2026 年 75 巻 2 号 p. 328-334
現代の医療において,受診者安全と医療の質の向上は最重要課題である。特に,臨床検査室からの検査結果の伝達漏れや,異常値が見過ごされることによる治療機会の逸失は,重大な医療事故に繋がりかねない。病理検査における擬陽性以上や,臨床検査におけるパニック値(通常の基準値を大幅に逸脱し,受診者の生命に危険を及ぼす可能性が高い検査値)といった重要な結果が,医師から受診者へ確実に伝わり,必要な治療が迅速に開始されるプロセスは,見落としなく管理する必要がある。当検査室は,FileMakerを用いて,異常値追跡システムの構築と運用を行い,その有効性を検証した。本システムは,受診者が検査結果を確実に受領し,その後の治療に至るまでを継続的に追跡することを目的としている。
In modern healthcare, ensuring patient safety and improving the quality of medical care are among the most critical priorities. In particular, failures in communicating laboratory test results or overlooking abnormal findings can lead to the loss of treatment opportunities and may result in serious medical accidents. Important results—such as false-positive or higher findings in pathology tests and panic values in clinical examinations (test results that deviate significantly from the normal range and may pose an immediate threat to the patient’s life)—must be reliably communicated from physicians to patients, and prompt treatment must be initiated without omission. This report describes the development and implementation of a pathology and abnormal value tracking system using FileMaker Pro, and examines its effectiveness. The system aims to ensure that patients reliably receive their test results and to continuously track the subsequent course of treatment.
現代の医療において,受診者安全と医療の質の向上は最重要課題である。特に,臨床検査室からの検査結果の伝達漏れや,異常値が見過ごされることによる治療機会の逸失は,重大な医療事故に繋がりかねない1)。検査結果におけるパニック値(critical value)は,Lundberg2)により1972年に「基準値から著しく逸脱し,迅速な対応を行わなければ生命に危険を及ぼす病態を示す検査結果」と初めて定義された。病理検査や検査結果において擬陽性以上,パニック値といった重要な結果が,医師から受診者へ確実に伝わり,必要な治療が迅速に開始されるプロセスは,見落としなく管理する必要がある。当検査室は,FileMakerを用いて,異常値追跡システムの構築と運用を行い,その有効性を検証した。本システムは,受診者が検査結果を確実に受領し,その後の治療に至るまでを継続的に追跡することを目的としている。
現在の多くの医療機関では,電子カルテシステムが導入されているものの,検査結果の伝達と受診者の治療行動の追跡は,しばしば個別の手動プロセスに依存している。これにより,結果の見落としや,受診者への連絡漏れ,さらには治療機会の逸失といったリスクが潜在している3)。国際規格であるISO 15189は,臨床検査室の品質と能力に関する要件を定めており,異常値の速やかな報告と記録を義務付けているが,その後の受診者の治療継続性までを追跡する仕組みは必ずしも包括的には含まれていない4)。
