日本看護科学会誌
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原著
キャリア中期にある看護職者のキャリア発達における停滞に関する検討
関 美佐
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2015 年 35 巻 p. 101-110

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Abstract

目的:キャリア中期にある看護職者のキャリア発達の停滞において生じている現象,および停滞後の過程を明らかにする.

方法:A病院に勤務する臨床経験10年以上の看護職者8名に半構成的面接を実施し,グラウンデッド・セオリー・アプローチにて分析した.

結果:《仕事の達成感》のなさからキャリアの停滞を経験した看護職者は,帰結である《目標に向けての踏み出し》または《現状の受け入れ》に至っていた.その過程は一様ではなく,なかでも【踏み出すきっかけの模索】を機に大きく分岐していた.きっかけを模索・活用し,《目標に向けての踏み出し》に至る看護職者は,《方向性を確認》し,目標を見出すことで停滞から抜け出して前に踏み出そうとしていた.一方,きっかけを模索・活用しないまま,《現状の受け入れ》に至る看護職者は《方向性の迷い》を割り切り,現状の役割に意味を見出すことで停滞している自分との折り合いをつけようとしていた.

考察:キャリア発達過程における停滞は一様ではない.個々の看護職者がキャリアに何を求め,どのような過程および段階に停滞しているかを把握した上で,適切な組織的支援を行う必要があることが示唆された.

Ⅰ.緒言

キャリア発達に関する研究は,1900年代初頭から始まり,心理学,教育学,社会学,経済学,経営学など,多岐にわたり行われてきたが,当初は,「発達性」という上昇的な側面からのみ論じられることが多かった.しかし,1970年代の後半に入るとキャリアの「停滞性」に着目した研究も行われるようになり(山本,2006),現在では,「発達性」,「停滞性」の両面から検討がなされている.キャリアにおける停滞性については,キャリアそのものに否定的な影響を与えるものとして捉えた報告がある一方で,停滞性は誰もが直面するごく自然な現象であり,必ずしも否定的なものとは限らず,自分の価値観を再確認すると同時に新たな価値観を作り出すという報告もある(Bardwick, 1986/1988).

看護職者のキャリア発達に関する研究は,看護教育の高等化や専門性の深化,医療の高度化などを背景とし,1990年代中頃から増加し,キャリア発達過程やその構造,影響要因などに着目した研究が行われてきた.また,キャリアの停滞性については,キャリア初期の職場への不適応や離職,およびそれらに対する支援の必要性に関する検討が数多くある.一方,キャリア中期の看護職者に焦点を当てた研究が増加したのは2000年以降である.キャリア発達における停滞の時期の存在が指摘され(木村ら,2003辻ら,2007),キャリア中期以降の看護職者が迷い,伸び悩む現状や支援の必要性などについて検討されるようになった(勝又ら,2008).

医療の高度化・専門分化,患者の重症化に伴い,看護の需要と役割が拡大する中で,キャリア中期にある看護職者は,質の高い看護を提供する上で看護チームの中核となる存在である.しかし,多くの医療施設における継続教育は入職後3~4年目までの看護職者を中心として整備されており,5年目以上の看護職者のキャリア発達に対する支援は十分には行われていない現状がある.また,専門看護師および認定看護師など,スペシャリストの教育や資格が制度化されてきた一方で,看護職者の大多数を占めるジェネラリスト・ナースに対する継続教育,能力開発に関してはいまだ十分とはいえず,各組織のニーズに応じた,クリニカル・ラダーなどを活用した育成が主導であり,体系的な教育が行われているとは言い難い(下平,2005).さらに,キャリア中期にある看護職者を対象とした教育プログラム・研修は増加しているものの,その効果について信頼性・妥当性のある手法で評価した報告は少なく,エビデンスレベルについての問題が指摘されている(小山田,2009).

