内部精度管理では,不確かさ管理とトレーサビリティが要求されるが,キャリブレーション作業は業務負担が大きく,その効果も限定的である。本研究では,キャリブレータを再測定せず,キャリブレーションの不確かさ(calibration uncertainty; CU)の範囲内で内部精度管理の目標値に合わせて係数を調整する手法の有用性を検討した。なお,キャリブレーションの不確かさとは,キャリブレーション操作に伴う測定値のばらつきや誤差の範囲を定量化した指標である。シミュレーションデータおよび実測データの解析により,CUは標本内CV(sample CV; sCV)と強い線形関係を示し,濃度や測定回数の影響は非有意であった。ただし,測定回数がsCVに与える影響は大きく,過小および過大評価を避けるため運用面でも実施しやすい3回測定(N = 3)を推奨した。回帰分析では,CUはsCVの約70%を示し,自由度2(N = 3)の包含係数4.3を適用した場合,拡張不確かさ(expanded uncertainty; U)による調整範囲は再現性の約2–3σに相当し,日常的なシフトやトレンドに対応可能であった。さらに,目標値のバイアスは軽微であり,目標値を基準とした係数調整の妥当性が確認された。係数調整型校正法は,ISO定義に基づくトレーサビリティを維持しつつ,精度保証と業務効率化の両立に寄与する可能性がある。
Internal quality control (IQC) requires management of uncertainty and metrological traceability, yet conventional calibration imposes a significant workload with limited benefit. This study evaluated the feasibility of adjusting instrument coefficients within the range of calibration uncertainty (CU) without re-measuring calibrators, using IQC target values as a reference. Simulation and empirical analyses demonstrated a strong linear relationship between CU and sample coefficient of variation (sCV), while concentration and replicate number showed no significant effect. However, replicate number markedly influenced sCV estimation; three replicates (N = 3) minimized under- and overestimation and were recommended for practical use. Regression analysis indicated CU approximated 70% of sCV. Applying an inclusion factor of 4.3 (df = 2) yielded an expanded uncertainty (U) corresponding to roughly 2–3 σ of reproducibility, sufficient to accommodate routine shifts and trends. Bias relative to target values was negligible, confirming the validity of coefficient adjustment based on IQC targets. This approach maintains ISO-defined traceability while reducing operational burden, offering a practical strategy for accuracy assurance and workflow efficiency in clinical laboratories.
臨床検査値の比較可能性はメトロロジカル・トレーサビリティによって担保され,異なる測定系間での結果の整合性を保証し,正確性の向上にも寄与する。近年,医療DXの推進により検査データの標準化と相互運用性が強く求められ,内部精度管理(internal quality control; IQC)の重要性は一層高まっている。しかし,IQCの実施に伴い検査室の業務負担も増加している。IQCでは,測定系の安定性を監視し,逸脱が認められた場合にキャリブレーションを行うことが一般的である。
