因菌として最も多いのはAspergillus fumigatusに代表されるAspergillus属菌である。しかし,近年Aspergillus属菌以外が原因となるABPMの報告が増加しており,本邦では1993年にSchizophyllum communeによるABPMがKameiら1)により報告されて以来,同様の報告が散見されている。今回,Gram染色でかすがい連結を認めたS. communeによるABPMの1症例を経験したので報告する。
患者:50歳代,女性。
既往歴:小児喘息,アレルギー性鼻炎,両側鼻茸を伴う副鼻腔炎。
主訴:慢性咳嗽。
家屋:木造。
現病歴:3年前からの慢性咳嗽を主訴に前医を受診した。胸部単純X線写真にて右上中肺野に浸潤影を指摘されたため,精査加療目的で当院受診となった。市中肺炎を疑いAmoxicillin/Clavulanate(CVA/AMPC)内服薬及びAmoxicillin(AMPC)内服薬が処方され加療を行っていたが,1か月後の胸部単純X線写真で肺炎像の増悪を認め,器質化肺炎も疑う所見が認められた。精査のため行った血液検査(Table 1)で末梢血中好酸球数増加と血清総IgE高値(1,259 IU/mL),さらに胸部CTで中枢性気管支拡張と右上葉気管支(右B2)に高吸収粘液栓が認められた。ABPMの臨床診断基準(Table 2)では10項目中6項目以上陽性でABPMの確定診断となるが,本症例では,喘息の既往,末梢血中好酸球数1,293/μL,血清総IgE値1,259 IU/mL,CTでの中枢性気管支拡張及び粘液栓の存在,high-attenuation mucus(HAM)陽性の6項目を満たしたためABPMの診断となり,気管支鏡検査での確認目的で当院入院となった。
血液学的検査 | |
---|---|
RBC | 4.35 × 106/μL |
Hb | 13.3 g/dL |
Ht | 39.4% |
PLT | 223 × 103/μL |
WBC | 9.3 × 103/μL |
好中球 | 56.3% |
好酸球 | 13.9% |
好塩基球 | 0.9% |
単球 | 7.4% |
リンパ球 | 21.5% |
生化学検査 | |
CRP | 0.61 mg/dL |
血清総IgE | 1,259 IU/mL |
カンジダ特異的IgE | クラス1(ルミカウント1.68) |
アルテルナリア特異的IgE | クラス0(ルミカウント0.72) |
アスペルギルス特異的IgE | クラス1(ルミカウント2.01) |
1.喘息の既往あるいは喘息様症状あり |
2.末梢血好酸球数(ピーク時) ≥ 500/mm3 |
3.血清総IgE(ピーク時) ≥ 417 IU/mL |
4.糸状菌に対する即時型皮膚反応あるいは特異的IgE陽性 |
5.糸状菌に対する沈降抗体あるいは特異的IgG陽性 |
6.喀痰・気管支洗浄液で糸状菌培養陽性 |
7.粘液栓内の糸状菌染色陽性 |
8.CTで中枢性気管支拡張 |
9.粘液栓喀出の既往あるいはCT・気管支鏡で中枢気管支内粘液栓あり |
10.CTで粘液栓の濃度上昇(HAM) |
判定 6項目以上を満たせばABPMの診断確定,5項目であればABPM疑い |
臨床経過:入院1日目に気管支鏡検査を施行し,右B2aから粘液栓が吸引され,右B3aの生検では病理組織診断にて好酸球とリンパ球を主体とする中等度の炎症細胞浸潤,粘液と好酸球が混在した滲出物と壊死物,さらにGrocott染色陽性の有隔糸状真菌が認められた。同時に採取された気管支肺胞洗浄液が培養検体として提出された。糸状菌によるABPMの診断で,Itraconazole(ITCZ)内服薬,CVA/AMPC内服薬,さらにPrednisolone(PSL)内服薬による治療が開始され,退院となった。退院から1か月後に行った胸部単純X線写真では肺炎像が改善し,血清総IgE値は815 IU/mLと低下が認められた。ITCZとCVA/AMPCの投与は終了したが,PSLによる治療は現在も継続しており,1年の経過観察で再発・再燃は認めていない。
提出された気管支肺胞洗浄液を遠心した沈渣を用い,フェイバーG染色液(島津ダイアグノスティクス株式会社)を用いたGram染色標本にて,分岐した菌糸の隔壁部にかすがい連結が観察された(Figure 1)。サブローデキストロースCG寒天培地(日本BD)を用いて35℃ 好気条件下で培養し,72時間後に独特のメタン臭を発する白色綿毛状のコロニーの形成が認められた(Figure 2a)。発育コロニーを用いたセロハンテープ法で,かすがい連結(Figure 3a)及び樹状突起(Figure 3b)が観察された。さらに培養10日で子実体の形成が認められた(Figure 2b)。MALDI-TOF MS(Bruker Daltonics)を用いた菌種同定検査では,Score Value 1.802でS. communeと同定された。また,26S及びITS1/2領域におけるrRNA塩基配列解析では,両者とも100%(360/360,513/513)の相同性でS. communeと同定されたため,最終的に本菌と判定した。他の検出菌も含めた培養結果をTable 3に示す。
a:培養3日目 b:培養10日目(子実体形成)
a:かすがい連結 b:樹状突起
Gram染色所見 | 培養結果 | ||
---|---|---|---|
WBC | 3+ | α hemolytic streptococci | 2+ |
陽性球菌 | 2+ | Streptococcus anginosus group | 2+ |
陰性桿菌 | 1+ | Rothia mucilaginosa | 2+ |
