医学検査
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資料
胸水中シアル化糖鎖抗原KL-6の診断補助としての有用性―悪性胸水に着目して―
志村 拓也三瓶 祐也今村 尚貴比嘉 良瑚萩田 万喜富永 景子増成 紗弓高野 通彰
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キーワード: 胸水, KL-6, CEA
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2025 年 74 巻 4 号 p. 746-751

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Abstract

KL-6はMUC1由来の高分子糖タンパクで,肺胞II型上皮細胞や中皮細胞から産生され,間質性肺炎の活動性指標として利用される。一方,腫瘍マーカーとしての報告もあるが,非腫瘍性疾患でも上昇するため特異性に課題がある。本研究では,胸水中KL-6(PE-KL6)とCEA(PE-CEA)を測定し,悪性胸水の診断補助としての有用性を比較検討した。対象は胸水検体57例で,疾患分類は良性35例,腺癌14例,胸膜中皮腫4例などであった。PE-KL6は腺癌で有意に高値を示し,腺癌に対するAUCは0.941,腺癌+胸膜中皮腫に対しては0.981であった。PE-CEAは腺癌に特異的だったが,胸膜中皮腫には低感度であった。両者の併用により診断能の向上が期待される結果となった。

Translated Abstract

KL-6 is a high-molecular-weight glycoprotein derived from MUC1, produced by type II alveolar epithelial cells and mesothelial cells. It is utilized as an indicator of disease activity and prognosis in interstitial pneumonia. While its utility as a tumor marker has also been reported, its specificity is limited as its levels can be elevated in non-tumor diseases. This study aimed to assess the diagnostic utility of measuring KL-6 (PE-KL6) and CEA (PE-CEA) in pleural effusion to assist in the diagnosis of malignant pleural effusion. The study included 57 pleural effusion samples, categorized into benign (35 cases), adenocarcinoma (14 cases), malignant mesothelioma (4 cases), among others. PE-KL6 levels were significantly elevated in adenocarcinoma, with an area under the curve (AUC) of 0.941 for adenocarcinoma and 0.981 for adenocarcinoma + malignant mesothelioma. PE-CEA, on the other hand, was more specific to adenocarcinoma but showed low sensitivity for malignant mesothelioma. The results indicated that a combination of both markers may improve diagnostic accuracy. PE-KL6 proved particularly useful for diagnosing malignant mesothelioma, while PE-CEA was more specific to adenocarcinoma. The combination of these markers could be helpful in distinguishing between adenocarcinoma and malignant mesothelioma, offering improved diagnostic capabilities in clinical settings. Further studies with a larger number of cases are necessary to confirm these findings and refine the diagnostic approach for malignant pleural effusion.

I  はじめに

シアル化糖鎖抗原KL-6(以下,KL-6)は,MUC1に由来する高分子量糖タンパク質であり,肺胞II型上皮細胞や中皮細胞から産生されることが知られている1)。特に間質性肺炎では,肺胞上皮の障害や再生に伴い血中濃度が上昇し,疾患活動性の指標として用いられている2),3)。また,特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis; IPF)を含む各種間質性肺炎の病態評価や予後予測にも有用とされる4)。一方で,KL-6の腫瘍マーカーとしての有用性も検討されてきたが5),6),その血清値の上昇はIPF,膠原病関連肺線維症,放射線肺臓炎などの非腫瘍性疾患でも認められるため,特異性に課題がある。そのため,現在に至るまでKL-6は腫瘍マーカーとしての保険収載には至っていない。近年,肺癌の診断においては血清マーカーに加え,胸水中の腫瘍マーカー測定の有用性が注目され7)~12),胸水中の癌胎児性抗原(CEA)測定は診断の補助となることが報告7),10)されている。従来から胸水細胞診が悪性胸水の診断において重要な役割を果たしてきたものの,その感度には限界があり,補助診断として腫瘍マーカー測定の有用性が検討されている。KL-6も腫瘍に対して高値を示すことが報告されており,胸水中KL-6(PE-KL6)の測定が悪性胸水の診断補助として有用である可能性が指摘されている11),12)。特に,PE-KL6は胸膜中皮腫の診断にも有用であるとされる12)が,PE-CEAとの直接的な診断性能の比較は限られており,その臨床的意義は十分に検討されていない。そこで本研究では,当院で胸水検査を施行し,PE-CEA測定を依頼された患者を対象にPE-KL6を測定し,その臨床的有用性をPE-CEAと比較検討することを目的とした。特に,悪性胸水と良性胸水の鑑別におけるPE-KL6の有効性,およびPE-CEAとの組み合わせによる診断精度の向上について評価し,悪性胸水診断におけるPE-KL6の意義を明らかにする。

