医学検査
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技術論文
組織染色に乾燥プロセスを取り入れた新たなアプローチ―染色切片乾燥法(キシレンドライ法)の考案―
黒田 優太五十嵐 久喜服部 和哉北山 康彦
著者情報
キーワード: 脱水, 透徹, 乾燥, キシレン, 退色
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2026 年 75 巻 2 号 p. 252-262

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Abstract

今回我々は,透徹剤であるキシレンの使用量削減と脱水不良の改善を目的に,脱水・透徹後に切片を乾燥させ封入する方法を考案した。予備実験として,通常の脱水・透徹・封入とエタノールによる脱水後に切片を乾燥させ,封入前のキシレンに浸漬後封入を行ったもので比較したところ,染色性に顕著な差異は認めなかったものの,後者は組織の一部に若干の収縮が確認された。しかし,脱水後にキシレンによる透徹を1槽行い乾燥させ,封入前のキシレンに浸漬後封入したところ収縮は確認されず,通常の方法と同等の染色性が得られた。そこで,(a)通常の脱水・透徹・封入,(b)脱水・透徹1槽後,乾燥させ封入前のキシレンに浸漬後封入の2通りにて比較検討した。各種ホルマリン固定パラフィン包埋ブロックより得られた2枚の連続切片を用い,HE染色,特殊染色(色素別に10種類),免疫組織化学染色(p53)を行った。(b)はすべての染色で切片剥離はみられず,染色性も(a)と同等の結果であった。さらに,各種染色直後と6ヵ月後の染色態度を比較し退色の有無を比較したところ,(a)のベルリンブルー染色は染色態度に変化を認めたが,(b)では変化を認めなかった。今回,その他の染色では両者に顕著な差異はみられなかった。(b)の方法であれば透徹で用いるキシレン1槽で,1,000枚以上の標本作製が可能であり,使用量削減および退色の原因とされる脱水不良の改善が期待できる実用的な方法と考えられた。

Translated Abstract

We have devised a method of drying and sealing sections to reduce the amount of xylene used as a permeabilizing agent in the preparation of histopathology-stained specimens and to improve dehydration. First, as a preliminary experiment, we observed slight shrinkage of some tissues in the case of stained sections that were dried after dehydration in ethanol, immersed in xylene, and then sealing. On the other hand, the method in which the sections were dehydrated in ethanol, permeated with xylene in one bath, dried, immersed in xylene, and then sealed obtained results equivalent to those of the normal method. Therefore, we compared the results of (a) normal dehydration, permeabilization, and sealing, and (b) dehydration, one bath of permeabilization, drying, immersion in xylene, and sealing. Two serial sections were prepared from each formalin-fixed paraffin-embedded block and subjected to HE staining, special staining (10 different dyes), and immunohistochemical staining (p53). In (b), no section detachment was observed in any of the stains, and the staining properties were comparable to those of (a). Furthermore, we compared the staining attitudes immediately after staining and 6 months after staining, and found that (a) Berlin blue staining showed a change in staining attitude, but (b) Berlin blue staining did not show any change. No difference was observed in the other stains. The method (b) can be used to permeate more than 1,000 sheets in a single tank of xylene, and is expected to reduce the amount of xylene used and improve dehydration, which is considered a cause of fading.

I  はじめに

病理診断は,一般染色であるヘマトキシリン・エオシン染色(hematoxylin-eosin stain;HE染色)や特殊染色,免疫組織化学染色などを組み合わせて行うことが多い。それらの染色完了後,非水溶性封入剤を用いる場合の一連の操作は脱水・透徹であるが,時として水分混入による脱水不良が生じ鏡検が困難となる場合がある。さらに過去の染色標本において,標本の退色が原因で再染色が必要となることもある。これは,脱水不良により退色の原因である光反応が助長され色素溶出のリスクが高まることが一因といわれている1)~3)。標本の長期保管を可能にするためには,脱水・透徹操作を十分に行うべきとされ,頻繁な溶媒の交換を要求される。しかし,透徹剤として一般的に用いられているキシレンは,中枢神経系において感覚系や運動系および情報処理機能に影響を及ぼす可能性があることから4)~8),劇物取締法で劇物に,改正労働安全衛生法により有機溶剤中毒予防規則(有機則)に指定されており,使用や廃棄には注意が必要となっている。そこで今回,キシレンの使用量削減と脱水不良の改善を目的に,脱水・透徹後に切片を局所排気装置内で乾燥させ封入する方法を考案したので報告する。

