日本の医療制度は,国民皆保険によって高い保健医療水準を達成してきた。他方で,2040年以降の人口減少により医療費総額の増加が緩やかになる可能性はあるものの,高齢者人口の増加に伴い,しばらくは医療費の増加が避けられない現状がある。このため,医療費適正化計画が策定され,都道府県ごとに医療資源の効率的な活用が求められている。本研究では,臨床検査領域における医療資源の投入量の地域差から,政策的介入の余地がある優先するべき項目の例示をすることを目的としている。方法として2022年度のNDBオープンデータにおける“D検査”の算定回数を基礎情報とし,都道府県ごとの人口数で地域差が大きい項目を選定する他,専門団体である日本臨床衛生検査技師会へのヒアリングを実施した。結果として,政策的介入の余地がある医療サービス項目には,訪問診療における超音波検査と直腸肛門機能検査があがり,地域差の要因に対する意見として,①人材確保が難しい地域,②検査を実施できる医師の地域偏在,③診療報酬改定により新たに追加された項目における普及の進捗状況が影響を与えているとの見解が集まった。結論として,訪問診療における超音波検査および直腸肛門機能検査の二項目について,さらなる分析と適正化が求められることが明らかになった。この研究は,地域差のある医療資源の投入量に対する政策的介入の重要性を示し,今後の医療費適正化計画に資するものである。
Japan’s healthcare system has achieved a high level of health care through universal health insurance. On the other hand, although there is a possibility that the increase in total medical expenses will slow due to the population decline after 2040, it is inevitable that medical expenses will increase for some time due to the increase in the elderly population. For this reason, medical cost optimization plans have been formulated, and each prefecture is required to make efficient use of medical resources. This study aims to identify priority items for policy intervention by examining regional differences in the allocation of medical resources in clinical testing. Using 2021 NDB open data, we analyzed the calculation frequency of “D tests” and selected items with significant regional disparities based on the population of each prefecture. Additionally, we conducted interviews with the Japan Association of Medical Technologists. The results identified ultrasound examinations in home visits and anorectal function tests as medical services with potential for policy intervention. Factors contributing to regional differences included: (1) areas where securing human resources is challenging, (2) regional disparities in the availability of physicians capable of performing tests, and (3) the progress of the spread of newly added items in medical fee revisions. In conclusion, further analysis and optimization are needed for ultrasound examinations in home visits and anorectal function tests. This study underscores the importance of policy intervention to address regional differences in medical resource allocation and contributes to future plans for optimizing medical expenses.