加えて,Scheinが示したキャリア・サイクルにおける「キャリア中期」および「キャリア中期の危機」の段階は,「これまでの自己の再評価と今後の進路決定」「自己の夢・希望対現実」「生活全般におけるキャリアの位置づけの再確認」「自己のキャリア・アンカーを知る」「キャリア・アンカーの意味の評価」「現実の受容と職務継続の決定」といったキャリア発達上の課題を有するといわれる(Schein, 1978/1991).

こうした背景のもと,キャリア中期以降,専門職として明確なキャリア目標やプランを見出していく看護職者が数多く存在する一方で,自己のキャリア発達に迷い,伸び悩みを感じている者も少なくない.特に,キャリア中期割合が少ない大学病院ではその傾向がある.

以上を踏まえ,キャリア中期にある看護職者のキャリア発達における停滞を当事者の視点から明確化し,効果的なキャリア発達を支援するあり方を組織的に検討することは,看護の質を維持・向上していく上で急務であると考える.

Ⅱ.研究目的

キャリア中期にある看護職者のキャリア発達の停滞において生じている現象,および停滞後の過程を明らかにする.

Ⅲ.研究方法

1.研究参加者

A大学病院で,研究参加者の条件に該当する看護職者(125名)を対象に看護部を通して「研究協力のお願い」に関する文書を配布し,研究協力の意思表示があった16名のうち研究期間中に面接可能な看護職者8名(全員女性)を研究参加者とした.年齢は31~41歳,臨床経験年数は10~18年目であった(表1).研究参加者の条件は,以下の2点である.①臨床経験10~25年の看護職者:先行研究にもとづく停滞の時期(木村ら,2003),Scheinの「キャリア中期」および「キャリア中期の危機」に相当する時期を考慮し設定した.②師長,主任,専門・認定看護師を除く看護職者:停滞の時期は客観的な地位や職務を持たない人が特に経験しやすいと指摘されていること(山本,2006)をもとに設定した.

表1 参加者の属性

2.データ収集および分析方法

データ収集は,フェイスシートによるアンケート(年齢,臨床経験年数,経験病院・部署,専門学歴,婚姻および子供の有無)および半構成的面接法を用いて実施した.面接における主な質問は,看護職者として自分が停滞している(成長できていない)と認識した時期や状況,およびそれに対する対処に関するものである.面接時間は60分程度で依頼し,内容は本人の了解を得てICレコーダーに録音した.

分析にはグラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,GTA)(戈木,2008)を用いた.GTAを選択したのは,キャリア発達の停滞を静的な状態ではなく,動的で変化を遂げる過程として当事者の視点から明らかにする上で適しているためである.具体的な分析手順は以下の通りである.

  • ① データを十分に読み込んだ後,内容ごとに区切り,切片を作成する.
  • ② 切片ごとにプロパティ(特性:事例を見るときの視点)とディメンション(次元:プロパティから見たときの位置づけ,範囲)を抽出し,それをもとにラベル名(切片名)をつける.
  • ③ 類似のラベル名を集めカテゴリーに分類し,カテゴリー名をつける.
  • ④ カテゴリー同士の関係を検討しながら,中心となるカテゴリーを決め(その他をサブカテゴリーとする),カテゴリー同士をプロパティとディメンションによって関連付け,カテゴリー関連図を作成する.

可能な範囲で理論的サンプリングを行い,次のデータ収集を実施するというように,データ収集と分析を交互に行い,分析を重ねるごとに各参加者データから抽出した概念(カテゴリーおよびサブカテゴリー)を類似の概念へ統合し,統合図を作成した.それをもとに現象を説明するストーリーラインを生成した.

分析の妥当性を確保するにあたり,GTAの研修を受けるとともに,質的研究に精通した複数の研究者に指導を受けながら検討した.加えて,GTAの検討会にて意見交換することにより分析の妥当性を確認した.

3.倫理的配慮

本研究は研究者が所属していた慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究倫理審査委員会の承認(承認番号:2010-2)を得て実施した.研究参加者は,研究者から本研究の主旨と協力依頼を口頭および文書にて説明を受け,自由意思にもとづき同意書に署名した.また,プライバシーと個人情報の保護を厳守した.