II  対象および方法

 予備実験

病理診断の確定した臓器別(心臓,膵臓,腎臓,肺,肝臓,大腸,皮膚)の各種ホルマリン固定パラフィン包埋(formalin-fixed, paraffin-embedded; FFPE)ブロックより得られた3枚の連続切片を使用した。包埋剤はパラベット60(武藤化学)を用い,切片の伸展温度は43℃,伸展時間は5分に統一した。HE染色後,下記の3種の方法にて封入しミクロ像を比較した(Table 1)。

Table 1 Preliminary experiment protocol

Protocol (a) Protocol (b) Protocol (c)
1 HE stain
2 95% ethanol ① 1 min 95% ethanol ① 1 min 95% ethanol ① 1 min
3 95% ethanol ② 1 min 95% ethanol ② 1 min 95% ethanol ② 1 min
4 100% ethanol ① 1 min 100% ethanol ① 1 min 100% ethanol ① 1 min
5 100% ethanol ② 1 min 100% ethanol ② 1 min 100% ethanol ② 1 min
6 100% ethanol ③ 1 min 100% ethanol ③ 1 min 100% ethanol ③ 1 min
7 xylene ① 1 min dry (65°C) 2 min xylene ① 1 min
8 xylene ② 1 min dry (65°C) 2 min
9 xylene ③ 1 min
10 xylene before sealing
11 sealing

(a)通常の脱水・透徹後封入(以下,通常法)。

(b)エタノールによる脱水,切片を乾燥,封入前のキシレンに浸漬させ封入(以下,エタノールドライ法)。

(c)エタノールによる脱水,キシレンによる透徹1槽後に切片を乾燥,封入前のキシレンに浸漬させ封入(以下,キシレンドライ法)。

次いで,腎臓のFFPEブロックから,下記のように一対のミラー切片(①~④)を作製し,HE染色を施行した。染色後,①と②および③と④の切片のミクロ像を画像編集ツールであるAdobe photoshopを用いて統合し,比較した(Table 2, Figure 1)。

Table 2 Image integration method using mirror sections

1 ①~④の切片をHE染色後,ミクロ画像を撮影
2 ①および③を取り込む(Adobe Photoshop)
3 ②および④を別レイヤーで取り込み反転
4 工程3の画像をそれぞれコピーし対の裏面画像(①および③)にペースト
5 ペーストした画像のレイヤーを不透明度50%とする
6 画像を任意の角度で調整しながら合成する
7 一致したところで画像を統合する
Figure 1  Image integration method using mirror sections

A: Normal method (a) + ethanol drying method (b) B: Normal method (a) + xylene drying method (c)

Aでは,エタノールドライ法によって腎臓組織に若干の収縮を認め,通常法との統合画像において細胞同士が重なり,糸球体構造が不明瞭である(→)。対してBでは,キシレンドライ法に腎臓組織の収縮を認めないため,統合画像はエタノールドライ法と比較し明瞭である。

①裏面(通常法用)を薄切

②表面(エタノールドライ法用)を薄切

③裏面(通常法用)を薄切

④表面(キシレンドライ法用)を薄切

その結果,すべての方法で染色性に差異は認めなかった。また,切片を乾燥した際の剥離もなかったものの,エタノールドライ法では組織の一部に若干の収縮が確認された。しかし,キシレンドライ法では収縮は認めず,組織形態に変化は認めなかった(Figure 2)。したがって,通常法とキシレンドライ法の2種類の方法にて本検討を行うものとした。

Figure 2  Stained image from preliminary experiment (×200)

上段;肝臓 下段;膵臓

A: Normal method (a) B: Ethanol drying method (b) C: Xylene drying method (c)

Aと比較し,Bでは染色性に差異は認めないものの,特に肝細胞や膵臓の腺房組織に若干の収縮を認め,結合組織に空隙を認める。一方,Cでは組織収縮は目立たず,Aと同等の染色像であった。