「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づき,医療費適正化計画が作成され,国と都道府県行政は住民の健康増進と医療費適正化に取り組むこととなった1)。
2008–2012年度の第1期計画では特定健診の実施率向上や平均在院日数の短縮を目標とし2),2013–2017年度の第2期では後発医薬品の使用促進が加えられた3)。2018–2023年度の第3期からは,生活習慣病の重症化予防や医薬品の適正使用が新たな指標となった4)。
2022年度の検証では,計画の進捗状況にばらつきがあり,医療費抑制効果は限定的であることが確認された。これを踏まえ,2024–2029年度の第4期では,新たに複合的なニーズを持つ高齢者への医療・介護の提供や医療資源の効率的活用が目標に加えられ,体制の構築が求められることとなった5)。
医療資源の効率的活用に関しては,地域ごとに状況を分析し,効果が乏しい医療の適正化や地域差のある医療の適正化が新たな事項として位置づけられ,これに基づき,都道府県は2023年度中に新計画を作成し,関係者と連携して取り組むことが求められることとなった6)。
2. 目的医療資源の投入量の地域差として臨床検査領域に着目した場合,政策的介入の余地がある項目として,どの医療サービスを優先するべきかについて項目の例示をすることを目的とする。
2022年度のNDBオープンデータ7)における診療報酬分類コード“D検査”の算定回数を基礎情報とし,都道府県ごとの人口十万人当たりの人口数で地域差が大きい項目を選定した。
また,臨床検査領域における医療資源の投入量の地域差として,具体的な患者データやエビデンスそのものからではなく,専門団体が持つ複合的な情報や倫理観,政策的視点に基づいた意見を得るため,下記事項の算定データを提示したうえで,(一社)日本臨床衛生検査技師会へのヒアリングを実施した。
➢地域差の大きい項目(超音波検査・直腸肛門機能検査の都道府県別の算定回数)
➢外来及び入院での“D検査”による都道府県別の算定回数
➢外来での以下4項目における都道府県別,性別,年齢別の算定回数
・末梢血液一般(診療行為コード:160008010)
・血液学的検査判断料(診療行為コード:160061810)
・生化学的検査(1)判断料(診療行為コード:160061910)
・血液採取(静脈)(診療行為コード:160095710)
診療科コード:160072210
心臓超音波検査を除いた断層撮影法による胸腹部の超音波検査について,入院時,外来時,訪問診療時に分けた都道府県ごとの人口十万人当たりの算定回数を示す(Figure 1)。
入院時の総計は,1,731,217件であり,人口十万人当たり1,482件,全国平均は1,628件となっている。外来時の総計は,26,075,152件であり,人口十万人当たり19,805件,全国平均は20,206件となっている。訪問診療時の総計は,62,641件であり,人口十万人当たり44件,全国平均は38件となっている。
都道府県ごとの人口十万人当たりの算定回数でみたところ,熊本県,大分県,宮崎県,鹿児島県といった九州地区や沖縄県において,入院時は全国平均を上回る一方,訪問診療時は下回る等の実施件数であった。
これと比べ,隣の長崎県では入院時は全国平均を下回る一方,訪問診療時は全国平均を大きく超える実施件数であり,訪問診療時の実施において地域差が認められた。
2) 直腸肛門機能検査(1項目行った場合)診療行為コード:160094550
1項目行った場合として算定する直腸肛門機能検査について,入院時,外来時,訪問診療時に分けた都道府県ごとの算定回数を示す(Figure 2)。
入院時の総計は,3,823件であり,人口十万人当たり3件,全国平均は6件となっている。外来時の総計は,28,425件であり,人口十万人当たり24件,全国平均は24件となっている。
都道府県ごとの人口十万人当たりの算定回数でみたところ,秋田県,茨城県,神奈川県,富山県,熊本県では,外来時の件数が全国平均を大きく上回る都道府県である一方,入院時は下回る件数であった。
これに比べ,岩手県,愛媛県,佐賀県では入院・外来ともに全国平均を大きく超える等,直腸肛門機能検査において入院・外来を問わず地域差が認められた。
2. 臨床検査領域における医療資源の投入量の地域差についての専門団体としての意見臨床検査領域における医療資源の投入量に地域差がある理由としての意見は大きく以下の3種類に分類された。
1) 人材確保が難しい地域による影響検体検査においては衛生検査所の利用により実施は可能となることから,大きな地域差は起きにくい状況にあるものの,医療法により外注することができない生体から直接情報を得る生理学的検査においては,相対的に人材確保の影響を受けていると考えられる。
2) 検査を実施できる医師の地域偏在による影響直腸肛門機能検査等の院内実施や,在宅医療等の訪問診療の中での超音波検査の活用においては,その領域を専門とする医師が不足していることから,地域における偏在の影響を受けていると考えられる。
