医学検査
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資料
近畿地区における微生物検査アンケート調査報告―標準化を目的とした現状把握―
口広 智一大瀧 博文中尾 歩美寺前 正純木下 愛山田 幸司
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2025 年 74 巻 1 号 p. 154-161

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Abstract

臨床検査の標準化が進められている時代の中で,細菌検査分野は検査技術や結果が技師の技量や判断に関わる部分が多く,検査標準化が遅れている分野である。今回われわれは日臨技近畿支部医学検査学会の微生物シンポジウム開催に先立ち,近畿地区の微生物検査室を有する施設における検査前プロセス,塗抹検査,菌種同定,薬剤感受性検査,耐性菌検査,血液培養検査および報告コメントに関する検査の現状についてアンケート調査を行った。その結果,検査方法,結果やコメントの報告方法などにおいて,施設により大きく異なっている現状が明らかとなった。今後標準化を進めるうえで現状を把握するための有用な資料となると思われた。

Translated Abstract

In contrast to progress in standardization in the field of clinical testing, standardization in clinical microbiological testing is gradual and inadequate because testing techniques and results are highly dependent on technicians’ skill and judgment. Prior to the microbiology section symposium sponsored by the Kinki branch of the Japanese Association of Medical Technologists, we performed a questionnaire survey that targeted microbiological testing facilities in the Kinki area. We surveyed the current status of testing, including the pretest process, smear testing, bacterial species identification, antimicrobial susceptibility testing, tests to confirm bacterial resistance, blood cultures, and comments regarding result reporting. The results revealed that the current situation differs significantly depending on the facility, including the testing methods and methods of reporting comments on results. This survey may be useful to gain deeper insight into the current situation and to promote future standardization.

I  はじめに

臨床検査は診断および治療の指針として重要な項目であり,その比重は益々大きくなってきている1)。そのため,臨床検査の結果はいつ,どこで実施されようとも,信頼性の高い検査結果を得られることが必要であることから,日本臨床衛生検査技師会(日臨技)や日本臨床検査標準協議会(JCCLS),および学会などの各種学術団体等により標準化活動が進められている1)。その中で微生物検査分野は,他分野と比較して自動化や標準化が困難な検査項目や手順が多く,施設間差を生じやすい状況にある2)。その理由として,用手法による作業が多いこと,検査法や判定法に統一された基準が少ないこと,さらには技師の技量や判断が検査結果の精度に大きく影響することなどが挙げられる。以前,われわれは2012年に近畿地区における細菌検査の検査方法や結果の報告などの現状についてアンケート調査を実施し,その集計結果を報告した3)。この度,約10年が経過した近畿地区の細菌検査の現状調査として,令和5年度日臨技近畿支部医学検査学会(和歌山市,2023年10月)での微生物シンポジウム「微生物検査の現状と課題~検査の標準化を目指して~」の開催に先立ち,討論のための資料として細菌検査の検査方法や結果の報告などの現状についてアンケート調査を行った。本調査成績はこの10年における細菌検査の変化状況を知る機会であることに加え,今後の細菌検査の標準化や適正化を実施するうえでの現状を反映した有益な資料となると考えられるため,報告する。

II  対象および方法

2023年8月において,日臨技近畿支部に所属する7府県の微生物検査施設を対象にアンケート調査を実施し,118施設から回答を得た。調査項目は検査前プロセスと塗抹検査に関して15項目,菌種同定に関して12項目,薬剤感受性・耐性菌検査に関して21項目,血液培養・総合コメントに関して14項目の計62項目である。調査はGoogleフォームを利用して,1施設1回答の形式にて実施した。

III  結果

アンケート回答施設の概要をTable 1に示した。Table 2に検査前プロセスと塗抹検査に関する項目,Table 3には菌種同定に関する項目,Table 4には薬剤感受性・耐性菌検査に関する項目,そしてTable 5には血液培養・総合コメントに関する項目の集計成績を示した。

Table 1 アンケート回答施設の概要

A.府県別施設数と種別施設数

大学病院 公的市中病院 民間市中病院 検査センター 合計
大阪府 5 11 10 0 26
兵庫県 3 23 7 3 36
京都府 3 1 6 2 12
滋賀県 1 6 4 0 11
福井県 1 5 4 1 11
奈良県 2 5 4 0 11
和歌山県 1 7 2 1 11
合計 16(13.5%) 58(49.2%) 37(31.4%) 7(5.9%) 118

B.病床数別施設数(検査センターを除く)

病床数 < 200 < 400 < 600 < 800 < 1,000 ≥ 1,000
施設数(%) 9(8.1%) 50(45.0%) 24(21.6%) 16(14.4%) 8(7.2%) 4(3.6%)

C.微生物検査の担当技師数(専任,兼任全て含む)

担当技師数 1 2 3 4~5 6~7 ≥ 8
施設数(%) 2(1.7%) 16(13.6%) 30(25.4%) 35(29.7%) 24(20.3%) 11(9.3%)

D.専任微生物検査技師数

専任技師数 0 1 2 3 4~5 ≥ 6
施設数(%) 22(18.6%) 19(16.1%) 19(16.1%) 17(14.4%) 25(21.2%) 16(13.6%)
Table 2 検査前プロセスと塗抹検査に関するアンケート集計成績


