本来,腹水のクレアチニンは血清の値と近似している。しかし,腹腔内に尿が漏出することで生じる尿性腹膜炎では腹水の尿素窒素やクレアチニンが血清の値と比較して著明に高値となることが知られている。患者は大動脈弁閉鎖不全症のため大動脈弁置換術(aortic valve replacement; AVR)を施行され入院中の60代男性。5カ月前に膀胱全摘出回腸導管造設術の既往がある。AVR後数日より腹痛を訴え,経過観察中であったが,採血上の炎症所見高値,腹痛が持続したことから造影CT検査を施行したところ,汎発性腹膜炎が疑われた。腹水の確実なドレナージと腹膜炎の原因究明を目的として試験開腹術を施行し,回腸導管付近から採取した腹水のクレアチニンが28.54 mg/dLと著明高値であったことから尿性腹膜炎が疑われた。しかし,回腸導管からの直接的な尿の漏出は確認できず,ドレーンを留置して閉腹となった。術後はドレーン排液のクレアチニン測定を継続し,術翌日より血清クレアチニン値と近似しており,正常範囲内であった。故に,術後の腹腔内へ新たな尿の漏出は否定され,試験開腹術後2週間で退院となった。腹水のクレアチニンが高値であることから間接的に腹腔内への尿の漏出を証明できた尿性腹膜炎の1例を経験した。泌尿器科手術歴がある患者において原因不明の腹水貯留を認めた際は,腹水のクレアチニンを測定することが診断確定に有用な場合があると考えられる。
A 60-year-old male with a history of radical cystectomy and placement of an ileal conduit was hospitalized for an aortic valve replacement (AVR). Several days post-AVR, the patient developed persistent abdominal pain and elevated inflammatory markers, leading to the suspicion of diffuse peritonitis on contrast-enhanced computed tomography (e-CT). Exploratory laparotomy was performed to ensure adequate drainage of ascites and to determine the cause of the peritonitis. The creatinine level in ascites collected near the ileal conduit was markedly elevated. Although direct leakage of urine from the ileal conduit was not confirmed, urinary peritonitis was suggested. Post-operatively, the drain fluid creatinine level normalized, and further urinary leakage into the abdominal cavity was ruled out. The patient was discharged from the hospital two weeks after the exploratory laparotomy. This case demonstrates that measuring the ascites creatinine can be useful indirect evidence of intra-abdominal urine leakage in patients with a history of urological surgery.
本来,腹水のクレアチニンは腹水が腹膜を介して血漿と絶えず平衡状態にあるため血清の値と近似している1)。
尿性腹膜炎とは尿路系とくに膀胱の損傷で尿が腹腔内に漏出することで生じる腹膜炎のことである。主な原因は膀胱損傷とくに交通外傷や泥酔時の転倒などによる外傷性膀胱破裂2)とされているが,近年では放射線照射後や高齢者の尿路感染症,膀胱癌による自然破裂例も増加傾向にある3)。
今回我々は,腹水のクレアチニン測定が有用であった非外傷性かつ膀胱破裂を伴わない尿路変向術後患者における尿性腹膜炎の1例を経験したので報告する。
症例:60代,男性。
主訴:腹痛,発熱。
既往歴:急性虫垂炎(虫垂切除),S状結腸癌(S状結腸切除),新型コロナウイルス感染後器質化肺炎。20XX − 1年10月に膀胱癌治療のため,膀胱全摘回腸導管造設術が施行された。
現病歴:20XX年3月に大動脈弁閉鎖不全症治療のため,大動脈弁置換術(aortic valve replacement; AVR)が施行され,入院中であった。
経過:AVR施行後数日(3月Y日)より腹痛を訴え経過観察としていたが,採血上の炎症反応高値(Figure 1),腹痛が持続したためY + 6日に造影CTを施行したところ,大網や腹膜の肥厚,腹水の貯留を認め,汎発性腹膜炎が疑われた(Figure 2)。翌日のY + 7日にはエコーガイド下で腹水穿刺が施行され,肝下面より約130 mLの黄色で軽度混濁の腹水が採取された。穿刺液検査では多数の赤血球,好中球優位の白血球を認めたが,細菌染色,異型細胞は陰性であった。生化学検査ではクレアチニン1.19 mg/dLと血清クレアチニン(1.22 mg/dL)と値に大きな差は認められず(Table 1),この段階で尿の漏出は確認されなかった。同日午後,腹水の確実なドレナージと腹膜炎の原因究明を目的として試験開腹術が施行された。その際,腹壁を貫通する回腸導管の腹腔側に少量存在する腹水が採取され,クレアチニンが28.54 mg/dLと著明に高値を示した。さらに,腹水/血清クレアチニン比28.54/1.19 ≒ 23.98と高値であり,これらより尿の腹腔内への漏出が強く疑われ,5カ月前の膀胱全摘回腸導管造設術により生じた尿性腹膜炎と診断された。その後,体表の回腸導管開孔部よりインジゴ生食を注入し,漏出箇所を検索したものの,腹腔内に色素の漏出は認めず,漏出箇所の特定には至らなかった。その後,ドレーンを留置して閉腹となった。試験開腹術後はドレーン排液のクレアチニン測定を継続して実施し,血清クレアチニン値と近似し正常範囲内であること,血清中の炎症反応の低下(Table 2)を確認できたことから,術後の尿の新たな漏出はないと判断。Y + 15日にドレーン抜去,Y + 22日に退院となった。

Changes of White blood cell (WBC) count and C-reactive protein (CRP) levels in Serum and Tests performed.