キャリブレーションはISO/IEC Guide 99およびJIS Z 9090で「測定標準と測定系の指示値の関係を確立する操作」と定義され,正確性を伝達する重要な手段である1),2)。一方,装置の係数を調整する操作は「校正(adjustment)」と呼ばれ,キャリブレーションの結果を踏まえて行われる。しかし,キャリブレーションにはキャリブレータの準備や測定などのコストと労力が伴い,頻繁な実施はかえって測定系の安定性を損なう可能性がある3)。そのため,試薬ロット変更やメンテナンスによる大きなシフトを除き,過剰なキャリブレーションによる業務負担を避けるための効率的かつ効果的な方法が求められる。
さらに,日本の臨床検査における精度管理は従来から再現性を重視する傾向が強く,QCルールや室内再現精度に基づく管理が中心である。しかし,この枠組みでは正確性の管理がキャリブレーションに依存し,微細なバイアスやシフトへの対応力が限定的である。そこで本研究では,IQCデータのみを用い,キャリブレーションの不確かさ(calibration uncertainty; CU)の範囲内で目標値に合わせて係数を調整することで,トレーサビリティ体系を維持しつつ測定値の正確性を確保できるかどうかを検討した。なお,国際的な品質管理手法であるシックスシグマ(Six Sigma)は再現性と正確性を統合的に管理する理念を提示しており,本研究で提案する係数調整型校正法はこの理念にも通じるものである。これにより,現行システムの課題を補完し,検査室の日常業務における精度管理の効率化と業務負担の軽減を両立する新たなアプローチの可能性を示唆する。
本研究の目的は,IQCの目標値を基準に不確かさの範囲内で係数を調整する手法の有用性を検討することである。これに関連して,目標値の正確性評価と調整範囲の設定が重要となるため,以下の方法で検討を行った。なお,用語の定義(キャリブレーションおよび校正)は序文に記載した。
本研究で用いる統計量および記号の混同を避けるため,主要な略称とその定義を表に示す(Table 1)。
| s | 標本標準偏差 | sample standard deviation | 同一条件下で得られた複数測定値から算出した標本統計量。CVおよび標準不確かさの算出に用いる。 |
| sCV | 標本内変動係数 | sample coefficient of variation | s/mean × 100により算出した標本内の変動係数。 |
| UA | 標準不確かさ | uncertainty of assessment | JCGM/GUMに準拠し, |
| CU | キャリブレーションの不確かさ | calibration uncertainty | キャリブレーション操作に由来する不確かさ。JCCLSプログラムにより算出。 |
| U | 拡張不確かさ | expanded uncertainty | 標準不確かさに包含係数kを乗じた値(U = k × UA)。 |
| N | 測定回数 | number of measurements | 不確かさ算出および解析に用いた測定回数。本文中ではNに統一。 |
| σ | 標準偏差単位 | standard deviation unit | 測定系のばらつきを基準とした尺度。シフト量や調整範囲の表現に用い,統計量sとは区別する。 |
JCGM/GUMに準拠し,標準不確かさ(uncertainty of assessment; UA)は,同一条件下で得られた測定値の標本標準偏差sを用いて定義した。sを測定回数(number of measurements; N)の平方根で除した
sCVについては,CUを算出する際に用いた多重測定の結果を「同一条件下で得られた複数測定値の変動係数」と定義し,次式で算出した。sCV = (s ÷ mean) × 100。
3. 対象項目と解析ソフト日常的に測定される項目である尿素窒素(urea nitrogen; UN)とクレアチニン(creatinine; CRE)の2項目を対象とした。
統計解析はMicrosoft Excel 2019(分析ツール),JCCLS「初回校正・日常検査不確かさ計算ソフト」,および日本臨床化学会が提供する「統計支援ソフト」を用いて実施した。
4. CUの説明因子の評価(シミュレーションデータ解析)CUに影響を与える説明因子を評価するため,測定系CV(同一条件下で得られる測定値群の母集団変動係数),濃度(100 mg/dL, 200 mg/dL),測定回数(N = 2–5)の水準を設定した。各水準の組み合わせを条件として正規分布に基づく乱数で測定値を生成し,N = 50のデータセットを作成した。測定系CVは2%および4%とした。各データセットからsCVを算出し,JCCLS計算プログラムを実装したExcelシートでCUを求めた。