Ⅳ.研究結果

1.キャリア中期にある看護職者のキャリア発達の停滞において生じている現象および現象に関連する概念

キャリア中期にある看護職者のキャリア発達における停滞について検討した結果,【踏み出すきっかけの模索】という現象(中核カテゴリー)および,この現象に関連する《仕事の達成感》《行き詰まりの自覚》《方向性の確認》《方向性の迷い》《目標に向けての踏み出し》《現状の受け入れ》という6つのサブカテゴリーが明らかになった.これら7つの概念(カテゴリーおよびサブカテゴリー)をプロパティとディメンションを用いて関連付け,カテゴリー統合図を作成した(図1).

図1 【踏み出すきっかけの模索】という現象に関わるカテゴリー統合図

注)プロパティをゴシック体,ディメンションを斜体にてカテゴリーおよび各サブカテゴリーの下部に示した.

以下,生成された概念をもとに,停滞が生じ変化する過程(ストーリーライン),および各概念の内容を示す.なお,本稿ではカテゴリーを【 】,サブカテゴリーを《 》,各参加者データから抽出したカテゴリーを〈 〉,参加者の発言を「 」で記し,引用部分の後に参加者名を[ ]で示す.

1)キャリア発達において生じる停滞と停滞が変化する過程:ストーリーライン(図1

キャリア中期の看護職者は,組織からの期待や要求が高く,多重役割を担っている.そうした状況では《仕事の達成感》を得ることが難しく,成長の実感や自信を持つことができず,看護職者としての《行き詰まりの自覚》を経験していた.さらに,自分の仕事に対して周囲から評価やフィードバックを受ける機会が減少し,他者から承認されるという実感を得にくかったり,自己評価と他者評価との間に不一致を感じることも《行き詰まりの自覚》を生じさせていた.行き詰まりを自覚し,現状の自分と向き合うことで,現状から踏み出したいという意識が高まると,異動,転職活動,受験,尊敬できる人との出会いといった【踏み出すきっかけを模索】することに繋がっていた.そうしたきっかけを活かすことができた参加者は,看護の原点,やりがい,自分の強み・弱みなどを見つめ直すことで,その後の《方向性を確認》することが可能となっていた.その結果,自身の看護観や仕事への向き合い方を整理することに繋がり,《目標に向けての踏み出し》に向かうことができていた.

一方,【踏み出すきっかけの模索】において,きっかけを模索する程度が低い場合には,きっかけとなることがあったとしてもそれを活かすことができず,結果的に《方向性の迷い》が生じていた.さらに,《行き詰まりの自覚》があっても,自分と向き合うことができない場合や,《方向性の確認》の過程で,看護観や方向性に混乱が生じた場合にも,《方向性の迷い》が生じていた.

《方向性の迷い》が持続し,そこから抜け出せない自分を受け入れることができない場合,新たな場を求め,離職を検討する段階へと進むことが推察された.一方で,割り切ることで方向性の迷いそのものを受け入れたり,現状の変化に対して消極的である場合,自分の中で折り合いをつけて《現状を受け入れる》ことを選択する傾向があった.また,《目標へ向けての踏み出し》においては,目標の具体性が低く,実現の手段が明確でない場合も,《現状を受け入れる》ことで,現状に留まっていた.

2)各概念の記述

8事例を統合して抽出した概念について順に記述する.また,各概念の構成要素(各参加者データから抽出した概念)を示した(表2).

表2 各概念の構成要素

(1)仕事の達成感

《仕事の達成感》とは,仕事に関わる成長の実感や自信,他者からの承認に関する実感である.キャリア中期の看護職者は,組織からの期待や要求が高く,多重役割を遂行する中で,〈求められることに追い付いていないという思い〉〈認められている実感のなさ〉〈やらされている感〉などを意識するようになり,組織と自分の思い,あるいは理想と現状との乖離を認識するようになっていた.