(A, C) Plain CT on Day Y − 1, No particular abnormalities are observed.
(B, D) Contrast-enhanced CT on Day Y + 6, obvious ascites accumulation (red arrows) and thickened omentum (blue arrow) are observed.
| 項目 | 結果 | 項目 | 結果 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 穿刺液 | 性状 | 黄色混濁 | 生化学 | 尿素窒素(mg/dL) | 10.3 |
| 比重 | 1.026 | クレアチニン(mg/dL) | 1.19 | ||
| 赤血球 | 4+ | 総蛋白(g/dL) | 3.5 | ||
| 白血球 | 4+ | アルブミン(g/dL) | 2.2 | ||
| 単核球(%) | 30 | 糖(mg/dL) | 141 | ||
| 多形核球(%) | 70 | アミラーゼ(U/L) | 41 | ||
| 異型細胞 | (−) | リパーゼ(U/L) | 10.2 | ||
| 細菌染色 | (−) | LD(U/L) | 197 | ||
| CEA(ng/mL) | 0.6 | ||||
| CA19-9(U/mL) | 39.2 | ||||
| 項目 | Y + 7日 | Y + 8日 | Y + 9日 | Y + 10日 | Y + 12日 | Y + 15日 | Y + 19日 | Y + 22日 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 血清 | 白血球(/μL) | 17,800 | 21,200 | 25,100 | 11,900 | 9,160 | 9,860 | 8,160 | 7,990 |
| CRP(mg/dL) | 27.35 | 22.58 | 29.50 | 19.30 | 3.85 | 1.37 | 0.40 | 0.17 | |
| 尿素窒素(mg/dL) | 8.4 | 7.7 | 7.2 | 8.1 | 8.8 | 7.9 | 9.0 | 7.6 | |
| クレアチニン(mg/dL) | 1.22 | 0.98 | 0.94 | 0.65 | 0.68 | 0.86 | 0.87 | 0.84 | |
| 排液 | 尿素窒素(mg/dL) | nt | 8.5 | 7.4 | 8.1 | 8.2 | 9.5 | nt | nt |
| クレアチニン(mg/dL) | 28.54 | 1.01 | 0.95 | 0.68 | 0.56 | 0.74 | nt | nt |
Changes of WBC and CRP levels in Serum and Urea nitrogen and Creatinine in drain fluid.
試験開腹術にて採取された腹水のクレアチニンを測定するまでの段階で,腹膜炎の原因として消化管穿孔や悪性腫瘍,尿の漏出などが挙げられていた。しかし,プロカルシトニンの上昇は認めず,CT上で遊離ガスは認めず,腹腔内に悪臭はなく,腹水の性状からも消化管由来とは考えにくいことから消化管穿孔は否定的であった。また,Y − 1日に撮影された単純CTでは何らかの腫瘍を疑う所見を認めず,腫瘍マーカーの上昇や腹水穿刺で異型細胞が認められないことから悪性腫瘍についても否定的であった。さらに,腹水穿刺にて採取された腹水のクレアチニンが血清の値と近似していること,試験開腹術にて漏出箇所が不明であることからこの時点まで尿の漏出についても否定的であった。しかし,回腸導管付近より採取された腹水のクレアチニンが著明に高値かつ血清クレアチニン値が正常範囲内であったことから尿の漏出を疑い,尿性腹膜炎と診断された。漏出時期については不明であるが,角谷ら4)は回腸新膀胱の穿孔時期として「穿孔までの期間は最短で8週間,最長で9年であり,中央値は9.5か月であった」と述べており,回腸導管に漏出部があったとすると,前年10月の回腸導管造設術施行から5か月が経過した段階で穿孔が生じた可能性は十分に考えられる。また,漏出原因としてAVR後の心負荷軽減を目的として利尿剤が投与されたために尿量が増加し,回腸導管に負担が生じたことが穿孔の一因となった可能性も推測されるが,不確定である。