5. 実測データでの検証キャリブレータ(キャリブST,キャリブM:株式会社セロテック),ロット(11201, 20401, 30401)を組み合わせて測定した。濃度は,標準物質の表示値に基づき約30 mg/dL前後で設定した。測定回数は,条件ごとに複数回(N = 2–5,追加試験ではN = 10,20)実施した。
統計解析は,シミュレーションデータおよび実測データに対し,最小二乗法(ordinary least squares; OLS)を用いた単回帰および重回帰を行った。目的変数は不確かさ,説明変数はsCVを基本とし,補強として濃度,測定系CV,測定回数を加えたモデルを構築した。それらの95%信頼区間を算出し,有意水準はp < 0.05とした。実測データの重回帰モデルでは,項目,キャリブレータ,ロットを追加し,ダミー変数の基準カテゴリはCRE,キャリブM,ロット11201とした。
6. 目標値の正確性評価 1) 上位標準物質を用いた直接評価JCCLS多項目実用参照物質(MacRM-001b; Multianalyte conventional reference material)を用い,日本臨床化学会の統計支援ソフト「正確さの評価シート」に測定値を入力し,平均値の95%信頼区間に認証値が含まれるかを確認した。
2) 外部精度管理調査結果を用いた間接評価精度管理試料の目標値が妥当であるかを間接的に確認するため,外部精度管理調査(日本臨床衛生検査技師会外部精度管理調査2024–2025)の集計結果を利用した。具体的には,同一試薬系を使用する複数施設の施設間変動係数(CVbetween)と室内再現精度(CVwithin)を比較した。両者の比率R(R = CVwithin/CVbetween)を求め,Rが1未満であれば自施設の再現性が外部集団より良好であることを示し,目標値設定の妥当性を裏付ける指標とした。
7. 追加の検証内容 1) 測定回数がsCVに与える影響の評価測定系CV = 2%を仮定し,平均100,σ = 2の正規分布から乱数を生成してN = 3.0 × 105のデータセットを作成した。測定回数を2,3,4,5,10とし,各条件でsCVの分布を評価した。ヒストグラムにより分布形状を可視化し,過小評価率(sCV < 測定系CV)に加えて,過大評価率(sCV > 測定系CV)を算出した。ここで用いるσは,同一条件下における測定系のばらつきを基準とした尺度であり,統計量としての標本標準偏差sとは区別して用いる。
2) キャリブレーション効果範囲の評価キャリブレーション前の測定平均値に仮定したシフト量を,測定系のばらつきを基準とした標準偏差単位(σ)で0–3σまで設定した。
ここで用いるσは,同一条件下における再現性を尺度化した単位であり,統計量としての標本標準偏差sとは区別して用いる。
キャリブレーションがどの程度測定値を改善するかを定量的に評価するため,シミュレーション用にIQCの状態を想定して行った。まず,キャリブレーション前の測定平均値に「シフト量」を仮定し,その大きさを標準偏差単位(σ)で0–3σまで段階的に設定した。次に,キャリブレーション後の測定平均値がどの程度改善されたかを以下の3つの指標で評価した。
①改善率:キャリブレーション後の値が,キャリブレーション前よりシフト量にして0.1σ以上改善した割合。
②変化なし率:キャリブレーション前後の平均値の変化が ±0.1σ未満に留まった割合。
③悪化率:キャリブレーション後の値が,キャリブレーション前より0.1σ以上悪化した割合。
これらの割合をシフト量ごとに算出し,改善率が80%,90%,95%に到達するシフト量を閾値として評価した。これにより,キャリブレーションが有効に働く閾値(約1.6σ以上)を明らかにした。
3) 不確かさのタイプ確認同一条件下で得られた実測データから算出されたCU(独立試行)を対象に,分布特性を確認するため,Shapiro-Wilk検定およびAnderson-Darling検定を用いて正規性を評価した。Shapiro-Wilk検定は,データが正規分布に従っているかを判定する検定であり,統計量Wは正規分布からの逸脱の程度を示す。Anderson-Darling検定も同様に正規分布への適合性を評価する検定であり,統計量A2は分布全体における正規分布からの乖離を反映する指標である。いずれの検定も有意水準はp < 0.05とし,p値が有意水準を下回らない場合に正規分布に従うものと判断した。さらに,検定結果に加えて正規Q-Qプロットを用い,視覚的にも正規性を確認した。