II  対象と方法

1. 対象

1) 研究対象

本研究の対象は,2024年2月から2025年2月に当院検査科に提出された胸水検体のうち,PE-CEAの測定が依頼された検体とした。対象患者の年齢は75.7 ± 10.8歳(平均 ± 標準偏差)で,男性39例,女性18例であった。

2) 疾患分類

肺癌の分類は,提出された胸水細胞診および病理組織診断に基づいて判定した。その結果,胸水細胞診,胸水セルブロックまたは胸膜生検により悪性腫瘍細胞の存在が確認されなかった症例の胸水35例を良性胸水群,14例を腺癌群,4例を胸膜中皮腫群,2例を扁平上皮癌群,小細胞癌および紡錘細胞癌をそれぞれ1例の分類とした。

2. 方法

1) 検体測定方法

PE-KL6はルミパルスG600II(富士レビオ)を用い,ルミパルスKL-6試薬による化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)にて測定した。PE-CEAはコバスPro e 801(ロシュ・ダイアグノスティックス)を用い,エクルーシスCEA試薬による電気化学発光免疫測定法(ECLIA)により測定した。本研究は,川口市立医療センター倫理委員会の承認(承認番号:2023-08)を受け,積水メディカル社との共同研究にて実施した。

2) 統計解析

各群の測定値は中央値(四分位範囲)で示し,群間の比較にはMann-Whitney U検定を用いた。診断性能の評価にはROC曲線(receiver operating characteristic curve)を作成し,曲線下面積(area under the curve; AUC)を算出した。また,カットオフ値に基づく感度および特異度を算出し,PE-KL6およびPE-CEAの診断精度を比較検討した。統計解析および図表作成にはGraphPad Prism(GraphPad Software, San Diego, CA, USA)を使用した。

III  結果

1. 対象患者の背景

本研究における対象患者の背景をTable 1に示した。対象となった57例のうち,男性39例,女性18例であり,年齢は75.7 ± 10.9歳であった。疾患分類では,悪性所見を認めなかった良性胸水が35例,腺癌が14例,胸膜中皮腫が4例,扁平上皮癌が2例であった(Table 1)。小細胞癌および紡錘細胞癌はそれぞれ1例のみであったため,Table 1には含めなかった。小細胞癌のPE-KL6値は113 pg/mL,PE-CEA値は1.09 ng/mLであり,紡錘細胞癌のPE-KL6値は180 pg/mL,PE-CEA値は2.07 ng/mLであった。

Table 1 胸水診断別の患者背景

患者背景 腺癌(n = 14) 胸膜中皮腫(n = 4) 扁平上皮癌(n = 2) 良性胸水(n = 35)
年齢 ± SD(歳) 72.0 ± 12.4 77.9 ± 10.9 72.0 ± 2.8 77.7 ± 10.9
性別(男性/女性) 8/6 4/0 1/1 24/11
PE-KL6(U/mL) 971.4 ± 986.8 498.8 ± 199.4 119.5 ± 46.0 140.4 ± 142.0
PE-CEA(ng/mL) 5,697.5 ± 13,754.2 0.8 ± 0.4 3.2 ± 3.3 2.5 ± 3.2

2. PE-KL6およびPE-CEAと癌部類での有意差

各群におけるPE-KL6およびPE-CEA濃度の比較結果をFigure 1に示した。良性胸水に比べ,PE-KL6値は腺癌群および胸膜中皮腫で有意に高値傾向を示した(Figure 1A)。一方,PE-CEA値に関しては,良性胸水群および胸膜中皮腫群に比べ,腺癌群で有意に高値傾向を示した(Figure 1B)。なお,扁平上皮癌,小細胞癌および紡錘細胞癌は症例数が少なかったため,統計解析には含めなかった。