1. 対象

病理診断の確定した手術材料(固定液:10%中性緩衝ホルマリン,固定時間:48時間以内)から得られた臓器別(大脳,心臓,肺,胃,肝臓,膵臓,腎臓,大腸)および,アミロイド,真菌,鉄陽性の各種FFPEブロックを用いた。今回,染色における均一性を図るため,大半の染色において各臓器を1つにまとめた組織マイクロアレイブロックを作製し使用した。

2. 方法

1) 封入後の染色性の比較

各種FFPEブロックより2枚の連切片を薄切後,下記の染色を行い,通常法とキシレンドライ法にて染色性の変化を追った(Table 3)。また,キシレンドライ法については,染色法別に切片剥離の有無を確認した。

Table 3 Comparative study protocol

Normal method Xylene drying method
1 various stain
2 95% ethanol ① 1 min 95% ethanol ① 1 min
3 95% ethanol ② 1 min 95% ethanol ② 1 min
2 100% ethanol ① 1 min 100% ethanol ① 1 min
3 100% ethanol ② 1 min 100% ethanol ② 1 min
4 100% ethanol ③ 1 min 100% ethanol ③ 1 min
5 xylene ① 1 min xylene ① 1 min
6 xylene ② 1 min dry (65°C) 2 min
7 xylene ③ 1 min
8 xylene before sealing
9 sealing

一般染色:HE染色(GMヘマトキシリン:武藤化学,エオシン:自家調整)

特殊染色:アザン・マロリー染色(Azan-Mallory stain;Azan染色,武藤化学),マッソン・トリクローム染色(Masson trichrome stain;MT染色,武藤化学),コンゴーレッド染色(Congo red stain,武藤化学),ダイレクトファーストスカーレット染色(Direct fast scarlet stain;DFS染色,武藤化学),エラスチカ・ワンギーソン染色(Elastica van Gieson stain;EVG染色,武藤化学),アルシアンブルー染色(Alcian blue stain,武藤化学),グロコット染色(Grocott stain,武藤化学),過ヨウ素酸シッフ反応(Periodic acid-Schiff;PAS反応,武藤化学),ベルリンブルー染色(Berlin blue stain,自家調製),クリューバー・バレラ染色(Klüver-Barrera stain;KB染色,自家調製)

免疫組織化学染色(以下,免疫染色):抗p53抗体(DO-7)

なお,HE染色,EVG染色,アルシアンブルー染色,PAS反応は,自動染色装置Tissue-Tek Prisma(サクラファインテックジャパン)にて染色を行った。それ以外の特殊染色は用手法で,免疫染色はベンチマークULTRA(Roche Diagnostics)を用いた。今回,染色性については撮影ごとに条件(光源,ホワイトバランス,露出度など)の違いで顕微鏡写真の色合いが異なるため,Nanozoomer S360MDスライドスキャナシステムC13220-11MDJ(浜松ホトニクス社)に取り込みデータベース化した。その後,画像閲覧ソフトウェアNDP.view2(浜松ホトニクス社)を用い,スキャンされた画像にて比較した。

2) 退色の比較

通常法とキシレンドライ法の両者で長期的保存による各染色の経時的(染色直後,6ヵ月)変化を,ミクロ像にて比較した。

3) 溶媒の再利用による性能評価

心臓のFFPEブロックより得られた切片にて,HE染色後の透徹に使用するキシレン1槽の溶媒を交換せずに継続使用し,20枚入りの染色バスケット50回,のべ1,000枚の染色を行った。次いで,キシレンドライ法にて封入し,組織収縮の有無および染色性の差異を200枚ごとミクロ像にて比較した。

4) 代替キシレンによる比較

心臓のFFPEブロックより得られた切片にてHE染色後,透徹剤に代替キシレン3種(ClearPlus: FALMA, FastSolve: FALMA, Hemo-De: FALMA)を用い比較を行った。なお,封入剤は各種代替キシレンに対してメーカー推奨の2種(PARAmount-D: FALMA, LIMOmount: FALMA)を使用した。脱水後,各種代替キシレンに1槽浸漬させた後,切片を乾燥させた。封入前に各種代替キシレン浸漬後,ClearPlusとFastSolveはPARAmount-Dで,Hemo-DはLIMOmountにて封入した。その後,組織収縮の有無および染色性の差異をミクロ像にて比較した。