真菌 | 1+ | Haemophilus sp. | 2+ |
Neisseria sp. | 1+ | ||
Schizophyllum commune | 1+ |
S. communeは担子菌門ハラタケ目スエヒロタケ科の代表菌種で,真正担子菌類,すなわちキノコの一種であり,1950年に初めてヒトへの感染症例が報告された2)。担子菌類に属するキノコ類は食中毒や食物アレルギー以外には病原性は低いとされているが,本菌が爪感染症,脳膿瘍,副鼻腔炎,気管支肺疾患などの原因菌となった症例報告が散見される3)~5)。また,気管支肺疾患の多くがABPMであり5),約半数は本邦からの報告である6)。本菌は木材腐朽菌としても知られており7),住居である木材建築の腐朽が感染源となる可能性があり,これが本菌による症例報告が本邦で多い可能性として挙げられる。本症例の患者も,築10年ではあるが木造住宅に住居しており,これが本菌によるABPMを惹起した可能性があると考えられた。
ABPMは,特定の真菌が気道内に頻回に侵入または定着することにより,IgG抗体が産生され,III型アレルギーが引き起こされ発症するとされている8)。原因菌として最も多いのはA. fumigatusに代表されるAspergillus属菌であるが,1993年にKameiら1)によりS. communeによるABPMの報告後,同菌によるABPMが本邦でも増加傾向である。Aspergillus属菌によるABPMがほとんど性差を認めないのに対して,S. communeによるABPMは40歳以上の女性に多いという特徴がある9)。ABPMは陳旧性肺結核など気道の防御機能が局所的に低下する基礎疾患に合併し10),気管支喘息との関連が深いと指摘されている9)。一方で,AIDSなど易感染性をきたすような重篤な基礎疾患との関連は明らかでない9)。本症例は重篤な基礎疾患はなく,小児期に気管支喘息の既往のある50歳代女性で,既報と合致していた。
診断基準として挙げられているように,ABPMの診断には糸状菌の検出は重要である。しかし喀痰や気管支肺胞洗浄液中の糸状菌は菌数が少なく検出できない場合があるため,喀痰溶解剤などで溶解後に遠心を行い,沈渣を用いた検査で検出感度を上げる必要がある11)。また,喀痰については,偶然吸い込んだ胞子が上気道に付着する可能性があるため,喀痰から複数回分離されることが起炎菌の判断に重要である。一方で,下気道から直接検体採取する気管支肺胞洗浄液は,喀痰からの単回分離より臨床意義が高いとされている12)。本症例も気管支肺胞洗浄液からS. communeが分離されたため,本菌によるABPMの診断に至った。
米国感染症学会のアスペルギルス診療ガイドラインではABPMの治療にステロイドとアゾール系抗真菌薬併用が推奨されており13),Aspergillus属菌以外の真菌が起因菌の場合も,アゾール系抗真菌薬は有効である14)。しかし減量や投薬中止後の再燃リスクから長期投与となることが多く,アゾール系抗真菌薬耐性真菌が生じる可能性が指摘されている14)。また,S. communeによるABPMは再発・再燃した報告例が多く1),3),4),肺切除術を施行した14年後の再発例もあり9),治療後の経過観察も重要である。本症例ではITCZによる抗真菌薬療法とPSLによるステロイド治療が行われ,再発・再燃は認めていないが,今後も注意深い経過観察が必要であると考えられた。
本菌は白色綿状コロニーを形成し,中等度の発育速度をもつ糸状菌である。独特のメタン臭を発し,発育は37℃でも可能である。一核菌糸体(一次菌糸体)と二核菌糸体(二次菌糸体)があり,二核菌糸体のみが子実体と呼ばれるキノコの傘を形成する能力がある10)。二核菌糸体では,細胞隔壁部にかすがい連結が観察され,菌糸表面に樹状突起を認める場合がある。しかし,一核菌糸体の場合は形態的特徴に乏しく,樹状突起は認めることはあるが,かすがい連結は認められない。この場合,既知の株との交配試験を行う必要があるが,一般的な検査室で行うことは通常困難で,専門機関への依頼が必要である9)。そのため,菌種同定には遺伝子学的解析が有用であると報告されているが11),遺伝子学的解析も一般的な検査室で行うことは困難である。近年,質量分析装置による同定法の研究が進み,糸状菌の同定に有用な方法となることが期待されている。質量分析が本菌を疑う有力な手がかりとなり,菌種同定の一助となる可能性が報告されている8)。本症例でも遺伝子学的解析と質量分析による同定結果が一致し,質量分析による菌種同定が有用であった。
今回,患者検体のGram染色像で真菌の隔壁部にS. communeに特徴的なかすがい連結が観察され,発育したコロニーが独特のメタン臭を発したことが本菌同定の一助となった。通常,本菌の菌種同定には,交配試験などの追加検査や遺伝子学的解析,質量分析を行う必要があり,菌の発育及び同定までに時間を要する。Gram染色でかすがい連結を確認することで,早期診断に寄与することができると考えられた。
ABPMを疑う患者検体から糸状菌の発育を認めた場合,遺伝子解析等の精査を行う必要があるが,発育してから菌種同定までには数日を要する。また,本邦ではAspergillus属菌だけでなくS. communeが原因である可能性も高いため,Gram染色標本の鏡検精査による菌糸の確認が早期診断につながる可能性があると考えられる。本菌による感染症例の報告は増加しているものの,いまだ報告数は少なく,今後も症例の集積や抗真菌薬に対する薬剤感受性分布の報告が望まれる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。