Figure 1  PE-KL6およびPE-CEA値の群間比較

(A)PE-KL6値について,良性胸水(BPE),腺癌(ADC),胸膜中皮腫(MPM)間で有意差を検討した。

(B)PE-CEA値について,BPE,ADC,MPM間で有意差を検討した。

3. PE-KL6,PE-CEAの診断精度

腺癌および腺癌+胸膜中皮腫を対象とし,PE-KL6およびPE-CEAのROC曲線を作成した(Figure 2)。腺癌に対する各バイオマーカーのAUCは,PE-KL6が0.941(95% CI: 0.879–1.000),PE-CEAが0.918(95% CI: 0.879–1.000)であった。一方,腺癌+胸膜中皮腫に対する各バイオマーカーのAUCは,PE-KL6が0.981(95% CI: 0.946–1.000),PE-CEAが0.774(95% CI: 0.618–0.929)であった。ROC曲線からカットオフ値を算出した結果,PE-KL6は216 U/L,PE-CEAは9.17 ng/mLであった。また,設定したカットオフ値での感度・特異度は,PE-KL6では特に腺癌+胸膜中皮腫の診断で有用で,PE-CEAは腺癌において診断能が優れている可能性が示唆された(Table 2)。

Figure 2  腺癌および腺癌+胸膜中皮腫におけるROC曲線

(A)腺癌におけるROC曲線。PE-KL6およびPE-CEAの両項目について診断性能を評価した。

(B)腺癌および胸膜中皮腫を悪性群としてまとめた場合のROC曲線。PE-KL6およびPE-CEAについて,それぞれの診断性能を示した。

Table 2 PE-KL6およびPE-CEAの診断精度(AUC,感度,特異度)

診断対象 項目 カットオフ値 AUC(95%CI) 感度 特異度
腺癌 PE-KL6 219 0.941(0.879–1.000) 92.9 83.7
PE-CEA 9.17 0.918(0.879–1.000) 85.7 95.4
腺癌+胸膜中皮腫 PE-KL6 219 0.981(0.946–1.000) 94.4 92.3
PE-CEA 9.17 0.774(0.618–0.929) 66.7 94.9

4. PE-KL6とPE-CEAの分布

PE-KL6とPE-CEAの関係を評価するため,X軸にPE-KL6,Y軸にPE-CEAを設定した散布図を作成した(Figure 3)。PE-KL6またはPE-CEAのいずれかが陽性である場合,腺癌の診断感度は100%,特異度は79.1%であった。PE-KL6またはPE-CEAのいずれかが陽性である場合,腺癌および胸膜中皮腫の診断感度は100%,特異度は87.2%とさらに高い診断性能を示した(Table 3)。胸膜中皮腫ではPE-KL6のみが上昇する傾向が見られた。また,本研究における胸膜中皮腫4例のうち1例は,細胞診がクラスIIであり,細胞診単独では悪性の判断が困難であったが,胸膜生検により胸膜中皮腫と診断された。

Figure 3  PE-KL6およびPE-CEAによる各腫瘍の分布散布図

PE-KL6をX軸,PE-CEAをY軸に設定し,良性胸水(BPE),腺癌(ADC),胸膜中皮腫(MPM),扁平上皮癌(SCC),小細胞癌(SCLC),紡錘細胞癌(Spindle CA)の各症例を散布図で示した。それぞれのマーカーについて,ROC解析により求めたカットオフ値(PE-KL6: 219 U/mL, PE-CEA: 9.17 ng/mL)を破線で表示し,マーカーの組み合わせによる各腫瘍の分布傾向を可視化した。

Table 3 PE-KL6またはPE-CEA陽性時の腺癌・腺癌+胸膜中皮腫の感度・特異度

診断対象 感度(%) 特異度(%)
腺癌 100 79.1
腺癌+胸膜中皮腫 100 87.2

5. PE-KL6またはPE-CEAの単独上昇を認めた腺癌症例

本研究において,胸水中に出現した腺癌のうち,PE-KL6またはPE-CEAのいずれか一方のみが上昇していた症例は3例であった。PE-KL6単独で高値を示した症例は2例であり,原発肺癌の腺癌(免疫染色未実施)および,原発が乳癌であった転移性腺癌(免疫染色GATA-3:陽性)であった。一方,PE-CEA単独で高値を示した症例は1例であり,原発巣不明の腺癌(免疫染色Napsin A,TTF-1:陰性。CEA:陽性)であった(Table 4)。

Table 4 PE-KL6またはPE-CEAのいずれか一方のみが上昇していた腺癌症例の概要

症例 PE-KL6(U/mL) PE-CEA(ng/mL) 原発巣 病理免疫染色 備考
1 1,581 2.1 肺癌 未実施 間質性肺炎の既往
2 612 0.79 乳癌 GATA-3 陽性
3 131 102 不明 Napsin A,TTF-1(陰性)
CEA 陽性
尿路上皮癌・胃癌の既往