当検査室はこの課題を解決するため,以下の機能を備えたシステムをFileMakerにて構築・運用し,その有効性を確立した。当検査室はパニック値(当院のパニック値設定をTable 1,2に示す)の他に,パニック値ではないが前回値等から医師への報告が必要と考えて臨床検査技師が報告する「警告判断値」を設け,パニック値・警告判断値の両方を含めて異常値とした。さらに,外注検査においても,異常値を追跡できるよう,項目を設定し(Table 3),下記の通り運用している。
生化学・免疫検査
| 項目 | 単位 | パニック値 | |
|---|---|---|---|
| 低値(以下) | 高値(以上) | ||
| Glu | mg/dL | 50 | 500 |
| Na | mmol/L | 120 | 165 |
| K | mmol/L | 2.5 | 6.5 |
| Cl | mmol/L | ||
| Ca | mg/dL | 6.0 | 12.0 |
| BUN | mg/dL | 100 | |
| TP | g/dL | ||
| ALT | U/L | 1,000 | |
| LDH | U/L | 1,000 | |
| AMY | U/L | 1,000 | |
| Cr | mg/dL | ≥ 5.0かつ前回値の倍以上 | |
| CK | U/L | 5,000 PCI後を除く | |
| ChE | U/L | 20 | |
血液・凝固検査
| 項目 | 単位 | パニック値 | |
|---|---|---|---|
| 低値(以下) | 高値(以上) | ||
| WBC | /μL | 1,000 | 50,000 |
| Hb | g/dL | 5 | 20 |
| Plt | /μL | 3.0 × 104 | 100 × 104 |
| PT-INR | 2.0(ワルファリン服用時4.0) | ||
| Fib | mg/dL | 100 | 700 |
| FDP | μg/mL | 20 | |
| 末梢血塗抹標本 | 疾患や再発で芽球,腫瘍細胞等の出現を認める | ||
尿一般検査
| 項目 | 単位 | パニック値 | |
|---|---|---|---|
| 低値(以下) | 高値(以上) | ||
| 髄液糖 | mg/dL | 20 | |
| 尿中寄生虫・寄生虫卵 | 陽性 | ||
| 尿中レジオネラ抗原検査 | 陽性 | ||
| 心電図パニック値 | 異常値出現時対応する検査 |
|---|---|
| 心室細動 | ホルター心電図 |
| 心室頻拍(トルサード・ド・ポワンツ,偽性心室頻拍を含む) | イベントホルター心電図 |
| 心筋梗塞(ST上昇) | 長時間ホルター心電図 |
| 徐脈(40 bpm以下) | レートポテンシャルマスター2階段試験 |
| Mobiz 2型以上の房室ブロック | トレッドミル運動負荷試験 |
| 3秒以上のpause, | 肺機能検査 |
| 頻脈(150 bpm以上) | 超音波検査 |
| ST低下 | 脳波検査 |
| 陰性T波(新規) | 神経電動検査 |
| 陰性U波 | 聴力検査 |
| R on T | カプセル内視鏡 |
| ペースメーカ不全,症状を訴える時 | アプノモニター |
| 24時間血圧測定 急激な血圧低下(90 mmHg以下) | 術中モニタリング検査は,異常値発見で随時対応 |
生理関連は対応範囲が広いため,パニック値対応と,異常値出現時に対応する検査とに分かれる
| 心筋トロポニンT |
| 肺サーファクタントプロテインA(SP-A) |
| リパーゼ |
| P型アミラーゼ定量 |
| CPKアイソザイム |
| 結核菌特異的IFN-γ(SPOT)の6項目 |
1.病理検査において擬陽性・陽性(擬陽性以上)の結果を持つ受診者が,その結果を確実に受領し,必要な治療へと繋がっているかをシステム的に追跡する。
2.臨床検査結果値(検体検査・生理検査を含む)において異常値が検出された受診者について,臨床検査技師が医師へ直接連絡し,その記録をFileMakerに記載し追跡する。
3.ISO 15189の要求事項として,外注検査においても異常値の追跡が必要となるため項目を設定し,この異常値も監視対象とした。
4.受診者が確実に治療まで移行したかを追跡し,未受診者に対しては病院側から看護師もしくは医師より能動的に受診者へ連絡を行う体制を構築した。稼働1年以上が過ぎ,これまでの実績も踏まえて報告する。
なお細菌検査結果においては,当院の感染制御部が結果を管理しており,追跡まで行っている。そのため,外注検査ではT-Spotの結果のみを異常値として本システムで管理している。