「目の前の業務に追われて,ひたすらこなす中で,何のためにやっているのかっていう,そういう意味付けみたいのができなくなっていたせいかなって思うんですけど.すごくやっているのに,頑張っているのに達成感がないっていうか,むなしい感じはずっとありました.」[参加者F]

また業務がルーチン化し,刺激が減少し「マンネリ化」している毎日を,〈流れ作業のように感じる日々〉として認識するようになり,仕事に達成感を感じにくい状況があった.

「やっぱり,6, 7年くらいすると,マンネリ化してくるんです.刺激が減ってくるっていうのがあるかな.予測がついてしまう.どうせ,ここ切って縫ってきて,ここにドレーンが入って,ごはん食べたら帰るんだよね,みたいな.いつも流れ作業的に仕事が回る気がして.」[参加者D]

さらに,キャリア中期になると,看護業務はできて当然という雰囲気があり,自分のケアに対するポジティブフィードバックや学習機会の減少などを実感していた.

(2)行き詰まりの自覚

行き詰まりとは,〈このままでいいのかという思い〉や〈何かしなければいけないという焦り〉はあるが,前に進めず現状に対する漠然とした違和感やもどかしさが生じている状態である.参加者はこの状態を以下のように表現した.

「このままでいいのかなというもやもや感がある」[参加者A]

「なんかよく分かんないんだけど,行き詰まる感じがする」[参加者B]

「何かしたい,どうにかしたいけど何したいのかわからない」[参加者H]

行き詰まりを自覚しても,そうした状況の中にいる自分自身と向き合うことができない場合,現状から踏み出そう,状況を変えようという意欲へと結びつくことが難しく,〈無気力〉や〈精神的疲労感〉が強調されていた.

「自分で行き詰まっていると自覚する前に主任さんに,行き詰まっている気がするから異動してみたらって一言言ってもらったときに,あっ,そうなんだって自覚して…それまでは自分では全然自覚してなかったです.なんでこんなに落ち込んでるんだろうって考えることすらなくって.ただ無感情に無機質に病棟に来てたんじゃないかなと思いますね.」[参加者B]

「自分でなんか原因がわからないところが問題だったと思うんですけど,わかんなくてただ気持ち的に辛かったんだと思います.…自分が何に悩んでいるのかもわからなかったし,自分で大丈夫じゃないって分かんなかったんで,異動とか今の状況をどうしようとか積極的に考えることもなかったし,相談も別にしないって感じで.」[参加者H]

一方,行き詰まりを自覚し,自分自身と向き合うことができた場合には,意識的に行き詰まりから踏み出そうとする対処行動を選択していた.

「まぁ,結局長くなると,なんとなく勉強をしなくても,なんとなくどうにでもできちゃうから,なんか違うと思いながらも,なんとなく毎日過ごしちゃうような感じで.でも,やっぱそれじゃよくないなって思ってちゃんと考えたときに異動したいなって思えたんです.」[参加者C]

(3)踏み出すきっかけの模索

【踏み出すきっかけの模索】とは,必ずしも明確な目的や方向性があるわけではないが,〈新たなことへの欲求〉〈視点を変えて見つめ直したいという思い〉〈異動したいという思い〉など,現状から踏み出す意欲を持ち,現状を打開するための糸口を探っている状態である.きっかけには,異動,転職活動,受験,尊敬できる人との出会いがあった.しかし,きっかけがあっても,それを模索し,活用しようとする程度がその後の方向性に影響していた.現状を打開するためにきっかけを模索している状況は,踏み出すために準備している程度が高く,自らきっかけを探すことに加え,周囲から与えられたきっかけに対しても前向きに向き合い,活かすことに繋がっていた.

「ずっと同じ病棟で働いていたんですけど,そろそろなんか広げていかないといけないんじゃないかって異動希望を出したんです.そしたら,突然話が,X病棟って来たんです.今までやってきたことと全然違う予想もしないところで,すごい怖くって,どうしようって思ったんですけど.でも挑戦だな,一回行ってみようって思って行ったんです.」[参加者A]

一方,きっかけを模索していない場合には,踏み出すきっかけとして活かそうとすることができていなかった.