尿性腹膜炎の多くは膀胱破裂によって生じることが多い。その場合は膀胱造影検査や手術時に膀胱損傷部を確認することができるが,本症例では術前に回腸導管造影を実施せず,試験開腹術時にも漏出部が不明であった。しかし,術中に採取された腹水のクレアチニンが著明に高値であったことから腹腔内への尿の漏出と判断され,診断へと繋げることができた。これより,画像検査や手術で直接的な尿の漏出が確認できない場合においても腹水クレアチニン高値が間接的に腹腔内への尿の漏出を証明し得るといえる。よって,泌尿器系疾患の既往歴がある患者において原因不明の腹水貯留を認めた際には,腹水クレアチニンを測定することは有用であると考えられる。
また,本症例では腹痛,発熱が生じてから6日が経過し,汎発性腹膜炎を発症していたが,腹膜炎症状が軽度な場合や尿の漏出後すぐに治療が可能な場合には,腹水クレアチニン高値より尿性腹膜炎を疑い,開腹手術のような高侵襲な方法ではなく,膀胱鏡や腹腔鏡,バルーンカテーテルなどを用いた低侵襲の治療方法を選択することが可能になると思われる。角谷ら4)も術前または治療前に正診できた新膀胱穿孔例8例のうち5例は保存的治療が可能であったと報告しており,発症後早期の正確な診断は開腹手術を行うことなく,低侵襲な治療を選択する余地を生むと考えられる。
本症例では偽性腎不全(pseudo renal failure)を呈しておらず,術前に尿性腹膜炎の可能性を強く疑うことができなかった。偽性腎不全とは腹腔内に漏出した尿中の尿素窒素やクレアチニンが腹膜を介して血中へと再吸収され,血清中でそれらが高値を示すことで生じる見かけ上の腎不全のことで,膀胱破裂や尿管損傷などの外傷に関連して発生することがある5)。Y + 7日に穿刺にて採取された腹水は多数の赤血球,白血球を認め,腹水アルブミン値2.2 g/dL(同日:血清アルブミン値2.8 g/dL)より,腹水SAAG 2.8 − 2.2 = 0.6 < 1.1と滲出液であり,腹膜炎の所見と矛盾しなかった。しかし,尿素窒素,クレアチニンは血清の値と近似しており,腹腔内への尿の漏出は考えにくい結果であった。これは漏出した尿が少量であったために血清へほとんど吸収されなかったことや腹膜炎の原因のひとつと考えられていた消化管穿孔を増悪させないように穿刺場所として肝下面を選択したこと,さらには化学的腹膜炎により生じた腹水が漏出した尿を希釈したことなどが原因として考えられる。一方,試験開腹術時に得られた腹水は回腸導管付近から直接採取されたものであったため,上記のような影響を受けることなく,クレアチニンが著明に高値となった。本症例では偽性腎不全を呈さなかったものの,過去に腎機能障害が指摘されたことのない患者で血清の尿素窒素,クレアチニンの急激な上昇かつ腹水貯留を認めた際には,偽性腎不全を伴った尿性腹膜炎を念頭において検査結果を解釈し,穿刺場所により得られる結果が異なる可能性についても考慮することが重要であると考える。
臨床側は腹水穿刺の時点で腹膜炎の原因のひとつとして尿の漏出を挙げていた。その際,担当の消化器内科医より“腹水と尿を鑑別するためにはどの検査項目を測定したらよいか”と問い合わせを受けた。通常,尿中の尿素窒素,クレアチニンは腹水または血清の値と比較して著明に高値であることから,腹水の尿素窒素,クレアチニンを測定するよう提案したところ,結果的に尿性腹膜炎の診断の一助となった。尿性腹膜炎は比較的稀な病態2)であり,大部分が外傷性膀胱破裂を伴う6)。渡邉ら7)は「新膀胱穿孔は非常に稀な合併症である」と述べており,山本ら8)は膀胱自然破裂68例のうち42例(61.8%)で偽性腎不全を呈したと報告している。よって,今回のような非外傷性かつ尿路変向術後患者,さらに偽性腎不全を呈さない尿性腹膜炎例は極めて稀であるといえることから,今後遭遇した際には担当医が診断に難渋する可能性が予測される。臨床と検査科で連携を取って互いに相談しやすい環境を整えることができれば,より適切に検査オーダーを組み,よりスムーズに治療方針を決定することが可能になり得る。本症例は泌尿器科領域の稀な疾患であると同時に,日々の知識のアップデートや臨床との信頼関係を構築することの重要性にも気が付くことができた1例であった。
腹水のクレアチニン高値が診断の一助となった尿性腹膜炎を経験した。泌尿器科手術歴のある患者において原因不明の腹水貯留を認めた際に,腹水クレアチニンを測定することは診断確定に有用な場合があると考えられる。
本論文の要旨は,令和7年度日臨技北日本支部医学検査学会(2025年11月,新潟市)にて発表した。
本論文に関連して,著者が開示すべき利益相反(COI)はありません。