IV  考察

本研究では,胸水中のKL-6およびCEA測定が悪性胸水の鑑別にどのように有用であるかを検討した。その結果,PE-KL6は良性胸水に比べて,腺癌および胸膜中皮腫で有意に高値を示した(Table 1, Figure 1A)。一方,PE-CEAは腺癌において最も高値を示した(Table 1, Figure 1B)。一方,例数は少ないながらも扁平上皮癌群は,いずれのマーカーも平均値がカットオフ値を超えておらず,小細胞癌,紡錘型細胞癌においても同様にカットオフ値を超える高値傾向は認められなかった。KL-6は間質性肺炎1)~4),肺腺癌6),胸膜中皮腫12)との関連が示唆されている。一方,CEAは腺癌の腫瘍マーカーとして広く用いられ,悪性胸水の診断においても感度・特異度の高い指標の一つとされているが,胸膜中皮腫ではPE-CEAの上昇が乏しいことが報告されている7)。本研究では,PE-KL6の単独測定により,腺癌のみを対象とする場合よりも,腺癌および胸膜中皮腫を含めた場合の診断能がAUC:0.981(95% CI: 0.946–1.000)と高いことが明らかとなった。一方,PE-CEAは腺癌に対する診断能がAUC:0.918(95% CI: 0.879–1.000)と高値を示した。さらに,腺癌検出において,PE-KL6とPE-CEAを併用することで感度が100%に向上し,腺癌の見逃しが防止された(Table 2, 3, Figure 2)。この結果は,両バイオマーカーが相補的に作用し,診断精度を向上させる可能性を示唆している。本研究では,PE-KL6またはPE-CEAのみが上昇する腺癌症例が確認された。実際に,PE-KL6単独上昇の腺癌症例は,間質性肺炎からの肺癌への進行(n = 1),乳癌からの転移(n = 1)であった。文献的考察では,KL-6はMUC1を発現する腺癌11)および胸膜中皮腫12)で上昇することが報告されている。また,血液中のKL-6値が乳癌のマーカーになりえることが報告13)されている。一方,PE-CEA単独上昇の腺癌症例は原発巣不明の腺癌(n = 1)であった。今回,PE-CEA単独上昇していた肺癌の組織免疫染色でもCEAが発現していた(Table 4)。CEAは消化器系や肺の腺癌で高発現することが知られている7),10)。これらの腫瘍の特徴によって各マーカーの上昇パターンに差異が生じた可能性が考えられたが,本研究では対象症例が少なく,個々の上昇パターンを詳細に解析するには限界があった。また,腺癌+胸膜中皮腫同時検出におけるPE-KL6とPE-CEA併用測定の診断能は,感度100%,特異度87.2%であった。これは,腺癌単独検出時と比較して感度同等でありながら,特異度が大きく向上したことを示している。さらに,本研究では胸膜中皮腫の4例すべてでPE-KL6値はカットオフ値を上回ったのに対し,PE-CEAはいずれもカットオフ値を下回っていた。この傾向は,先行研究で報告されているバイオマーカーの特徴とも一致していた7)。臨床現場では,胸膜中皮腫の診断の際に,反応性中皮細胞や腺癌との鑑別がしばしば困難となることが知られている14)‍~17)。本結果は,PE-KL6とPE-CEAの両者を併用して測定することにより,胸膜中皮腫とこれら他の疾患との鑑別診断補助となりうる可能性を示唆している(Figure 3)。

本研究にはいくつかの限界が存在する。まず,対象症例数が限られているため,統計学的な確証を得るにはさらなる大規模な検討が必要である。特に,胸膜中皮腫の症例をより多く含めることで,この疾患に対する有用なバイオマーカーとなる可能性について,さらなる検討が求められる。今後は,より多くの症例を対象とした多施設研究を行い,他の腫瘍マーカーとの比較を通じて,PE-KL6およびPE-CEAの診断的価値をさらに明確にすることが望まれる。

V  まとめ

本研究の結果から,PE-KL6をPE-CEAと同時測定することで,悪性胸水の診断において一定の診断的価値を持つ可能性が示された。ただし,本研究の対象症例数には限界があり,特にPE-CEAの診断精度にはばらつきが見られた。今後の大規模研究により,診断精度の安定性を確認する必要がある。

COI開示

本論文は積水メディカル社との共同研究にて実施した。

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