「状況が変わらないと,楽な部分もあって,そのぬるさに甘んじちゃってる.次どうするかってきっかけをもらっても,そういうことを聞かれるのもいやだし,考えるのも今考えたくもないんですよね.だからなんとなく毎日過ぎちゃう.」[参加者C]

また,看護師以外の母親,妻といった役割を果たすことにエネルギーを要し,きっかけに対する準備段階になく,きっかけを模索し活用することができない状況も見られた.

(4)方向性の確認

《方向性の確認》とは,看護観の整理および自己の見つめ直しにより,進むべき方向性を見出す状態である.参加者は,〈看護の本質の再確認〉〈自分の課題への気づき〉というように,看護の原点・本質・やりがい,自分自身の強みと弱みを見つめ直し,再評価することで,今後進むべき《方向性の確認》をしていた.

「今の師長さんに出会って,原点に戻ったような感じですね.そういえば学生の時に聞いたなっていうようなこと,何年も働いているうちに忘れかけている思いを思い出させてくれたって感じですね.看護師としての原点を思い出させてもらったし,できていなかった自分にも気づけたし,ああいうふうになりたいなって思っています.」[参加者G]

一方,きっかけを自覚できた場合であっても,方向性を確認する難しさを感じたり,新たな局面での挫折などにより,看護観の整理や方向性の立て直しができず,内的な変化や方向性の確認に至ることができない場合もあった.

(5)目標に向けての踏み出し

《目標に向けての踏み出し》とは目標を見出し,目標の達成に向けて行動しようとする状態である.踏み出すための目標やそれを実現するための手段が明確化,具体化している場合には,新たな行動に繋がっていた.

「これが大事っていうことを,もっと強く言えるようになりたいなと思って.ターミナルに興味を持ったから,こうやってターミナルの患者さんに関わるのがいいんじゃないかっていうのを,大きな声で言えるために,もっと自信を持ちたかったと思うんです.そこでやっぱりちゃんとしたところで勉強しよう,学校行こうって決めたんです.」[参加者D]

反対に,目標は見出したものの具体性が低く,それを実現するための手段が曖昧である場合は踏み出すことを躊躇していた.

「ジェネラリストを目指していくっていうのが,今自分の目指す方向かなって…でも(ジェネラリストになるために)教育する機関っていうのもないので,誰が認定するんだろうって,基準とかどうなっているんだろうって.だから具体的にそこに向けて自分がどうするのかっていうのがよく分からなくて,具体的にはまだ動き出せてない.」[参加者B]

(6)方向性の迷い

《方向性の迷い》とは,看護職者として今後どうしたいのか,自分らしい看護とは何かを明確化できず,看護職者としての方向性,人生における位置づけを決定できず,迷いや揺らぎが生じている状態である.

方向性の迷いには大きく2つの傾向があった.1つは,自分の方向性を見出しているが,そのことに自信を持てずに迷いや揺らぎが生じている状態である.

「私,すごい前向きな人みたいにしゃべっていますけど,でも実はすごく悩んでいて.やっぱり今でも外の世界を見たいっていうのはあるんですよ.この病院をよくしたいけど,そのためには,他で何をやっているかを知らないと,取り込めないし.ここに残るって話をしていましたけど,でも,実はすごくまだ迷っていて.常に迷っています.」[参加者A]

もう1つは,選択肢があっても,自分なりの方向性,進むべき方向性を見出せずにいる状態である.

「他に行きたいなって思った時期もあったんですけど,勉強もしておらず,まぁ,いいかって感じですかね…正直なところ,もうここまできたら新たにやるものがないから,次は主任か専門かみたいな選択は迫られているけど,だからと言って,管理職になりたいとかそういう意欲は全くなく,かといって,専門にも行かず,じゃあ一スタッフでこのまま行くのかっていう決心もなく,っていう感じではありました.」[参加者C]

(7)現状の受け入れ

《現状の受け入れ》とは,現状の役割に専念することで理想と現実との乖離に折り合いをつける状態である.参加者は,現状の役割や短期的な目標を価値づけ,専念することで,理想と現実との折り合いをつけ,やりがいを見出そうとしていた.現状の受け入れには2つの傾向があった.1つは,自分の今後の方向性を見出せない,あるいは踏み出すことを躊躇しているため,〈現在の役割への専念〉というように,目の前の役割を遂行することでモチベーションを維持しようとするものである.