本システムは,柔軟性とデータ管理能力を持つFileMaker ProV17(以下,FileMaker)をプラットフォームとして採用した。FileMakerは,医療現場のニーズに合わせてカスタマイズが容易であり,既存の電子カルテ,DWH,部門システムとの連携も比較的容易である。このFileMakerでデータベース(DB)を作成し,病理検査結果,異常値報告分を手入力したものを「元DB」とした。これに関連するデータを電子カルテ,部門システムから結果を抽出し「関連DB」とし,これを元DBと連携して,「異常値記録簿DB」(Figure 1)とした。

a:異常値等の記載部 b:病院受診歴と次期予約日 c:確認記載部
d:病理の結果とレポート内容 e:医師のプログレス欄(医師記録)
1.元DBとして異常値等をこのDBに入力するようにする。
①病理検査結果における擬陽性以上を目視にてリストアップしたもの。
②院内検査結果にてパニック値として医師等に報告して記録したもの(ISO 15189の運用に則り,記録を残して,医師に報告することになっている)。警告判断値として報告して記録したもの。
③外注検査にて異常値となっていたものを検査部門情報システム(以下,検査システム:株式会社グローバル ビジョン社GMES)より外注結果が返却されてから抽出し入力する。
以上の3項目を元DBとして入力した。
2.関連DBとして参照するデータを④受診者属性,⑤病院受診歴と診察予約,⑥医師のカルテ記載内容(以下,プログレスノート),⑦手術記録としてDWHより抽出した。⑧病理データは病理部門情報システム(以下,病理システム:SysmexCNA社)からすべての情報を抽出し取り込んだ。
3.元データ①②③と関連データ④⑤⑥⑦⑧とを受診者IDを鍵にして,FileMakerのリレーション機能で1画面に集約し連携させ,受診者が検査室からの結果通知後に再診や精密検査の予約を行っているか,さらには治療に至っているかを確認できるようにした。
1.確認画面にて,a:異常値等の記載部,b:病院受診歴と次期予約日,c:確認記載部(c-1:1回の確認で治療確認までできなかった時の,確認日の入力欄,c-2:未受診等を報告した時の報告を記載する欄,c-3:「確認部」「確認者」「最終受診コメント」を記載する,d:病理の結果とレポート内容,e:医師のプログレス欄,を1画面で確認できるようにした。
治療確認,対応確認が終了した案件に関して,c-3に臨床検査室側の確認者を入力した時点で追跡終了とした。
2.①–③の病理検査結果,パニック値,警告判断値等は各々以下の日程間隔を設定しチェックする。
2.1.①の病理検査結果に関しては,結果を報告するのに7日ほどかかるとして,10日目を1回目として確認し,以後1週間おきに確認する。
2.2.②院内でパニック値と報告したものは,当日もしくは遅くても翌日には確認を行う。警告判断値に関してもパニック値と同様に行う。
2.3.③の外注検査においては,検査結果返送が3–7日と検査日数が項目により異なるため,毎日指定した項目を検査システムより抽出するようにした。
2024/6/1より運用を開始し,2025/9/30までに①②③の総数は6,151件であった(Table 4)。内訳は,
| パニック値 | 警告判断値 | 外注異常値 | 細胞診 | 組織診 | 計 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 一般 | 5(0.2) | 5(0.1) | ||||
| 化学 | 1,202(55.0) | 445(70.3) | 1,647(26.8) | |||
| 血液 | 848(38.8) | 188(29.7) | 1,036(16.8) | |||
| 生理 | 130(5.9) | 130(2.1) | ||||
| 微生物 | 2(1.3) | 2(0.0) | ||||
| 病理 | 879(100.0) | 2,297(100.0) | 3,176(51.6) | |||
| その他 | 155(98.7) | 155(2.5) | ||||
| 各項目計 | 2,185 | 633 | 157 | 879 | 2,297 | 6,151 |
パニック値,警告判断値,外注異常値,細胞診,組織診における各部署の件数
( )内は各項目計に対する比率%
1.①病理3,176件(51.6%)で,そのうち未受診のため本人に連絡を取って受診勧奨を行った件数は5件(全体では0.08%,病理内では0.16%・件数が少ないため小数以下2桁まで表示)であった。
2.②において,生化学検査1,647件(26.8%),血液検査1,036件(16.8%),生理検査130件(2.1%),一般検査5件(0.1%)であった。この中で,未受診者はなく,未対応の見落としはなかった。
3.③において,外注検査での異常値追跡は155件であったが,これも未受診の受診者はいなかった。