シミュレーションデータを用いて,CUを目的変数として,濃度,測定系CV,測定回数の関係を検討した。単回帰では濃度および測定回数との関連は認められず(いずれもp > 0.05),測定系CVとの関連は統計学的には有意であったが効果量は小さかった(R2 = 0.082)。重回帰でも同様の傾向であった。一方,不確かさはsCVと強い線形関係を示し(β ≒ 0.708, R2 ≒ 0.999997),不確かさの大部分はsCVの変動により説明された(Figure 1)。

散布図は,sCVとCUの単回帰結果を示す。回帰係数は約0.71,決定係数R2 ≈ 0.999997であり,不確かさはsCVにほぼ完全に依存することが確認された。
シミュレーション解析結果について実測データを用いて整合性を確認した結果,重回帰分析ではsCVのみが不確かさに対して有意な正の効果を示し(β = 0.7449, 95%CI: 0.6928–0.7971, p < 0.001),調整R2は0.9978であった。その他の変数(項目,キャリブレータ,ロット,測定回数,濃度)は,いずれも非有意(p > 0.05)であり,主要な説明因子はsCVであった。
3. 目標値に合わせた係数調整の妥当性について上位標準物質を用いた直接評価では,UNでは平均値34.74 mg/dL(95%CI: 33.78–35.70)で認証値34.9 mg/dLを含み,バイアスは95%CIの範囲内であった。CREでは平均値3.43 mg/dL(95%CI: 3.36–3.50)で認証値3.43 mg/dLを含み,バイアスは極めて小さかった。外部精度管理調査を用いた間接評価では,UN,CREともに自施設の測定平均値と外部精度管理調査の集計平均値と近接していた(Table 2)。さらに,測定系としての正確性を評価する目的で,自施設の室内再現精度(CVwithin)と外部精度管理調査における施設間変動係数(CVbetween)を比較した。UNでは比率Rは1.00–1.24,CREでは0.27–0.58であり,いずれも外部集団の分散構造から著しく乖離するものではなかった(Table 3)。
| 項目 | 濃度レベル | 外部精度管理調査 平均値(2024) |
施設測定 平均値(2024) |
外部精度管理調査 平均値(2025) |
施設測定 平均値(2025) |
|---|---|---|---|---|---|
| UN | 低濃度 | 20.1 | 20.1 | 20.1 | 19.7 |
| UN | 高濃度 | 45.0 | 44.6 | 48.7 | 48.2 |
| CRE | 低濃度 | 0.82 | 0.82 | 0.73 | 0.70 |
| CRE | 高濃度 | 2.91 | 2.92 | 2.97 | 3.00 |
外部精度管理調査の集計平均値と自施設の測定平均値を示し,目標値の位置が外部集団と乖離していないことを示した。外部精度管理調査の集計平均値は,日本臨床衛生検査技師会の外部精度管理調査(2024–2025)における同一試薬系の値を用いた。
| 項目 | 濃度レベル | 2024 | 2025 | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| CV_within | CV_between | 比率R | CV_within | CV_between | 比率R | ||
| UN | 低濃度 | 1.08 | 1.08 | 1.00 | 1.37 | 1.11 | 1.23 |
| UN | 高濃度 | 1.25 | 1.01 | 1.24 | 1.26 | 1.02 | 1.24 |
| CRE | 低濃度 | 1.20 | 2.06 | 0.58 | 1.34 | 2.51 | 0.53 |
| CRE | 高濃度 | 0.55 | 0.95 | 0.58 | 0.52 | 0.96 | 0.54 |
CVwithinとCVbetweenを示し,測定系としての分散特性が外部集団と整合していることを示した。CVwithinは,外部精度管理調査と同時期における自施設の実測データから算出した。
各条件でsCVの頻度分布を比較した結果,測定回数が少ない場合は分布のばらつきが大きく,測定系CV(2%)を下回る値が高頻度で出現する。一方,上回る値も無視できない割合で認められた。測定回数が増加するにつれて分布は真値付近に集中し,95%範囲は狭まった(Figure 2)。

ヒストグラムは測定回数N = 2,3,4,5,10でのsCV分布を示す。測定回数が少ない場合,CVは母集団値(2%)を過小評価する傾向が強く,ばらつきも大きい。N = 3以上で分布は真値付近に集中し,過小評価率が低下することが確認された。