「キャリアアップしようとか,どうしたいっていうことが実はないですね.病棟での自分のできる役割をしっかりやる,貢献できるような,新人育成であったりとか,そういうところに自分のモチベーションを置いてるので.」[参加者H]

もう1つは,キャリア中期の看護職者が組織における役割が増えるだけでなく,結婚,出産,育児といったライフイベントを経験する世代であることから,〈生活とのバランスの重視〉〈子育ての優先〉といったように,優先度を検討し,ワーク・ライフ・バランスを保とうとするものである.

「目標は今はない.ないっていうか,今は人生の目標,子どもを産むということをまず達成させたいっていう.そっちに半分意識がありつつ,今いる立場のことを精一杯やって…今はとりあえず短期目標を立てながら,いずれその先を見つけていければいいって自分の中で納得している.」[参加者B]

Ⅴ.考察

1.キャリア中期の看護職者がキャリアの停滞を感じる状況

キャリア中期の看護職者は《仕事の達成感》を得ることが難しいと感じる状況の中で自身のキャリアが停滞していると認識していたが,その背景として以下の3点が考えられる.

第1は,業務の過密化と単調化による刺激の減少である.日々過密化した業務に追われ,それを類似した行為の反復であり「マンネリ化」「ルーチン化」した状況として認識していた.こうした状況は,長期間同一の職務を担当することによってその職務をマスターし,新たな挑戦や学ぶべきことが欠けている状態,すなわち「内容的プラトー」(Bardwick, 1986/1988)状態にあると考えられる.

第2に,組織における他者からのフィードバックおよび評価を受ける機会の減少である.他者からのフィードバックにより行動変容や動機づけの改善効果が期待できるが,それはキャリア初期の看護職者に限定されるものではない.キャリア中期以降の看護職者も新たな挑戦や自己の成長を求めており,組織からのフィードバックなどの支援を必要としているが,そうした機会は確実に減少しており,それが自尊感情の低下,やる気のなさを生じさせていた.

第3に,自身のキャリアが発達しているという実感を持てないことである.職業的キャリア発達を認識することにより,成功感や達成感を得ることが可能になることが示唆されている(小野,2010).しかし,多くの看護職者がジェネラリストとして,自己の専門性の高度化に結び付かないような職務間を移動していること(山本ら,2012),また,客観的にキャリア発達を測る指標が乏しいことから,自己の専門性の発達や専門職としての成長を実感しにくい状況にあった.

従来,看護職者の職務継続に対する支援としては,看護職員の人員増加,子育て支援の充実,業務量の改善といった点に重点が置かれる傾向があった.しかし,それだけではキャリア中期の看護職者が求める成長実感や達成感,あるいは新たな挑戦への動機づけには結びつきにくい.環境整備に加えて周囲からの承認やフィードバック,新しい刺激の提案,教育体制の整備などの組織的支援を充実させることも不可欠である.さらに,看護職者が自らのキャリアを志向し能動的に動機づけや成長実感を満たすことができるように,基礎教育から継続教育にかけて専門職としての自律性を育むための教育も必要であると考える.

2.キャリア発達において生じる停滞と停滞が変化する過程

キャリア中期にある看護職者のキャリア発達における停滞は複数の概念から成っていたが,その過程は一様ではなく,なかでも,《行き詰まりの自覚》,【踏み出すきっかけの模索】における認識および対処の違いが,その後の過程に影響を及ぼしていた.

1)行き詰まりの自覚

《行き詰まりの自覚》では,行き詰まっている自分を自覚しない,または自分と向き合うことができない場合には,無気力感や精神的な疲労感が強くなっていたのに対し,現状と向き合うことができた場合には,現状から踏み出したい,状況を変えたいという意思(【踏み出すきっかけの模索】)へと繋がっていた.こうした,変わりたい・成長したいという意思をもつことは成長への重要な要因であり,変わりたいと思うことで自らを「変わるための準備状態」に置くことになる(杉浦,2004).本研究における《行き詰まりの自覚》はそれに相当するものとして捉えることができる.