本研究でFileMakerを用いて構築・運用した「異常値追跡システム」は,当院医療における重要な課題である。すなわち検査結果の伝達漏れによる治療機会の逸失リスクを,システム的に防止するという点で極めて大きな意義を持つと考える。
従来の電子カルテや検査部門情報システム(LIS)が「検査結果を記録・報告する」ことに主眼を置いているのに対し,本システムは「異常値が検出された受診者が,その後,治療という最終アウトカムに結びつくまでを追跡し,必要に応じて能動的な介入を行う」という点で,受診者の安全と医療の継続性を担保する新たな機能をもったと言える。
稼働開始から約16ヶ月間で,総数6,000件超の異常値追跡を実施し,特に重大な病理検査の擬陽性以上(3,176件)において,未受診であった5件の受診者に対し,本人への連絡と受診勧奨を行うことで,結果の伝達漏れを防ぎ,治療への円滑な移行を確保した。この5件の未受診者発見と介入の事実は,本システムが潜在的な医療事故や治療遅延を未然に防ぐセーフティネットとして有効に機能したことを明確に示している。
2. ISO 15189要求事項の充足と適用範囲の拡大国際規格であるISO 15189は,異常値の迅速かつ正確な報告を要求しているが,本システムはそれを上回る品質管理を可能にした。
1) 警告判断値と外注検査の統合当検査室は,パニック値に加え,「警告判断値」を設定し,異常値の閾値を柔軟に拡大した。さらに,ISO 15189が追跡を義務付ける外注検査の異常値(151件)についても,院内検査と同様の追跡プロセスに乗せることで,検査室の品質管理責任範囲を明確に拡張した。
2) 治療継続性の追跡異常値の報告記録を残すだけでなく,DWHから抽出した受診歴,予約状況,医師のプログレスノート(カルテ記載内容)といった多様な関連DBを,受診者IDを鍵として連携させ,一画面で統合的に確認できるようにした。これにより,臨床検査技師や担当者が,異常値の発生から「再診予約→医師の記録確認→治療の確認」に至るまでの受診者の状態と行動を迅速に把握でき,手動による確認作業の煩雑さを大幅に軽減し,効率的な追跡業務を実現した。
3. 検査項目ごとの運用実績の評価 1) 病理検査の追跡効果最も介入効果が明確に表れたのは,病理検査の擬陽性以上(3,176件)である。病理検査結果は治療方針に直結する一方で,結果の判明までに時間がかかるため,受診者側での結果受領漏れや見落としが発生しやすい。本システムは,10日目を初回チェック日とし,以後1週間おきに能動的に追跡することで,5件の未受診者を特定した。これは,単に「結果を出す」だけでなく,「受診者に治療の機会を確実に提供する」という検査室の責務を果たす上で,極めて重要な成果である。
2) 院内検査と外注検査の運用院内検査(生化学,血液,一般,生理検査:合計2,818件)および外注検査(155件)においては,未受診の見落としはなかった。これは,パニック値や警告判断値といった異常値が,医師への即時報告・記録というISO 15189に準拠した既存の厳格な運用と,本システムによる二重の監視体制によって,治療プロセスに速やかに組み込まれた結果と考える。特に外注検査においても未受診者ゼロを維持できたことは,院内・院外の検査結果の質管理を均一化できたことの証明となる5)。
4. 今後の課題と展望本システムは大きな有効性を示したが,さらなる医療の質向上に向けて以下の課題が残る。
システム連携の進化:現在,関連データはDWHからの抽出・取り込みに依存している。将来的に,電子カルテシステムや病理システムとのリアルタイムなデータ連携を実現することで,手動によるデータ入力(元データ①~③)の負荷をさらに軽減し,追跡の即時性を高める必要がある6)。
追跡プロセスの自動化:現在,受診確認や治療確認のプロセスは,システムがデータを提供しても,担当者による目視確認とC-3欄への記載という手動作業を伴う。例えば,「再診予約日を過ぎても来院記録がない場合」や「プログレスノートに治療開始の記載がない場合」に,システムが自動でアラートを発する機能を強化することで,より少ない人員で,より多くの症例を効率的に追跡できるようになる。
FileMakerを活用して構築・運用された異常値追跡システムは,臨床検査結果の確実な伝達と,受診者の治療への円滑な移行を保証する強固なセーフティネットとして有効に機能した。特に病理検査における5件の潜在的な治療機会の逸失を防止した実績は,本システムが受診者安全の向上に不可欠であることを立証する。今後,システム連携と自動化を深めることで,医療機関の品質管理体制を一層強化し,さらなる医療の質の向上に貢献できる。
この要旨は第74回日本医学検査学会(大阪府)にて発表した。
本論文に関連して,著者が開示すべき利益相反(COI)はありません。