III  結果

1) 封入後の染色性の比較

キシレンドライ法において,いずれの染色においても切片剥離はみられず,組織全体の収縮や変形はみられなかった。また,染色性においても通常法と比較し差異のない結果であった(Figure 3-1, 3-2)。

Figure 3  Comparison of stainability using loupe image

A: Normal method B: Xylene drying method

(1)HE染色,Azan染色,MT染色,Congo-red染色,DFS染色,EVG染色において,A,Bともに切片剥離や組織全体の変形は認めなかった。染色性においても顕著な差異は認めなかった(撮影ごとの条件を統一するため,バーチャル画像にて染色性の比較を行った)。

(2)アルシアンブルー染色,Grocott染色,PAS染色,ベルリンブルー染色,KB染色,免疫染色(p53)において,A,Bともに切片剥離や組織全体の変形は認めなかった。染色性においても顕著な差異は認めなかった(撮影ごとの条件を統一するため,バーチャル画像にて染色性の比較を行った)。

2) 退色の比較

ベルリンブルー染色において,キシレンドライ法では変化を認めなかったものの,通常法で色調が青色から黄緑色に変化した。本検討期間では,それ以外の染色に目立った変化は認められなかった(Figure 3-2, 3-3, 3-4, 4-1, 5)。

Figure 4  Comparison of fading using loupe image

(1, 2)A:Normal method(染色直後) B:Xylene drying method(染色直後)

(1)HE染色,Azan染色,MT染色,Congo-red染色,DFS染色,EVG染色においてA,Bともに染色直後の染色性に顕著な差異は認めなかった。

(2)アルシアンブルー染色,Grocott染色,PAS染色,ベルリンブルー染色,KB染色,免疫染色(p53)においてA,Bともに染色直後の染色性に顕著な差異は認めなかった。

(3, 4)A:Normal method(6ヵ月後) B:Xylene drying method(6ヵ月後)

(3)HE染色,Azan染色,MT染色,Congo-red染色,DFS染色,EVG染色においてA,Bともに6ヵ月の期間で染色性に顕著な差異は認めなかった。

(4)アルシアンブルー染色,Grocott染色,PAS染色,Congo-red染色,KB染色,免疫染色(p53)において,6ヵ月の期間で染色性に顕著な差異は認めなかったものの,ベルリンブルー染色は,通常法で染色態度が青色から黄緑色へ変化した。

Figure 5  Comparison of fading using micro image

A:Normal method(染色直後) B:Xylene drying method(染色直後)

C:Normal method(6ヵ月後) D:Xylene drying method(6ヵ月後)

a:HE染色 b:Azan染色 c:EVG染色 d:アルシアンブルー染色

e:Grocott染色 f:ベルリンブルー染色

a~eでは染色直後と6ヵ月後の染色性に顕著な差異は認めなかったが,fは通常法で染色態度が青色から黄緑色へ変化した。

3) 溶媒の再利用による性能評価

1,000枚の染色を行いキシレンドライ法にて封入したが,組織の収縮は認めず,1,000枚目も1枚目と同等の染色性が得られた(Figure 6)。

Figure 6  Performance evaluation by xylene reuse (×100)

A:1枚目 B:200枚目 C:400枚目 D:600枚目 E:800枚目 F:1,000枚目

A~Fにおいて顕著な染色性の差異は認めなかった。組織の収縮および脱水不良によるアーチファクトも認めなかった。

4) 代替キシレンによる比較

3種の代替キシレンによる乾燥法は,いずれも組織の収縮は認めず,キシレンによる通常法と比較し同等の染色性が得られた(Figure 7)。

Figure 7  Image stained using xylene substitute (×100)