しかし,当事者が行き詰まりから逃避している場合や,無気力感,精神的疲労状態に陥っている場合には,積極的に自分を見直すことや変化を意識することが困難である.【踏み出すきっかけの模索】に向かうためにまずは自己と対峙し,ありのままの自分を受け入れることが不可欠である.

2)踏み出すきっかけの模索

【踏み出すきっかけの模索】では,看護職者が個人として大切にしていること,かくありたいという意識,つまり「キャリア・アンカー」が影響しているものと考える.Scheinはキャリア・アンカーを,人が仕事を継続する上で,諦めることのない関心・価値であり,自分が本当にやりたいことを考えるための拠り所となる概念と説明している(Schein, 1990/2003).

従来,看護職者のキャリア・アンカーの全体的な傾向としては,「生活様式」と「保障・安定」への志向が強いことが報告されている(住田ら,2010).看護職者の多くは女性であり,組織から役割遂行に多くの時間や労力を費やすことが求められる一方で,妻,母,嫁といった役割遂行にもエネルギーを要する場合が多い.したがって「生活様式」への志向が強い看護職者は,【踏み出すきっかけの模索】において,自分の仕事を個人的・家庭的なニーズに照らして再考し,意図的にきっかけを活用しない選択をすることが考えられる.また,「保障・安定」の志向が強い場合には,挑戦度の高いきっかけを模索・活用しようとはせず,現状の役割や短期的な目標に価値づけし,専念することにより,現実との折り合いをつけ,《現状の受け入れ》に至っていることが推察される.一方,《目標に向けての踏み出し》に至る過程をたどる看護職者は,能動的に踏み出すきっかけを模索・活用しており,「専門・職能的能力」への志向が強いといえるであろう.

つまり,看護職者の一人一人が大切にしているもの,価値づけているもの,あるいは人生におけるキャリアの位置づけによって,方向性や成功の基準,目標は異なってくると考えられる.したがって,看護職者自身が,何に価値をおき,キャリアに何を求めているのかを認識することは重要であり,それがきっかけを模索・活用しようとする意思の変化を生み,より自分の基準に合った方向性へと踏み出すためのきっかけに繋がるといえるであろう.また,組織としては,柔軟かつ多彩なキャリア・パスを準備し,個人の選択および価値を尊重したキャリア発達支援のあり方を検討することが必要である.

3.看護への示唆

キャリア発達における停滞や,看護実践能力におけるプラトー現象(辻ら,2007)はキャリア中期にある看護職者の多くが直面する課題である.しかし,それらが長期化することは,離職や意欲の減退を招き,看護の質の低下をもたらすことが懸念される.したがって,キャリア中期にある看護職者が停滞と向き合い,現状から「踏み出す」あるいは現状を「受け入れる」ことで,停滞を乗り越え,自分らしいキャリア発達を遂げることへの支援が必要である.

4.研究の限界と今後の課題

本研究は,特定の施設に10年以上所属している看護職者を対象としており,結果に職場風土,院内の教育制度が影響していることは否定できない.

今後,施設・地域・対象数を広げた検討,離・退職者を含めた検討,さらには管理職や専門・認定看護師を選択した看護職者を対象とし比較検討することによってカテゴリー(概念)を充実させる必要がある.

Acknowledgment

本研究に快く承諾し,ご協力いただきました参加者の皆様ならびに協力施設の皆様に心より御礼申し上げます.また研究過程においてご指導くださいました慶應義塾大学宮脇美保子教授,戈木クレイグヒル滋子教授,三上れつ教授に深謝致します.なお本研究は,慶應義塾大学健康マネジメント研究科に提出した修士論文に加筆修正を加えたものであり,本研究の一部は第33回日本看護科学学会学術集会において発表した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

References
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