例えば,N = 2ではsCVの95%範囲が約0.15~4.55%,過小評価率(sCV < 2%)は約67%,過大評価率(sCV > 2%)は約33%であり,特にsCV ≥ 2.5%の重大な過大評価は約22%に達した。これに対し,N = 10では範囲が約1.05~2.95%,過小評価率は約56%,過大評価率は約44%であり,重大な過大評価(sCV ≥ 2.5%)は約12%に低下した。
5. 効果的なキャリブレーション実施のタイミングについて横軸はキャリブレーション前のシフト量(σ),縦軸は割合(%)。改善率はシフト量の増加に伴い上昇し,1.6σで80%,2.0σで90%,2.4σで95%に到達する(Figure 3)。悪化率は0.5σで約60%と高いが,1.8σ以降は10%未満に低下する。変化なし率は1.0σ以降で10%未満。3系列の合計は概ね100%である。

横軸はキャリブレーション前のシフト量(σ),縦軸は改善率・悪化率・変化なし率(%)。改善率は1.6σで80%,2.0σで90%,2.4σで95%に達し,キャリブレーションは大きなシフトで有効性が高まる。一方,0.5σでは悪化率が約60%と高く,微細なシフトでは係数調整がより適切であることを示唆する。
σ:standard deviation unit(再現性を基準とした尺度,統計量sとは異なる)
sCV:sample coefficient of variation
正規性については,UN(N = 19)ではShapiro-Wilk検定W = 0.9667,p = 0.7097,Anderson-Darling統計量A2 = 0.335,CRE(N = 19)ではW = 0.9445,p = 0.3173,A2 = 0.391であり,いずれも正規性を棄却できなかった。Q-Qプロットにおいても理論直線への良好な整合が確認された(Figure 4)。以上より,両項目とも正規分布に従うタイプAの不確かさと判断された。そのため,自由度より適切な包含係数(Studentのt分布に基づく95%水準)を用いることが求められる4),7)。

UNおよびCREについて,不確かさ評価に用いた実測データの正規Q-Qプロットを示す。いずれの項目においても,プロットは概ね直線上に分布しており,正規分布への適合が良好であったことから,タイプAの不確かさとして扱うことが妥当と判断した。
本研究は,内部精度管理(IQC)の目標値を基準とし,キャリブレーションの不確かさ(CU)の範囲内で係数(ファクター)を微調整することで,メトロロジカル・トレーサビリティを維持しつつ精度保証と業務効率化の両立が可能であることを示した。なお,本考察は測定値の不確かさ(measurement uncertainty; MU)の包括的評価には踏み込まず,MUの構成要素の一つであるCUに論点を限定している。これは,今回の検討に他の不確かさ要因は関与しないこと,MU全体を扱うと論点が拡散し研究目的に対する実務的メリットが乏しいことによる。
シミュレーションデータおよび実測データの解析では,CUは標本内CV(sCV)と強い線形関係を示し,回帰係数は概ね0.7であった。一方,濃度や測定回数の主効果は限定的であり,CU評価の主要因子はsCVであることが再現性よく確認された。
測定回数と包含係数の選択については,N = 2(自由度1)ではsCVの過小評価率が高く,95%信頼水準の包含係数k ≈ 12.7となり,調整幅が過大となる。これに対してN = 3は過小・過大評価を抑制し,包含係数k ≈ 4.3により現実的な調整幅(再現性の約2–3σ)を確保できるため,実務上最適と考えられた。
装置におけるキャリブレーション操作は,一般的に自動2重測定に設定されている場合が多いが,係数調整の根拠となる不確かさ推定は3重測定に基づく方が妥当であり,以降の議論ではN = 3に基づく拡張不確かさ(U)を調整範囲の基準とする。
調整範囲の妥当性は,sCVの約70%に自由度2のk ≈ 4.3を乗じたUにより,再現性の約2–3σをカバーすることから支持される。この幅は日常的な微細なバイアスやシフトに対応可能であり,さらにキャリブレーション効果が顕著になる1.6σ以上の領域も含む。シミュレーションでは,改善率が1.6 σで80%,2.0 σで90%へと遷移し,1.6σ未満は係数調整がより適切であることを示唆した。
目標値の正確性については,上位標準物質による直接評価で認証値が平均値の95%信頼区間に含まれること,外部精度管理調査(EQA)における集団内比較でも顕著なバイアスが認められないことから,目標値を基準とする係数調整の妥当性が確認された。なお,EQAの集計平均値は“真値”そのものではないという限界がある一方,参加施設数が500を超える大規模EQAでは,平均値が,標準物質から伝達された値と不確かさの範囲で一致するという報告も存在する8)。また,CVbetweenは同一試薬系を用いる複数施設のばらつきであり,その成分は各施設の日差再現性に加え,偶発誤差や微小な系統差を含むため,理論的にはCVbetween ≥ CVwithinとなるのが自然である。そのため,CV比は1未満が望ましいが,1前後であれば目標値設定に大きな問題はない。