A:Normal method B:Clear plus C:Fast solve D:Hemo-de

Aと比較し,B~Dで組織収縮および染色性の差異は認めず,キシレンと同等の染色性が得られた。

IV  考察

病理診断においては,過去に作製された染色標本を再評価することがあり,退色しない標本の作製が求められている。一般的に病理組織染色標本を長期保管するためには,脱水・透徹を十分に行うことが重要とされているが,光反応は酸素や水が共存すると助長され,特にエネルギーの高い紫外線の下では変色や退色しやすいことが知られている1)~3)。そのような場合は封入後,カバーガラスの縁付近では透徹溶媒であるキシレンが蒸発し樹脂が早くに硬化するが,標本の中心あたりは持ち込まれた溶媒が長時間蒸発せずに残存している。そのため,脱水不良で持ち込まれた水分やエタノールに水溶性色素(エオシンなど)が溶け込み溶媒中へ経時的に溶出するといった退色現象がみられる8)。脱水不良には様々な要因があるが,温度や湿度など室内環境によるエタノールやキシレンへの水分混入や,自動染色装置を用いた場合,次の工程へ溶媒が持ち込まれやすく,用手法と比較し脱水不良が起きやすいといわれている9)。特に湿度は,透徹に大きな影響を与える因子であることが知られており,50%以下に保つことが効果的とされている10)。しかし,当院で使用している自動染色装置は,室内より給気し局所排気しているため,フードを閉じて使用しているものの設置している部屋の温度と湿度がそのまま反映される。したがって,夏場は特に染色装置内部の湿度が高く自動染色装置内の湿度を50%以下に保つことが難しい(Table 4)。さらに,1日の染色枚数が多いときには脱水が不十分になりやすく,前述したように退色の要因となりえる。よって,エタノールやキシレン槽を早めに交換するほか,モレキュラーシーブなどを使用した溶媒が望まれる。モレキュラーシーブは乾燥力が強く使用法は簡便な一方,再生が必要で手間やコストを増加させる要因となる11)。そこで我々は究極の脱水である乾燥に着目した。これまでに,封入以前の切片の乾燥は組織が著しく収縮するといった意見があるが,明確な論拠が提示されていない12)。そこで,染色後の切片をあえて乾燥させ封入することで,診断に適した標本作製が可能であるか検討した。

Table 4 Daily humidity fluctuation in automatic staining equipment

Time 9 a.m. 10 a.m. 11 a.m. 12 a.m. 1 p.m. 2 p.m. 3 p.m. 4 p.m.
Humidity 76% 78% 78% 73% 76% 76% 78% 79%

夏場の自動染色装置内は外気の影響を受けることから,1日を通じて湿度が高く(平均76.8%),薬液内へ水分が混入する要因となり得る(2024年8月実測)。

一般的に,エタノールを用いた脱水では,組織中の水分を完全に除去することは困難である。エタノール浸漬後の切片を乾燥させると水分が急速に気化し,組織内外で収縮が生じる蓋然性が高い。ただし,エタノールによる乾燥は均一性を欠く傾向があるため,予備段階での検証において,エタノールドライ法を用いた切片では予測された通り一部に若干の収縮が確認された。一方,キシレンドライ法の切片では収縮は認められなかった。その理由として,エタノールとキシレンでは異なる化学特性を持つことが考えられる。エタノールは極性溶媒であり,水分や親水性物質を溶解することで組織を収縮させるのに対し,キシレンは非極性溶媒であり,脂質や親油性物質を溶解し透明化する。それぞれ乾燥させた場合にこれらの残留物が組織形態に影響を与えたのではないかと考えられる。さらに食品の乾燥技術に関する論文によると,急速な乾燥は細胞内の水分が均一に蒸発するため,収縮や変形を最小限に抑えることができ,物理的構造を保つのに有用であるとしており13),同様の原理が血液細胞や生物学的サンプルにも適応できる可能性があると考える。したがって,組織内に浸透しやすい特性をもつキシレンは,エタノールに比べ全体を迅速かつ均一に処理できていることで良い結果をあたえているとも考えられる。

エタノールドライ法も,組織に若干の収縮が認められたものの,通常法と比較しないとわからない程度であり,診断に必要な形態情報は保持されていると思われる。例えば,血液細胞の染色に代表されるギムザ染色やライト染色は,酵素染色であるアルカリ性ホスファターゼ染色やエステラーゼ染色と同様に切片を乾燥させて観察している。塗抹標本と組織切片の違いでもある線維性結合組織の有無によって形態の変化に違いがあるのかもしれないが,そこまで形態学的評価を重視しない病原体および無機物質の検出を目的とした染色や,免疫染色には特段の問題は生じないと考える。