3) 診療報酬改定により新たに追加された項目における普及の進捗状況による影響臨床的な意義/有用性の観点から,検査する項目とその検査方法が次々に開発され,また他の検査法に代替や集約等行われており,診療報酬改定により新たに追加された項目における普及の進捗状況による影響を受けていると考えられる。
我が国では,国民皆保険によって誰もが安心して医療を受けることができる医療制度が実現され,世界最長の平均寿命や高い保健医療水準を達成してきた。
令和22年に向けて高齢化率は益々増加する一方,既に減少に転じている生産年齢人口は,令和7年以降さらに減少が加速する。急速な少子高齢化が進展し,今後も医療費の増加が見込まれる中,国民皆保険を堅持し続けていくためには,国民の生活の質の維持及び向上を確保しつつ,医療費が過度に増大しないようにしていくとともに,良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を図る必要がある。
このためにも,医療費適正化の観点から患者の視点を持ち,どの地域の患者も,その状態像に即した適切な医療を適切な場所で受けられることを目指すことが必要であり,医療機関の自主的な取り組みにより,医療機関の病床を医療ニーズの内容に応じて機能分化しながら,切れ目のない医療・介護を提供することで,限られた医療資源を有効に活用することが重要となる。
本研究によって,2022年度のNDBオープンデータより,提示した臨床検査領域における情報から,専門団体へのヒアリング実施により集まった意見において,医療資源の投入量の地域差として着目された内容としては,(1)訪問診療における超音波検査と,(2)直腸肛門機能検査が,政策的介入の余地がある項目として,分析テーマ及び成果物の枠組みを検討すべきとの意見が挙がった。
地域によって必要とされる病床機能は,社会のステークホルダーと繋がっていく仕組み(病病連携,病診連携など)により差があるものの,地域医療構想における病床の必要数は在宅医療に移行することを前提として構築されている。超音波検査は侵襲性がなく利便性が高く,アウトカム評価からも様々な場面において活用が期待される検査項目となっている。より良い医療を提供するに当たり,当該検査の活用を検討することは重要と考えられる。
また直腸肛門機能検査においては,良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律(令和3年法律第49号)により令和3年10月より,臨床検査技師も実施可能とする検査となったが,患者需要に対し,医療資源の問題から供給に制限がかかっていることが問題視されていた。人口の密集する地域と算定回数は比例傾向となるが,この検査ではこれが認められず,都道府県ごとの算定件数でみた場合,特に東京などの人口数が多い地域においては,この問題が強く出ているものと推察する。
医療費適正化計画の目的のひとつは,国民医療費全体を圧縮することにあり,都道府県,市町村,保険者そして医療機関・介護保険施設等が連携・協力しなければ達成することは困難であると,国によるこれまでの検証結果が示している。
医師や臨床検査技師をはじめとした医療従事者は,この情勢下においては,医療費適正化計画の概要と目指す将来像について,よく理解しておくことが重要と考える。加えて,専門団体は,計画の趣旨や目標を会員に向けて積極的に周知し,定期的な研修や勉強会等を通じて,医療従事者が最新の政策やその影響について常に把握できるように支援すべきである。また,医療現場からのフィードバックを集約し,政策策定や見直しの際に専門的な視点を提供する役割も果たすことが求められる。
なお,本研究には以下の限界が存在する。第一に,分析対象とした都道府県は患者の住所地ではなく,医療機関の所在地に基づいている点である。これにより,患者の居住地に関する情報が反映されていない可能性がある。第二に,本研究で使用したデータは保険診療のみの件数に限られており,全額公費による医療,労災,自費診療,健康診断等のデータは含まれてはいない。これらの要因が,研究結果に影響を与えている可能性があるため,今後の研究ではこれらの制約を考慮したさらなる検討が必要である。
また,地域差が大きい項目内容において,その要因が地域的影響か臨床的有用性か等を含め,さらに分析することは政策的介入を行ううえで重要であり,本データを足掛かりとして追加の詳細な分析を行うことで,隠れた要因や相関関係を明らかにし,より精度の高い施策立案が可能となる。これにより,現状の地域差の理解が深まり,問題解決に向けた適切かつ効果的な政策介入が実現できると考える。
医療資源の投入量の地域差として臨床検査領域に着目した場合,政策的介入の余地があるような項目として,分析テーマ及び成果物の枠組みを検討するうえで,どの医療サービスを優先して分析するべきかについて,専門団体の立場からヒアリングにより情報を集めることを実施した。
これにより,医療資源の投入量の地域差として臨床検査領域に着目した場合,訪問診療時における超音波検査と入院・外来における直腸肛門機能検査が政策的介入の余地がある優先するべき項目例として明らかとなった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。