Table 3 菌種同定検査に関するアンケート集計成績


Table 4 薬剤感受性・耐性菌検査に関するアンケート調査成績


Table 5 血培・統合コメントに関するアンケート集計成績


IV  考察

現代医学の診断や治療にはevidence-based medicine(EBM)の考え方が多く用いられている1)。これは医師の経験に加え臨床検査データの適切な判定に基づき,科学的根拠に基づいた診断や治療を行うものである1)。しかしながら,根幹となる検査データが施設ごとに異なっていると,このEBMの仕組みを成立させることはできない。そのため,検査結果の施設間差をできる限り減少させるための検査標準化を進めていく必要がある1)。検査標準化が普及すると施設間の情報共有が可能となり,より正確な診断に役立つ可能性がある。しかしながら,細菌検査分野においては,検査前プロセスから検査法,判定法および報告方法などの全ての検査手順において,本邦における統一された基準が少ないことや,技師の経験や技量が検査結果に関与する部分が大きいことなどから,検査データの施設間差が他の分野より生じやすい特徴がある。検査標準化を的確に推進するためには,まず検査の現状把握を実施することが有用であり,それにより標準化を進める上での問題点を明確化することができる。それらの取り組みとして,2007年に正木ら4)はグラム染色評価法に関するアンケート調査を実施し,塗抹検査の報告方法の現状と問題点を報告し,2008年には日本臨床微生物学会の精度管理委員会5)により微生物検査の実態調査集計が報告されている。2012年にはわれわれが近畿地区の細菌検査現状調査を報告し,2015年には佐藤ら6)により北日本支部と国公立大学病院での細菌検査の現状が報告されている。これらの調査により,その時点での細菌検査分野における標準化が進んでいる項目と施設間差を生じている項目が判明し,標準化を進めるうえでの問題点が明確化されてきた。今回のアンケート調査結果も,これまでの調査と同様に,本邦の細菌検査の現状を反映したものの一つであり,標準化を進めるための資料になると考える。

今回のアンケート結果と,10年前のわれわれの調査を比較してみると,大きく変化している項目が認められた。例えば,「一般細菌で主に実施している感受性検査の方法」の設問では,微量液体希釈法とディスク拡散法の両方を実施していた施設が10年前の調査と比べて73.9%から17.8%に減少し,微量液体希釈法のみ実施している施設が23.2%から80.5%に大きく増加していた。「嫌気性菌で実施している主な感受性検査法」の設問では,10年前は最多であったディスク拡散法が43.5%から15.3%に減少し,微量液体希釈法が33.3%から59.3%に増加していた。この結果は,嫌気性菌の薬剤感受性検査にはディスク拡散法ではなくMIC値を用いた方法が推奨されている7)が,これらが浸透,普及してきたものと思われた。また,10年前はまだほとんど導入されていなかった質量分析装置は,今調査では33.9%で導入済であり,26.3%が検討中との回答であった。これは同定検査法における大きな進化の流れを感じさせる結果であった。ATCC株を用いた薬剤感受性検査の精度管理の実施については,10年前の実施率は約55%であったが,今回の調査では82.2%と増加していた。これは医療法の改正やISO 15189取得施設の増加などが要因であると思われ,内部精度管理の適切な実施が浸透しているものと推測された。一方で10年前のアンケートと比較してもほとんど変化のない項目もあった。喀痰の品質評価や洗浄操作の実施率や,分離菌に対する報告コメントの実施率などには,過去と今回の調査においてほとんど変化がみられなかった。

今調査で新たに設定した検査前プロセスに関する項目では,検体受入に関してなんらかの不可基準を決めている施設が78.0%,不適切材料への対応をしている施設が83.1%といずれも高い割合を示していた。近年,微生物検査の適正化の一つとしてdiagnostic stewardship(DS)の概念が提唱されており8),検査前プロセス管理に関してはこれらを準拠することが広く浸透している傾向にあるものと思われた。しかしながら,検査後プロセス管理であるコメント報告などに関しては,分離菌の評価をコメントで実施している施設は血液培養検体で39.9%,それ以外の検体にて54.3%であり,10年前の調査結果とほとんど変化が見られていなかった。微生物検査のコメント報告に関しては,明確な基準や指針が定められていないこともあり,まだまだ各施設に十分浸透しておらず,標準化に向けた大きな課題であると考えられた。

本調査結果は,設問によっては大きな施設間差を感じる結果が見受けられたが,本邦の細菌検査の現状を概ね反映しているに近い状況を示す情報の一つといえるであろう。今後の細菌検査全般の標準化においては,American Society Microbiology(ASM)や日本臨床微生物学会から刊行されている各種マニュアルやガイドライン9)~13)を参考にした標準検査法の推進および普及が,施設間差の減少に繋がる有効な方法であると考える。微生物検査室の規模や運用方法は様々であるため,全ての施設を対象に同じ方法で標準化を進めていくことは困難である。しかしながら,このようなアンケート結果を踏まえて現状を把握し,各々の施設微生物検査のアップデートに着手していくことで検査の質の向上に繋げていくことが肝要であり,それが微生物検査の標準化に向かう一助となることを願っている。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

 謝辞

最後にアンケート調査にご協力いただいた近畿地区各府県の各施設の細菌検査担当者の皆様に,心より御礼申し上げます。

文献
 
© 2025 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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