他方,透徹工程に使用するキシレンの代替としてイソプロピルアルコールを用いた方法も報告されているが14),15),キシレンと同様に急性中毒を起こす原因となることが知られているため,溶媒の交換および廃棄時には注意が必要と考えられる。そのため,人体への危険性が低いとされ,近年台頭してきている石油系代替キシレン16)で検証したところキシレンと同様に満足のいく結果となった。ただし,エタノールとの相溶性はキシレンと比較すると悪く,量や時間が増える傾向にあるとされている。さらに,水分の吸着力が弱く染色過程の水が残りやすいことや一部の封入剤には不適であるという報告があるものの17),18),本検討においては乾燥処理により脱水不良はないため有用と考える。それでも,キシレンを透徹剤として使用している施設がほとんどであることから,キシレンドライ法を利用することで,封入前のキシレンを除き通常の透徹に3~4槽使用する量が1槽で済む。なにより,溶媒の持ち込みが用手法に比べ多い自動染色装置において1槽分のキシレン量で20枚入り染色バスケット50回,のべ1,000枚以上の染色が可能であることを証明できたことは,リスクアセスメント対象物であるキシレンの使用量削減による,廃棄物処理業者への廃棄料の低減,さらには溶媒の交換頻度軽減による作業環境改善につながると考える。

また,研究などにおいて数百枚におよぶ大量の免疫染色をまとめて行う際,封入作業を後回しにしたい場合がある。そのような状況においては,乾燥させた状態で数日間保存しておくと,後日まとめて封入できるため業務効率の向上に寄与すると考える。現在当院で使用している自動染色装置は染色のプログラム作成において,キシレンに1槽浸漬後に加温ステーションに移動することが可能である。当該ステーションは65℃に設定されているが,キシレンの引火点は27~32℃,自然発火温度は463℃とされており,点火源が存在しない限り引火の心配はないと考えられる。また,乾燥処理後に空の終了槽へ搬送することで連続運転が実現可能である。この工程により,組織切片を一旦乾燥させることで溶媒中や組織中に残留した水分を急速に除去でき,脱水不良のリスクを低減できると推定される。したがって,従来法と比較して脱水不全に起因する標本の退色抑制効果が期待される。

今回,染色後6ヵ月の期間,室温・遮光保存したもので退色の変化を色素別に追ったところ,ベルリンブルー染色は通常法で色調が青色から黄緑色へと変化した。ベルリンブルー染色は試薬中に存在するフェロシアン化カリウムが,組織中のヘモジデリンに結合してフェロシアン化鉄を生じることで青色調に染色される。この一連の反応は光により経時的に染色強度が低下し緑色~黄緑色に変化するとの報告がある19)。今回,染色標本はすべて室温・遮光状態で保管しており,キシレンドライ法にて封入した切片において変化を認めなかったことから,色調の変化は光反応のみならず脱水不良により組織中に残留した水分の影響があったのではないかと推察される。それ以外の染色については,顕著な差異が観察されなかったことから,脱水不良を原因とする退色を比較するためには継続的な観察が必要と考え,さらに長期的な保存による染色性の変化を追っていきたいと思う。今回の新しいアプローチや視点を取り入れた方法は,脱水不良による退色防止,キシレン使用量の削減,それにともなう作業環境改善や効率性の向上などが期待できる有用な方法であると考える。

V  結語

キシレンドライ法を用いることで,染色工程での脱水不良の改善が期待できる。さらに,キシレンの使用量削減が可能であり病理検査室の作業環境改善や作業効率の向上にもつながると考える。今後はさらに長期的保管による染色性の経時的変化を追っていきたい。

本検討は,静岡済生会総合病院倫理委員会による承認を得て実施した(承認番号:No. 3-18-02)。

本検討内容の一部は,第73回日本医学検査学会にて発表した。

COI開示

本論文に関連して,著者が開示すべき利益相反(COI)はありません。

 謝辞

本研究にあたり,染色スライド標本をバーチャル化するため,Nanozoomerへの取り込みにご協力頂いた株式会社パソネット様に深謝いたします。

文献
 
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