本検討では,UNで一部R > 1を示したが,値は1前後であり系統的なバイアスの増大を示すものではない。したがって,直接評価(認証標準物質)と大規模EQAの情報を併用し,バイアス推定とその不確かさを記録する運用が,実務上も監査上も合理的であると考えられた。
トレーサビリティ体系について,ISO 17511の趣旨に従えば,認証標準物質から伝達された表示値を不確かさの範囲内で補正することは,校正連鎖を損なうものではない7)。したがって,通常キャリブレーションで算出された係数を,別途算出したキャリブレーションの不確かさ(CU)および拡張不確かさ(U)の範囲内で調整することは許容される。この調整は真値を変更するものではなく,許容誤差内での補正であり,ISO 17511およびILAC P10が定義する「不確かさを伴う途切れない校正連鎖」を維持すると考えられる9)。さらに,ISO/TS 20914およびISO 21748に基づき,調整範囲を定量して文書化することで国際的な要求事項に適合する10),11)。
実務で使用する際には,ISO 15189の要求事項を満たすため,調整の根拠(不確かさの算出方法,適用範囲,自由度と包含係数k)を記録・保存することが不可欠である。
実務上の重要な認識としては次の2点が重要になる。
①通常キャリブレーションで得た係数を別途算出したUの範囲内で調整しても,トレーサビリティ上の問題は生じない。これは,補正が不確かさの範囲内で行われ,校正連鎖の連続性を維持するためである9)。
②不確かさ範囲はsCVに依存するため,日常検査で都度計算する必要はない。再現性に変化が見られた場合(例:メンテナンス,試薬ロット変更)や方法変更時に再評価すれば十分である5)。
一般化への可能性について,本研究のアプローチはsCVからCUを推定する理論に基づくため,項目・ロット・濃度等の違いに本質的に依存しない。すなわち,他項目・異試薬系・ロット差があっても,当該系のsCVに基づき同じ手順で調整する範囲を導出することが可能である。これは,現場への導入に際し,対象項目の拡張やロット更新にも柔軟に対応できることを意味する。
ただし,sCVは「同一条件下での標本内ばらつき(短期の繰返し精度)」を表す指標であり,多くの施設が室内再現精度(within-laboratory precision)に基づいて日常の管理幅(QCルール)を設定している点には留意が必要である。生化学項目(2点校正項目)の多くは,試薬の性能が高く,併行精度と室内再現精度に大きな乖離はない。しかしながら,sCVの2–3σ範囲がそのまま日常管理幅の2–3σに直結するわけではないことを,実装時の但し書きとして付すべきである。現場では,sCVベースの調整範囲と室内再現精度ベースの管理幅を混同せず,目的を明確に使い分けることが望ましい。
以上の結果を踏まえ,国際的な品質管理手法との関連性を考察する。日本の精度管理は,著者の経験的観点では,再現性を重視して運用される場面が多く,QC逸脱判定や室内再現精度に基づく管理が主流である。このため,正確性の担保はキャリブレーションに依存し,微細なシフトやバイアスへの対応力が不足している。本研究で提案する係数調整型校正法は,キャリブレーションの不確かさ範囲を活用し,バイアス制御を可能にする点で,シックスシグマの理念と一致する。シックスシグマが強調する「ばらつきの定量化(再現性の数値化)と目標値への一致(正確性の確保)」は,本手法における不確かさに基づく係数調整で対応可能と考えられ,再現性偏重型管理に正確性を加える実践的モデルとなることが期待できる12)。
本研究の意義は,従来のキャリブレーションに伴う業務負担を軽減する新しいアプローチを提案できたことに加え,ISO 17511/15189の要求への整合性を提示できた点にある。係数調整型校正は,精度保証と効率化を両立させる実践的手段であり,目標値の正確性を担保したうえで,調整範囲を再現性(sCV)に基づく2–3 σへ制約することで,安全性と実用性の両立が期待できる。
本研究では,キャリブレーションの不確かさの範囲を用いてIQCの目標値に基づく係数調整法を提案した。この方法により,キャリブレータの再測定を不要とし,精度保証と業務効率化の両立が可能となる。推奨条件は3回測定に基づく拡張不確かさで,調整幅は再現性の約2–3σに相当し,試薬ロット変更やメンテナンスを伴わないシフトやトレンドに対応できる。本手法はISOの趣旨に整合し,検査室における柔軟かつ持続可能な精度管理の実践的アプローチとして有用である。
症例報告のため,倫理委員会の審査対象外である。
本論文に関連して,著者が開示すべき利益相反(COI)はありません。